第百六十六話 夢
同盟者たるプレイヤーが秘していた手札を持って正統大陸連盟に痛打を与えていたその頃、拓斗もまた彼らの予想通りその様子を能力によって視認していた。
(あいつらさぁ……)
やれやれとばかりに空に目を向ける。わかっていた事だとはいえ、前途は多難で問題は山積みだ。
相変わらずの曇天のそれはこの世界の全ての者たちの状況を表しているようで、その先行きが決してはっきりとしたものとならないことを指し示しているかのようでもある。
今目の前に立ちふさがる正統大陸連盟という巨大な壁を乗り越えたとしても、それで終わりとはならないのが辛いところだ。
拓斗は未だ平穏という文字の欠片も見つけ出すことのできぬこの状況に呆れを通り越して感心すら抱いていた。
とはいえ、果たして今の彼にそのような余裕があるのだろうか?
神宮寺優や、繰腹慶次が戦いの最中にあるのと同様に、拓斗もまた同じく戦いの最中にいる。それどころか彼は敵の首魁たる魔女ヴァギアと戦闘中だ。
つまり、拓斗がこのように一瞬であれど気を逸らすことができることこそが、答えとなる。
すなわち勝敗の決着……。
拓斗は、先程までの思案を地面に這いつくばる魔女ヴァギアを睥睨しながら行っていた。
「いくつか……、罠を張っておいたんだ。『Eternal Nations』のプレイヤーなら誰でも知っている能力だけど、君には効果てきめんだったようだね」
静かに語る拓斗。先程までの戦いの苛烈さを考えるのであれば、如何に決着がついたと言えど、このように悠長に会話を続けている暇などないはずだ。
だがしかし、今の彼は警戒こそしていたが、一拍の休憩を挟んだかのようなある種の余裕があった。
その事実を指し示すのは、体の半分を赤い粘つく糸のようなものに覆われたヴァギアの姿だった。
「ぐっ、ごほっ! こ、こんな能力が……あったなんて!」
無理やり力を出そうとしているのだろう。震える体を叱咤しなんとか立ち向かおうとするその気概は魔女として相応しきものであったが、だがどれほど気力を振り絞ろうとも、肉体がこの有様では如何ともしがたい。
「最初に防御陣地に突入したガレオン船だけど、アレに寄生させた《虹色に輝ける宇宙キノコ》は非常に便利な英雄でね。宿主の能力によってその戦闘力を増幅させる能力もそうだけど、敗北時に菌を撒き散らして一帯の敵を道連れにする能力を有しているんだ。普段はあまり目立たない補助的な能力だけど、手札としては実に役立ってくれた」
「もっとも、安くない手札だけど……」と付け加え、拓斗はヴァギアと、そして彼女の周囲を注意深く、偏執的に観察する。
すでに護衛のノーブルサキュバスはアトゥによって撃破済み。残る一般サキュバスたちも菌糸のデバフが決定打になったようで、戦闘不能、もしくはマイノグーラ軍によって掃討されている。
すでに戦い――この戦場における全ての戦いは決した。
マイノグーラ側のシステム――SLGの制約によってヴァギアは逃げることは叶わないし、ここから増援という線も周囲に張り巡らした斥候の情報からも有りえない。
何らかの能力を有すればあるいは盛り返すことができるかもしれないが、拓斗の把握している限りそれらの能力を有するプレイヤーはいない。
「拓斗さま……?」
共に戦っていたアトゥが少し不思議そうに拓斗の名前を呼んだ。
言わんとしていることは拓斗もよく理解していた。すなわちなぜさっさと殺さないのか? である。
拓斗としてもその意見には同意であったし、下手な手を打たれないためにはさっさと首を刎ねるのが正しい。
だが拓斗には依然として違和感があった。
かつての苦渋に満ちた敗北をもたらしたそれとは違うが、とはいえ捨て置くには気持ち悪い違和感だ。
(魔女ヴァギアの瞳から意志が消えてない……、隠し玉があるのか?)
