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シルフィ先生の質疑応答

 ローズブルグの謁見の間は凍り付いたように時間が止まっていた。

 実際に止まっているわけではない。シルフィの発する不穏な気配に気圧されていたのだ。

 シルフィはサラがこの場に来ていないことが気に入らないのだ。

 サラはここにはいない、光輝は最初に気付いていた。理由はわからないがいなかった。

(シルフィにとっては一番聞かせたかった相手だったのかもしれない。アキが何を思って戦っていたのかを……)

 光輝はそう思い口を開きかけたとき、鏡の向こう側から声が上がった。

「あはは、ごめんねぇ。シルフィお兄ちゃんのこと大好きだから、お兄ちゃんの心を奪ったサラさんにライバル心メラメラなのよ~そのサラさんがいないからちょーっと怒ってるだけだから」

 冬華がシルフィの腕を組み引き攣った笑顔で言う。冬華の手に力が込められていることからシルフィを抑え込んでいるようだ。

『……冬華、別に私は何もしませんよ。それにここからじゃ手が出せないじゃないですか』

 シルフィが安心させているのかこちらを牽制しているのかわからないことを言う。

「近くだったら手出す気満々じゃん! それにお兄ちゃん大好きって否定しないんだ!」

 冬華がダブルで突っ込んだ。

『もちろんです。アキは私のすべてですから』

 シルフィは言い切った。

「言っちゃったよ~とうとう言っちゃったよこの娘! 人と精霊の禁断の恋ですか!? 妬けますねぇこのこの~」

 冬華は肘でシルフィをつつく。

『大丈夫ですよ。冬華の事も大好きですよ』

 シルフィは毒気が抜かれたように微笑んで言う。

「え? そう? えへへ、私もシルフィ大好きだよ」

 冬華はそういうとシルフィに抱きついた。

 その頃にはシルフィを取り巻く不穏な気配は霧散していた。

 冬華がそこまで計算して話をしていたかはわからないが光輝たちはホッと胸を撫で下ろした。

 しかし、シルフィは疑問の答えを欲していた。アキの選んだ人が今どうしているのか気になるのだ。

『で、なぜいないのでしょう?』

 今度はいつものような淡々とした口調だった。

 その疑問にはマリアが答えた。

「すみません、声は掛けたのですが……わたしはいいからと言うので……」

 マリアは心配そうに言う。

『いいから、ですか。それはおかしいですね。彼女が真っ先に聞きに来そうなものですが……彼女最近何か変わったことはないですか?』

 明らかにおかしな行動をとるサラを怪訝に思いシルフィは訊ねた。

「ずっと塞ぎ込んでいたんですが、最近元気になってきたんです」

 マリアはいい知らせを話した。

「それって変わったこと? いい話だよね」

 冬華が小首を傾げて言う。

「それはそうなんですが、あれだけ引きずっていたのに急すぎるんです」

 マリアは困惑して言う。

「最近タリアさんとよく話しているようなので、タリアさんがサラさんを元気付けているのでは?」

 汐音が最近見かけた光景を思い出し言う。

「それだけではなく、なんていうかアキさんの死を受け入れていないような、まだ生きているような感じに話しているんです」

 マリアは言葉を選びながら言う。

『現実逃避ですか? 彼女がですか? アキの死を目にしたのですからないとは言い切れませんが……一応注意しておいてください。タリアという人の行動も』

 シルフィの言葉に反応したのはレオルグだった。

「タリアを疑っているのか?」

『いえ、念の為ですよ。あの護衛の件もありますし』

「しかし……」

 部下を疑われて納得がいかない様子のレオルグにシルフィは引かずに言う。

『あなたが彼女の無実を証明すればいいだけですよ。冬華たちだって一時期疑われて投獄されていたではないですか、自分の部下だけ特別扱いはいけませんよ』

 シルフィは棘のある言い方をする。

 光輝たちと言わず冬華たちと言うところが、冬華が投獄されていたことをかなり根に持っている証拠である。

「う、そうだな」

 レオルグは言葉を失い、頷いた。

