第百六十九話 破壊
大戦争は、静かに、だが異様な雰囲気を持って始まった。
最初に気づいたのは他ならぬ魔女ヴァギア。
当然と言えば当然ではあった。特別何か特殊な能力を持っていたとか感覚が優れていたといった話ではない。
通常であれば大儀式のヴェールが取り払われた瞬間、マイノグーラの陣営が最大戦力をもって突撃してくるのだが、今回にあってはそれが無かったからだ。
いつもとは違う展開に、強烈な違和感と警戒を抱くのは当然と言えよう。
「…………開戦の言葉は必要かしらん?」
言葉に窮したのは当然。この様な状況は今まで繰り返した幾多の戦いで一度も存在しなかった。
当然彼女も気の利いた開戦の言葉など持ち合わせているはずもなく、あったとしてもそれらはすでに膨大に流れすぎた過去に存在したものでしかない。
チラリと、ヴァギアは周囲を見渡す。
(要注意のネームドが全員来ているわね……。お陰で張りに張った罠魔法が全部パーかしら)
プレイヤーの伊良拓斗、繰腹慶次、神宮寺優。
その保有戦力である英雄、聖女、魔女。
ヴァギアの知る限り決して警戒を怠るべきではないありとあらゆるネームド戦力がここに集結している。
他の重要拠点の攻略戦力や、自陣都市の防衛を一切考慮しない捨て身とも言える戦力配置だ。
どこにどの様な戦力がどの様な能力をもって配置されているか、それらはすでに彼女の知るところだ。
今までは戦力の分散が基本で、その戦力を各個撃破するのがヴァギアの基本戦略だった。すなわち七神王のカードであらかじめ罠を張っておき、初手の攻勢を挫いた上で相手の混乱に乗じてネームドを撃破する。
マイノグーラ率いるレガリア条約機構に対してピンポイントのトラップ。
これがヴァギアの無数の経験を元に導き出した最も効率的で最もダメージの多い序盤の鉄板戦法だった。
だがその必勝パターンがここに来て崩された。
(まさか……気づかれたというの?)
嫌な予感がヴァギアの胸中を占める。だが致命的な焦りは存在していない。
何より情報は彼女にとって力となるのだから……。
無論相手側に何があったかはわからない。おおよその予想はあるが、だとしても自分の必勝能力であるセーブ&ロードを崩すことはできない。
そう、冷静に判断する。
(戦力集中は思い切ったわね。だからといって何ができるというのかしら?)
ヴァギアは一瞬崩れた心の平静を取り戻す。
いつものふざけた態度が多少崩れたとしても、ここで冷静さを失って下手に動揺したりしないのは流石とも言えた。
そんな彼女に、マイノグーラの王たるイラ=タクトは至極気だるそうに、その一言を放った。
「開戦の言葉……ねぇ」
ピリッと、両者の間に張り詰める空気が一段圧力を増す。
まるで全てをお見通しとでも言わんばかりに思わせぶりな言葉だ。ここまで言われればさしものヴァギアとて言わんとしていることは容易に理解できる。
すなわち、イラ=タクト率いるレガリア条約機構は、正統大陸連盟の盟主たる魔女ヴァギアの必勝の能力を暴いてみせたと。
「別に口上はいらないんじゃないかな? 何度も同じことを繰り返すのは、流石に面倒だし何より無駄だと思うよ」
決定的な言葉。だがヴァギアにとって、ある意味でその言葉は福音とも言える。
なぜなら、イラ=タクトはこの場でその真実を打ち明ける必要がどこにもないからだ。
ヴァギアは……ここに至りかつて無いほどの冴えを見せる。
「そう、結局バレちゃったってわけね。どこで気づいたかは知らないけど、そうよ。皆が思っている通りの能力ってわけ♪」
「セーブ&ロードとはなかなか法外な能力を持ってきた。ルール違反とかにはならないのかい?」
「別に、この程度はルールの範囲内よ? だってほら、ADVという概念の枠内には入っているじゃない。むしろ貴方たちの方が拡大解釈でいろいろ無法をしすぎだと思うの。あのイラ=タクトを相手にするんだもの、この程度のチートはないと不公平よ♪」
「なるほどねぇ。全陣営会談の時もやたらと僕を警戒していたみたいだけど、あの時点ですでに無数の繰り返しを経験していたわけだ」
「ご明察。話し合いで解決できないって辛いわ。私のおっぱいでも誘惑できなかったし、想い人がいるって素敵ね。でもNTRされていた方が皆幸せになれたんじゃない?」
肩をすくめ、なんとも言えぬ表情で失笑する拓斗。
