光輝とシルフィ
執務室でしばらく待っていると、扉が開かれた。
陛下かと思い扉の方を見ると光輝だった。
その後ろから城に残っていた見知ったものたちが入ってくる。
その中にオロオロとした態度のカレンもいた。
自分がこの場に来てもよかったのかと戸惑っているようだ。汐音が構わないのではと連れてきたようだ。
そして、ここにもサラはいなかった。
「みんなおひさ~」
冬華は軽いノリで手をふりふりする。
「ああ、久しぶり。怪我はないみたいだね」
冬華の様子を確認して光輝が挨拶した。
「カルマが青い顔してましたけど何かあったんですか?」
汐音がカルマの様子がおかしかったことを怪訝に思い訊ねた。
「え? なに言ってるの? カルマって誰のこと?」
冬華は作り笑いを顔に貼り付け言った。
あまりの怖さにみんな黙り込み、しばらくこの話題は出すのを止めようと暗黙の約束をした。
「ところで、彼女は来ていないの!? アルマ!」
光輝は麻土香の事を言おうと口を開いている最中、アルマの存在に気付き声を上げ殺気立つ。
汐音も同じような行動をとったが、総司と結衣、そしてカレンは「アルマ?」と首を傾げていた。総司たちはここにいる偽アルマを窶れさせたような男をアギトから別の名前で紹介されていた為、他人の空似くらいに思っていて光輝が何に殺気立っているのかわからないでいた。
光輝と汐音の反応を見て冬華は溜息を吐いた。
「はぁ、そのくだりはさっき一回やってるからいいよぉ」
とめんどくさそうにする。
仕方がないのでシルフィが淡々と説明を済ませるとみんなは納得した。
相変わらず光輝に対しては愛想の悪いシルフィである。
「それで、彼女は来ていないんだね」
光輝は気を取り直しもう一度訊ねた。
「うん、麻土香ちゃんはレイクブルグで呼び出されたからねぇ。でも一緒に戦ってくれるようにお願いはしてあるから」
冬華は心配無用と言いたげだ。
そんな得意げな冬華を微笑んで見ていた光輝に鋭い視線を向ける者が一人。
それに気づいた汐音がシルフィに声を掛けた。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
『なんでしょう?』
シルフィは汐音の方に向き直ると淡々と応対した。
「シルフィさんはなぜ会長に対してそんなに冷たく当たるのですか?」
汐音は気持ち語気を強めて言う。
シルフィは光輝をチラリと横目で見る。
「それは僕も思っていたんだけど。前に恨みがどうとか言っていたよね? どういうこと?」
光輝も疑問に思っていたらしく訊ねた。
『……』
シルフィは無表情で黙り込む。
そんなシルフィをジト目で見ていた冬華が呟いた。
「ほら、やっぱり……」
「どういうことですか?」
冬華の呟きを聞いた汐音が冬華に訊ねた。
冬華はシルフィを横目に口を開いた。
「コウちゃんはさぁ、シルフィの事って覚えてない?」
冬華に訊ねられ光輝は首を傾げる。
「え? 覚えてないって、僕たち会ったことがあるのか? ご、ごめん。いつ頃かな? 今思い出すから」
光輝は焦ったように記憶を探る。
自分が忘れていたせいでシルフィが怒っているのだと思っているようだ。
「子供の頃だよ。ん~10年くらい前?」
冬華はシルフィを見て言う。
シルフィは無言でコクリと頷いた。
シルフィは冬華が言っていたように、「自分が姿を隠していた」とは思いたくなかった。しかし自信もなく、光輝の記憶による判決が下るのを静かに待っていた。
光輝はつい最近10年前の事を思い出していたためすぐに記憶がよみがえった。
「ごめん、三人でいたことは覚えてるんだけど……あれ? ちょっと待って……」
光輝はもう一度記憶を掘り起こす。
(確かあの時二人が何か言ってたような……)
「シ・・・もそう思うよね?」
(冬華は誰に聞いていた?)
「なるほど! さっすがシル・・」
(アキは誰と話していた?)
(シル・・? フィ? あっ!?)
