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レイナの謝罪

「光輝様!」

 謁見の間から部屋へと戻る途中、光輝はレイナ姫に呼び止められた。

「どうしました?」

 光輝は立ち止まり応対する。

「少しお時間よろしいでしょうか?」

 レイナはモジモジといった感じの仕草を見せ訊ねた。

 光輝はしばし考えた。

 光輝には特に姫と話すこともなければその理由もない。

 というか、冤罪を掛けられた時の事がまだ頭に引っかかっているのだ。謝罪されたと言っても会議での形式上のものだ。本心からの謝罪とは限らない。偽アルマや操られた自称護衛兵に扇動されていたとはいえ、それでもそうそう忘れられるものではないし、そこまでできた人間でもない。高校生なのだから仕方のないことだ。あの無駄な時間がなければひょっとしたら……

 光輝はそんなことを考えてしまい、まともに話ができるとも思えなかった。

 答えのまとまった光輝は口を開いた。

「すみませんが、急ぎやらなければならないことがあるので失礼します」

 光輝は断りの言葉を告げた。

 レイナは断られるとは思っていなかったのか、驚き固まってしまった。

 光輝の横で成り行きを見守っていた汐音も同じように驚いていた。

 立ち去る光輝に汐音が後を追い声を掛ける。

「会長、いいんですか?」

「なにがだい?」

 光輝は何でもない風に言った。

「え、あ、その……」

 そのあまりの普通な返答に汐音は言葉を詰まらせた。

 光輝の足が止まったところへ声が掛かる。

「少しでいいのでお願いします!」

 駆け寄ってきたレイナが強く目を瞑り勢いよく頭を下げる。

 お付きの侍女たちはそんな姫に驚き、光輝へと非難の目を向ける。

 汐音もそんな必死なレイナの姿を見て助け船を出す。

「会長! 少しだけでも時間を割いてあげることはできないでしょうか?」

「……ふぅ、わかりました。少しだけですよ」

 光輝はレイナへ向き直り返答した。

 光輝は非難の目には屈しないが、汐音のお願いにはやすやす折れた。汐音には迷惑を掛けていたからその汐音のお願いは断れなかったのだ。

「ありがとうございます光輝様!」

 レイナは花が咲いたような笑顔を見せ礼を言った。

「それでは私は先に戻っていますね」

 汐音はそういうと光輝を残し部屋へと戻って行った。


 光輝とレイナは以前話したバルコニーへと向かった。

 会談の後にさらに話をしていた為すでに昼を過ぎていた。

 光輝は腹の虫が鳴らないか気にしながらバルコニーへ出た。

 ……出たはいいが、レイナは言い難そうに光輝の顔を見ては顔を伏せ、なかなか要件を切り出さない。仕方がないから光輝が先に口を開いた。

「それで、お話とは?」

 空腹の為、という事ではないだろうが、少し冷たい口調になっていたことに光輝は気付かなかった。

 そんな空気を感じ取ったレイナはビクッとし、おずおずとその可愛らしい唇を動かした。

「あの……光輝様、まだお怒りですよね。私もう一度ちゃんと謝りたくて、あの時信じて差し上げられなかったことを……でも、光輝様が許してくれないのではないかと怖くて、なかなか光輝様の下へ行く勇気が出ませんでした」

 実際には光輝がレイナと距離を取っていたのだが。

 光輝は黙って聞いていた。

「我々が勝手に呼び出して、救ってほしいと願って、それなのに問題が起こると信じないなんて、なんて恩知らずで恥知らずなのでしょう。まわりの意見に流され自らの考えが及ばないだなんて恥ずかしいです。そのせいで光輝様たちを冷たい牢獄に押し込めることに……本当に申し訳ありませんでした」

 レイナはドレスのスカートを握りしめ頭を下げ、下げたまま続ける。

「すぐに許してもらえるなどとは思っておりません。いつか許してもらえるように、まわりに流されない、自分の意思で行動できる女になります! ですから、ですから……」

 レイナはただ、以前のように光輝と話がしたかった、笑顔が見たかった。避けられていることにも気付いていた、嫌われているのかもしれない。それでも以前のような関係に戻りたくて必死だった。

 レイナの声は震えていた。涙を堪えるように肩を震わせ泣くまいと泣いてはいけないと、自分には泣く資格はないのだと自分の感情を押さえつけていた。

 光輝はレイナの言葉に少なからず共感していた。

 まわりに流され、自分の考えが及ばない……まさに自分の事だと。そして、そんな自分を見直そうとしている。この娘も同じなのだ、まだまだ未熟なのだ……この娘と同じ自分がどうして責められるだろうか。

