第百六十七話 終局
曇天の空に、首が一つ舞う。
そのかんばせは花のようで、死してなお魂の煌めきが消えることはない。
アトゥは主を補佐すべく、未だ空中にあるヴァギアの生首へと鋭い視線を向ける。その様な状況の中、拓斗の行動は予想もしないものだった。
「――っ! ヴィットーリオ、すぐに返事を!」
拓斗が指先を耳元に当て、配下にのみ通じる念話を行使する。
その必死な姿に思わずアトゥも虚を突かれ、一瞬だけ敵から視線を外して主の方へと視線を向ける。
「拓斗さま? 一体何が!?」
アトゥの視界に入ったのは、久しく見ていなかった拓斗の動揺だった。
この時点でアトゥはなにか想定外の出来事が起きたのだと理解する。同時に、言葉として説明を受けなくともその原因を把握する。
……何らかのイレギュラーが発生している。
アトゥはすぐさま迎撃体勢を取り、あらゆる空間からの攻撃に対処できるよう意識を張り詰めさせる。
視界は拓斗から戻ってヴァギアの首へと注がれている。
自らの主がこれほどの動揺を見せているのだ、必ずなにかある。なにか起こる。
そしてその起点は間違いなく眼の前で斬首された魔女だ。
濃密な闇の力が、アトゥの決意を示すかのようにその身体から吹き出す。
「拓斗さま! 周囲の警戒はお任せください!」
アトゥが拓斗に向けて叫び、
同時に、魔女ヴァギアの首が地面に落ちた。
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◇ ◇ ◇
大戦争の開始まで残り一ヶ月。
この言葉が持つ重みをその会議にいる全員が共有していた。
フォーンカヴン首都、クレセントムーン。大会議場。
楕円形の巨大な机を囲むように、各陣営のトップが席についている。
フォーンカヴン――杖持ち・ペペ
サザーランド――総船団長・ドバン
RPG陣営――勇者・神宮寺優
TRPG陣営――ゲームマスター・繰腹慶次
SLG陣営――マイノグーラの王・伊良拓斗
「さて……ようやく議題も尽きて長い会議も閉会だ。にしても、もうこんな時間か。まぁ順調に終わるとは思っていなかったけど、参加してくれた皆にはずいぶんと時間を取らせてしまったね」
言葉の割にはさほど疲労を感じさせてない声音で、レガリア条約機構の盟主であるイラ=タクトはそう締めの宣言をする。
対する参加者の面々の反応は様々だ。この世界の住人でしかないペペやドバンは流石に疲労の色が濃く、言葉も少ない。
反面プレイヤーや魔女、聖女の面々はさして堪えた様子もなく、各々が書類を確認したり仲間と話し込んだりしている。
とは言えさすがに精神的な疲労はあったのか、クハラや優はあからさまに文句を言っているが……。
ともあれ、ここに方針は決まった。
あとは全ての陣営が来たるべき決戦の日に向けて己がやるべきことをするまで。
互いの勢力を分かつ結界である《大儀式:仄暗い国》の効果が消えるまで、それほど猶予があるわけではない。
ここからが本番で、そう遠くないうちに世界の命運を決める大戦争が始まる。
故に、ありとあらゆる作戦を吟味し、敵の行動を予測し、その対処と不測の事態への備えを検討した。
全てにおいて抜かりはない。
完璧という言葉は、作戦を評価するには些か陳腐であり驕りと油断を含んでいるが、だとしても今回の作戦は拓斗にとって、そして何より同盟の指導者たちにとって自信を持って遂行できるものだ。
そう、何も問題はないはずだ。
「…………」
あれほど自信に満ちた方針を宣言をしたはずの盟主イラ=タクトは、会議が終わり参加者が帰り支度を始めた最中、なぜか不気味な沈黙を保っていた。
その姿に、最初に違和感を覚えたのはTRPGのプレイヤー、繰腹慶次だ。
「……ん? どうしたイラ=タクト。腹でも痛いのか? ウンコか?」
席を立つでもなく、なにか仲間や参加者に雑談を振るでもなく、ただ静かに椅子の上で黙考する拓斗。
今までの決断力のある行動と発言からは些か逸れたその佇まいに訝しみながら、繰腹は特段何か深い意図もなく質問を投げかけた。
「……いや、なんでもないよクハラくん」
「そうか? いやその割には……」
「ちょっとケイジ、品がないわよ」