彼女が一体何を隠しているのか? この状況においてなぜ諦念の情を抱いていないのか、そのことが疑問で、最後に何らかの情報を引き出せないかと思案していたのだ。
「ヴァギア、質問だ。なぜこんな行動に出たんだ? 君の計画はあまりにも短絡的だ。確かに全陣営会談で僕らを陥れた手腕は評価するところだけど、その後があまりに杜撰だ。十分な対策を取れていたとは思えない」
拓斗の言葉にヴァギアは半分笑い、咳き込む。
馬鹿にしたというよりも、想定していたものとは全く違った質問をされたという驚きから来る笑いだ。
「ぐっ、ご、ごほっ……。べ、べつに、私だってそこまで何かを考えているわけじゃないわよん。貴方みたいに賢く狡猾でいられたなら、どれだけ良かったかなんて思ったことも、一度や二度じゃないわ」
拓斗は眉を顰める。
「そこが疑問だ。君はあの会議で僕が信用ならないと言い放ったが、その理由は? 自分で言うのもなんだけど、僕は平和主義者だし、よほど面倒なことをやらかさない限りこちらから手出しはしないよ? もちろんこちらに利があれば交渉も可能だ」
拓斗は言外にこう言っているのだ。はじめから平和的に接触していればわざわざここまで問題は大きくならなかったのではないか? と。
全陣営会談の際、ヴァギアは自分たち以外の全陣営の降伏を迫った。同時にペナルティがなく、問題点も担当する神が話をつけることによって安全に処理されると説明した。
これに対して同様に拓斗が降伏を求め、ヴァギアが拒否したことであの時のやりとりは破談となっている。
拓斗は、ここに何らかのヴァギア側の事情――すなわち神に関連する事情があると推測したのだ。故に言葉をもって揺さぶりをかける。
(神の思惑が介在するのであれば、放置は悪手だからね。ここで彼女を殺すとしても、余計な横槍が入らない確証だけは欲しい)
「君がここまでこだわる理由はなんだ? 先ほど君は僕を羨み自分を卑下する発言をしたけど、そう理解してなお突き進まないと駄目な理由は?」
念話でアトゥに警戒を依頼しながら、話を続ける。
これは拓斗にとっても賭けだ。ヴァギアの、そして神の目的、その欠片を得るための……。成功率はそう高くはない。
だが、彼女にどのような心境の変化があったのか、その賭けはどうやら一定の成果をもたらしたようだった。
ヴァギアが大きなため息を吐く、それは菌糸に侵されたダメージによるものか、それとも何らかの諦念によるものか。
どちらにせよ、彼女は大きな、とても大きなため息を吐いた。
「ごほっ、……夢があるの、別に大したものじゃあない、けど、どうしても叶えたい夢が……」
「それは、神の力を借りないと叶えられないものかい?」
言葉で返答する代わりに、ヴァギアは疲れた表情で頷く。
今まで見せたことのないその表情に、拓斗は厚いヴェールで隠されたヴァギアの本心が少しずつ明かされる実感を得ていく。
「なるほど、諦めることは?」
拓斗の問いにヴァギアは一瞬ひどく歪んだ顔を見せ、同時にアトゥの方へと視線を向け顎をしゃくる。
「ぐっ、諦めることは、できるかしら?」
「ああ、そういう……」
ここに至り、拓斗はもはやこれ以上交渉が不可能であることを確信する。
ヴァギアが果たして誰に対してそのような情を抱いているのかは不明だが、本来魔女とプレイヤーでペアのはずの陣営で彼女だけが矢面に立っていることからおおよその推測はできる。
だとすれば、もはや利を説いたところでさしたる成果は得られないだろう。
彼女の想い人を手元に手繰り寄せる何らかの報酬を神から約束されている。故にどのような手段を用いても勝利しなければならない。
拓斗の推測はそれだった。そして同時にその推測は確信に近いとも考えている。
でなければ彼女がここまで頑な理由は説明できないからだ。
すでに結果は見えている。
だがもういくつか成果が欲しい。拓斗は内心の企みを出さずに、最後の罠を仕掛けてみる。
かかろうと、かかるまいと、どちらでも良い。戯れに近いそれだ。
「ヴァギア、『Eternal Nations』における降伏を提案する。同盟国でも属国でもない、完全なる奴隷国家となる降伏だ。その代わり――」
「お前の大切な人を生き返らせてやる。……かしら? 果たす気もない約束をそれっぽく言ってみせるの、ほんとクソみたいな性格だと思うわよ」
ヴァギアの言葉は明確な拒絶だった。まるで一度経験したかのようなその断言した物言いに拓斗は思わず鼻白む。まさかそこまで評価が悪いとは思ってもいなかったのだ。
「そうか、少しショックだね……」
アトゥの激怒が伝わってくるが、拓斗は軽く手を上げて彼女の行動を制す。
そうせねば簡単に殺してしまうだろうという確信があった。
ここでアトゥに任せては流石に体面が悪い。
もうだいぶ前の段階からヴァギアを殺すことは確定事項であったが、自らの手で行うことでこそ同盟の盟主としての示しにもなるのだから。
「じゃあ、これで終わりだ」
レガリアの宝剣を握り直し、静かに歩みを進める。
膝をつき、意図の読めぬ瞳でこちらを見つめる彼女の首に刃を置き、軽く息を吸う。
いつの間にか辺りは薄暗くなっており、ポツリ、ポツリと、雨が降りはじめてくる。
何も起こらず、何も起こさず、誰も助けには来ない。
配下の者たちも拓斗による処刑と、この戦いの終わりを静かに見守っている。
ギュッと柄に力を入れ、破滅の王としての、プレイヤーとしての超常の力がこれから行われる一閃の為に溜められていく。
だが……。
ヴァギアの首を刎ねた瞬間――。
(……ん?)
彼女は愛らしい少女の笑みで何かを小さくつぶやき――。
(ちぃっ!! "ソレ"があったか!)
――拓斗は己の失策を自覚した。