「もういいですよ」

 光輝は自分で思うよりも優しい声音を出していた。

「え?」

 レイナは顔を上げた。その瞳には涙が溜まっていた。

「僕も同じです。まわりに流されていたのに自分の考えで動いている気になっていた。僕は何も考えずただアキを追いかけていた。その結果、アキを、親友を失ってしまった」

「光輝様……」

「だから僕も変わろうと、あがこうと思っています。姫は僕のように大切なものを失うことのないように、強い女性になってください。僕があなたを許せるように……」

 光輝は優しく微笑んだ。

「はい、はい……」

 レイナは涙を流し繰り返す。

「ただし、僕はまだ姫を許したわけではありませんよ。そんなにすぐに許せるほど人間できていませんから。僕はまだ子供でまだまだ未熟ですから」

 光輝は笑って言った。

「はい、存じておりますわ」

 レイナも涙を流し笑った。

 そして、

グゥゥゥゥゥ~

 雰囲気をぶち壊す腹の虫が鳴った。当然光輝の腹の虫だった。

「あはは、僕お昼まだなので……」

 光輝は乾いた笑いを漏らした。

「うふふ、すみません気付かなくて。すぐにご用意いたしますわ……あの光輝様、ご一緒してもよろしいでしょうか?」

 レイナは上目使いで訊ねる。

「昼食を用意していただけるのであれば」

 所詮光輝も男、泣いている可愛い女の子には弱かった。引っかかることがあっても目を瞑ってしまうのだ。

 光輝がそういうと、レイナは笑顔で「はい」と答えるとお付きの侍女に命じた。

 お付きの者はレイナの笑顔を見てホッとした様子で用意に取り掛かる。

 その後、光輝は用意された昼食をレイナと取り部屋へと戻った。


 部屋へ戻ると汐音が光輝が戻るのを待っていた。

 さすがに昼食は済ませているようだった。

 光輝が部屋へ入るなり汐音が声を掛けてくる。

「お話はなんだったのですか?」

 汐音はそう訊ねた。

 おおよその内容はわかっているだろうと光輝は思ったが、素直に返答する。

「冤罪の件を謝罪された。あと昼食をごちそうになってきたよ」

「ふふっそうですか。それでは許してあげたんですね」

「いや、許してはいないよ。姫にもそう言ってある」

「え!?」

 汐音は驚きの声を上げた。

 さすがの汐音もその答えが返ってくるとは思っていなかったようだ。光輝はいつも見透かしているような汐音の驚いた顔が見られて満足していた。

「その割には、晴れやかな表情をしていますね」

 汐音は訝しんで言った。

「腹が膨れたからじゃないかな?」

 光輝は腹をさすりながら満足げに言う。

「……五十嵐君みたいなこと言わないでください」

 汐音はジトっとした視線を向けた。

「お話はそれだけだったんですか?」

 汐音は訊ねた。

「え? ん~明日レイクブルグへ出発すると言っていたな。道中の護衛の事もあるから明日になったそうだよ」

 光輝は思い出すように言う。

「それだけですか? 付いて来てほしいとは言われなかったのですか?」

「ん? 言われなかったけど? 城の兵がいるから護衛は大丈夫だろう?」

「(そういう意味ではないんですけど……はぁ)」

 汐音はレイナの気持ちをわかっていない光輝に呆れ溜息を吐いた。

「それで、汐音君はどうしてここに? 僕に用事かい?」

「ああ、そうでした。四ノ宮君が一緒に稽古しないかと言っていましたよ。先に演習場に行っているそうです」

 汐音は総司からの伝言を伝えた。

「総司にコツを聞くのもいいかもしれないな。ありがとう、行ってみるよ」

 光輝は部屋を出ようと扉にてを掛ける。扉を開く前に汐音に訊ねた。

「それを伝えるためにわざわざ待っていてくれたのかい?」

「え? ええ……」

 汐音は光輝とレイナがなんの話をしていたのかが気になっていた。だから伝言を理由に待っていたのだ。レイナがもう一度謝罪をすることはわかっていた。光輝がレイナを割けているのは汐音も気付いていたし、レイナも元の関係に戻りたそうに光輝を見ていたのを知っていた。ただ和解するにはあまりにも長い時間話していたことで少し心配になっていた。何についての心配なのか今の汐音にはわからなかった。和解がうまくいったのかどうかなのか、それとも別の何かなのか……ただ胸がざわついていたのだ。

 そのざわつきの正体に汐音は気付けないでいた。

 だからこんな微妙な返事をしてしまったのだ。

「そうか、時間があるなら少し付き合ってくれないか? キミの意見も聞かせてほしい」

 光輝は汐音の観察眼と感性で気付いたことを意見してもらおうと頼んだ。汐音の心境も知らずに。

「はい、いいですよ」

 汐音は笑顔で了解した。信頼されているのが嬉しかった。光輝の力になれるのならと……

 光輝と汐音は総司の待つ演習場へ向かった。

 その途中タリアと親しそうに話すサラの姿を見つけ声を掛けようとしたが、どこかの部屋に入ってしまったようで話はできなかった。

 そのサラを見て汐音が言った。

「ずいぶん親し気に話していましたね」

「ああ」

「でも、サラさんの雰囲気……少し冷たい感じがしました」

 汐音はサラのいた方を見つめていた。

 

 翌日、レイナはレイクブルグへ向け出発した。


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