隣のアトゥは露骨に機嫌を損ねた様子だったが、今が舌戦のさなかであることを理解して余計な口出しは避ける。
「でもいいのかしら? ここでこーんな風におしゃべりしていても? セーブ&ロードの能力は理解したんでしょ? 情報を与えれば与えるだけ、私にとってそれはアドバンテージとなるのよ? 散々焦らして、もう少しでイケそうってところでお預けだなんて正直不満だけど、私はいくらでも付き合ってあげるわよ」
ピンと、ヴァギアがウィンクする。その仕草に眉をひそめて嫌そうな表情を見せる汚泥のアトゥ。そして平然と受け流すイラ=タクト。
レガリア条約機構側の大半の面々は事前に予定を決めているのか、一様にして沈黙を保っている。
だが一人だけこの状況に我慢ならなかった者が居た。
すなわち、勇者優の奴隷、少女アイだ。
「アタシはごめんなんだけど? なんでこんな尻軽にいちいちこの私が付き合わないとならないの? この物語は私とご主人様のものなんだけど?」
「あら。愛ちゃん。今回は初っ端から素を出しているのね。いつもはギリギリにならないとその取り繕った下着を脱がなかったのに。どういう気持ちの変化かしら?」
「黙れよゴミクズ。お前と会話しているだけで品位が下がるんだよ」
その言葉にヴァギアは更に笑みを深くする。
彼女の中でどんどんと思考が加速し、推測が現実となっていく。
すなわちそれは彼女の勝利をより強固にするものだ。
だからこそ、ヴァギアはここで軽いジャブを放ち牽制する。より多くの情報を次の周回へと持っていくために。
「当ててあげましょうか? あなた達、攻略法が見つかっていないんでしょ?」
返事は来ない。
「不思議だったのよね。言葉よりもさっさと行動に移すタイプのイラ=タクトちゃんに、素になったら何よりも先に手がでる愛ちゃん。この二人が悠長に私とのお喋りに興じるだなんて。何か目的があるとしか思えないわ」
ヴァギアはとうの昔に気づいていた。レガリア条約機構側の情報アドバンテージは、自らにとって何ら脅威にならない、と。
「おそらくは情報収集か、私の動揺を誘って何か解決の糸口を探そうと思ったのでしょう? でも残念! あなた達の能力はぜ~んぶ知ってるの。その対処法もね。ちょっと繰り返しすぎたんじゃないかしら? 皆のこと、何から何までお見通しよ」
「凄いね、じゃあどうして今まで勝利できなかったんだい?」
拓斗の言葉は事実である。だがヴァギアにとってなんら痛打にならない。
「それだけ皆が難敵だったってことよ。でももうおしまい。残念ながらここに来て皆の底は知れたわ。どうせ能力を発動させる前に皆で一気に押しつぶせば解決とでも思ったんでしょう? でもね、残念ながらこれ死んだらオートでセーブに戻るのよ? ゲームってそういうものでしょう?」
ヴァギアは饒舌に語る。
その言葉をイラ=タクトは静かに聞いている。何か考えているとも言えたが、ある意味で興奮状態にあるヴァギアではその辺りの機微を推し量ることはできない。
「いいからごちゃごちゃとうるさい口を閉じて潔く死ねよ。もう詰んでるんだよ、お前は」
アイの暴言にハッと笑うヴァギア。
その態度からほんの少しばかりの怒気が見え隠れする辺り、本質的にこの二人の相性は悪いと思われた。
「相変わらず口が汚いのね。まぁいいわ。私もいい加減貴方のその暴言には飽き飽きしていたの、だから教えてあげるわ。私のセーブデータ欄。無限だから」
「つまり、その気になればこの世界にやってきた時からやり直せる……と?」
興味深そうに拓斗がつぶやく。そこに何らかの意図はなく、むしろ本心からセーブ&ロードという事象を吟味しているようにも思える。
その仕草に裏表が無いこともヴァギアはよく知っていた。だからこそ彼女の口はより軽くなる。
「そうそう! やっぱり賢いのねイラ=タクトちゃんは! そうよ! 今まで繰り返していたのは大戦争で勝利条件を探るのが一番効率的だと思ったから! その気になればもっと早い段階まで戻して別の方法を考えることもできるのよ! 例えば、貴方たちが同盟を考える前に暗殺したり……ねっ」
「なるほど、それは脅威だね」
拓斗が薄く笑う。
両雄が対峙していてなお言葉の応酬が続くというのは奇妙な光景だったが、何も直接的な戦いだけが戦争の勝敗を決めるわけではない。
