黒い精霊?
「ちょいさぁぁぁぁ!」
『なんですかその掛け声は』
シルフィは冬華に突っ込みを入れつつ近づく魔物を弾き飛ばしていく。
冬華たちは城下に残る魔物を掃討していた。
シルフィが感知し冬華と麻土香が仕留めていくスタイルである。たまに取り逃がした魔物をシルフィが弾き飛ばしている。
「気合だよ気合! この方がやる気出るっしょ! ね、麻土香ちゃん」
冬華は麻土香へ同意を求めた。
「え~、私はそういうのないかなぁ」
麻土香は頬を引き攣らせながら石の槍で魔物を貫いて行く。
「ああ、麻土香ちゃん魔法で攻撃してるもんね~なにか武道やってなかったの?」
冬華はリザードマンの振り下ろす剣を躱しながら訊ねる。
「うん、特には。でも武道を習ってる女の子って珍しいでしょ? やるにしても部活くらいじゃないかなぁ」
麻土香は地面へ手を付き魔物の足元から剣山のように石の槍を突き出させ魔物を串刺しにする。
それを見た冬華は「うわ~」と顔を顰める。リザードマンの串刺しなんて見たくはない。刺さり具合がちょっとあれなだけに冬華は目を逸らした。
「ん~確かにうちの道場女の子率低かったなぁ。結衣ちゃんも部活だけで、誘っても断られちゃったんだよね~麻土香ちゃんやらない?」
冬華は振り下ろしたリザードマンの剣を踏みつけると「グギャー」と言う口へとショートソードを突き刺した。
それを見た麻土香は「うえ~」と口を押える。
「冬華ちゃんの家道場なんだ? でも今からじゃ遅いんじゃないの?」
麻土香は他に魔物がいないか見回す。
「おじいちゃんの家が、ね!」
という声と共に冬華は最後の一体を切り捨てた。
「30過ぎてから始める人もいるよ~」
冬華は麻土香へと歩み寄り言った。
「それって、運動不足になりがちな社会人が体力をつけるために始めるヤツじゃないの?」
麻土香は頬を引き攣らせながら言う。
「麻土香ちゃんならおじさんたちのアイドルになれる!」
冬華はビシッと指差して言う。
「いや、そういうのに興味ないんで」
麻土香は怪しい勧誘をきっぱり断った。
『二人とも、話しながらだと隙を作りますよ』
シルフィは麻土香の後ろから忍び寄ってきた魔物を風の刃で切り裂き注意した。
「あ、ありがとう」
麻土香は礼を言った。
「大丈夫! シルフィが守ってくれるって信じてるもん」
冬華はシルフィへウィンクして見せる。
『相変わらずあざといですね』
シルフィは困ったものだと溜息を吐いた。
「それにしても年頃の可愛い女の子がこんな血生臭い事してるってどうなの?」
冬華は転がっている魔物の死骸を見て言う。
『可愛いと自分で言ってしまうのもどうなんでしょうね?』
シルフィはヤレヤレといった感じに言う。
「え!? 私たち可愛いよね?」
冬華は麻土香と腕を組んでシルフィの前に立つ。
シルフィはジ~~っと見ると口を開いた。
『ええ、可愛いですね』
冬華はえへへ~っと照れたように体をよじる。
(何してるのこの二人)
と麻土香は白けた視線を二人に向けつつ口を開いた。
「た、確かに年頃の女の子がすることじゃないね」
麻土香は魔物を見ると溜息を吐いた。
「でしょ!」
『仕方がないでしょう。ここには私たちしかいないんですから……と言っても仲間に男性は二人しかいませんね』
シルフィは光輝と総司の事を言った。カルマは数に入っていなかった。
「……」
冬華は何か言いたそうにしていたが結局何も言わなかった。突っ込まれるのを避けたのだろう。
「私、最近魔物を倒すのに躊躇しなくなってきてる自分に戸惑ってるんだよね~なんだかこの世界に染まってきてるなぁって」
麻土香は自嘲気味に言う。
『そうしなければ生き残れないのですから仕方がないですよ。何のために戦っているのかを忘れなければ大丈夫ですよ』
シルフィは風の魔法で魔物の死骸を片付けながら言う。
「何のためかぁ……シルフィは何のために戦ってるの?」
麻土香は訊ねた。精霊のシルフィがどう考えているのか気になったのだ。
『私はアキの意思を守るため。そして冬華を守るためです』
