サラの異変
マリアからの報告の結果、サンドガーデンへ向かうこととなった。
サンドガーデン側からは「まだ魔物には襲われていない」とだけ言われたのだそうだ。さらに突っ込んで話を聞こうとしたが通信を切られたらしい。
あからさま過ぎるほどに怪しかった為罠である可能性大! という話になり、向かう気満々だった光輝には留守番をさせ冬華とシルフィが向かうこととなった。
そして道案内としてサラに同行してもらうこととなった。
光輝たちから聞いた話によると、やはりサラの様子はおかしい様だ。なので案内役という名目で連れ出し、近くで様子を見ると共に疑惑の掛かっているタリアから引き離そうというわけだ。
もちろん発案はシルフィである。
というわけで今サラの部屋の前に来ている。同行の件を話しておくためだ。あと今の状態を確認しておくために……
扉をノックしてしばらく経つ……
「いないのかな?」
『気配はありますからいるはずですが……』
冬華たちが話していると扉の開く音がした。
部屋からはほのかに甘い香りが漂ってくる。女性の部屋なのだからおかしな話ではないのだが、冬華の記憶しているサラの香りとは違っていた。
扉を少し開けるとサラは顔を出した。
「なんでしょう?」
「あ、サラさん久しぶり~」
冬華はいつもの調子で軽く挨拶する。
「あら、冬華さんでしたか。お久しぶりです。いつお戻りになったのですか?」
サラはいたって普通に返した。おかしなところは特に見られない。
「ついさっきね。今王様に挨拶してきたとこだよ」
冬華は普通に雑談をはじめる。こういう時の冬華のおバカ加減はいい仕事をする。
「そうでしたか。お帰りなさい」
サラは微笑んで迎える。
「えへへ、ただいまぁ」
冬華は嬉しそうに笑顔であいさつをし、続けて訊ねた。
「サラさん何してたの? 部屋に籠っちゃって~そんなんじゃもやしっ子になっちゃうよ?」
冬華は冗談めかして言う。
「もやしっ子というのはわかりませんけど、仕事をしていたんですよ」
サラは小首を傾げて言う。
「わお、真面目だ! お兄ちゃんとは違うねぇ」
「そんなことないですよ。アキは本当は真面目な人ですよ」
サラは微笑んで言う。
「え? 真面目? またまた~うまいこと言っちゃって~お兄ちゃんが真面目なわけないじゃ~ん」
「いえ、真面目で素敵な人ですよ。いつも助けられていますよ」
冬華は今サラがおかしなこと言ったことに気付いた。真面目と行ったのはもちろんだが、いや、真面目な部分もあるけれどそれを代名詞に使えるほど真面目ではない。どちらかと言えばだらけ者だ。そして、「いつも助けられています」と言った。「いました」ではなく「います」だ。過去形ではなかった。
「……え? 今なんて?」
冬華は聞き間違いかもしれないと思い、もう一度聞こうと訊ねた。
「あ!? い、いえなんでもないんですよ」
サラは一瞬慌てたように見えたがすぐさまいつも通りの微笑みを見せる。明らかに誤魔化している。
サラの様子を黙って見ていたシルフィが前に出て口を開いた。
『サラさん、アキは死んだのですよ』
シルフィはストレートにそう言った。
あまりのストレートな物言いに冬華は目を丸くする。
「ええ、大丈夫ですよ。わかっていますから」
サラは安心させるように言うが、シルフィたちは逆に心配になる。何も大丈夫そうに見えない。何がわかっているのかもさっぱりわからない。二人は困惑の表情を浮かべる。
「どうしたんですか二人とも? そんな心配そうな顔しなくても大丈夫ですから。安心してください」
サラはいつも通りの微笑みをする。しかしその微笑みがかえって不安をかきたてる。
『あなたは何を言ってるのですか! どこが大丈夫なのですか! アキを失っておかしくなったのですか?』
シルフィには珍しく声を荒げて言った。アキが大切に想っていた人がおかしくなったのであれば取り乱しもするだろう。
