束の間の休息
さらに数日が過ぎた。
さすがに誰もが向こうの世界で何かがあったのではないかと疑いはじめていた。
ただ、アキだけは修行に集中していた。
フラムに言われた『俺たちは味方だからな』という言葉に報いたいと思っていたのだ。フラムたちが味方だと言うのなら、当然アキもフラムたちの味方でなければならない。これからの彼らの戦いに少しでも力になってやりたい。アキは今、弱いなりに力をつけようとしている。
そんなアキの姿を祥子は遠くから見守ってきた。
「空雄君……」
アキは今休憩中なのか一人庭の真ん中で胡坐をかいて座り込んでいる。話し掛けるなら今がチャンスだ。
祥子は由美子との会話を思い出していた。由美子というのはイケメン男と仲良くしていたお姉さんのことである。
「祥子!」
「由美子……なに?」
祥子はまたあの話かと悟った。
「あれから空雄君とは話したの?」
(やっぱりこの話なのね。ホントにおせっかいなんだから)
「ううん。私も忙しいし、修行の邪魔しちゃ悪いから」
「そうだとしても、話すチャンスはいくらでもあるでしょ! ご飯の時でも休憩の時でも」
「最近はフラム君と一緒のことが多いし。でもよかった、フラム君たちと仲良くなって。最初いきなり戦いはじめちゃうから心配してたんだぁ」
「確かに、あんな戦いした後でよく仲良くなれるわよね。あれが空雄君が戻ろうとしてる世界なんだよね。本当に別世界なんだって実感しちゃったもん」
由美子はあの戦いを思い出し身震いすると、震えを止めるように体を抱きしめる。
祥子は話題を逸らすことに成功しホッとした。
「そうだね、別世界だったよね……」
「だから、空雄君が向こうに行っちゃったら二度と会えなくなるかもしれないんだよ!」
話はすぐに戻されてしまった。
「そんな、大げさだよ。先生は戻って来られたんだよ?」
「そうじゃない! 生きて帰って来られる保証はないってこと。信じられないけど、空雄君一度死んでるんだよね?」
「……うん」
「今回は奇跡的に助かったみたいだけど、次も助かるなんてそんなご都合主義ありえないからね」
空雄君ならきっと大丈夫だよ、とは言いたくても言えなかった。仲間を守るためなら、自分の命を捨てることができてしまうことを祥子は知っていたから。
「空雄君今度は本当に死んじゃうかもしれないんだよ? いいのこのままで? 好きなんでしょ? 空雄君のこと」
由美子の言葉に祥子は驚いたが平静を装っていう。
「好きって、前にも言ったけど私は空雄君の事を弟のように……」
「うそ!」
由美子は祥子の言葉を遮り言い放った。
「そんなの嘘だよ。だったら普通に話せるはずじゃない。そう思い込もうとしてるだけでしょ! 祥子は好きな人の前に出るとうまく話せなくなるじゃない。空雄君もそうなんでしょ? だから距離を取ってるんでしょ? いい加減素直になりなさい!」
由美子は図星を突いて来た。
「だって、空雄君好きな人いるんだよ?」
「そんなの関係ない! 相手は向こうの世界の人でしょ? 奪っちゃえばいいのよ!」
由美子は過激なことを言う。恋愛は弱肉強食、諦めなければチャンスはある。由美子は祥子に何もせず諦めてほしくはないのだ。
祥子も由美子の気持ちはよくわかっている。由美子が本当に心配しているのが伝わってくる。
(ホントにおせっかいなんだから。そんなに心配されたら何も言い返せないじゃない)
「ハァ、わかったわよ。確かに私は空雄君のこと、その、好き、よ。でもだからって、死ぬかもしれない人を奪っちゃえって言うのもどうなの? 空雄君は危険なところにいて私は側にいられないし、帰ってくるかもわからない人をずっと待ってるのって辛いよ。遠距離恋愛どころの話じゃないよ」
祥子は観念し、素直に告白し、素直な意見を言った。そう、はっきりと言い返していた。
