恐怖のトラウマ、セシリア
『どうですか? うまくいきましたか?』
ミュウがフラムを引きずり戻ってきた。アーサーはミュウの後ろに隠れている。
「ミュウさん。はい、祥子にしては頑張ったと思います。すみません無理を聞いてもらいありがとうございました」
道場の影から祥子たちの様子を窺っていた由美子がミュウに礼を言った。
『構いませんよ。丁度いいタイミングでアキが気絶しましたから』
(気絶を丁度いいって言うのもどうなんだろう?)
由美子は笑顔が微妙に引き攣っていた。
『でも、よかったんですか? あまり合理的とは思えませんが』
祥子の想いは届かず、最終的には傷つくだけなのにどうしてこんなことをするのかとミュウは不思議に思っている。
「合理的って……確かにそうかもしれないですけど、人間は合理性だけでは生きられないんですよ。どうしても感情が先に出てしまうときがあります。その時は合理性なんて考えられない生き物なんですよ私たちは」
由美子はそれが人間の良い所であり、悪い所でもあることはわかっている。
しかし、祥子には今感情に従って動いてほしいと願っていた。そうしないと何も変えられないから、いつまでたっても先に進めないから。たとえ想いが届かなくてもそこから先に進めるはずだと信じているから。
『そうですか。私にはよくわかりませんね』
ミュウはそんな無駄なことをする人間を理解するつもりもなかったためそれ以上は聞かなかった。
同時刻、観測室
「やはりおかしいですね。光輝たちの召喚から十分すぎるほど間隔はあいているというのに、一向に次の召喚が行われないなんて。何かあったとしか思えない」
剛輝は巨大モニターに目を向け言った。
「そうじゃな、これ以上待って事態が悪化するようなことがあってはならんし……今が決断の時やもしれん」
嵐三は決意を固め立ち上がる。
「では……」
「うむ、準備に掛かるとしよう。こちらの事は頼むぞ」
「はい、任せてください」
剛輝は所員たちへと指示を出し、準備に取り掛かっていく。
「ふむ、致し方なかろう……」
嵐三はモニターに目を向け一人呟いた。
———物語は異世界へと戻る———
……
……闇
……サラ
誰かが呼ぶ声がする
……サラ、ここだ
振り向くと一人の男がいる
「アキ!」
顔は見えないがサラにはそれがアキだとわかった
「もうすぐだ、もうすぐ会える」
「本当に?」
「ああ、だから……」
サラはアキの胸に飛び込む
「うん、あなたを信じてる。愛してるわ」
「ああ……」
アキの腕の中でサラはアキを見上げる
サラはアキと唇を重ねた
……
サラはベッドで目を覚ますとそっと唇に触れた。
「アキ……」
「ん~いい天気でよかったねぇ。ていうか、ローズブルグで雨が降ってるとこ見たことないよね」
城門前で冬華は空を見上げて不思議そうな顔をする。
『そうですね、魔法で雨雲を避けてるんですかね?』
シルフィはありそうな事を口にした。
「いえ、ちゃんと降ってますよ。お二人がいなかった時に……冬華さんが晴れ女だからじゃないですかね? そんな感じしますし」
新兵の門番シルバは嬉しそうに話している。なぜ嬉しそうかと言うと、カルマとの戦いを見て冬華の剣技に惚れこみ、そしていつか冬華に弟子入りしようと考えていた。その未来の師匠(希望)である冬華と話をしているからだ。
「なに? シルバ君は私が能天気なアホな子だって言いたいわけ~」
冬華はシルバにずいっと顔を近づけると目を細め、チンピラの如く「あん?」と凄む。
「い、いえ! 決してそのようなことは! 自分は冬華さんを尊敬申し上げております!」
シルバは冬華の顔を間近で見て動揺した。そしてピンッと背筋を伸ばし直立不動で上を向いて早口で声を張り上げた。
「え? 尊敬もう、なに?」
