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求婚

 翌日、約束通り勝負は行われた。

 危険を考慮して木刀での勝負となったのだが……

 結果だけを言うならば、勝負は一瞬で決まってしまった。

 その結果に麻土香たち、そして見物に来ていた者たちは押し黙ってしまう。

 冬華は茫然と立ち尽くす。

「……弱すぎる」

 冬華は呟いた。

 レイは仰向けになって倒れ気絶している……はず。

『まあ、こんなものでしょう。当然の結果ですね』

 シルフィは当たり前のように言った。

「生きてるよね? なんかいい音してたけど……」

 麻土香は恐る恐る訊ねた。

 冬華はビクッとする。

「え~たぶん……」

 冬華は右手に持つ木刀でレイの手をつつく。

 反応がない……

 冬華は焦り、レイの頭をつついた。

 先ほど打ち据えただけにつつきづらかった頭である。再度刺激を与えれば動くかも。そんな適当な考えでつついてみた。

「うっ……」

 反応あり!

「ほ、ほら、大丈夫じゃない」

 冬華は不審そうに見ている麻土香たちへと告げた。

 それを見た治療術士が我に返ったように駆け寄った。

「レイフォード様!」

 声を掛けながら回復魔法を掛ける。

 冬華はそれでもやりすぎたかな? と思い心配そうに回復するのを見守っていた。

「うっ……あ、わたしは一体……?」

 どうやら気が付いたようだ。それを見届けた冬華はホッとしシルフィの下へと戻ろうとする。

「待ってくれ。何がどうなったのだ?」

 レイは自分がどう負けたのかわかっていないようだった。頭を打ったせいかもしれない。

 冬華は頬を引き攣らせながら知らんぷりを決め込もうとした。

「冬華!」

 レイは呼び止めた。

 さすがの冬華も名前を呼ばれたら無視することはできなかった。

「え? なに?」

 一応とぼけて見せる。

「いや、だから何が起こったのかと……」

 レイはわからないといった顔をする。レイだけでなく勝負の行方を見守っていた者たちは皆同じようだった。

「冬華」

 レイナが知りたそうに冬華を見る。

「うっ、でも……どう勝ったのかを自分で話すって、ねぇ」

 冬華は自分の武勇伝を話すようで嫌なのか、シルフィに助けを求めた。

『ふぅ、仕方ないですね。私から話しましょう』

 シルフィは冬華の横へと並ぶ。

「えへへ、ありがと~」

 冬華はシルフィへ笑顔で礼を言う。

『ざっといいますと、レイが振り下ろしてきた木刀を冬華が短刀で受け流し、長刀で頭を打ち据えたわけです。手加減なしということでしたので、冬華もそのまま振り下ろしたのです。冬華の長刀は直撃しレイは気絶したということです』

 シルフィは淡々と説明を終えた。

「だって手加減無用だよ? それだけ自信あるなら避けると思うじゃない! それでも私一応手加減したんだよ。私悪くないよね? ね?」

 冬華は味方を探そうと見渡す。

 しかし、皆は何も言わない。

「う、ふぇ~ん、シルフィ~」

 冬華はみんな敵だとわかりシルフィへ泣きついた。

『よしよし、冬華は悪くなよ。悪いのは実力に見合わない勝負を挑んだレイなんだから』

 シルフィは素に戻り、冬華の頭を撫でながら慰める。

 そこでレイナが口を開いた。

「あ、い、いえ、違うのです。その、あの一瞬でそんなことがあったのかと驚いていただけで、冬華が悪いとかではないんです」

「え!? あ、うん、そうそう、そうだよ。あはは」

 麻土香は明らかに動揺していた。

 冬華は「あれ絶対私が悪いと思ってたよ」と思い頬を膨らませて麻土香を睨む。

『なるほど、そういうことでしたか』

 シルフィは納得した。

「ん? レイが弱すぎたってことでいいんだよね?」

 冬華は遠慮もなくズバリと言った。

 言うまでもなくレイはグサリと傷ついた。

『いえ、レイはそれほど弱くはないと思いますよ』

 シルフィはレイナへ視線を向ける。

「はい、お兄様は我が国の将軍と互角に渡り合えるほどの実力を持っておられる、はずです」

 レイナは若干自信が無くなったように言う。

「うっそだぁ~」

 冬華は全く信じていない。

 言うまでもなくレイは傷ついた。

「ほ、本当です!」

 レイナは気を取り直しそういうとまわりへ同意を求める視線を送る。

 まわりの見物人たちは「うん」と頷いていた。

「え~」

 冬華は疑わしそうにレイを見る。

 言うまでもなくレイはその視線にいたたまれなくなった。

『冬華がそう思うのも仕方がないのですよ。冬華の力が目覚めたことにより魔力が活性化しているのです。そのため、基本の身体能力値も跳ね上がっているのですよ。冬華が自覚できていなかったからそう思えるだけなのです』 

