行動の軌跡
会談後皆が解散した後、光輝たちはマーサに呼び止められ謁見の間に残っていた。
陛下の許可得て会談で使用した鏡をそのまま使わせてもらえることになり、光輝たちも話を聞きたいであろうとマーサが気を使ってくれたのである。
今この場にいるのは光輝、汐音、総司、結衣、カレン、マーサ、マリア、なぜか、というかやはりカルマもいた。冬華の事が気になるのだろう。
そしてこの場を提供したロマリオ陛下、護衛を兼ねてレオルグ将軍もいる。
ただサラの姿だけがなかった。
「サラさんはいないんですか?」
光輝がマリアに訊ねた。
「ええ、声は掛けたのですが……」
マリアは少し表情を曇らせる。
「そうですか……」
光輝は何かあったのかと首を傾げる。
少し経つと通信鏡が反応し、レイクブルグの謁見の間が映し出された。
鏡の前には会談時と同じく両陛下が座っている。
いや、レイクブルグ側は少しずれているようだ。
レオニールの横で冬華たちがこちらを除き込んでいる。その後ろに会談時には気付かなかったが数人の兵士がいた。護衛の為に先に石化を解いていたようだ。
最初に口を開いたのは陛下方ではなくシルフィだった。
『お待たせしましたか? こちらはレオニール陛下が同席しますが、そちらも同じ様ですね』
ロマリオがそれに答える。
「ああ、我々も聞いておくべきかと思ったのだ。口出しはしないから安心してくれ。質問はするかもしれないがな」
『構いませんよ。答えられることならば』
シルフィは淡々と答えると続けて言う。
『まず彼女に自己紹介してもらいましょう』
汐音は黒髪の女へと話しを振る。
「え!? いきなり私なの!」
黒髪の女はいきなり振られてオドオドする。
すると冬華が手を上げて割って入ってきた。
「ハイハイ! じゃあ、私がしてあげるよ。六条麻土香ちゃんで~す! お兄ちゃんに恋しちゃった18歳の……ゆ、勇者様です、ぷぷっ」
冬華は紹介の途中で笑い出す。
「そこは紹介しなくていいから!」
麻土香は冬華の口を塞ぎにかかる。
本当にあの黒髪の女なのか? と皆驚きを見せる。
(そこって恋の方? それとも勇者の方かな? どっちもか)
そして光輝は別の事を考え一人納得していた。
光輝たちも自己紹介しようとするとシルフィに不要だと言われた。すでに会談の際にシルフィが紹介していたようだ。
一応、お互いに「よろしく」とだけ挨拶をした。
ついこの間戦っていた相手なこともあり、光輝は変な気分を感じていた。
『では話をしましょうか。マーサ殿何が聞きたいのですか?』
シルフィはマーサへと訊ねた。
「アキはなぜすぐに戻って来なかったのじゃ? 一体何をしておった?」
マーサはアキについて訊ねた。
『やはりそれですか……では、アキは総司に斬られここの湖に落ちました。それは知っていますね』
アキを知る者は一様に頷く。
『そしてその水は石碑が破壊されたことにより穢れていました。アキはその穢れを受けてしまったのです。この辺りはアキがアギトとしてカレンに話していましたね』
「え!? あれ嘘じゃなかったの?」
カレンは驚いた顔をした。アギトの話を全部嘘だと思っていたからだ。
『カレンはアギトに嘘ばかり言うと言っていましたが、嘘は言っていないのですよ』
「え!?」
カレンは驚きの声を上げる。
『その話は後でしましょう。まずは順を追っていきます。アキは斬られた傷もあり動けない状態でした。その上穢れも受けこのまま放置すれば一日も経たずして死んでしまうところでした。そこで私がアキに憑依し、命をつなぎ止めました』
それを聞きマーサが声を上げた。
「憑依じゃと!? おぬしはいったい……」
『ああ、そうでした。言ってませんでしたね。私は風の精霊です』
シルフィは爆弾発言をした。
「精霊じゃと!? 精霊がなぜアキと?」
『それはあなたならわかるのではありませんか?』
シルフィの言葉にマーサはハッとする。
「まさか、嵐三か!?」
マーサはアキの祖父の名を口にした。
『ええ、では続きです』
シルフィは自分の事はもういいとばかりに淡々と話を進める。
『アキの体は川を下りリーフ村へ運ばれました。そこで村人に救われ治療を受けました。あ、そうそう、その途中で冬華がピンチそうだったので手を貸しましたっけ』
シルフィは思い出したかのように冬華へ言うとフフンと鼻で笑った。「感謝しなさい」と言いたげだ。
「あ! 魚人の腕!」
冬華は当時の事を思い出し声を上げた。短くまとめ過ぎなため、その意味がわかったのはあの場にいた者たちだけだった。
