第百六十四話 同盟者(1)
旧エル=ナー精霊契約連合首都。
現在では魔女ヴァギア率いるサキュバス軍の根拠地となり、同時に龍脈穴である世界樹が存在する重要拠点だ。マナソースによって七神王による強力無比な魔法戦略の起点となっていたその地は、燃えさかる炎と煙で赤く彩られていた。
かつてその巨大な威容をもって世界に我らありと示していた巨大な樹木は根本から完全に破断しており、燻ぶり、黒焦げになりながら今も自重でゆっくりと崩壊している。
全陣営会談の会場ともなった箇所は特に念入りに破壊されており、周辺の施設含めその損壊具合を見れば、微かな機能維持すら不可能だと誰が見ても判断できる有様だ。
その下手人たるは、本来善の体現者とも言えよう職業――勇者の神宮寺優。
RPG勢力のプレイヤーであり、今回の同盟においてマイノグーラが盟主であるレガリア条約機構に参加したたプレイヤーの一人だった。
「本拠地に強襲……ねぇ。実はゲームの魔王城攻略とかもこんな騒ぎだったりして」
燃え盛る街と絶えぬ悲鳴をバックに、彼はそう独りごちる。
優が任された戦争目標は、その難易度を考慮せぬのであればひどく簡単かつ簡潔なものだった。
敵本拠地及びマナソースの撃滅。
戦争開始直後、優はRPG勢力が持つ転移魔法にて後方に位置するはずのこの地に直接転移すると、すぐさま火炎系の最上位魔法をあたり構わず解き放ったのだ。
ブレイブクエスタスにおいて、プレイヤーは一度訪れたことのある都市であれば自由に転移することができる。
全陣営会談に参加した時点で、優にとってこの都市はすでに訪れたことのある場所として登録されている。
故に、その能力を利用し後方拠点への襲撃に利用する。
各種ゲームに精通したプレイヤーならばある程度推測できて然るべき戦法だが、七神王のカードすら満足に使いこなせないサキュバス陣営にそれらを推測し対処しろというのは無理があろう。
様々な運用が可能なゲームルールを全て把握し、裏技じみた使用方法を推測し、抜け道を塞ぐ。口にするは容易い。だがやれと言われればその難易度は天文学的に跳ね上がる。
この強襲もイラ=タクトという頭脳と、それによってもたらされた作戦があったからこそ、このように成功させることができたと言えよう。
だからこそ、優としても信頼に応えるべく目標の破壊はきっちりと仕上げるつもりでもあった。
「勇者らしくないとは分かっているけど、負けちゃあおしまいだからな。精々うまく使われてやるさ」
そうぼやく優の周りには、誇張なくサキュバスたちの死体の山ができている。
今は散発的にやってくるエルフの戦士たちを無造作に切り捨てているところだ。
もはや……勇者という肩書が滑稽に思えるほどの所業ではあったが、ここはゲームではなく現実世界。優にも目的があるゆえに、非道と思われて止まるつもりはなかったし、悪逆との誹りを受けても止めるつもりはなかった。
もっとも……。彼の内心とは真逆の想いを抱いてこの場に臨んでいる者もいたが……。
「ははははは! 死ね死ね死ねビッチどもがぁっ! 私のご主人さまに色目使ってんじゃねぇぞ!」
それこそが、優の奴隷であり魔女とされるアイだった。
「ま、まぁ……アイさんがご機嫌で俺はうれしいよ。う、うん、うれしい!」
取り繕うつもりもないのか、それとも箍が外れて忘れているのか。
アイは今まで拓斗らに見せていた雰囲気とは打って変わって、凄惨な笑みと尊大な言葉でもって目の前に立ちはだかる全てを殴殺している。
その行いに分別など存在せず、警備のサキュバスだろうが、その仲間のエルフだろうが、そして逃げ惑う市民であろうが関係なく死を与えていく。
「街を守れ! 我らが故郷を敵に焼かせるな!」
「ヴァギアさまが戻るまで耐えるのよ! 必ず、必ず戻ってきてくれるわ!」
無論、敵とて手をこまねいている訳ではない。
それどころか首都であるこの都市には通常よりも潤沢な防衛戦力が割かれている。
一般的な部隊長クラスであるレッサーサキュバスに加え、エルフの精鋭部隊である精霊闘士。
個々の戦闘力で言えば中~上級聖騎士クラスであり、その数も小国程度であれば軽く壊滅せしめるほどの戦力規模。
だが、それでもなお――。