「失う? もうシルフィさんまで何を言ってるんですか?」
サラは困ったなぁといった感じで言うと、シルフィの耳元へと顔を寄せる。
「(大丈夫ですよ。アキが生きていることは秘密にしておきますから)」
サラはそう耳打ちすると、笑顔でシルフィから離れる。
それを聞いたシルフィは目を見開いて硬直する。
「ちょっとシルフィ? どうしたの?」
シルフィの異変に気付いた冬華がシルフィの肩を揺らして訊ねた。
『え? あ、いえ、何でもありません』
シルフィはそういうと考え込んだ。
シルフィが思考の中からなかなか帰ってこないので冬華は話を変えてみた。
「ところでサラさん、なんかいい匂いがするんだけど、香水変えた?」
「え? 香水ですか? わたし香水は使ってませんよ。これはお香です。言い香りでしょう? タリアさんがリラックス効果があるからとくれたんですよ」
サラはうっとりしたような表情で言う。
「へ~タリアさんが……」
冬華はそう言うと、(香水使わずにあんなにいい匂いさせてたの!? まさかフェロモン! フェロモン出てるの!)と突っ込みたい衝動を抑えて匂いを嗅いだ……甘い香り、でもレイクブルグの時のような臭いとは違う。確かにリラックスには良さそうな匂いだった。
「ええ、あの時わたしずいぶん落ち込んでいましたから、心配してくださったんです。優しい人ですよね」
サラはいい友人ができて嬉しいのか微笑んでいる。
シルフィは二人の話を流して聞いていたが、考えがまとまったように顔を上げた。
『さっきの話、タリアさんから?』
シルフィは簡潔に訊ねた。
「ええ」
サラは頷いた。
『そうですか、わかりました。……そうだ、要件をまだ伝えていませんでしたね。明日サンドガーデンに向かいますのでサラさんには道案内をお願いしたいのです』
シルフィはサラの肯定の意を受けとめると、本来の要件を伝えた。
「明日ですか……わかりました、準備をしておきます」
サラは一瞬表情が固まったがすぐに微笑み了解した。
『では明日よろしくお願いします。行きますよ冬華』
シルフィはそういうと一礼してその場をあとにする。
冬華は話に付いていけていない様子で困惑の表情でシルフィとサラを交互に見ている。
『冬華、早くいらっしゃい』
「う、うん」
シルフィに急かされ冬華はようやく動き出した。
サラは二人を笑顔のまま見送り、二人が見えなくなると部屋に入って行った。
「(シルフィ! どういうこと? サラさんに何言われたの?)」
冬華はシルフィの様子から何かあると思い、他の者に聞かれないように小声で訊ねた。
『(サラさん、アキが生きていると言っていました。そんなことあるはずないのに……)』
シルフィはあるはずないと言った。
しかし心の中では断言できないでいた。シルフィはアキを感じられないでいる。アキが普通に死んで天に召されたのであれば自然に循環しているアキの心を感じることができる。しかしそれができないからアキは地獄へ堕ちたのだと思っていた。思っていたのだが、もし生きていてどこか遠くに、感知できないほど遠くにいるとしたら? そんなことはありえないとは思う。しかしアキの遺体は消えた。埋葬されることなく消え去った。その事実があるからこそシルフィは自分の認識を信じきれないでいるのだ。
冬華はシルフィの言葉を聞いて困惑する。
「そんな! (お兄ちゃん目の前で死んだじゃない)」
冬華はハッとなり声を潜めて言った。
『(ええ、だから確かめに行きましょう)』
「(どこへ?)」
冬華は訊ねた。
『(サラさんにそのようなことを吹き込んだタリアさんのところです)』
シルフィはそういうとタリアの下へと向かった。
タリアは演習中だった。
シルフィは休憩に入るのを待ち声を掛けた。
『タリアさん、少しよろしですか?』
タリアは振り向くと声の主が意外な人物だったため目を見開いた。