冬華は聞き取れなかった。
「あ、いえ、その、尊敬しております。はい」
シルバは目線を上に向けたり冬華に向けたり行ったり来たりさせる。
『冬華、シルバが困っていますよ』
シルフィは顔を近づけたままの冬華を窘める。
「だって、頭の中がお花畑だって言うんだよ!」
冬華の中ではそこまで変換されていた。
『そこまでは言ってないでしょう。冬華がいれば晴れ渡る空のように清々しい気持ちになれると言ったのですよ』
「えへへ、そうかなぁ」
冬華は照れたように頬に手を添えると上機嫌になった。ちょろい娘だった。
シルフィは冬華の将来が心配になってしまった。
『(大丈夫、私がしっかり面倒見るからね)』
シルフィは決意を新たにする。
「自分は、そこまでは言っていないんですが……」
シルバの声は二人には届かなかった。
「すみません。お待たせしましたか?」
門の影から冬華たちを恨めしそうに見ている人影を横目にサラがやってきた。
「いや、僕も今来たところだよ」
冬華はデートで待ち合わせてるカップルのようなイメージで迎えた。
「そ、そうですか」
サラには伝わらずまわりは凍り付き、冬華は辱めを受けた。
『何をしてるのですかあなたは』
シルフィはアホな子を見るような目で冬華を見ていた。
「何でもないよ。行こっか」
『そうですね』
「はい!」
「お気をつけて!」
冬華たちはシルバに見送られ、サンドガーデンへ向け出発した。
「フンッフフンッフッフンッ」
賑やかな城下町を抜け、城が見えなくなってくると、近くから鼻歌が聞こえてきた。何の歌かはわからないけれど、機嫌がいいのだけはわかった。
冬華は鼻歌の主に訊ねた。
「サラさん今日はご機嫌ですねぇ。なにかいいことでもあったのかな?」
「フフッ、わかりますか?」
「そりゃあ、それだけ楽しげな鼻歌を聞かされたら誰でも気付くでしょう」
気付かないわけないじゃない、私はそこまで鈍感じゃないんだからね、と目が言っている。
『何があったんですか?』
シルフィもサラの様子が気になり訊ねた。きっとアキ絡みだろうとはわかっていたけれど一応聞いてみた。
「うふふっ、まだ秘密です。でもじきにわかると思いますよ」
サラは意味深なことを言うと、一人前を進んでいく。
そんなサラの背中を見ると、二人は視線を合わせる。
「(絶対お兄ちゃん絡みだよね)」
『(ええ)』
二人はサラに注意を向けながらサラの後に続いた。
街道沿いを東へと進むと、途中に北へと抜ける道を見つけた。
「この道を北に行くとモルデニアに着くのかな?」
冬華が道の先を見て訊ねた。
「いえ、モルデニアへ続く道はもう少し先ですよ。この先には確か村があったと思います。私も行ったことはないんですが」
サラは記憶を頼りにそう説明する。
『はい、以前敵がローズブルグへ攻め込んでいたとき偽アルマが野営地として使っていた村がありますね』
シルフィは助けたセシリアの事を思い出し、頬が引き攣る。
「じゃあ、まだ魔物がいるかもしれないんだね……どうする? 魔物を倒して村を解放するよね?」
冬華は少し考える素振りを見せたが、すでに次の行動は決まっていたようだ。
「しかし、3人だけでは危険ではありませんか? どのくらい魔物が残っているのかもわからないんですよ?」
サラが戦力を分析して冷静に冬華を止めに入る。
「大丈夫だよ。私たち二人だけでも行けると思うよ」
冬華は何気にサラを戦力に入れていなかった。様子のおかしいサラを戦力として考えるのは危険だと考えているようだ。
「しかし……」
サラはそれでも頷かなかった。
「……?」
冬華はそんなサラを怪訝そうに見る。以前ならここまで反対はしなかったはずなのに、やはり変だ。その村に何かあるの? と冬華は考えていた。