「アハハハハ! 雑魚がいくら集まっても経験値にすらならねぇんだよ!」
奴隷の少女アイを止めるには全くもって足りていなかった。
ぐしゃり、びちゃり、どさり。
液体を含んだ塊が爆ぜ散る音がそこで鳴り響き、悲鳴と同時に喜悦の笑い声が都市を蹂躙していく。
誰を狙うでもなく放たれた魔法が街のあらゆる場所に着弾し、戦火をドンドンと広めていく。
そんな彼女を優は見守ることしかできない。
いつの時代も男性の立場は弱い。特に優のような常識人と、アイのような過激な心魂を持つものの関係性は明白だ。
「ご主人さまっ! この辺りのお掃除が終わったので、向こうの方へ行ってきますね! 少しだけ離ればなれですけど、いいですよね? ねっ!?」
「あ、ああもちろんだよマイエンジェル。うん、奴隷のわがままを聞くのもご主人さまの役目ってな!」
「やった! うれしい! ご主人さま大好き! ご主人さま愛してます!」
「もちろん俺もだよ!」
優の返事を少女のごとき笑みで受け取ったアイは、そのままいずこへと消えていく。
少し離れた場所で悲鳴と爆音が聞こえ始め、燃えさかる世界樹をチラリと見つめた優は少しだけため息を吐いた。
一体アイの何がそこまでさせるのだろうか? 引きつった笑みを浮かべながらも、決してその行動を咎めない優は何を知っているのだろうか?
「まぁ……好きに生きると決めた以上、そうするべきだよな。誰かの顔色を窺って過ごすだなんて、息苦しいだけだ。それがどんな結果になろうとな」
誰も聞いていないことを確認し、優はそう呟いた。
その内情は計り知れない。
だが一つ事実を述べるとすれば。
すでに首都は陥落しており、あとはどれだけ被害と死傷者を増やすかという段階に至っているということでしかない。
当初の目的はこの地の破壊活動とマナソースである世界樹の停止である。
そこを起点として、本隊であるタクトらが魔女ヴァギアを撃破するのだ。
だからこそ、万が一に復旧や施設の修理などをされては作戦が根底から崩れる。そのため優はこの場から離れることができない。
幸いすでに戦闘の中心地は別の場所に移っている。濃密な死と破壊が満ちる世界樹の真下にて、手持ち無沙汰になった優は己の陣営――油断ならぬ能力を持つ同盟者たちの動向に想いを馳せる。
……ふと、途端に嫌な予感が彼の胸中をしめた。
「そういや、タクト王ってSLGの能力で仲間の様子みれたんだっけ? あれ? これ俺達も見られるの? いやぁ、どうしようかな……。参った、マジで」
あははと乾いた笑みを浮かべる優は、けだるげに武器を振るう。
彼の背後から決死の覚悟で一矢報いんと飛び込んできたエルフの精霊闘士が上下に分かたれる。
おそらく暗殺の隙を探していたのだろうが、この程度でどうにかなるなら最初からこの都市は落ちていない。
ビシャリと飛び散り、舗装された都市の路地へと赤い染みをまた一つ作り上げる。
プレイヤーを相手にするということは、こういう事なのだ。
この地に住まう者が抗う事など、土台無理な話。文字通り存在する次元が違うのだから。
「エルフも馬鹿だよなぁ……。サキュバスと手を組むなんて。マイノグーラと組んでおけばもう少しましな未来もあったろうに」
本来であれば敵対する者同士でありながらも、優は伊良拓斗という人間を高く評価していた。
神々の思惑によってこの世界にやってきて、ある意味で理不尽とも言える戦いに巻き込まれた。敵対する相手はどれもが油断ならぬ強者で、かつ人格破綻者。その中でも理性的で合理的に話が出来る人物だからだ。
この世界における戦いの本題が勝利ではないことを知っている彼にとって、話が出来るということはそれだけで価値がある。
反面、意味のない世界征服にこだわって無意味な戦争を仕掛けるサキュバスにはほとほと呆れかえっている。
アイの虐殺をあえて止めない辺りからもそれはよく分かる。
もっとも、優がサキュバスに手心を加えたいと思っていたとしても、アイがその言葉を聞くかどうかはまた別の話であったが……。
「……ん? アイが戻ってきたか」
愛しの奴隷の気配が近づいてくる。
そのことは優もハッキリと分かっていたが、少しばかり眉をひそめる。
何かずるずると重たいものを引っ張る音が聞こえたからだ。
一体なにをやっているのだろうか?