シルフィは迷うことなく言った。
「へぇ」
(やっぱりその二人なんだ)
と麻土香は思った。
「はいはーい、私はねぇ、お兄ちゃんの意思を引き継ぐため」
まだ聞いてもいないのに冬華は手を上げて笑顔で答えた。
「結局二人はアキのために戦ってるんだね……(なんとなくわかってたけど)」
麻土香は呆れた風に言った。
『そういう麻土香はどうなのです? そこが明確でないと戦いが辛くなりますよ』
シルフィは少し心配してる風に言った。淡々としていないだけ打ち解けつつあるようだ。
「ん~どうだろ……風音のためかな。あの子戦えないから守ってあげないと」
麻土香はお姉さんの顔で言った。
『……そうですか』
シルフィはそれだけ言うと門へ向け進む。
冬華と麻土香もそれに続いた。
門へ着くと街道の向こうから走ってくる人影が見えた。
「なんだろ?」
冬華が呟いた。
走ってきたのはローズブルグ兵だった。
「た、助けてくれ、ハァハァ」
兵は息を切らしそう告げた。
『何があったのです?』
シルフィが訊ねた。
「ハァハァ、姫の乗る馬車が襲われた! わたしは援軍を要請しに来たんだ。早くしないと姫が……」
兵は悔しそうに膝に手をついている。
「早く行かなきゃ!」
冬華がすぐにでも走り出しそうにしている。
『麻土香は陛下にこのことを。伝えたらそのまま陛下の警護をしなさい。ここにも敵が来るかもしれない』
「うん、わかった」
シルフィの指示を聞き麻土香は城へ向かい走り出した。
『私たちは行くわよ。あなた案内しなさい!』
シルフィは冬華と兵士へと告げると進み出す。
「うん!」
「わ、わかった」
冬華はすぐにシルフィに続き走り出し、兵士は若干ヨロヨロと走り出す。
「敵の数は?」
冬華が訊ねた。
「そ、それが……一人なんです」
兵士のその答えに二人は驚き、そしてまずいことが起こっているのではと感じた。
「どんなヤツ?」
冬華は脳裏をよぎった二人のどちらかだと思い訊ねた。
「黒い男でした」
兵士は漠然と言った。
「黒い男? 影とかじゃなく?」
冬華はあの黒い影なのかと思い訊ねた。
「いえ、影から出ては来ましたが影と言うわけではなさそうです。実体はあるようでしたから」
兵士の話に冬華はこの間の黒い影とは別の敵かと首を傾げる。
『とにかく急ぎましょう』
シルフィはそういうとスピードを上げる。
「ぐわぁぁぁぁぁ!」
黒い剣状のモノに斬られた兵士が倒れ絶命する。
「ヒッ!?」
兵士の死に様を見てレイナは小さく悲鳴を上げた。
レイナは自分が普通の女の子ではなく一国の姫であることを肝に、虚勢を張り声を張り上げた。
「あなたは一体何者ですか! このような狼藉許されるとお思いですか!」
以前のレイナであれば泣き叫んでいたかもしれない。しかし今は光輝へ強くなると誓った身である。怯んでなどいられない、ここで泣こうものなら命を落とした兵に申し訳が立たない。
レイナは強く意思を持ち、黒い男へと鋭い視線を向ける。
この黒い男、教会跡へと続く渓谷に差し掛かったとき突如先頭を行く兵の影から現れた。そしてその先頭の兵を皮切りに次々と兵を倒していったのだ。
黒い男は何も言わずゆらゆらとレイナへと近づいて行く。
レイナを守る兵も残りわずか4人となっていた。
「これ以上姫には近づけさせん!」
兵たちはそう鼓舞すると黒い男へと斬りかかって行く。
しかし黒い男は怯むことなく黒い剣状のモノを振るい兵たちをなぎ倒す。
かろうじて剣で防ぐことのできた兵は吹き飛び、力及ばず斬られた者はその場に倒れ絶命する。
そして黒い男はレイナの下へたどり着くと口のようなものを開いた。
『申し訳ありませんが、ここで死んでいただきます』
外見とは裏腹に澄んだ声音で丁寧な言葉使いだったためレイナは逃げることも忘れて棒立ちとなっていた。
黒い男が黒い剣状のモノを振り上げたときレイナは我に返ったが、すでに遅かった。
「光輝様!」
レイナは目を瞑り光輝の名を叫んだ。
しかし、その叫びは光輝に届くことはなく、黒い男は腕を振り下ろした。