『その村はもう解放しましたよ』
「へ?」
シルフィがさらっと言うものだから冬華は間の抜けた声を上げてしまった。
『さっき言ったじゃないですか、偽アルマが野営地として使っていたと。アキがそれを放っておくと思いますか?』
「じゃあ、お兄ちゃんが?」
冬華はそうだよねと納得顔で訊ねた。サラも興味深そうに聞いている。
『いえ、私ですよ。アキはまだ信用されていませんでしたから、単独では動けなかったのです。だからアキが偽アルマとローズブルグへ向かった隙に私が村を取り戻すようにとアキに言われていたのです』
「ああ、そういうこと」
『ええ、ですからここには用はありません。ささ、早く先へ進みましょう』
シルフィは冬華の背を押し先を急がせる。
「え? うん、わかった」
シルフィの様子がどうにも腑に落ちなかったが、村が解放されているのなら用はないだろうと冬華は頷いた。
頷いたが、聞かずにはいられないのが冬華だった。
「で、その村で何があったの?」
冬華は歩を進めつつ訊ねた。
『え? ……何もありませんよ』
シルフィは冬華から目を逸らしてしまう。
何かある! シルフィは何かを隠しているに違いない! 絶対面白い話だ! 冬華は聞き出そうと詰め寄った。
「ねぇねぇ、なにがあったのよ~、教えてよ~」
冬華はシルフィにすり寄り腕に絡みつくと上目遣いでお願いする。
『な、何もありませんよ。そんな目をしても話すことは何もありません』
シルフィは頑なに話そうとはしない。
シルフィがここまで隠すとなると、知られたくない恥ずかし出来事があったはず。
冬華の疑念は確信へと変わっていく。
(聞きたい! 一体どんな面白い話なの? シルフィの恥ずかしエピソード!)
冬華の瞳は好奇心で輝いていた。
『うっ……』
(これはまずいですね、冬華の目がヤバくなってきました。この話だけは絶対死守しなければ。アキにさえ話していないというのに……)
シルフィはよせばいいのに、当時の事を思い出してしまった。
あれは村に残る魔物を一掃し、村人たちを解放した後のことだった。
・
・
・
シルフィは避難所に隠れているセシリアを迎えに行った。
『セシリア? 迎えにきましたよ。もう村は安全です、村へ戻りましょう』
洞窟内にシルフィの声が反響する。
しかし、返事は返ってこなかった。
シルフィはこの奥でセシリアに何かあったのではないかと不安になり、洞窟の奥へと入って行った。
洞窟の奥に明かりが灯っているのが見えた。
シルフィはセシリアがいるのかと思い声を掛けた。
『セシリア? そこにいるのですか?』
「シルフィお姉様?」
消え入りそうな声が聞こえてきた。間違いなくセシリアのものだった。
しかし、その弱々しい声にシルフィは不安を覚え、急いでセシリアのもとへと向かった。
『セシリア! ……無事でしたか。心配させないでください』
シルフィはセシリアを見つけホッと胸を撫で下ろした。
しかしセシリアは後ろを向いたままこちらを向かない。
シルフィはセシリアへと近づこうとした。しかし、体が思うように動かない。
『あ、あれ?』
シルフィは体が痺れ倒れ込んでしまう。
(まさか罠!? 油断していたとはいえ精霊の私を痺れさせるなんて……)
『せ、セシ、リア……あな、た……』
「あれ? まだ意識があるなんて、さすがはシルフィお姉様ですわ。それとも配合を間違えたかしら」
セシリアが振り向くと口元には布が巻かれていた。
辺りには甘いような不思議な香りが充満していた。これを吸わないための布のようだ。
「大丈夫ですよお姉様。お姉様は私がお守りしますから」
セシリアは怪しく微笑む。
(何なのですかこの娘は、自分で私を動けなくしておいて何を言っているのですか。しかも目が危ない、危な過ぎる!)