 シルフィは冬華に説明してあげた。

「あ~なるほど、私が強くなりすぎたわけか……ふふん」

 冬華は得意げに腕を組んだ。

「じゃあ、私も強くなってるかな?」

 麻土香が訊ねた。

『麻土香はまだ力に目覚めてはいないでしょう? 確認して見なければわかりませんが』

 シルフィはどう確認したものかと考え込みはじめる。

「ん~力がどんな感じなのかわからないからなぁ」

 麻土香も悩みはじめた。

 話を黙って聞いていたレイが立ち上がり冬華の前に歩み出た。

「え!? なに?」

 冬華は若干引き気味に構える。

 レイは冬華を見つめると口を開いた。

「わたしは決めたぞ!」

「な、なにを?」

 冬華は訝し気にレイを見る。

 レイは冬華の前で片膝を着くと冬華の手を取り手の甲へと口づけをする。

 冬華は怖気が走ったように身震いをし硬直した。

 レイは冬華の手を握り見上げる。

「冬華! 私の妃になってほしい」

 レイは冬華にプロポーズした。

「「「おぉぉぉぉぉっ」」」

 とまわりから歓声が起こりざわめきが起こった。「これで我らの国は安泰だ」などと色めき立っている。

 歓声を聞き硬直の解けた冬華は、

「断る!」

 と声を張り上げ返答するとレイの手から逃れる。

「「「えぇぇぇぇぇぇ!?」」」

 とまわりから驚愕のざわめきが起こった。

 納得のいかないレイが冬華へ問いただす。

「なぜだ冬華、わたしの妃になれるのだぞ?」

 レイは全く意味がわからないといった風に言う。今まで異性に袖にされるようなことなどなかったのだろう。王子ならそれが当たり前なのかもしれないが。

「その自信はどこからくるわけ?」

 冬華は呆れたように言う。

「わたしは自分に自信を持てるくらいには努力をしてきたつもりだ。自信があるのは当然だろう。何より自信のない男になんの魅力がある?」

 レイはさも当たり前のように言う。

「それはそうかもしんないけどさぁ。私に負けても自信持てるってどうなの? 私は私より弱い男に興味ないの!」

 冬華はそういうとそっぽを向いた。

「冬華より強い男性なんているのかしら?」

 レイナが呟いた。

 皆は絶望的な条件に黙り込んでしまった。

『可能性があるのは光輝と総司だけでしょうね。現状確実なのはアキだけでしょうか……もういませんけど』

 シルフィはそう付け加えた。

「そこが最低条件だよね~お兄ちゃんと互角に渡り合えないようなのはねぇ。お兄ちゃんがいたらこの条件を絶対出してるよ、うん」

 冬華は一人納得した。

『そうね。なんだかんだでアキは冬華の事を心配してたからねぇ』

「でしょ? 素直じゃないんだよねぇ」

『だよねぇ』

 二人はまわりを置いて頷き合う。

「結局そこへ落ち着くんだね」

 麻土香は呆れたように呟いた。

「わかった! ならばわたしは冬華の兄を超えて見せよう! 待っていてくれ」

 レイは片膝を着いたまま胸に手を当て言った。

「はいはい、頑張ってねぇ。そんなに長くは待てないけどね~」

 冬華は絶対無理だと思い適当に答えた。

 了承を得たレイはやる気を出し意気揚々と立ちあがる。

「では、またな冬華」

 レイはそう告げると立ち去って行く。


 レイと取り巻きの入なくなった演習場に静寂が訪れる。

「冬華ちゃんも酷な条件出すよねぇ。絶対無理でしょ!」

 近づいて来た麻土香が言う。

「ふふ~ん、まあねぇ。あのお兄ちゃんに勝てるわけないじゃん」

 冬華は得意げに言う。

「冬華のお兄様はそんなにお強いのですか?」

 アキをよく知らないレイナが訊ねた。

「うん、私たち5人を一人で圧倒できるくらいに強いよ」

 冬華は軽く言った。

『でもあの時は私が力を貸していましたから2対5でしたけどね』

 シルフィは不足していた情報を補足した。したところで大差はないのだけれど。

 しかしレイナはそうは思わなかった。

「では、少しは希望はあるのですね?」

 レイナは希望を見つけたように喜ぶ。

「ないよ~」

 冬華は軽く否定する。

『アキ一人で5人と互角くらいですかね。うん、ないですね』

 シルフィも否定する。

「はぁ、お兄様が可哀想に思えてきました」

 レイナは悲愴感を漂わせる。

「まあまあ、強くなることはいいことなんだし、見守ってあげようよ」

 麻土香がレイナを励ます。

「私たちはもう行くけどねぇ」

『そうですね、いつまでもここにいるわけにもいきませんし』

 冬華とシルフィはそう告げた。

「え!?」

 レイナは聞いてないと言いたげな表情をする。

「麻土香ちゃんはどうする?」

「私は風音(かざね)を迎えに行かないと」

「そうだね。そうだ! 一緒に戦うこと考えておいてよ?」

 冬華は忘れないように念を押した。

「うん、考えておくよ」

 麻土香は頷いた。

「そうですか、皆さん行かれてしまうんですね……」

 レイナは寂しそうな表情になる。「もう二度と会えなくなる」と思っているのか? と疑ってしまうほどに落ち込んでいる。

「そんな泣きそうな顔しないでよ~また来るからさぁ」

 冬華は困ったように言う。

「私は風音を連れてすぐに戻ってきますから」

 麻土香は安心させるように言った。

「そうだ! 今日はみんなで遊ぼっか。うん、そうしよう」

 冬華はそう決めた。悲しむ女の子をほっとけないのだ……誰かとそっくりである。

「うん、いいねぇ」

『冬華がそういうのでしたら』

 2人は冬華に同意し、3人はレイナへと視線を向ける。

「はい! 遊びましょう」

 レイナは笑顔で答えた。

 4人は一日たっぷりと遊び倒した。


 そして翌日、冬華とシルフィと麻土香はレイクブルグを発った。


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