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レイクブルグ解放

「あ、大丈夫ですか?」

 レイナの下へ近づくとレイナが心配そうに訊ねてきた。

「うん、だいじょぶだいじょぶ!」

 冬華は軽く答える。

『そちらこそ大丈夫なのですか? だいぶ被害が出ているようですが』

 シルフィの言う通りかなりの数の護衛がやられ、生き残ったのは伝令に来た兵を入れても3人しか残っていない。

「わたしは大丈夫なのですが、亡くなった方々をこのままにしておくわけにもいきませんので……」

 レイナは自分を守って死んでいった者たちを何とか国へ返してやりたいと思っていた。かといって、ここまで来て引き返すこともできない、そして3人に任せることもできずレイナは困っていた。

 そこで冬華たちを連れてきた兵が口を開いた。

「姫様はどうかこのままお進みください。お二人が無事送り届けてくれるでしょう。ここは我々でなんとかしますので」

「何とか、とはどうするのです?」

 レイナは訊ねた。

 兵は言いづらそうにしながらも口を開いた。

「そ、それは……辛いですがここに埋葬していくしかないでしょう。このような場合はやむをえないのです」

「そんな!?」

 ごく普通の事なのだが、レイナは口元を押さえ辛そうな表情をする。帰りを待つ家族たちの事を思うととてもじゃないが納得できなかった。

 冬華が何かを言おうとしたが、シルフィが冬華の手を強く握りそれを制止した。

 シルフィはレイナがどう判断するのか見定めようとしていた。

 兵たちが仲間の死体を運ぶ中、その様子を見ながらレイナはしばらく考え込む。

 そして口を開いた。

「わかりました。この方たちを馬車に乗せてください。皆でレイクブルグへ向かいます。その後ローズブルグへ送り届けます」

 レイナは迷いを捨てて言った。

「しかし、それは……」

「わたしの判断は間違っているのかもしれません。でも、この方々をこんなところに置いて行くことはできません。家族の下へ、自分の国で眠らせてあげたいのです」

 レイナは兵の言葉を遮り、そう言い切った。

『確かに間違っていますね。またいつ敵がくるかもしれないというのに死者を連れ歩くなど愚か者のすることです。それであなたまで死んだら彼らの死が無駄になります。一国の姫の取る決断ではありません』

 シルフィは厳しい口調で言った。

 レイナは、それでも引かずシルフィの目を真っすぐに見返す。

「ちょっと、シルフィ」

 冬華が見かねてシルフィの手を引いて止めようとする。

 しかしシルフィは冬華を無視し、口を開く。

『ですが、人の気持ちとしてはそれが正しいのでしょう』

 シルフィはレイナから視線を外しそう言った。

「シルフィ!」

 冬華は嬉しそうにシルフィに抱きつく。

『でも急ぎましょう。神の祝福を受けなければ彼らはアンデッドと化してしまいます。レイクブルグの神父にお願いしなければなりません。それまでにやることが山積みですから、姫も冬華もそのつもりで』