セシリアはシルフィを抱き上げると、布で仕切られた横穴へと入って行く。
「お姉様、軽いんですね。羨ましいです」
セシリアはシルフィを舐めるように見つつ言った。
シルフィはセシリアに何か魔法でも掛けられているのかと思い魔法で調べてみた。
(この娘、操られているわけでもないのになぜこのようなことを……体は動かなくてもいざとなれば魔法で逃げればいいし、少し様子を見よう。ひょっとしたら誰かが人質にされているのかもしれない)
シルフィはそう思い体の痺れを取りつつされるがままになっていた。
セシリアはシルフィをベッドに寝かせると、あろうことかシルフィに馬乗りになってきた。
『へ!?』
あまりの出来事にシルフィは間の抜けた声を漏らした。
この態勢は、この娘があの壊れた男にされていたのと同じ態勢だった。
(こここ、この娘はなぜこんなことを!?)
シルフィはわけがわからず頭の中が混乱した。
「フフッ、怖がらなくてもいいんですよ。お姉様は私がお守りしますから」
(これは守る態勢じゃないでしょ!)
セシリアはおもむろに服を脱ぎ始め、プルンッと形のいい胸があらわになる。
「さあ、お姉様。私と一つになりましょう。私はお姉様のもの、お姉様は私のものになるんです」
セシリアは媚薬にでもやられてしまったのかトロンとした瞳でシルフィに迫ってくる。
(怖い怖い怖い怖い怖い! 何この娘何この娘何この娘! ユリっ子どころか正真のユリじゃない! 私の貞操の危機じゃない!)
シルフィは恐怖で顔が青ざめる。
セシリアはシルフィへと顔を近づけシルフィの唇を奪おうとする。
(イヤァァァァ! はじめてはアキとだって決めてるのに!)
シルフィは首を振り振りし避ける。
「もう、お姉様ったら。恥ずかしがり屋さんなんだか、ら!」
セシリアはそういうとシルフィの顔をガシッと両手で押さえ込む。
(なにこの娘!? 超力強いんですけど! 顔が動かないんですけど!)
シルフィはもう完全に素に戻っていた。
「はい、改めて行きますよ~ん~~~」
セシリアの唇が迫る。
(ヒィッ!? イヤァァァッ!)
セシリアの唇は枕へと沈んでいった。
「あ、あれ? お姉様?」
セシリアはキョロキョロとシルフィを探す。
(あっぶなぁ~、ギリギリだったじゃない! 人間じゃなかったら速攻殺してたのに)
シルフィはギリギリのところで姿を消し体を霧散させていた。
攻撃なら大気中の魔力を集めればいつでもできたのだが、さすがに人間相手ではシルフィもそれはできなかった。痺れのせいで体の中の魔力をうまく制御できず、すぐに消えることもできなかった。なので体のしびれが取れるまで我慢していたのだ。
(これからは男だけじゃなく女にも警戒しなくちゃいけないのね。ハァ、これだから人間はイヤなのよ! 自己中で。アキと冬華は別だけど)
安心していると、服を着たセシリアがシルフィを探しに出てきた。
(ヤバッ、早く逃げなくちゃ! もう二度と会いたくないわ。ここの村には近づかないようにしよう)
シルフィはそう心に誓い、アキのもとへと戻って行った。
・
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・
シルフィは嫌なことを思い出し、身震いする。
(精霊の私が人間の、しかも女性に襲われただなんて……言えない)
冬華は相変わらず興味深々の目を向けてくるが、シルフィはその目を無視し先を急いだ。
(早くここを離れないと……ヤツに見つかる)
「待ってよシルフィ! 教えてよ~」
『私の名前をここで呼ばないでよ! 見つかっちゃうじゃない!』
「え~」
シルフィのあまりの剣幕に冬華とサラは若干引いてしまった。
シルフィはそんな事お構いなくズンズンと進んでいく。
こんな体験そうそうしないですよね。ね?