「ちょいさぁぁぁぁ!」
間の抜けた掛け声がすると、振り下ろされたはずの黒い男の剣はレイナに届くことなく消えていた。
レイナが目を開くと目の前には黒い男ではなく、剣を振り抜いた女の子の姿があった。
『冬華、その掛け声何とかなりませんか?』
「いいじゃない別に、間に合ったんだからさぁ」
「あなた方は……」
レイナは冬華とシルフィの姿を見るやペタンと地に座り込んだ。腰が抜けたのかもしれない。
「ごめんねぇ、お姫様ぁコウちゃんじゃなくて~」
冬華はレイナの緊張をほぐすように笑顔で言った。
「い、いえ、来てくれたのですね。ありがとうございます」
レイナは腰が抜けた状態で礼を言った。
『間に合った、とは言い難いですね』
倒れている兵を確認していたシルフィが言った。
「どういうこと?」
『倒れている兵士、全員死んでいます』
「え!? だって外傷なさそうじゃん!」
『ええ、何をされたのかわかりませんから気を付けてください』
シルフィは注意を促す。
「わかった」
冬華は表情を引き締め黒い男を見据える。
「姫様! ご無事で? ……ハァハァ」
遅れて伝令にきた兵がヨロヨロで走ってきた。
「あなたも無事で何よりです。お二人を呼んで来てくれてありがとう」
レイナは礼を言った。
「いえ、そのような勿体ないお言……」
『あなたは姫と無事な兵士を連れて下がってください』
シルフィは兵士の言葉を遮り指示を出した。
「は、はい」
兵士は姫を連れ下がって行く。
冬華はいつもの真剣勝負の構えを取ると一気に距離を詰める。
黒い男が身構えたのを見てダガーを持つ手の人差し指を伸ばし、
「水の弾丸!」
魔法を放った。
黒い男は水の弾丸を黒い剣状のモノで弾いた。
冬華も当たるなんてはなから思っておらず、構えを崩すために放っていた。
冬華はすぐさま弾いた際に開いた黒い男の右胸、冬華から見て左胸へとダガーで突きを放つ。
黒い男は体を捻りその突きを躱すと黒い剣を戻す勢いで冬華を逆袈裟で斬り上げようとする。
冬華はそれをショートソードで受けとめた……かに見えた。
「な!?」
黒い男の黒い剣は冬華のショートソードがなかったかのようにすり抜けると、そのまま冬華へと迫って行く。
『冬華!』
ドスッ
横に来ていたシルフィがに黒い男を風の衝撃波で弾き飛ばす。
太刀筋が逸れたおかげで冬華は体を反らすことでかろうじて避けることができた。
弾き飛ばされ態勢を崩した黒い男へ冬華は追い打ちをかけるべく迫るとショートソードで斬り付ける。
黒い男は難なく黒い剣で受け止めた。
「っ!?」
それを確認すると冬華バックステップで後方に下がった。
向こうの剣は通るのにこちらの剣は通らない。
「あの剣ずるっ……」
冬華は不満の声を漏らした。
「あの剣に気を付けてください! 兵の皆さんはあれに斬られた直後苦しみ出し亡くなりました!」
レイナが二人へ向け叫んだ。
『まさか……』
シルフィは何か思い当たったのか考え込みはじめる。
レイナの言葉を聞き冬華はあることを思い出した。
『冬華! あいつは……』
シルフィが言い終える前に冬華は前に出ていた。
『冬華!?』
冬華は先ほどと同じようにショートソードで斬り付ける。
案の定黒い男は黒い剣で受け止めた。
そこで冬華は左のダガーを逆袈裟で斬り上げる。
しかしそのダガーは出力を上げた水の剣へと姿を変えていた。
黒い男は焦ったようにショートソードを弾くと水の剣へと黒い剣を振り下ろした。
バシャンッ
と、水が弾けたような音と共に両者の剣は弾け霧散した。
冬華はダガーを振り抜く勢いをそのままに体を回転させ、ショートソードを水の剣に変え横薙ぎに斬り払った。
黒い男も黒い剣を出し水の剣を受けとめた。
「はぁぁぁぁ!」
冬華はさらに出力を上げると、水の剣の剣先が黒い剣との接点を起点としてグニャリと曲がり黒い男へと迫る。
不意をつかれた形となった黒い男は反応が遅れ躱しきれず水の剣先が腹をかすめ斬った。
後方へ距離を取った黒い男はかすめ斬られた腹をおさえると、
『グフッゥゥッ』