『何事もなければそれでいいんです』

 シルフィはそれだけ言うと話を切り変える。

『はい、では他に聞きたいことはありますか?』

 シルフィは先生風に言う。

「……」

 ハイと汐音が手を上げ、質問をした。

「五十嵐君のあの強さは何なのですか? あなたが憑依していた時の強さはあなたの力のおかげでしょうけれど、あなたが出ていた時の強さも異常でした」

『それはマーサ殿の方が詳しいのでは?』

 シルフィは話をマーサへ丸投げした。

「うむ、ワシが教えたのは魔法を使えぬアキが生き残るための(すべ)だけじゃ。魔力をコントロールして身体能力を向上させるモノで、常人よりも少し向上する程度のモノだったはずじゃ。確かにアキには資質はあったが、決して敵を圧倒するほどのモノではない。ワシもそれが疑問だったのじゃ」 

 マーサはシルフィへと視線を向け「教えてもらえんじゃろうか」というような表情をする。

『アキが生きていたら教えないところですが……まあ、いいでしょう。アキの力は本来マーサ殿の言った通り、大した力を出せないモノでした。でもアキの場合、大したと言っても常人からすればかなりの力だったようですが……それでも限界はあります。アキよりも強い者には当然そんな力は通用しませんでした。そこで、よかったのか悪かったのか、アキは限界を超えてしまったのです。きっかけはカレンが殺されそうになった事、そしてアキ自身が死に直面した事』

 カレンは当時の事を思い出し俯いた。

『冬華、魚人の成体は強かったですか?』

 シルフィはいきなり冬華に話を振った。

「え? う、うん。とにかく攻撃が当たらなくて強かった」

『アキの剣の腕は冬華よりも下です。勝ち目なんてありませんでした。ですが戦いの中攻撃を受け続け、極限の中でそれでも生き残る方法を考え、それを実行した。必要なことだけに力を振り分け、不要なものは切り捨てた』

「どういうことだ?」

 光輝が訊ねた。

『そうですね、アキの習得した手法をもう少し掘り下げて説明しましょう。そもそもこの手法はある能力を向上させると他の能力が低下してしまうのです。ゲームのステータスの振り分けを想像してもらえればいいと思います。ゲームではHP、攻撃力、防御力、速さなどありますが、レベルが上がるにつれその能力値は上がっていきます。現実でも同じですよね。鍛えればその能力は上がっていきます。ゲームによってはその能力値にボーナスポイントを上乗せできるものがありますが、アキは自分の能力値に魔力を振り分けることで力を倍増させていたのです。例えば、全体の魔力を100として、通常時はその100を均等に振り分けた状態です。アキが最初に教わったものはその100の内70を均等に振り分け、残り30を必要な力に当て能力を向上させるものでした。体への負荷が最小限で済むのがその範囲だったのでしょう、アキは無意識にそう設定していました』

「そんなものだったとは……」

 マーサは自分がなんてものを教えていたのかと驚愕している。それはそうだろう。一つの能力を向上させる代わりに他の能力が低下するのだ。危険きわまりない術である。

『やはりマーサ殿は扱えないのですね?』

「うむ、すまぬ、知識はあっても扱えはせんのだ。まさかそんな仕組みだったとは……」

『まあ、あれは扱える者でなければ気付かないでしょう。、アキも最初は気付いていませんでしたね。楽しそうに練習してましたし』

 シルフィは当時のアキを思い出し微笑んでいる。

『話を戻しますが、魚人との戦いの際、このままではやられると思い、その振り分けの分量をアキが強引に変えたのです。必要な力へ90振り、残りで全体をカバーしました。あの時は殺気や気配を捕らえるための感知力と魚人をとらえるためのスピードに振り分けました。そして攻撃の一瞬にのみパワーへ振った。その為攻撃時に動きが止まり残像のように見えたのです。要はどんな攻撃も当たらなければ意味がないという考えに行きついたわけですね。アキは戦闘中状況に応じて魔力の振り分けを何度も繰り返しています。ですから魚人との戦闘後神経回路? 魔力回路? という言うべきところを痛め神経痛になっていましたね、フフッ』