こういう舌戦こそが、後々大きな影響力を持つことも往々にしてある。
「その様なことが果たして可能でしょうか? そもそも最初期であれば貴方がたの保有戦力も能力も少ないはず。そこで他の陣営まで殴り込みに行って、成功すると?」
だが逆にアトゥはあえてこの場で口を挟むことを選んだ。そうすることで主の目的を補助しようと考えたのだ。
「あら、久しぶりにアトゥちゃんと喋った気がするわね。前回のタクト様との別れは劇的で感動しちゃったわ。けど――そうね、だからロードのタイミングは慎重にしなきゃって話なわけ」
アトゥの疑問はもっともだ。だからこそヴァギアは積極的に初期段階での襲撃を選ばなかった。成功しなかったとも言えるが……。
結局のところ、このタイミングで勝負をかけるのが一番可能性が高かったのだ。
「大戦争前にこだわったのもその為か。情報が出揃って、全ての準備が揃うのがこのタイミングだったと」
情報をアドバンテージにするためには、どうしても準備の期間が必要だ。
元々七神王のカードを手に入れたのも、H氏と半ば強引に同盟を組んだのも準備の一つでしか無い。
すなわち、いずれ必ず雌雄を決することとなるイラ=タクトに対抗するための準備として……。
「イレギュラーが怖かったと言われるとイエスよん。でももう今回でおしまいね。こんなイレギュラーが起こったらちょっと怖くて大戦争前のセーブデータには戻れないわん」
その見た目と奔放な言動とは裏腹に、魔女ヴァギアは実に慎重で臆病な性格だ。
彼女は自分の能力が絶対的なものであると理解しているが、それはそれとしてこの状況に少なくないストレスを感じている。
相手の出方が――特にどうしてセーブ&ロードの仕組みに気づいたのかが不明な現状、このまま周回を続けることに危機意識を覚えたのだ。
加えて、能力によっていくらでもやり直しができるという手軽さが在るためその決断は早かった。
「――今度はもう少し遡るわね。大戦争より前の、貴方たちが私の能力に絶対気づかないと言い切れるタイミングまで……」
だから彼女はいつも通り手札を切る。
絶対不変の、攻略不可能な能力。
神から与えられし彼女の本当の武器。
勝てるまで繰り返すのだから、当然最後には勝つ。
ただ少しだけゴールが遠のいただけだ。
彼女は諦めない。誰にも教えたことのない、秘した目的のため。
その旅路は決して終わることはない……。
「では! 今回も長らくお突き合い頂きありがとうございましたっ! また再戦できるのを楽しみにしてるわん。次はこうは行かないからッ! また熱い夜を過ごしましょ!」
=System=============
*Save Load*
FileNo:003015「Iルート:全陣営会談前日」
…………
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「さようなら――話の通じない狂人のみなさん」
だが……。
=System=============
*Save Load*
error:セーブデータが存在しません
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「…………え?」
それは、唐突に訪れた。
ヴァギアは自らの心臓が急速に鼓動を早めていく音を聞く。
何か良くないことが起こっている。それもとてつもなく致命的で、取り返しのつかない何かが……。
突然のことに思考が止まり、驚愕に目を見開いたまま唖然とする彼女に、拓斗は静かに語り始める。
「話が長すぎるという指摘は真摯に受け止めるよ。情報を収集する目的があったのは図星だ。もう少しうまくやりたかったけど、どうにもこういう芝居は慣れていなくてね」
少しばかり笑ったのは、自らの失態への気恥ずかしさか、それともヴァギアの姿を見てのものか。
拓斗は困った様子で少し大げさに肩をすくめると、自らの少し後ろで愉快極まりないといった表情でヴァギアに侮蔑の視線を向ける奴隷の少女アイを指し示す。
「つまり彼女の能力による――」
「シ、システム! 何が起こっている!? 私のセーブデータは!? なぜロードができないの!?」
=System=============
ざんねんですが
セーブデータは
