10. 三日目の昼食
脂肪が燃えるのを感じながら、僕はそれを意識する。
お腹を中心から手足へと、血液が流れるように熱を循環させる。
脂肪が失っていく代わりに、得た熱。ここでは生命エネルギーと言おう。
生命エネルギーを循環させることによって、五感が冴え渡る。魔力とは違う、力の奔流。これを完璧にコントロールすることができたら、僕は今よりも強くなれる。
が、そう簡単にはいってくれないらしい。
徐々に流れは乱れ、薪が消えた火のように静かに消える。
「ぷはー、もう無理。メルシー今回は何秒だった」
「1分7秒。凄い、凄い。1分越えた」
パーティーから離れ離れになってから三日目。修行を始めてから二日目に突入する。
特異体質を生かして、食事によって蓄えた脂肪を燃やすことによって得た生命エネルギーを扱うトレーニングをしている。
修行一日目は生命エネルギーを感じる練習から始めた。
エメルに手伝ってもらい、無理矢理脂肪を内側から刺激することで生命エネルギーを感じた。これに関しては思ったより、早くにコツを掴むことができた。
多分、魔法を勉強するときに魔力で似たような練習をしたからだろう。
次に自分自身で脂肪を燃焼することで、生命エネルギーを作り出す練習だった。これに関しては、気合と根性で乗りきることができた。
生まれつき備わっていた能力だからだろう、最近まで使うことがなかっただけで、使い方は体が知っていた。一回で成功した。
一日目で上の二つをクリアした僕は、調子にのって生命エネルギーを扱うトレーニングを開始したのだが、これがまた難しい。
魔力と違い、生命エネルギーは目に見えない。
その上きちんとコントロールしなければ、熱として体の外に排出されるため、細心の注意が必要だ。脂肪を燃焼する作業と平行して、生命エネルギーを循環させるのは頭で考える以上に集中力と気合いが必要だ。
それに加えて、一定以上脂肪が減少すると脂肪の燃焼がストップする。
そしたら、食事による脂肪の貯蓄が必要になるため効率が非常に悪い。作り置きした唐揚げはあっという間になくなり、軽く炒めた肉で修行一日目を乗り越えた。
まさか食事を栄養補給と思う日が来るとは、人生なにが起きるかわからない。無論、食事はおいしく頂きましたが。
「ただいま、メルシー。どうだった、サボらずちゃんと修行してたかしら?」
「うん、頑張ってた。偉い、偉い」
「そう。ならいいわ、感謝しなさいグラトン。あなたのために、私が直々に食材を集めてきてあげたわ」
投げつけられたマジックバックをキャッチし、中身を確認する。
そこには解体されて肉が顔を出す。これの元は恐らく魔境の森の深層に潜む、強力なモンスター達だろう。
まぁ、彼女にとってはただの補食対象だ。
ここに来てから、僕は料理を担当することになった。パーティーでたまに料理を振る舞うことはあったが、他人に料理を食べてもらう機会は何気に初めて。
概ね好評だったのは、何だかんだ嬉しかった。
エメルの家には調味料がなく、ポーチの中の調味料も唐揚げ作りの時にほぼ使ってしまった。
なので食材本来の味を生かす料理がほとんどだ。
今回はモンスターの肉の他に、天然のキノコとモンスターの卵があるからあれにしよう。
庭に設置された台所に向かい、準備をする。
ポーチから取り出したのは、手のひらに収まるサイズの中央に魔石が埋め込まれた箱。これでポーチの中は空っぽだ。
小さな宝箱を開けると、白い空気ととまにキンキンに冷えたバターが登場する。
「今回は何を作るんだ?」
「オムレツだよ」
後ろから顔を覗かせるエメル。
ここ数日、食事を通して仲が深まった気がする。何を作っても、うまいうまいと言って食べてくれるので、作り甲斐があるというもの。
キノコを細かく刻んで溶き卵にいれる。
小さめに切った肉を炒めたあと、バターをフライペンで温め、キノコの入った溶き卵をフライパンに投入する。
そして、必殺のトントン。
フライパンの持ち手を叩くことで、オムレツを形成する様は一種の芸術だろう。
もちろんオムレツ初心者なので、綺麗にできるわけもなく箸を使いながらひっくり返す。不格好なオムレツらしきモノが完成する。まぁ、及第点だろう。