 瘴気の抑え込み、湖の浄化、結界の張り直し、石化の解除、そして死んだ兵士たちへ神の祝福を。

 兵士たちがアンデッド化する前に、これらを済ませなければならない。

「任せてよ!」

「はい!」

 冬華とレイナは力強く返事をする。

『馬車はいっぱいになりますから姫は馬に乗るか、歩きでお願いします』

 シルフィはそういうと魔法で兵士の遺体を馬車へと積み込む。

「は、はい」

 レイナは返事をすると冬華と共に兵を運び込もうと手伝いはじめる。

 もちろん兵たちが止めに入っていたが、レイナはここでも引かず手伝って行く。

 冬華とレイナで一人を運び込んでいる間に、シルフィは全員を運び終えまわりを警戒していた。

「「……」」

 冬華とレイナはシルフィを見て言葉を失っていた。

 その様子に気付いたシルフィは、

『こういうのは気持ちが大事ですよ』

 と知ったようなことを言った。

 こうしてようやく一向はレイクブルグへ出発した。


 レイクブルグへ戻ると馬車を教会の脇に停め、すぐに作業に取り掛かった。

 瘴気を抑えるのは比較的すぐに終わった。

 本当に姫一人の力だけでなんとかなったのだが、姫は魔力の消費が激しかったらしく、抑え込みに成功するのと同時に倒れてしまい、今は自室で休んでいる。

 湖の浄化はこの広さではかなりの時間がかかるということで先に結界を張ることにした。

 兵たちの力を借りそれぞれの台座へ魔石を設置する。魔物はあらかじめ片付けていたおかげですんなり設置でき、魔法士によって結界は張られた。

 しかし湖から流れ込んでくる臭いだけは遮ることができず、やむをえずシルフィが風の魔法で遮ることになった。

 後は湖の浄化と石化の解除、そして兵士たちに神の祝福を受けさせるだけ。

 石化の解除と兵士たちの事は麻土香たちに任せ、冬華とシルフィは湖の浄化へと取り掛かる。

 浄化は冬華が行うが、その間の護衛役としてシルフィが同伴している。

 というかシルフィは冬華から離れる気はないようだが……

『では、冬華』

「うん」

 冬華は湖へ手を浸ける。

「うっ」

 何か良くないモノが手に染み込んでくる感覚に襲われた。

『冬華!』

「だ、大丈夫……」

 冬華は目を瞑り掌に集中する。

 その無防備な腕を掴むモノがいた。

「え!?」

 冬華は湖に引きずりこまれた。

バシャン

『冬華!?』

 シルフィは迷うことなく湖に飛び込んだ。

 水が濁っていて冬華には何が自分の腕を掴んでいるのか見えなかった。

 シルフィはその存在の気配を感知した。

『(冬華に触れるな!)』

 シルフィの掌から風の刃が放たれた。

 しかし水の中では威力は半減どころの騒ぎではない。

 そして気配は数を増やしていき、その気配は冬華へと群がっていく。

 冬華は水の中で自由に身動きがとれず、息もできずにもがいている。

 シルフィはこのままでは冬華が危ないと思い、というか……


『私の冬華に近づくなぁぁぁぁぁぁ!!』


 キレた。

 シルフィは冬華を中心に巨大な竜巻を作り上げ湖を渦潮のように変貌させた。

『はぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

 渦潮の規模は次第に大きくなり、湖に大きな穴が空いた。

 空いた穴の底に湖の底が現れ、冬華と冬華を掴んでいた魔物、そして冬華に群がっていた魔物が打ち上げれていた。

「ゲホッゲホッ……」

 冬華は手をついて苦しそうに咳き込む。

『冬華! 大丈夫?』

 シルフィは駆け寄り冬華の背をさすり声を掛けた。

「う、うん、大丈夫……ていうか、すごいね」

 冬華は湖がすり鉢状になっている光景に唖然としている。

 そんな冬華たちへ魔物が立ち上がり近づいてくる。

「何こいつら……新種?」

 冬華は魔物を見て顔を顰める。

 魔物は見た目は魚人の成体だったが、以前戦ったのと違い真っ黒だった。

『瘴気に中てられたんだよ。でも……そんなことはどうでもいい』

 シルフィはそう吐き捨てると立ち上がり魚人共を、今まで見たことのないような怒りの形相で睨みつける。

 冬華を苦しませた魚共を許すつもりなどなかった。

「し、シルフィ?」

 こんなシルフィを初めて見た冬華は戸惑い、名を呼ぶことしかできなかった。

 シルフィは冬華の前に出るとおもむろに呟いた。

『死ね』

 無数の真空の刃が魚人共に襲い掛かり、悲鳴さえも上げさせない勢いで切り刻む。 後には魚人の切り身が散らばっていた。

「……」

 冬華はその光景を茫然と眺めつつ思った。

(シルフィこわ~)