気の許せる相手にははっきりとモノを言える祥子だった。
「う、それは、確かにそうだけど……でもほら、待ってる人がいるとギリギリのところで「自分はまだ死ねない」って生きようともがこうとするじゃない。生存率は上がるんじゃないかな」
由美子は一体何のマンガを見たんだろうと疑いたくなる発言だった。
「それはわかんないけど、でもこのままお別れするのも寂しい、かな」
「そうだよ! せめて当たって砕けようよ!」
「え~砕けるのはイヤだなぁ。でもありがと、由美子。私頑張ってみるよ」
「うん、その意気だよ! 私も協力するからさ! そうと決まれば、その伊達メガネ取っちゃいなよ。その方が可愛いから」
「え~それはちょっと……まだ恥ずかしいし」
「頑張るんでしょ! まずはメガネを外すところからね」
「え~」
由美子の嬉しそうな顔が頭に浮かんだ。
祥子は由美子の応援に堪えようと、メガネを外しアキのもとへと一歩足を踏み出した。
『祥子さん?』
「え!?」
アキ以外誰もいないと思っていたところへ、いきなり声を掛けられた祥子は心臓が飛び出るくらいに驚いた。
『ここですよ』
祥子がキョロキョロしていると、目の前にミュウが現れた。
「ミュウさん!?」
(メガネ外してるのに私だってすぐにわかったんだ)
『今アキには近づかないでください』
「え? どうして……」
祥子はアキが自分を近づけさせないようにしているのかと不安がよぎった。
自分はアキを避けていたにも関わらず、アキに避けられるのはイヤだということに気付いた。
(空雄君は私に避けられてこんな思いをしてたのかな……)
『今近づくと弾かれて怪我をしてしまいますよ』
祥子の不安をよそにミュウはまったく違う理由を話した。
「弾く?」
祥子はアキを見たが、何も見えない。ただアキが座り込んで動かない事だけはわかった。
(あれ? なんで動かないんだろ? いつもなら私に気付くはずなのに)
祥子は訝し気な表情をする。
『今アキは気の修行をしているのです。集中しないと危険ですので、まわりに意識が行かずあなたに気付けなかったのです。ですから私が誰も近づかないように見張っているのですよ。あなたに怪我をされては私がアキに怒られてしまいます(怒られるだけならいいんですが)』
「そうだったんですか……」
(ただぼーっと座ってるのかと思ってたわ)
祥子はなかなか酷いことを思っていた。
『少し待っていてください』
「は、はい」
祥子がアキを見ていると服の裾を引っ張られた。
「ん?」
見るとアーサーが裾を引っ張っていた。
「どうしたの、アーサー君?」
アーサーは祥子の服を引っ張って行く。
「え? 何?」
祥子は抵抗できずアーサーに引っ張られて行く。
アーサーの愛らしさに抵抗などできなかったのだが。
(アーサー君見かけによらず結構力あるんだ)
アーサーは縁側へ着くとペチペチと縁側を叩く。
「あ、ここに座って待つのね?」
アーサーはコクコクと頷いた。その可愛らしさに祥子の頬がほころぶ。
祥子が腰掛けると、その隣にアーサーも腰かけた。
これには祥子も驚いた。アーサーはアキにしか懐いておらず、誰も近づけずにいたのだ。いつも女性門下生たちは口惜しそうにしていたから、これを見たらどう思うだろうか。
アーサーはアキに好意を寄せる人には気を許すのかもしれないと祥子は結論付けた。
祥子はある意味緊張してしまった。まるでアキの家族に会っているような気がしてきた。
そして、暗がりを歩いていると後ろから刺されるじゃないかという気がしてきた。
祥子は緊張を忘れるためアキへと視線を向ける。
アキの正面3メートルくらいのところにフラムが立っていた。
(さっきはあんなところにいなかったはず、よね? なにしてるのかな?)