 そのむちゅくちゃな発想に光輝たちは言葉を失っていた。

 生き残るためとはいえ、防御を捨てスピードにすべてを掛けるなんて正気の沙汰ではない。それでもアキは決断した。まさに死中に活を見出したのだ。

『生き残るための奇策です。やらなければアキは死んでいました。そしてアキはそれに磨きをかけ振り分けのタイムラグを極力なくすようにしました。そのおかげで不意打ちを受けない限り防御面も心配なくなりました。そして最終的には……いえ、これはいいでしょう結局使わずじまいでしたし』

 シルフィは口を噤んだが、光輝たちはアキの考えること、きっと命に関わるようなろくでもない事なのだと理解した。

『マーサ殿の教えをアキが曲解してしまったがために、生き残るための術で命を縮める羽目になったわけですね。ですがそのおかげで多くの命を救うことができたのですから、マーサ殿は気に病むことはないのです』

 沈むマーサへシルフィはそう言った。

 このときシルフィはうっかり口を滑らせてしまった。

 そのことを気付かせないためにこんなことを言った。

『そうそう、アキはこの手法に名前を付けていましたよ、「ステ振りマスター」とか。あまりにも残念なセンスでしたから、「ディバイド」の方がカッコいいのでは? と言ったのですが渋っていましたね』

 シルフィは困ったものだと言いたげな表情をしている。

 光輝たちは顔を引き攣らせていた。

 そこへ汐音君が口を開いた。

「そのディバイド、私にも扱えるでしょうか?」

 汐音は「ディバイド」と言った。「ステ振りマスター」はお気に召さなかったようだ。

『それは……魔法の使える人には危険だという話ですよ。そもそも魔法が使えるのでしたらそんなリスクを負う必要はないと思いますが……まあ、詳しくはマーサ殿から聞いてください』

 シルフィはマーサへ話を預けた。

「うむ、では後で話そうかのう」

「お願いします」

 汐音は話を聞く約束を取り付けた。

『はい、他に聞きたいことがある人』

「だからなんで、また先生風なの?」

『ノリですよ』

 シルフィと冬華がそんなやり取りをしていると、カレンが手を上げた。

『はい、カレンさん』

 シルフィは先生風に差した。

「わたしの母さん、アギトのことはじめから信じてたんだけどアキは正体を明かしていたの? みんなアギトの事を信じてなかったのに母さんだけなんでかなって」

 カレンは疑問を口にした。

『ああ、カノンさんは一目で気付いたそうですよ。アギトの目線や話す口調とかで。アキの目線は初対面でも必ず胸にいきますからね』

 女子たちは頬を引き攣らせ黙って頷いた。

『でも顔を見れば間違えようがないとも言っていましたよ。あなた方はアギトの顔をまともに見なかったでしょう? 火傷の方に目がいき、すぐに目を逸らしていましたし。あの時アキはバレるかな? って少しドキドキしてたんですよ。目を逸らされてショックを受けていましたが……』

「気にしてないって言ってたと思うが?」

 光輝が訊ねる。

『ええ、表面上は。あとで落ち込んでいましたよ。カノンさんが慰めてくれましたが……フフッ』

 アキの落ち込みようを思い出しシルフィは微笑んでいる。

『はい、ではほかにはないですか?』

 シルフィは先生風に言う。癖になったのだろうか……

 マーサが手を上げ口を開いた。

「一つの系統の魔法しか扱えぬ者に意味があるとはどういう意味かわからぬのか?」

 マーサの質問にシルフィはしばし考えると口を開いた。

『……おとぎ話です』

「おとぎ話じゃと?」

「あ!? それっておじいちゃんがお兄ちゃんに聞かせてた?」

 冬華は思い出したように声を上げた。

『ええ、おそらくおじいさんが聞かせていたおとぎ話はこちらの世界の話なのでしょう。アキにとって必要な知識になると思いおとぎ話として聞かせていたのではないでしょうか』