「え!? あ、っと、シルフィさんでしたね? いつぞやはありがとうございました。それで今回はどのような御用でしょう?」
タリアは礼を言うと訊ねた。
冬華は何の事に礼を言っているのかと首を傾げている。
(初対面のはず、だよね? あ、護衛兵の事かな? 内部分裂させられるとこだったし)
と、冬華は納得していたが、まったく別の話だ。
シルフィはそのことに礼を言われる謂われはなかった。ただ、たまたま通りかかった彼女を使っただけだったのだ。が、今の現在においてまったく関係のない話だ。
シルフィはタリアの反応を見逃さないように鋭い視線を向ける。
『お聞きしたいことがあるのですが……』
「はい、構いませんよ」
タリアはごくごく自然に返事を返した。
シルフィたちがここにいることで兵士たちがざわつき、そのせいでレオルグもシルフィたちの存在に気付いた。
注目を浴びていると気付きシルフィは場所を変えることにした。
変えたのだが、そこにレオルグも付いて来ていた。
シルフィたちはその理由をわかっている。シルフィがタリアを疑っているのを知っているから話を聞きたかったのだ。
しかしタリアはそのことを知らず、レオルグが保護者のように着いて来たことに疑問を抱いていた。
「なぜ将軍まで着いて来たのですか?」
「う、うむ、わたしも話を聞きたいと思ったのだがダメだろうか?」
レオルグはタリアではなくシルフィに了解をとろうとする。
その態度でタリアはさらに疑念を膨らませた。
『別に構いませんよ』
シルフィはあっさりと了承した。
シルフィの雰囲気から断ると思っていたタリアは困惑する。
それと同時にそれほど大したことは聞かれないのだと思い話を促した。
「それで、聞きたいこととは?」
それではとシルフィは質問をはじめた。
『サラさんにお香をあげたのはタリアさんですよね?』
「はい、ずいぶんと沈んでいる様子でしたので、リラックス効果のあるお香を差し上げました」
『その時に何か話しましたか?』
「ええ、ありきたりですが気を落さないように元気付けたり、気を紛らわすために世間話を少し」
『世間話ですか? ……どのような?』
シルフィはその世間話の内容が気になり訊ねた。
「え? それは……」
タリアはレオルグを見ると口ごもる。
シルフィは口ごもるタリアを怪しみ、聞き出そうとする。
『将軍の事は気にせずにどうぞ』
「気にせずにって……す、スタイルを維持するにはどうしたらいいのかとか、最近のファッションについてです。冬華さんや汐音さんの着こなしの話を」
タリアは俯き加減に言った。女性らしく向こうの世界のファッションにも興味があるようだ。
シルフィは思ってもいなかった内容に若干あっけにとられた。
『本当に世間話ですね。で、それだけですか?』
「え? ええ、そうですけど」
『サラさんを気にかけて何度も話していたと聞いたんですけど、本当にそれだけしか話していないんですか?』
タリアはシルフィの言葉に疑問を抱きそのまま口にする。
「何度も? わたしは二度しか話していませんよ」
『そんなことはないでしょう!? 汐音が見ているのですよ?』
シルフィはタリアが嘘を言っていると思い、問いただした。
「本当です! 誰かと見間違えたんじゃないですか?」
それでもタリアは曲げなかった。
タリアを弁護するようにレオルグが口を開いた。
「ああ、タリアの言っていることは本当だ。わたしがずっと見ていたからなから」
せっかくの証言だったが、タリアには衝撃的過ぎる内容だった。
「え!?」
タリアはレオルグの発言に引いてしまった。あとをつけられていたのだと怖くなったようだ。要するにストーキング行為をされていたと思ったようだ。
そんな事とは露知らず話を進めていく3人。
『それは本当ですか?』
「ああ」
「え~どういうこと? 汐音ちゃんが嘘言うわけないし、タリアさんも嘘行ってるようには見えないし」
