第七話◎第百七十話 再来
先手は、当然イラ=タクトであった。
太陽を背にする形で飛び上がった彼は、ヴァギアの視界を塞ぐ形で宝剣を勢いよく振り下ろす。
同時に相手の視界から外れるよう両側から接近するのは汚泥のアトゥと勇者優。
それぞれが全く同時のタイミング。更には繰腹と彼率いる聖女らが遠距離攻撃を放つ。
全てがあらかじめ打ち合わせされていた通りで、だがこれほどの連携を実際に成し得たのは彼らの実力ゆえ。
通常であれば一連の攻撃は致死の一言。
一撃ですら生半可な者では撃破されて然るべきプレイヤーとその従者の攻撃が幾重にも連なって行われるのだ。
ヴァギアに逃れるすべはない。
だが……。
「な! め!る! なぁぁぁぁっ!!」
連続して奏でられる激しい金属の衝突音。そして風を切る音色。
絶技とも言える体捌きによって、彼女はその全てを防いでみせた。
「……ああ、これを防ぐのか!」
思わず拓斗が感嘆の声を漏らすのも当然。それほどまでに先程の攻撃は必殺の行動であった。
相手の動揺を誘った上で、示し合わせたかの如きタイミングでの一撃。
今までの攻防は会話に比重が置かれており、どちらかと言うと精神に対する攻撃であったが故に、とっさの変化にヴァギアは対応できないはずであった。
だが結果は違う。
拓斗らとて油断をしたつもりはない。むしろセーブデータの削除を完了させたこのタイミングで仕留めることこそが、拓斗たちにとって最も安全で効率的だったのだ。
「はぁっ! はぁっ! あなた達のやり方は! 全て……お見通しなのよ!」
緊張ゆえか、大量の汗と乱れた呼吸を繰り返すヴァギア。だがその爛々と輝く瞳から闘志が消えることは無い。
次の一手は果たしてどちらが行うか? 出方を窺うかのような愚は互いに犯さない。
双方が素早く行動に移るが、僅かながらヴァギアが早かった。
「無色のマナ2! 《加速》!」
素早く取り出したカードが発光し、青みがかった魔力が疾風となりヴァギアを包む。
同時に繰り出された剣戟を受け止める拓斗だが、先程よりも一段鋭くなった攻撃に思わず繰腹が質問を投げかける。
「おい、イラ=タクト、あれはなんだっけ?」
繰腹が一瞬注目を引き、ヴァギアの呼吸が乱れた瞬間に死角よりアイが肉薄する。
強力な破壊力を帯びた拳を難なく避けたヴァギアは、一跳躍で三人のプレイヤーから距離を取る。
「バフ系の魔法カードだね。ゲーム的には相手より先に発動能力を適用できる魔法だけど、実際は速度アップか先手確定辺りに落ち着くと思う」
「嫌な能力ね」
少し前までの激昂と暴言はどこへいったといわんばかりに、冷静な口調でアイが吐き捨てる。
だがその言葉を訂正するかのように、拓斗は饒舌に語りだす。
「逆にこちらの攻撃力や防御力に干渉するものじゃないから、相手の攻撃さえ防げば対処は楽だけどね。効果は初撃にしか適用されないし」
ヴァギアの表情に苦悶が浮かぶ。自分の担当するゲーム以外の情報もスラスラ答えてみせる目の前の男に対する苛立ちだ。
拓斗の言う通り七神王のカードは強力無比だ。だが同時にそれぞれのカードの能力の把握とコンボが非常に複雑で、よほどのプレイヤーで無い限り一朝一夕で身につけられるようなものではない。
もちろんヴァギアは七神王のプレイヤーでもなく、加えて他プレイヤーの能力を間借りしている関係上一番強力な魔物カードが使えない。
事前にカードの特性や発動条件を吟味できたトラップカードとは違って、今の彼女はある程度使い勝手を把握出来ているいくつかのカードしか使用することが出来なかった。
もちろん、その程度の推測がイラ=タクトにできぬはずはない。
「おそらく使ってくるとしても単純なバフカードがほとんどだと思うよ。デバフは強力だけど、あっちは状況によっては相手に利する場合もある。そもそも、森デッキや水デッキはデバフ方面苦手だしね」
悠長にも説明に時間を取ったのは、仲間に状況を理解させる目的もある。
同盟関係とは言え急ごしらえの仲間。事前に情報の共有を行っていても完璧ではないのだ。
もっとも、その不利な状況でも余裕を見せて、相手に対する揺さぶりとするのは流石拓斗と言ったところだったが……。
「《予知》、《推測》、《理解》」
繰腹が状況理解のために指を弾きながら能力を行使し、少し眉を顰める。
《理解》の補助として使用した《推測》と《予知》がよくない情報をもたらしたらしい。