 冬華はシルフィを怒らせないことを心に誓った。

『冬華?』

「はい!」

 シルフィの呼びかけに冬華ははきはきと返事を返した。

 シルフィは小首を傾げていた。

『冬華、立てる?』

「うん、平気」

 冬華が立ち上げるとシルフィは冬華へ肩を貸し、そのまま湖から飛び出した。

 湖をすり鉢状に固定していた力は失われ、魚人の切り身は湖の濁流にのまれて行った。


 湖畔に降り立ったシルフィは冬華に訊ねる。

『明日にしようか?』

「ううん、少し休んだらやるよ」

 冬華は心配させないように笑顔で言った。

 シルフィは冬華を座らせると、その横に座り冬華の肩を抱いた。

 冬華はシルフィの肩に頭を乗せとつとつと語り出す。

「お兄ちゃんもこの湖に落ちたんだよね。こんな暗い湖に……」

『うん』

「その時、まだシルフィの事思い出してなかったんだよね。怖かっただろうな……私も怖かったもん、闇の中へ引きずり込まれていくみたいで」

『そうだね』

「シルフィがいなかったら、私もお兄ちゃんもここで死んでたね」

『何言ってるの? 冬華は私が絶対に守るから』

「うん、ありがとシルフィ」

 冬華はそういうと静かに寝息を立てた。

 魔物を倒し、黒い精霊と戦い、姫を護衛してきたのだ。疲れていたのだろう。

 シルフィは冬華を横にしてやり膝枕をしてあげる。

 濡れていた服は風の魔法で乾かした。

 シルフィは冬華の頭を撫で寝顔を見ながら優しく微笑む。

『(冬華は絶対に死なせないよ。必ず……るから)』



 シルフィは小一時間ほどで冬華を起こした。

『冬華、そろそろ起きないと今日中に浄化できなくなっちゃうよ』

 シルフィは優しく声を掛けた。

「ん~あと5分……くぅくぅ」

 冬華はお約束の延長要求をすると、体の向きを変え寝息を立てる。

『ダーメ!』

 シルフィは冬華の両頬を引っ張り起こす。

「いひゃいいひゃい! おひるはら!」

 冬華はガバッと体を起こし両頬をさすりながら恨めしそうな視線をシルフィへ送る。

「そういう時は、「早く起きないとチューしちゃうぞ」って言うんだよ~」

 冬華はどこかで聞いたようなことを言った。

『それ、アキのセリフだよね』

 シルフィはバッチリ覚えていた。

「あはは~お兄ちゃんの気持ちが少しわかったよぉ」

『そういうのはわからなくていいんだよ』

 シルフィは呆れたように言う。

「よし! じゃ、やろっか!」

 冬華は立ち上がり先ほどと同じように湖へと手を浸す。

 掌へ意識を集中させる。

 シルフィは同じことがないように湖の中にも感知範囲を広げて見守る。

 冬華は水の剣を出しているときのイメージを膨らませ浄化の力を集め強めると、湖へと放出する。

 冬華の手から波紋のように広がっていき、手を中心に水が浄化されていく。

 湖の半分くらいが浄化されるとさすがに辛くなってきたのか声が漏れはじめる。

「クッ……」

 これだけの広さがあれば、魔力もかなり消費するし集中力を持続させるのも大変だろう。

 それでも冬華は弱音を吐くことなく続けた。

 そして湖がすべて澄んだ水へと浄化されると、

「もうラメ~」

 冬華は弱音全開で突っ伏した。湖の中へドブンと……

『冬華!?』

 シルフィは慌てて冬華を引き上げると、冬華は目を回していた。

「はひ~」

『ふふっ、お疲れさま』

 シルフィは冬華をお姫様抱っこで抱え上げると、臭いを防いでいた風の魔法で残っている臭いを吹き飛ばした。

 心なしか覆っていた雲も晴れてきたように思える。

 目の前には城が襲われる前の、澄んだ空気に澄んだ湖、水面には日の光が反射する綺麗な景色が広がっていた。

 シルフィはその景色をうっとりとした表情で見つめていた。その腕の中では冬華が目を回しているのだが……

 シルフィは後ろ髪引かれる思いでその場をあとにし、城へと冬華を運び込み休ませた。

 どうやら麻土香も同じ様で魔力を使い果たしたようだ。石化の解除だけでなく解除によって解放された魔物の駆除も行っていたからだ。結界によってかなり弱体化してはいたのだけれど……

 死んだ兵たちの処置はレイナの護衛についていた兵たちが神父と共に行い、すでに終了していた。


 ここでお約束の宴などが催されそうなものなのだが、主役とも言うべき3人、冬華、麻土香、レイナが揃ってダウンしてしまっているので、それは明日に延期となった……


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