お肉たっぷりのソースなしオムレツを皿に載せて、僕はエメルとメルシーに手渡す。
僕も自分の分を作るが、量が多いため少し手順が違う。大鍋に一口サイズの肉とキノコ入りの溶き卵を注いで、火魔法で下と側面からも一気に加熱する。
30秒経ったぐらいで、水魔法で消火して完成だ。オムレツじゃなくてただの卵焼きだけど、これもこれで良いだろう。
席に座ると、まだ食事に手をつけてないエメルと目が合う。
「待っててくれたんだ、ありがとう」
「一応ね、私優しいから。感謝しなさい」
「メルシーも待ってた。感謝しなさい」
「あははは、ありがとう。それじゃあ、食べよっか。いただきます」
いざ、実食。
パクリと一口食べると、旨味とキノコの芳香な匂いが鼻の奥を通り抜ける。目茶苦茶大きな卵だったから、大味だと思ったいたけど全然違う。
「うまい、うまい。やばい、手が止まらない」
「うん、おいしい。卵って基本茹でるか、スープに溶かしていたから新鮮な感じだわ。オムレツね、中々やるじゃない」
「おいしい、おいしい」
あっという間に食べきった僕たちは、エメルが出した長椅子に少し横になる。
ぽっちゃりからデブに進化した僕のお腹の上に乗るメルシー。自分で言うのもなんだが、乗り心地は悪くないと思う。
スライム並みの弾力と柔らかさを誇っている、無敵のお腹だ。多分、打撃なら受け流せる自信がある。知らんけど。
こうして三人で日向ぼっこしていると、エメルが背伸びをして空を見上げる。雲ひとつない快晴だ。
「こういう時間もいいわね。時間を無駄にしないために、必死で生きてきたけど、息抜きするのも悪くないかも」
「僕も久しぶりに空を見上げた気がするよ。子どもの頃は、よく幼馴染みたちと、芝生の上で仰向けになって太陽に手を伸ばしてたんだ。もしかしたら、掴めるんじゃないかって」
「馬鹿ね、掴めるわけないじゃん」
「そうなんだけど、子どもの頃の僕は本当に届くと信じて疑わなかったんだ。芝生の上じゃダメなら、屋根の上。それでもダメなら、木の上山の上。色んなところで試して、その度に失敗して。もう無理かなと諦めかけたとき、僕は太陽を掴んだんだ」
「へぇ、どうやって?」
「太陽はね、上じゃなくて下にあったんだ。川辺に反射して浮かぶ太陽、僕はその太陽を掴んだんだ。大人にそれを話したら、すんごい馬鹿にされたけど、幼馴染みたちは真剣に話を聞いてくれた。んで、一緒になってはしゃいだんだスゲーって」
「…………いい友達ね」
「でしょ、僕の自慢の友達なんだ。会ったらきっと仲良くなれるよ、エメルもメルシーも。時間がきたら、お別れだけどもう一度ここに訪れるつもりだよ。僕たちの実力で。その時は、僕が幼馴染みを紹介するよ」
「そうね、そういう未来もあるかもね。まぁいいわ、その時が来たら特別に友達になってあげる」
「メルシーも仲良くする」
「うん、そうだね。そのためにも修行あるのみ、か。強くなって、幼馴染みを驚かせてやろう。きっと、面白い顔をするぞ」
空に手を伸ばして、眩しい太陽を遮る。
手から溢れ落ちる陽光を想い、僕はすっと目を閉じる。
「ねぇ、エメル。将来の夢ってある?」
「唐突ね。まぁいいわ、私の夢は壮大よ。メルシーと一緒に世界を一周すること。色んな景色を見て回って色んな人と出会って色んな食事を食べて。普通の生活をするの、素敵じゃない?」
「ぶらり旅。イエーイ」
「叶うといいね」
「そうね、ところであなたはどうなの、グラトン。夢とかあるかしら?」
「そうだな。僕の場合、夢というより願いかな。友達にも悲しんで欲しくない、笑っていて欲しい。子どもの時から、それこそ太陽掴むとか馬鹿言ってた時から、持っていた願望かもしれない」
「それは、難しいわね」
「僕もそう思う。だからこそ、やる価値があると思う。メルシーもそう思うだろ?」
「メルシーもそう思う。スマイル大事」
「よしっ、ということで修行します。休憩もとれたし、本気だしてやるぞー。メルシー手伝って」
「アイアイサー」
僕は長椅子から立ち上がって、修行を再開する。