と、口らしきところから呻き声を漏らした。
「よし! 効いてる」
冬華はそう呟きさらに追い打ちを掛けようと駆け出す。
冬華が水の剣で斬りかかると、黒い男は斬られる直前に、
バシャャャ
という音と共に形をなくし地面へとしみ込んで言った。
次の瞬間冬華が先ほどいたところで形を成した黒い男が立っていた。
『フフフッ』
黒い男は含み笑いをすると、顔を覆ている黒い膜が消えその顔があらわになった。
「え!? 女の人?」
冬華は驚き呟いていた。
その顔は女性のように綺麗で整った顔立ちだった。
『さすがにやりますね。見に来て正解でしたね』
黒い男? は冬華を見て言った。
「どういうこと? お姫様が目的なんじゃないの?」
冬華は訝し気に言う。
『ああ、そちらは……まあついでです。わたしとしてはどうでもよかったのですがね』
黒い男? はすでに姫には興味がないように冬華だけを見ている。
それを危険に感じたシルフィが冬華を守るように前に出る。
『目的は冬華ですか? 姫を狙ったのは誰かの指示ですか?』
シルフィの言葉に黒い男? は冷たい視線を向けて言う。
『……風の者に用はない』
『クッ、あなたやはり……』
黒い男? はシルフィを無視すると冬華へと言葉を掛ける。
『また逢いましょう冬華』
黒い男? は冷たい微笑みを冬華へ向けた。
その冷たい声音に冬華の背筋は凍り付き顔が強張った。
黒い男? は冬華の表情を満足げに見るとバシャンと音を立て地面へと消えていった。
黒い男? が消えると冬華はペタンと地面に座り込んだ。
『冬華!? 大丈夫?』
シルフィが優しく声を掛ける。
「あはは、あいつヤバイね。本気出してたら殺されてたよ……」
冬華は頬を引き攣らせて笑った。あの笑みを正面から受けた冬華はあの男? の危険性を肌で感じ取っていた。
シルフィは冬華の震える手を握り、
『もう! どうして一人で向かって行ったの!?』
素で説教をはじめた。
「あ、あれ? ここ優しく慰めるところなんじゃ?」
冬華は小首を傾げ顔いっぱいにはてなマークを張り付けた。
『アメとムチだよ。たまにはムチ打たないと本当に死んじゃうもん』
「え~使い方間違ってないかなぁ?」
シルフィの意味の分からない対応のおかげで冬華の手の震えは止まっていた。
『それで、なんで一人で?』
そして、シルフィは同じ質問をする。
「ん~お姫様の言ってたのを聞いて、私がお兄ちゃんに攻撃した時に似てたから同じなのかと思って」
『だから水の剣で? (いいよみだね)』
「うん。で、シルフィはなんて言おうとしてたの?」
冬華は話を聞かずに飛び出していったから気になっていた。
『あいつはたぶん精霊だと思う。ううん、精霊に近いモノと言った方がいいのかな?』
シルフィは自信なさげに言った。
「どういうこと?」
冬華は小首を傾げて訊ねた。
『雰囲気が精霊っぽいんだよね、私のこと風の者って言ってたし。でも精霊にしては穢れ過ぎてるし人間臭かったのよね』
目の前に冬華しかいないことでシルフィは完全に素になって話していた。そのせいで困惑の表情がありありと出ている。
「ふ~ん、ということは水の精霊かなぁ? 私に目をつけてたし。消え方とかまんま水だし」
冬華は黒い男? が消えた辺りを見て言う。
『とにかく! これからは特に気を付けなきゃね。冬華一人になっちゃダメだよ』
シルフィは冬華の頭を撫でながら言う。
「シルフィが付いててくれるから大丈夫でしょ」
冬華はシルフィの腕に絡みつき言った。
『それはそうだけど、気をつけなきゃダメ!』
シルフィは冬華の頭をポンポンと叩いて言う。
「は~い」
そこへ声を掛けられた。
「あの~」
『……なんですか?』
シルフィは淡々と答える。相変わらず冬華以外には淡々と応対するシルフィである。
「姫がお待ちですが……」
兵士は困ったように言う。
「あ、忘れてた。じゃ、お姫様のところにいこ」
冬華の言葉に兵士は苦笑いを見せる。
冬華は立ち上がりシルフィの手を取ると、二人は姫の下へと向かった。