『んじゃいくぞ?』
フラムがアキに訊ねるとアキは目を閉じたままコクリと頷く。
『よし、せーの!』
ゴンッ
フラムが拳を振り下ろすと何もない所で拳が止まり打撃音が響き渡る。少し地面が揺れた気がする。
よく見ると拳の先に何か透明の膜のようなものがアキを中心に半球状に覆っているように輪郭が見えた。
「くっ!? ハァハァ……」
アキが苦しそうな声を漏らす。
『うっし、次は少し強めで行くぞ?』
アキは大きく息を吸い込むとコクリと頷いた。
『よし、せーの!!』
ドゴンッ
フラムの拳がさっきと同じように透明の膜に止められたかに見えた。
しかし、次の瞬間パンッと風船が割れるかのように半球状の膜が弾け輪郭が消えた。
「うっ……」
弾けるのと同時にアキが呻くように地に伏した。
「空雄君!?」
祥子はアキのもとへと駆けだしていた。
『あちゃぁ~』
『力入れ過ぎですよ』
フラムは頭を押さえ、やっちまった~と天を仰ぎ、ミュウは呆れたように呟いた。
祥子はアキを抱き起し取り乱したように声を掛け続ける。
「空雄君! しっかりして空雄君! 空雄君!」
アキは息はあるようだが目を覚まさない。どうしたらと祥子はアキを抱え上げようとする。
「ん~~!? ハァハァ」
しかし祥子の細腕ではそれはできなかった。
『落ち着いてください。ダメージを受けて気を失っているだけですから』
「でも!?」
『フラム、アキを運んでください』
『へ~い』
フラムはアキを縁側へと運び寝かせた。
『しばらく寝かせておけば気がつくでしょう。側についていてあげてください』
ミュウは祥子へそう頼むとフラムとアーサーを連れて離れる。
フラムが嫌そうな表情をしていることから、これからミュウが小言を言うのだろうと推測できる。
祥子がそう思っていると、ミュウが何かを思い出したように祥子のもとへと戻ってきた。
そして祥子へ耳打ちする。
『……』
「え!? でも……」
祥子は頬を赤らめて俯く。
『喜ぶと思いますけどね。あなたに任せます』
ミュウはそういうと小言を言いにフラムのもとへと戻ろうとする。
しかし、フラムは逃げ出したようで姿が見えなかった。
ミュウは立ち止まり、肩をわなわなと震わせている。
(あ、後ろからでもすごい怒ってるのがわかる。髪が逆立ちそう)
ミュウは飛び出すと同時に姿を消した。
フラムを追いかけていったのだろう。
それをアーサーは鬼ごっこでもするかのように、楽しそうに追いかけていった。
一人取り残された祥子は「ど、どうしよう……」とアキを見つめ硬直していた。
「……ん」
しばらくするとアキは意識を取り戻した。
目の前には横から覗き込むように新たな女神様がいた。
女神様はアキに声を掛けた。
「あ、空雄君。だ、大丈夫?」
「女神様再臨!!」
アキは感極まったように声を上げた。
「きゃっ!? ビックリした」
女神様は驚きのけ反ってしまった。その際に揺れたお胸様をアキは満足そうに見ていた。
「空雄君……」
その視線に気付いた女神様の声には少しばかり呆れたニュアンスが含まれていた。
「アハハハハッ、えっと……あれ? 祥子、さん?」
アキは乾いた笑いを漏らし女神様の顔をまじまじと見た。そして、女神様が祥子だとようやく気付いた。
「う、うん」
祥子は恥ずかしそうに頷いた。
「あ、あの、変、かな?」
祥子は俯き加減に言ったが、アキが祥子のすぐ下にいるからまともに顔を突き合わせる形となっていた。
アキは至近距離で頬を赤らめ恥ずかしそうにしている可愛い祥子の顔を見てドギマギしてしまう。
「い、いえ。とても可愛らしいかと思われます」
アキは動揺のあまり意味のわからない口調になる。
「フフッ、何よ、思われますって」
可愛らしく微笑む祥子をアキはボーッと見つめていた。
「え? な、なに? や、やっぱり変? だよね。うん、す、すぐメガネ掛けるから」
アキがじっと顔を見てくるため、祥子は動揺を隠せなくなりメガネを掛けて顔と動揺を隠そうとする。
「ま、待ってそのままでいいよ! うん、そのままで可愛いから」
アキはそう言い募り、掛けられる寸前だったメガネを止めることに成功した。が、
「え? ほ、ホントに?」
祥子はメガネが少しずれた状態で上目使いで言うものだからアキにはたまらなかった。
(破壊力が半端ない。わかるかなぁ? 可愛い女の子のメガネが少しずれてるというこの少し抜けてる感! 可愛いと思わない?)
「ホント、ホント!」
アキはどちらに対して言ったのだろうか? メガネがない方がいいのか、少し抜けてるのがいいのか……
祥子はアキが何を考えているのかは気にせず、その言葉をそのまま信じメガネを外した。
「あ……」
「?」
アキが少し残念そうな表情をした気がして祥子は小首を傾げた。
「……ん? あれ?」
アキは何か違和感を感じた。なんでこんなにも顔がそして胸が近いのだろう、と。
そして気付いた、後頭部に広がる心地のいい感触に!
(ま、まさか! これは膝枕なのでは!?)
「ど、どうしたの?」
祥子はアキの様子が変なことに気付き心配になる。どこか打っていたのではと。
後頭部に意識がいっている今のアキには祥子の声は届かず、後頭部に広がる感触の正体を探るべくアキは両手を伸ばした。
「っ!?」
(片方の手には二つの硬い……膝か! だとしたらこっちの曲線を描くような柔らかな感触のものは……まさか!?)