光輝はシルフィという名前を思い出した。そう名前は……だ。
「確か二人がシルフィの名を呼んでるのは聞いた覚えがある。けど誰もいないところに話掛けてたから……」
光輝は自分だけ変なのだと思われるのが嫌で黙っていたことを思い出した。
「誰もいないところに、ねぇ」
冬華はシルフィをジト目で見る。
シルフィの判決はほぼ決定した。
「僕がシルフィに気付けなかったから怒っているんだね。ごめん」
光輝は純粋にそう思い謝った。
シルフィはさすがに良心が痛み顔が引き攣りはじめる。
「いいのいいの、コウちゃんは悪くないんだから」
冬華はヤレヤレと言った感じに説明をはじめた。
「精霊が人間を敬遠してるは知ってるよね?」
光輝たちは理由はわからないが、マーサなどから聞いていた話でなんとなく察しているようで頷いた。
「まあ、理由は私もよく知らないけど、シルフィも同じで人前には滅多に姿を見せないんだよ。でもお兄ちゃんや私とはなぜか仲良くなってくれたんだよねぇ」
冬華はシルフィを見て言う。
シルフィはバツが悪いのか、さっきから明後日の方向を見ている。
「で、子供のころからシルフィお兄ちゃんにベッタリで、私がいないときはいつも二人で遊んでたみたい。コウちゃんにはそれが一人で遊んでるように見えてたんだよね?」
冬華は確認を取るように光輝に訊ねた。
光輝はその通りと頷く。
「私が4人で遊んでると思ってた時もコウちゃんは3人で遊んでるって思ってたんだよね?」
冬華はさらに訊ねる。確認をするまでもないとは思っていたが一応訊ねた。
案の定、光輝はさっきと同じように頷く。
シルフィの姿はなんだか透けてきていた。いたたまれなくなって姿を消そうとしているようだ。
それに気づいた冬華はすかさずシルフィの腕を抱え込んで逃がさないようにする。
『うっ』
シルフィは腕から逃れようとするが冬華は放さない。
「ダメだよ逃げちゃ」
冬華はシルフィの腕にしがみつき上目遣いで言い含める。
そんな冬華にとことん弱いシルフィは溜息を吐いて諦めた。
『はぁ、わかったよぉ』
そんなシルフィに満足したのか冬華はシルフィと腕を組んだまま話を続けた。
「でね、二人っきりで遊んでたとこにコウちゃんが一人で遊んでるように見えたお兄ちゃんに遊ぼうって声を掛けてきたんだって。それが何度も続いて、シルフィの中でコウちゃんは二人っきりのところを邪魔をして、シルフィの事を無視する嫌なヤツっていう存在になってたみたい」
冬華の言葉を聞き光輝は驚きの表情を見せる。
「でも、いなかったよね?」
光輝は腑に落ちないといった感じに訊ねた。
「ううん、いたよ。姿を見せないっていうのは、どこかに隠れてるとかじゃなくて姿を見せなくしてるってこと。まぁ人のいるところにはなかなか来ないみたいだけどね。シルフィもまだ小さかったし、コウちゃんに慣れてなくて無意識に姿を見せなくしてたんだよ。この間私が言うまで本人も気付いてなかったみたいだけど」
冬華はしょうがない子だよねぇという風に微笑む。
「それはまたずいぶんと見当違いな……」
汐音は呆れたように呟いた。
「シルフィも悪気があったわけじゃないから、ちょっとしたすれ違い? だから許してあげてよ、ね?」
冬華が光輝に手を合わせてお願いする。
「あ、うん、そういうことなら、結果的には二人の邪魔をしていたのは確かなわけだし、おあいこってことでいいんじゃない?」
光輝はずいぶんと控えめに言った。光輝には非はないのだけれど、今後の友好関係をスムーズにしたいと考えているのだろう。でなければただのお人好しである。
「お人好しですね。まぁ、会長がそれでいいのでしたら私は何も言いませんが」
汐音は呆れたように、そして光輝ならこう言うだろうと諦めてもいた。
「ありがとー! ほらシルフィも!」
冬華はシルフィの腕を引き光輝の前に連れて行く。
『えっと、すみませんでした』
シルフィは相変わらずそっけなく言う。
「あはは、シルフィは誰にでもこうだから……砕けた感じで話すにはもっと仲良くならないと無理だねぇ、麻土香ちゃんやレイナちゃんにもこんな感じだし。あ、でも麻土香ちゃんには少し砕けてるかな?」
冬華はシルフィと麻土香の話しているところを思い出して悩んでいるが、みんなはそんなことよりも別の事が気になっていた。
「レイナ姫のことをちゃん付けですか……」
汐音は驚き呟いた。が、冬華ならあり得るかもと密かに思っていた。
「ん? だって友達だもんあたりまえじゃん」