「ってかいいのかよ? 初撃外したし、このままだとまたセーブされるぞ?」
「それ、事前に説明したと思うんだけど……」
チラリとヴァギアを見る。
彼女がこのタイミングで何をしているかはおおよそ予測がつく。拓斗はどうぞとばかりに軽く笑うと、向けた視線はそのままで繰腹に対してわざと大きめの声で説明してやる。
「セーブ&ロードができるからと言って有利になれるとは限らない。いくらセーブしたところで戦闘の最中だ。セーブにどの程度のリソースが必要かはわからないし、やるだけでも隙になる。まぁ、こういう一呼吸おいたタイミングだと可能かもね」
「そしてソレはアタシが潰す」
同時に、こことは別の領域で何かが発動した感覚を、この場にいる全員が受け取る。
「くそっ! くそっ!」
セーブデータを再度破壊されたヴァギアが品のない叫びをあげる。
次のターンにおける双方の攻防で万が一致命的なダメージを負った場合、もはや巻き戻してやり直すことはできない。
ヴァギアの表情に焦りとも苛立ちとも言えぬものが浮かぶ。
今まではセーブ&ロードという裏技が存在していた為に持ち合わせていた余裕は、ここに至って死の恐怖と緊張という巨大な岩によって、脆く押しつぶされようとしていた。
無論、その様な場面で追撃の手を緩める拓斗ではない。
「ちなみに、なんで悠長に会話したと思う? ほら、その間に君の配下は死んだよ?」
バッとヴァギアが周囲を見渡す。
そこにあったのは、片や体中をバラバラに切断され、片や全身を触手で貫かれ絶命するサキュバス陣営が誇る最優の配下であった。
「俺が居るってこと、忘れてないよな?」
剣を振り、血糊を飛ばしながら優が挑発し、
「拓斗さまの腹心として、この程度の露払い出来て当然ですけどね」
能力を奪取したのか、新たな感覚を掴むかのように自らの手のひらを掲げながら見つめるアトゥが断言する。
戦争はなにもプレイヤーたちだけが行っているわけではない。すでに配下の者たちはそれぞれ戦闘に入っており、いたるところで衝突している。
戦場の狂乱と眼前の敵への集中で、護衛のノーブルサキュバスへの意識が完全に奪われていたのだ。
「今まで何度も繰り返してきたというのは確かに素晴らしい。僕らの攻撃をことごとく避けたり弾いたりするのも繰り返しのおかげだろう。だけど未知への対処が疎かになったね。対応力が落ちたとも言える」
あいも変わらず冷静な物言いで拓斗が再度武器を構えた。
次は一体どの様な手を考えているのか? だがこの状況でヴァギアに取れる手段はあまりにも少なかった。
◇ ◇ ◇
戦力差で言えば圧倒的である。
本来ならすぐに決着がつき、魔女ヴァギアは地に伏している頃だろう。
だがそうならないのは果たして奇跡か、それとも彼女の奮戦が実を結んでいるのか。
少なくともセーブ&ロードの効果では無いと断言できる。
拓斗は、予想以上に手こずる相手に感心すら覚えていた。
「難しいな。想定よりこちらの攻撃への対処がうまい」
「七神王の魔法カードが厄介ですね。事前に想定される情報を共有していたとは言え、能力そのものは防げませんから」
拓斗のぼやきにアトゥが言葉を重ねる。
「例の武器防具も厄介だ。どうやら奥の手含めて出し惜しみせずって感じらしい」
ヴァギアはどこから取り出したのか、すでに全身をH氏と呼ばれる謎のプレイヤーから提供されたハックアンドスラッシュゲームの装備に身を包んでいる。
どれも最上級の一品で、その能力は彼女の戦闘力を何倍にも引き上げていた。
拓斗たち複数のプレイヤーとその腹心たちが一斉に攻撃を加えてもなお有効打を与えられていない理由がこれだった。
拓斗としてもこの辺りは少々想定外だ。ここまで粘られるとは思っていなかった。
ヴァギアとは違い、情報面で拓斗らが遅れを取ったと言えよう。
「歴戦のタイムアタックプレイヤーは超難易度のアクションゲームを凄まじい反射神経と積み重ねた動作で対処していくけど、まさしくそんな感じだね」
軽口を叩くが、状況は千日手の泥沼だ。互いに有効打を与えられず、さりとて勝負に出ようにも隙がない。
だがそんな中でも終わりは必ず訪れる。
僅かながら、ヴァギアの攻撃が拓斗らを捉え始めたのだ。
「ちっ! 大丈夫か? アイ」
ヴァギアの鋭い剣戟がアイの頬をかすめ、鮮血が飛ぶ。