「その内容は?」

 マーサが訊ねる。

『昔々、一人の勇者がいました。その勇者は魔王を倒すため4人の戦士と共に旅立ち、4大精霊の力を借り魔王を封じることに成功しました。大雑把に言ってこんな感じです』

「大雑把過ぎる!」

 冬華がすかさず突っ込んだ。

『仕方がないじゃない! そんな長い話覚えてられないもん!』

 シルフィは素に戻り言い返した。

「そ、そうだね」

 冬華はシルフィの勢いに怯んだ。

『コホン……この話の4人と言うのがおそらく一つの系統の魔法しか扱えない者でしょう。そうでなければ精霊が力を貸すはずがないので。精霊はその精霊と同系統の魔法しか扱えない者を同族のように扱います。普通の人は多種の魔法を使いますから精霊から見れば節操がない、一貫性がない、浮気者だとみなし嫌悪します。まあ嫌悪する理由はほかにもありますが』

 皆は浮気者の単語はいらなかったのでは? と頬を引き攣らせる。

 マーサは納得顔で頷いていた。

「それが意味というわけじゃな」

『確証はないのです。なにせおとぎ話ですから……だからアキも口にしなかったのです』

「ふむ、なるほどのう」

『レオニール陛下が麻土香の事を勇者と呼んでいるのはこの話から来ているのかもしれません。麻土香の場合は勇者ではなく4人の戦士の方なのですが……』

 麻土香はどこかほっとしたような表情をした。余程勇者と呼ばれることが嫌だったのだろう。レオニールは呼ばないとは一言も言っていないのだが。

『この話のポイントとしては、魔王を倒したのではなく封じたというところでしょう。この世界にも何かが封じられていますから、符合します。封じたのは当時の勇者には倒せなかったから。その勇者には特別な何かが足りなかったのでしょう』

 シルフィは光輝へ視線を向ける。

『その何かとは光輝の真聖剣ではないかと私は考えています。アキには習得できなかった、光輝だけが習得できた剣。まさにアキのなりたかった主人公そのものですね』

 光輝は複雑な心境で口を開いた。

「それが事実とは限らないだろう?」

『ええ、そうです。この世界に魔王が封じられているとは限りません。でも光輝は真聖剣をもう一段昇華させなければならない。今のままではいけないことは光輝もわかっているでしょう?』

「ああ、わかってる」

 光輝はシルフィから目を離さずに言った。

『それならばいいのです』

 シルフィは微笑みを返した。

「それでしたら五十嵐君がいないのはまずいのではないですか? 風の精霊であるあなたの力を借りる者がいなくては」

 汐音が困り顔でいう。

『……アキは、違いますから。さっきも言いましたがアキは魔法を使えません。当然風の魔法も、アキは勇者どころか4人の戦士にも含まれません』

 シルフィは寂しそうに顔を伏せた。

「じゃあ、なぜ?」

 汐音が訊ねる。

『私がアキの事が大好きだからです! ついでにおじいさんが仮契約を施したから』

 シルフィは言い切った。

「それが理由なの!? おじいちゃんはついでなんだ!?」

 冬華が突っ込む。

『当然です! 仮契約をしていようと好きでもない人に力なんて貸しません!』

 シルフィは力強く言い放った。

「あ、そう、うん、そうだね」

 冬華は納得した。

 他の皆は複雑そうな表情をしているが……

『さて、結構話し込みましたが、まだ何かありますか?』

 シルフィはもういいんじゃない? と言いたげなニュアンスで言った。飽きてきたようだ。

「いや、またいずれ会えるじゃろう? その時にでも聞かせてもらえればよい」

 マーサは個人的に聞きたいことがあるのか皆のいるここでは遠慮した。

「そのおとぎ話については我々でも調べてみるとしよう」

 レオニールがそういうとロマリオも頷いた。

『ではこれでお開きとしましょう。では』

 シルフィがそういうと、鏡が反応しシルフィたちの姿は消え光輝たちの姿が映り込んだ。


 こうして通信は終わった。


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