「そうですよケイジさん。その、一勢力を率いる者として相応しい物言いをして頂かないと」
拓斗に対してしつこく問いを重ねようとする繰腹だったが、最初に放った言葉の内容が内容だったのか、すぐさま保護者である二人の聖女から物言いが入る。
流石の繰腹も二人に叱られては言い返す気力もない。それどころか慌てたように言い繕うばかりで、いつの間にか拓斗への追及を忘れてしまったようだった。
「いやぁ。そういうの、あんまよくないぜ」
RPGのプレイヤーである優はその様子を見て流石にそれは無いと繰腹の失言に呆れ返っているし、彼の奴隷であるアイも特別興味を抱いている様子ではなかった。
フォーンカヴンのペペとサザーランドのドバンは二人して疲れた顔で何やら相談事をしていたし、それ以外の者たちは指導者たちのやり取りに疑義を挟むような真似は行わない。
唯一、背後で静かに侍るアトゥだけが拓斗のその行動を不思議に思ったが、普段から無限にも等しい戦略を編み出す彼にあってはそのような思案を見せることもあるだろうと納得する。
結局、この時の拓斗の違和感の正体は、誰にも掴まれることなく、大戦争を見据えた準備の慌ただしさに流されていくことになる。
(どの情報を見ても漏れはない。戦略としても抜けはないしイレギュラーや変数も考慮済みだ。特に敵の戦力や能力に対しては過大すぎるほどの評価と検討をしている)
根拠のない不安を吐露することは少なくともこの場においては危険。「なんとなく」や「そんな気がする」といった理由で組織の長が歩みを止めるようなことがあってはならない。
特に今回のレガリア条約機構のような、不安定な土台と条件で成り立っている組織では。
拓斗はこれ以上気取られぬよう、ゆっくりと席から立ちながら再度自分の脳裏に浮かぶ様々な情報と推測を処理する。
だが……結論は彼の違和感を否定するものばかりだった。
(緊張か、気のせいか、不安か……、どちらにしろ甘えはない)
いつまで経っても答えの出ない問題に頓着するほど拓斗は暇ではない。
今はやるべきことに集中すべきだ。
そう判断した拓斗は、奇妙な胸騒ぎを捨て去り、来たるべき日に向けて気持ちを切り替えるのであった。
◇ ◇ ◇
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繰り返される会議。そして大戦争。
諦めるという言葉を知らぬただ一人。彼女だけが続ける終わりの見えない長い長い道のり。
何度も繰り返され、その度にヴァギアは撃破されていく。
反省を糧とし、情報を武器とし、自らの勝利を、完全なる勝利を求めて進む彼女に諦めるという選択肢は存在しない。
故にその攻防は永劫とも思える回数を繰り返す。
当然だ。油断をなくしたイラ=タクトとその従者、そして彼らが率いるマイノグーラとレガリア条約機構。彼女にとって敵はあまりにも強大であった。
永劫とも思えるほどの回数、拓斗たちはヴァギアたちを殺し尽くして見せる。
全戦力を投入し圧殺しようとすれば搦手で、搦手で翻弄しようとすれば力押しの圧殺で。無数の改善と試行錯誤を繰り返すヴァギアの挑戦を嘲笑うかのように。
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*Game Over*
Result
マイノグーラ戦士団 撃破!
TRPG陣営聖女 撃破!
…Load?
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*Game Over*
Result
マイノグーラ戦士団 撃破!
TRPG陣営 撃破!
…Load?
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だが同時に、じわじわとだがマイノグーラ側の被害も大きくなっていた。
呆れ果てるほど繰り返された試行錯誤の上、ヴァギアは確かにか細いながらも攻略の道筋を見出し、レガリア条約機構に軽視できぬ痛打を与えていく。
=System=============
*Game Over*
Result
マイノグーラ戦士団 撃破!
TRPG陣営 撃破!