叫ぶ優が慌ててカバーに入り事なきを得るが、状況は芳しくない。
「ありがとご主人様――ちょっとイラ=タクト!? 押されてるわよ!」
「ふむ……そうだね」
拓斗が思案する。どうにもこのままでは問題が起きそうだ。
だがどうしたことだろうか? この様な状況においてもなお、破滅の王は冷静さを欠いていなかった。
まるで迫りくるこの劣勢が想定内であるといわんばかりに。
いや、むしろいくらでもこの状況を巻き返すことができるとでもいわんばかりに……。
「キャ!」
「ぐっ! かはっ!」
だが状況は変わらない。ついにヴァギアの攻撃が届いた。
致命的なダメージを受けたのはフェンネ=カームエール。
一瞬の隙をついて行われた刹那の攻撃は、フェンネの胸を袈裟懸けに切り裂く。
その出血量と傷の深さを見れば致命的な状況は明らか。慌ててソアリーナが駆け寄るが、その彼女もヴァギアの攻撃の余波を受けて少なくない傷を負っている。
「ソアリーナ! フェンネ! てめぇッ!」
繰腹が怒りに任せて攻撃を放つが、ヴァギアを捉えるには至らない。
数歩の跳躍、それだけで少なくない距離を稼いだヴァギアは、まるでこの状況をなんとしてでも活かすとばかりに意味のないセーブを反射的に行う。
「そ、そんな……フェンネさま!」
もはや言葉すら発さないフェンネにソアリーナがすがりつく。
だがその生命はすでに尽きており、奇跡でも起きない限り再起は不可能だ。
あるいは、RPGの蘇生魔法などが利用できるかも知れないが、少なくともヴァギアはそんな悠長な行いを許してくれないだろう。
「聖女が落とされたか。いよいよ、戦局が傾いてきたね」
「おい、イラ=タクト」
繰腹が静かに拓斗へと声をかける。
先程までフェンネの身体を抱きしめていたその体は、ベットリと血に濡れている。
その姿を見てなお、拓斗は困った様子で繰腹に返答する。
「いや、もう少し待てない? このタイミングはちょっと……」
「アタシはそもそもアレ自体気乗りしないんだけど……」
拓斗の言葉にアイが重ねる。だが繰腹は静かに首を左右に振った。
予定外の主張ではあったが、二人とも拒絶はしない。
「安心しろ、ここで手のひら返すほど落ちぶれたつもりはねぇよ。約束は守る」
「やることはちゃんと分かってる?」
拓斗が静かに聞いた。
作戦の理解度を問うのではなく、何をすべきかを問うたのだ。
「俺のソアリーナとフェンネが傷つけられたんだぞ? やることは一つだろ」
「ふふっ、なるほど。向こうもセーブが終わった様子だし、頃合いかな」
果たしてその答えは拓斗の意に沿ったものだったのか。
だが彼が小さく笑い、同時になにかに納得した辺り、答えは聞かなくても分かった。
時が来たのだ。
そしてそれはヴァギアも同じであった。
「それはこちらのセリフよ!《森林の怒り》《超強化》《大暴走》《循環加速》」
強大な、今まで見たこともないような魔力がヴァギアを包み、ヴァギアの圧力が何重にも増す。
ひと目見て分かるほどの強大さ。誰しも目の前の一人に勝てないと悟らせるほどの戦力差がそこにはあった。
「私がセーブだけの為に時間を稼いでいたと思うのかしら!? ターン経過でようやく十分なマナが貯まった! 高コスト補助カードの重ねがけ! これであなた達なんてもう敵じゃない!」
そう宣言するヴァギア。
だが言葉は真実だ。今この場で彼女こそが最強で、彼女こそが無敵。
もはや有象無象をいくら投入したところで戦力の圧倒的な差を覆すことは叶わず、確率を算出するのも馬鹿らしいほど、拓斗たちの敗色は濃厚となっている。
敗北は確実。
だが、確実をひっくり返すからこそ、彼は伊良拓斗なのだ。
「なるほど、じゃあ一旦ストップ。TRPGシステムに宣言。プレイヤー繰腹慶次の特殊権限について審議を開催したい」
=SystemMessage==========
特殊権限に関する審議申請を確認しました。
以後審議が終了するまで全ての進行を停止します。
―――――――――――――――――
「………………は?」
空気が……止まった。
「えーっと、ご覧の通り繰腹くんはあれからゲームの本質を理解し成長してくれた。今後は皆にとって満足できるプレイを期待できると思うんだ。だからそろそろいいんじゃないかなと思ってこの審議を開催した」
滔々と拓斗が語りはじめる。