だがそれを確認するまでもなく、答えはアイと一緒に目の前に現れる。
「ただいま戻りましたご主人さま!」
「おかえりアイ。それはお土産かな?」
「いいえご主人さま。ただのゴミです」
引っ張ってきたそれは、ボロボロになったエルフだ。
どうやら拷問を受けたのであろう。両手足が歪な方向に捻れ、顔面が饅頭のごとく腫れ上がったそのエルフを放り投げながら、アイが心底楽しげに優に語りかける。
「ご主人さま、他のマナソース拠点が分かりましたよ! 武器保管庫も。一緒に襲撃しに行きましょう!」
情報源はどこか? 等と聞くまでもないだろう。
爛々と輝く瞳に見つめられ、うっとなる優。だが気持ちを落ち着かせ、彼女に語りかける。
「いや~、アイさん。けど俺らの目的は首都のマナソースを破壊することでしょ? ほら手を抜いて、一瞬でもここが再度取り戻されたりしたら計画がご破算になっちゃうな~、なんて!」
なるべく彼女の機嫌を損ねないよう、本来の目的を告げる優。
その言葉にアイは激怒するでも不満を見せるでもなく、つかの間理性的な瞳で何かを思案すると、また先ほどと同じく狂気に満ちた笑みを浮かべる。
「ならアレをやりましょう!ご主人さま! こういう時の為にあるんですよ!」
「アレかぁ……」
阿吽の呼吸とでも言おうか、それとも曲がりなりにも主従と言ったところか。
アレという単語だけでアイの言いたいことを理解する優だったが、その表情はいささか優れない。
「ってかアイも気づいているよね? 見られているぜ? 後でどう言い訳するのさ? やめておいた方がいい気もするんだけど、ってかコントロール効かないでしょ?」
アイの作戦はよく理解できるし、有用性に関しても同意だ。ついでに言えば別に彼女を止めたいという訳でもない。
だがその手段はいささか面倒が起きる気がしたのだ。特にイラ=タクトの監視が存在していると予想される状況ではなおのこと……。
「…………」
だが、そのような考えも、自らをじぃっと見つめるアイの視線の前では無意味だった。
つつと、優の額に冷や汗が流れる。
「うっし! 仕方ないなぁ! 愛する奴隷の言葉を聞かずして、何がご主人さまか!」
「さすがですご主人さま!」
ころっと表情を変えて喜び飛び跳ねる奴隷。アイに悟られぬようため息をつく主。
もはやどちらが主従かわかったものではないが、だが彼がもうどうにでもなれという気持ちを抱いていることだけはよくわかった。
「アレ……か」
隠していたカードを一つ切る。
確かにこれならば世界樹を確保しながら他の拠点も攻略できるだろう。
だがそれに伴う影響は甚大の一言だ。
しかしながら、優はアイに逆らうつもりはなかった。
言い方を変えよう。彼は、アイ以外の誰の味方でもなかった。
その範疇には己すら含まれている。
だから――、
「揉めるだろうなぁ、今から憂鬱だなぁ……。でもまぁ、仕方ないか。うん、仕方ない」
「じゃあいきますね! 秘宝よ! 我が願いを叶えよ!」
いつの間に取り出した不気味な色合いの宝玉をアイが掲げた。
同時に、怖気の走る気配があたりを包み、どす黒い魔力となって宝玉へと収束していく。
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アイは 根源の秘宝 をつかった!
じげんが歪み、魔の気配がこくなる
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愛しい愛しい我が信徒。ワシがなんでも叶えようぞ
――そう、なんでもじゃ
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四天王アイスロックがあらわれた!
四天王レディウィンドがあらわれた!
四天王オルドメカニクがあらわれた!
四天王フレマインがあらわれた!
魔王があらわれた!
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だから――、
きっと、これからもずっと、
優は愛の為に――己のすべてを捧げていくのだろう。