冬華は苦悶の表情をする。人を疑うのは苦手なようだ。
『術で操られていたとしても将軍が見ていたのならありえないですし』
シルフィも渋い顔をする。
「やっぱり最近はやりの偽物? それともサラさんが本格的に壊れちゃったとか?」
冬華はあまりの事態に適当なことを言いだした。適当ではあるが的外れな事でもない。
偽物説は最有力候補だろう、サラが壊れたというのもアキの事がショックでというならありえなくもない。
『どちらもありそうですね。……ちなみにあのお香、幻覚作用はないですよね?』
シルフィは考え込むとボソリと訊ねた。
「そんなもの人にあげたりしませんよ!」
タリアは憤慨し声を上げた。
『ですよね』
シルフィは軽く流した。
「まったく何なんですか? 将軍まで一緒になって」
タリアは3人してからかっているのかと勘繰りはじめる。
「いや、最近サラ殿の様子がおかしいようで、キミとサラ殿が話しているのを見たという話もあって、だから話を聞こうとだな……」
将軍はタリアが疑われていることを伏せようと話すが、尻蕾になってしまい逆に怪しく聞こえてしまった。
「ああなるほど、わたしが疑われているのですね」
タリアは得心いったように言う。だからと言ってすっきりしているわけではないのだが。
『もう一度聞きますが、世間話をしただけ、そして何度もというわけではないんですね?』
「はい」
『アキの話はしてないのですね?』
シルフィは念を押すように言う。
「アキさんの話なんて! アキさんはサラさんの目の前で亡くなったのですよ! そんな話できるわけないじゃないですか!」
タリアは自分がそんな酷い女に見えるのかと憤慨する。
「シルフィ!」
冬華もこのタリアがそんな話をするとは思えなかった。
『わかってますよ。一応聞いただけです。とにかく明日からしばらくサラさんを城から離すことができます。ですので将軍、留守の間にマリアさんと一緒にサラさんの部屋を調べてもらえますか? 何らかの痕跡があるかもしれませんので。マリアさんには私から伝えておきます』
シルフィはレオルグへそう依頼した。
「あ、ああ、わかった」
レオルグは戸惑いつつも了解した。マリアがついているとはいえ、さすがに女性の部屋へ留守中に入るのは気が引けるようだ。
『あ、あくまでも将軍はマリアさんの護衛としてですよ。間違ってもサラさんの衣類には手を出さないように』
シルフィは余計な話を付け加えた。衣類と言っただけまだましと言える。
「そんなことをするわけがないだろう!」
レオルグは声を荒げて言った。
『冗談ですよ。ムキになると逆に怪しいですよ』
シルフィは淡々と言う。
「将軍……」
タリアは完全に引いていた。ストーカー疑惑がタリアの中で再浮上し、疑うような視線をレオルグに向ける。疑われる身がどんなものか思いしれと言わんばかりに……あくまでも冗談の範囲でだが。
シルフィが衣類ではなく下着と言っていたら濡れ衣だろうと信用を失っていたかもしれない。
その視線に耐えられなくなった将軍は声を上げる。
「よ、よし! 休憩は終わりだ! 演習を再会するぞ!」
レオルグはそそくさとその場をあとにする。
「ではわたしもこれで失礼します」
タリアはビシッと直立すると頭を下げる。
『はい、ありがとうございました』
シルフィが礼を言うとタリアは演習場へと向かった。
「(これからどうするの?)」
冬華が小声で訊ねた。
『(さっき言った通りですよ。マリアさんに話をつけて、明日サラさんを連れ出しサンドガーデンに向かいます。城を離れている間にサラさんにアキの事を吹き込んだものを将軍たちが捕らえられればいいのですが……)』
「(そうだね)」
シルフィたちはマリアの部屋へ寄り話を取りつけると部屋へと戻っていった。
なんだか進行が遅い気もしますが、ゆっくり読んでいただけたら幸いです。