ヴァギアはこの場にあっても何が起こっているか一切理解できない。
だが、だとしても……。
致命的な何かが始まろうとしていることだけは本能的に理解できた。
何としてでも止めなければならぬということも。
「ま、待ちなさい! させないわ!」
「待つのは君だヴァギア。いまセッションの一時中断をしているんだよ?」
=SystemMessage==========
貞淑の魔女ヴァギアの行動をキャンセルし、
以後行動不可とします。
―――――――――――――――――
「な、動けない!?」
不可視の力がヴァギアを固く縛り付ける。
それは幾重にも魔法カードで強化した彼女ですら逃れることが不可能な、より上位の次元からの干渉だ。
そのことを最初からわかっていたかのように、最初からこうするつもりだったかのように、拓斗はヴァギアの叫びを無視して話を続ける。
「あー、中断させちゃったね。つまるところ僕は――プレイヤー伊良拓斗は……」
「待ちなさい! 反対よ! こんな……こんなのって!」
答える者はおらず。ただプレイヤー伊良拓斗の宣言が辺りに響く。
「繰腹くんのGM権限の一時的な復活を提案する」
=SystemMessage==========
提案を受理しました。
正当な権限復帰審議と認定し、続けて参加者の決をとります。
―――――――――――――――――
「さっ、皆どうかな?」
両手を広げ、拓斗が仮初の仲間へと笑みを向ける。
それが意味するところは誰の目にも明らかだ。最初からそう仕組まれている。ただそれだけだった。
「……プレイヤー神宮寺愛。繰腹慶次のGM権限の復活に賛成するわ」
「俺はまぁ対象だから投票権ないけど、繰腹慶次本人! 一応賛成で!」
「もちろん僕も賛成。プレイヤー伊良拓斗は復帰に賛成する」
致命的な合意がなされようとしている。
これを通してはいけない。
だが……この場にいる何人かはすでに知っていた。
この状況において、敵対者が取れる術はないということ……。
「システム! ADVのシステム! どうにかしなさい! 何か、なにか対処法を! どうにかして!」
「ちなみに、この場にいない腰抜けの投票は無効だ。セッション不参加扱いだね」
=SystemMessage==========
可決 :2名
否決 :1名
不参加:1名
以上の結果を持って、繰腹慶次の一時的なGM権限復帰を決定します。
―――――――――――――――――
「じゃ、繰腹くんヨロシク」
ここに、最低最悪の無法が再来する。ゲームマスターが……戻ってきた。
「おっしゃ! やることはシンプル。常にクールに冷静に、調子に乗らず謙虚な心を忘れずにだ」
言葉と同時に繰腹がパチンと指を弾く。
=GM:Message===========
GM権限行使。
顔伏せの聖女フェンネを復活します。
レガリア条約機構に属する全キャラクターを全快します。
貞淑の魔女ヴァギアのバフ効果を全て除去します。
場面のNPCサキュバスを全削除します。
―――――――――――――――――
一瞬にして全てが台無しになる。
ヴァギアが積み重ねた全てが、ここまで耐え抜いてきた全てが。
たった一言。GMという存在の指の一弾きで……。
「ゲームマスター繰腹慶次がこれから仕切らせてもらう。ヨロシクな!」
やがて、命運をかけた戦いという名目が全てめちゃくちゃになった中で、繰腹はいつぞや出来なかった自己紹介を満足気に行った……。
「相変わらずヤバすぎる……」
「このシステムを作った神はアホなのかしら……」
なお満足しているのは繰腹本人のみで、拓斗を含む全員が彼が持つ能力の無法っぷりにドン引きしていた。幸いなのは彼がこちら側であるという一点のみだ。
「幸運の女神が俺に微笑んでいる気配をビシビシと感じるぜぇイラ=タクト。喜べ、俺達はいま最高にツイている!」
「それ、フラグよ?」
「やめろよ、繰腹君が言うと洒落にならない」
ただでさえ調子に乗った繰腹は脇が甘いところがある。
なんとなく裏切らないだろうという確信はあったが、その代わりに色々と尻拭いが必要な予感がしてきた拓斗は少しばかり未来を想像し、ため息を吐く。
ふと……そう言えばまだ後処理が残っていることに気がついた。
「おまたせ。さぁ、続けようか」
振り向き、軽く伝える。
その先にいる魔女の表情には、もはや絶望しか浮かんでいなかった。