RPG陣営プレイヤー 撃破!
…Load?
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=System=============
*Game Over*
Result
マイノグーラ戦士団 撃破!
マイノグーラ・セルドーチ方面軍 撃破!
TRPG陣営 撃破!
RPG陣営プレイヤー 撃破!
…Load?
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そして、ついに決定的な時が訪れる。
=Message=============
《汚泥のアトゥ》が破壊されました。
~世界から一つ、脅威が取り除かれました~
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何回目という表現などもはや意味はなく、ただ終局へと向かうその一歩手前。
その戦場を支配するものは、不思議なことに静寂だった。
戦場には何も残っていない。
建物も、草木も、水も、
仲間も……。
ただ、二人の戦う者が無限にも思える広い世界に居る。
否――今まさに、勝敗が決し、一人となるところだった。
「ようやく追い詰めた。まさかここまで苦戦させられるとはね……」
地面に伏し、もはや呼吸しかできぬほどに傷を負ったヴァギアを睨みつける拓斗の瞳には、憎悪しかない。あらゆる感情を除外した、純粋な憎悪だ。
これまで数多くの仲間を失ってきた彼にとって、もはや残るものは復讐の一念。今の彼に『Eternal Nations』のトッププレイヤーとしての冷静さは失われ、ただただ怒りと憎しみに支配されるものでしかない。
栄光は燃えて崩れ落ち、かつての日々に残るだけだ。
『―――! ―――? ――!!』
『――……、―――……』
『―――――。――』
(ははは、もうすぐ、もうすぐ終わりだよ、皆)
拓斗の脳裏に浮かぶのは、もはやただのノイズのように反響する何かだ。
ただそれが配下たちによる最後の言葉だったことは拓斗にもなんとなくわかる。怒りと復讐で燃え尽きてしまったが、どれもこれも彼を気遣い、信頼し、ともに行けぬことを謝罪するものであったことを確かに覚えている。
(ここまで長かったけど、もうすぐ全部終わるんだ)
『Eternal Nations』で一位となった百戦錬磨の手練、知の極地たる戦略の天才であってもこの体たらく。否――むしろ数々の試練の如き苦境からここまで盛り返すことができたと言えよう。
だが……あまりにも多くの者が失われてしまった。
(これが終わったら、そっちに行くよアトゥ……)
そして何よりもアトゥ。何にも代えられない、彼女さえいれば他は何もいらないとすら思っていた。
その最愛の腹心すら、拓斗の前から姿を消すこととなった。
他ならぬ、拓斗の命を守るために。
(みんな。全部これで……)
万感の思いで、手に持つ折れた宝剣に力を込める。
今にして思えば、不可解な戦いだった。
拓斗が考えるあらゆる作戦を、敵はまるであらかじめ知っていたかのように逆手に取る。
もしや何らかの能力かとも考えたが、それも仲間たちを失った衝撃で隅に追いやられてしまう。
ある種の自暴自棄のような状態にさえあった拓斗にとって、もしかしたらそれらの真相はもはやどうでも良い事となってしまったのかもしれない。
そんな寂寥に沈んだ一瞬、ふとヴァギアが何かを呟いていることに拓斗は気づく。
「ごほっ、ようやくここまで来た。ふふ、ここまで来たのよ。これで、次で……王手、もうすぐよ……」
拓斗と同様に、ヴァギアの心もまた限界であった。
それは激しい戦いによるものか、それとも果ての無い旅路によるものか……。
かつての拓斗であったならその言葉に耳を傾け情報を得ようとしたかもしれないが、今の彼にはもはやあらゆるものが無価値だ。
だから……。
「次は、次こそ、頑張るからね、見ててね――」
言い終わらぬうちに、拓斗が振り下ろした剣がヴァギアの頭蓋を貫通する。
ビシャリと湿った破裂音が響き、戦場には拓斗だけが残った。
その後、狂ったようにヴァギアの死体を何度も破壊した拓斗は、そのまま無言でいつまでもその場に立ち尽くしていた……。
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「さて……ようやく議題も尽きて長い会議も閉会だ」
…………会議は、繰り返される。