冬華はさも当然のように言う。友達なら当然と言えば当然で驚くようなことではない。ただ相手がお姫様だというだけだ。それが一番の驚き所なのだが……
光輝たちがそんなことを思っていると扉が開き、待ちに待った人物が現れた。
陛下とマリアが執務室へ入室する。
陛下は椅子に腰かけると口を開いた。
「待たせてすまなかったな」
『いえ、こちらこそご多忙のところ申し訳ありません』
シルフィは淡々とだが礼をもって言う。
「して、何用かな?」
『はい、実は……』
冬華では話が脱線しかねない、それよりも失礼な物言いをするのではないかと危惧し、シルフィが話はじめた。
まずシルフィはアルマの事を説明した。
偽アルマが倒されたことでおそらくはもう大丈夫だろうとアルマを引き渡した。
アルマは今まで世話になったと礼を言い、立ち位置的に陛下側へと移る。
次に、レイナがレイクブルグへの道中で襲われたこと、そしてその際に新たな敵が現れたことを話した。
「うむ、報告は受けている。そなたたちが救ってくれたそうだな、ありがとう」
陛下はそう礼を言った。亡くなった兵を運んできた兵が報告を入れていたのだろう、報告を思い出し陛下は険しい表情をしている。そんな敵が現れることを想定できなかったことを悔いているのだろう。誰も想像できなかったのだから仕方がないのだが……
そして光輝も「僕が護衛について行っていれば……」と言い悔いていた。
『いえ、力の目覚めていない光輝がいても変わらなかったでしょう』
シルフィは淡々と言い放った。兵と共に殺されていただけと暗に言っていた。
光輝もそのことはわかっているらしく唇を噛みしめている。
『それにヤツの目的は冬華のようでしたし……とにかくヤツの属性を見ると敵は他にもいるはずですので警戒を怠らないようにしてください』
「うむ、わかった」
シルフィの進言に陛下は頷いた。
次に、麻土香から聞いた、モルガナがちょくちょく東の山へ出入りしている事を話した。
「そのようなところに……すぐに斥候を送るとしよう」
陛下はすぐさまそう決断するが、
『いえ、それは我々で行います。おそらく人が近づけばすぐに見つかるでしょう。我々なら見つかっても迎え撃つこともできますので』
シルフィがそう言い陛下の申し出を断った。
「うむ、確かにそのような相手に我が兵では太刀打ちできぬだろう、すまぬ」
陛下は自国の力のなさを謝罪する。
『いえ、それは仕方のないことですので。ただ、向かうにしても光輝の状況次第なので……しばらくは無理のようですね』
シルフィは光輝の力が今だに目覚めていないことを言っていた。
「すまない」
光輝は俯き謝る。
『いえ、責めているわけではありませんよ。それほど難しいということです。無理をしてあなたを危険に晒すことはできませんから』
シルフィは光輝を気遣うように言う。
光輝に対するわだかまりは取り払えたのだと冬華は微笑んでいる。
次にシルフィはサンドガーデンについて訊ねた。
『陛下、サンドガーデンとは何か連絡をとっているのでしょうか?』
「うむ、我が国に再三敵が攻め込んできていた時期に警戒するよう連絡を取ったが最近はどうなのだ? 連絡はきているのか?」
陛下はマリアへと訊ねた。
「いえ、向こうからはありませんね。こちらからの連絡には応えてくれますが」
そういうマリアにシルフィが訊ねた。
『向こうはなんと言っているのですか?』
「こちらはまだ襲われてはいないとだけ」
それを聞きシルフィは怪訝そうな表情をする。
そんなシルフィを見て冬華が訊ねた。
「どうしたの? 何かあるの?」
シルフィは冬華へと視線を向け答える。
『ええ、アキが敵に潜入してる時、モルガナはサンドガーデンに攻め込んでいたはずなのです』
「じゃあ、襲われてるのに、襲われてないって言ってるってこと?」
冬華はわけがわからないといった様子で言う。
「時期的にまだ襲われていなかったのでは? もしくはモルガナが襲う前に引き返してきたとか? こちらに姿を現しましたし」
汐音は可能性を口にした。
その可能性はある。しかしそうでなければ最悪の事態になっていると皆の考えは行きついていた。
「マリア、今すぐサンドガーデンに連絡を入れろ、様子をうかがってまいれ」
「はい」
陛下の命にマリアは返事をすると執務室を出て行った。
「万が一の時はどうしますか?」
汐音が光輝に訊ねた。
「その時は、サンドガーデンに行くしかないだろう」
光輝は険しい表情でそう言った。