「き、きゃぁぁぁぁっ!」
「うわっ!?」
祥子は膝立ちの状態でお尻に手を当て、顔を赤らめ涙目でアキを睨んできた。
(やっぱり今の感触は祥子さんのお尻!?)
アキは起き上がるとお尻を撫でまわしていた手をニギニギさせ感触を思い出す。
その手を見て祥子の目が鋭さを増す。
「ハッ!? いや、これは違うんです! わざとじゃないんですよ! 膝枕なのかと確かめようとですね」
アキは祥子を宥めるように言い訳を口にした。
「い、いきなり女の子のお尻触るなんて最低だよ!」
その祥子の反応は、男性への免疫のなさが窺えるものだった。
慣れた女性ならその手をつねり、顔面へ平手打ちをくらわしていたことだろう。
「ご、ごめんなさいでした!」
アキは嫌われたくない一心で見事な土下座をした。
「……もう! その土下座に免じて今回はこれで許してあげる」
そういうと祥子はアキの両頬をつねった。
「あひがとふごはいまふ」
「もうこんなことしちゃダメだからね。フフッ」
「は~い」
アキは頬をさすりながら返事をし、謎の行動をとった祥子へ訊ねる。
「なんでまた膝枕を?」
「え、その、ミュウさんがその方が空雄君も喜ぶからって」
祥子は俯き加減に言う。アキが怒ってるんじゃないかと不安だった。
「ああ、さすがはミュウだな。よくわかってるじゃないか」
アキは感心したようにうんうんと頷く。
アキが怒っていないようで祥子はホッと胸を撫で下ろした。
「それで、何か話があったんじゃないの?」
「え?」
アキに唐突に言われ祥子は反応に窮した。
「最近俺のこと避けてるみたいだったし……」
アキは表情を少し曇らせた。
祥子はそんなアキの顔は見たくなかった。
「ち、違うの! 避けてたとかじゃなくて、その……」
とは言っても実際には避けていた祥子は言葉に詰まり、頭をフル回転させ言い訳を考える。
「そう! 最近忙しくて! そのなかなか……」
嘘をついている後ろめたさから声尻が弱くなっていく。
「そっか、そうだよなぁ。俺たちのためにいつ起こるかもわからない空間の歪みを観測し続けてくれてるんだもんな。ホント、いつもありがとね」
アキは素直に信じ、礼を言った。
「う、うん……」
祥子の良心が痛む。
「ご、ごめんね。嫌な思いさせちゃって……だから、これからは少しでも時間造るから! その……」
「そんな、忙しいのに無理しなくてもいいよ。しっかり休まないと、祥子さんが体壊しちゃったら元も子もないし」
アキは本当に祥子のことを心配して言っているようで、祥子の良心はさらに痛んだ。
「だ、大丈夫。私こう見えて結構頑丈だから! 私がそうしたいだけだから! だから、その、また前みたいにお話してくれるかな? それとも、私なんかと話ししたくないかな?」
祥子は伏し目がちにそう言った。
「そんなことないよ。祥子さんと話すの楽しいし。私なんか、なんて言うなよなぁ。祥子さんはもっと自信持っていいと思うぞ」
「そ、そうかな?」
祥子はアキをチラリと見て訊ねる。
「うん! そんなに可愛いんだから、その気になれば男の一人や二人すぐにできるんじゃない?」
アキは祥子に自信をつけさせるように言ったのだが、やはりこの男はわかっていない。
「(……空雄君一人でいいんだけど)」
アキには祥子の呟きは聞こえていなかった。
祥子が聞こえるように声を出していたのなら何かが変わっていたのかもしれない。
しかし今はこれが精いっぱいだと、祥子はアキの横に座りアキの笑顔を見つめていた。
「空雄君って、鈍感だよね」
「何をいうかな祥子さん。俺は感は鋭い方だと自負してるぜ」
アキは顎に手をやりキメ顔で言った。
「うん、きっとそれ、錯覚だよ」
祥子はいつの間にかアキと普通に話せるようになっていた。
(空雄君に自信持っていいって言われたからかな?)
祥子はそんなことを思っていたが、実はお尻を触られた辺りから変化が起こっていたのだが、祥子はその事実に気づくことはなかった。
地味娘ちゃんの祥子が可愛く思えて仕方がないです。