消えてしまいました
―――――――――――――――――
「セーブデータの強制消去だ」
「アハハッ! お前はもうおしまいなんだよ! いい気味ねこのアバズレ!」
その本性を隠さず、アイが――この事象を起こした本人が宣言する。
「う、嘘よ! そんなのありえないわ!!!」
声を上ずらせながらヴァギアが後ずさる。
どこかで、不快感を伴う奇妙なビープ音が鳴った気がした。
想定外にも程がある。まさかこんな方法でセーブデータを直接破壊してくるとはヴァギアは想像していなかった。
もっとも、この件に関しては拓斗以外はまったく同じ意見である。
ここまで辛辣に、そして難癖じみたシステムの運用など、誰が考えられると言うのだろうか……。
「消えたセーブデータは復元不可能だ。そういう仕組みだしね。いやぁ、僕もあれには何度泣かされた。初期のブレイブクエスタスってカセットのメモリーが弱かったから全国でこの現象が起こったんだよね。それがこのゲームの構成要素の一つとなるほどに……」
「後年の作品ではその辺りは改善されてるから、実のところセーブデータが消える経験をした人は少ないのよね。アタシがどうだったかは……まぁ年齢がバレるので秘密ということでヨロシク♪」
RPG陣営が誇る理不尽な強制力。いわば「逃れられぬ運命」。
それは何も物語のキャラクターだけに襲いかかるものではない。時として理不尽な悲劇としてプレイヤーにすら襲いかかるのだ。すなわちそれがセーブデータの消失。
当時の技術的限界から来るこの現象は、今まで誰にも気づかれることなく、だがこの世界でも正しく受け継がれていたのだ。
繰り返しのからくりに気づいた際にRPG陣営から説明を受けた拓斗は、すぐさまこの強制力の応用に気づき戦略に組み込んだ。
もっとも、この理不尽が通るかどうかは賭けに等しかった。行うのはあくまで違うシステムへの干渉だ。
だが相手がセーブ&ロードでこちらの陣営全てを巻き込んでやり直しを行っている以上、セーブデータ消去という、より上位次元でのシステム干渉も可能であろうという勝算はあった。
そしてその予想は見事的中し、ADV陣営のセーブデータは完膚なきまでに破壊された。
絶望と共に……。
「ま、まだ私は負けていない……七神王のカードが有る限り、この場を切り返すことだってできる! 私は! あなた達の戦法を全て理解している! あなた達の弱点を全て記憶している! セーブデータを破壊したからと言って、容易く殺せると思うな!」
「その割には、威勢がいいじゃないかヴァギア。いつもの軽口はどうしたんだい? それともエッチなお姉さんの仮面が剥がれたか?」
拓斗の言う通り、言葉は強いが今のヴァギアに先程までのカリスマは存在していない。
虚勢を張っているのは明らかで、その動揺は見ていて痛ましさすらある。
やがて彼女の動揺が事情を知らない周囲のサキュバスたちにも伝播していく。だが一体何が起こっているのか理解できていないサキュバスたちはただただ困惑するばかりだ。
もっともそれはレガリア条約機構側の多くの配下も同じだ。プレイヤーと一部の上位者こそ理解しているものの、ゲームのシステムなどについてほとんど理解のない聖女や配下のユニット、ダークエルフたちは話についていけない。
「いやぁ、マジでこれふざけた能力だよね。正直自分たちで使っておいてなんだけど、ちょっとトラウマが刺激されて嫌な気分だ」
拓斗が手を上げる。
するとこの場に参戦している面々が一斉に武器を構える。
長い長い言葉での戦いが終わりを告げ、互いの命運をかけた本物の殺し合いが始まろうとする。
「おっと、これから大戦争を始めるというのに、こんな軽い気持ちで臨んじゃ駄目だよね。真剣にやらなきゃ。二度と取り返しがつかないんだからさ」
最後に拓斗が静かに宝剣を構える。
その切っ先は鋭くヴァギアに向けられ、辺りに濃密な死の気配が漂っていく。
「さぁ、魔女ヴァギア。戦争を始めよう」
=Message=============
【連鎖イベント】終末の訪れ:大戦争
レガリア条約機構が正統大陸連盟に宣戦布告しました!
偉大なる指導者《イラ=タクト》
~ これが、最後の戦いだ ~
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