「あ、あんなの私一人でなんとかなったわよ!」
冬華は強がりを言うが、シルフィはハイハイと聞き流す。
『アキは総司を助ける方法を得るためにマーサ殿の下を訪れました。もちろんアキとしてではなくアギトとして。……なぜ? と思いますよね? 敵からしたらアキはすでに死んだことになっています。生きているとわかれば何らかの手を打ってくるかもしれないと考えました。総司を操るくらいですから、他にも操られている者がいるかもしれない。だからアキは姿を隠すことにしたのです。敵の目がこちらに向いていない間にやれることをしてしまおうと。だから誰にも打ち明けることはできませんでした』
アキは誰かに頼ることをやめ、たった一人で戦うことをを決意したということだ。
皆は息を飲んで聞いていた。
『マーサ殿を訪ねた際に麻土香を見つけました。私は「彼女も呼び出されたんだ」くらいにしか思っていませんでしたが、アキは違いました。「ホントにいた」と言っていました』
「ホントに? どういうことです?」
汐音が訊ねた。
『アキは麻土香がひょっとしたらいるかもしれないという認識でいました。なぜそんな認識でいたか、それはサラの予知夢のせいです。彼女の能力の影響下でアキも予知夢を見ていたのです。そして確信した。総司の側にいた結衣が偽物で、本物の結衣の居場所は麻土香をたどれば見つけ出せると』
「では五十嵐君は夢で結衣さんが別の場所にいるのを見ていたのですか?」
汐音が声を上げる。
『ええ、夢の中で結衣は囚われ、モルガナや麻土香と一緒にいるところを見ました。ですから、アキは麻土香と戦闘をし、マーキングをしました。私の使役する精を麻土香に貼り付けたのです。後は精が結衣を見つけ私の下へ戻ってくるのを待つだけでした』
それを聞いた麻土香は何かを探すように自分の体を弄り出す。
『その間にアキは総司を助け出しました。ここは知っていますね』
光輝たちは頷いた。
『その後アキは夢が本当ならと、姿見を調べました。夢の中で結衣たちは姿見を通して総司との戦いを見ていましたから。そして、夢の中で結衣は白い男と姿見で会話をしていました。言うまでもない事ですが白い男とはアギトの事です。アキは、いえ、アギトは夢の通りその姿見で結衣と会話をした』
シルフィは結衣に視線を向けた。
「うん、アギトが総司と一緒に助けに来てくれるって」
結衣は総司の腕を掴み言う。
『これでアキは予知夢が本物だと再確認しました。……さて、先ほどの話ですが……カレン、アギトは嘘は言っていません』
シルフィはアキではなくアギトと言った。
『結衣の居場所はまだ知らなかった。精が戻ってきて居場所を知った。アキの願いとはサラとの約束を果たす事。それは二人を連れて戻る事です。アギトはそのアキの最後の願いを聞き届けようと行動していたのです。アキはまだ死んでいなかった。しかし、その願いの為アギトはアキの存在を殺しアギトに徹することにしました。そうでもしないと耐えられなかったからです。愛する人が手の届くところにいる、しかし手を伸ばすことはできない。それどころか、沈む彼女を奮い立たせるために敵にもなった。剣を向けられた。それがどんな思いだったかわかりますか? 私はアキに憑依していたのでそれをダイレクトに感じていました……アキはずっと泣いていたんです。だからアギトは「自分はアギトだ、アキではない」と暗示を掛けアキを殺し続けた』
カレンは、いや結衣も冬華も麻土香も泣いていた。汐音だけは瞳を潤ませるにとどめて聞き漏らすまいとしている。
『二人を助け出したのになんでそんなバカなことをと思うでしょう。まだアギトには役目があったからです。あと二人助けなければならなかった。いえ、三人ですか』
「三人?」
光輝が訊ねた。
『ええ、一人は麻土香。同じ世界から召喚された麻土香は助けてあげるべきだとアキは言っていました。ただ可愛い女の子が苦しむ姿を見たくなかっただけでしょうけれど……それにこれからの戦いで光輝にとって必要な存在になるかもしれないとも思っていたようですが』
光輝は驚き麻土香を見た。
『おそらく麻土香も冬華や総司と同じく一つの系統、土系統の魔法しか使えないはずです』
シルフィは麻土香へと視線を向ける。
「う、うん。そうだよ」
麻土香は涙を拭いながら答えた。
『光輝も一度は思ったでしょう? これには何か意味があるのではと』
光輝は頷いた。
『意味はあるはずです。確証がなかったのかアキは口にはしませんでした。ですがアキは可能性を残すことに決めたのです。私にはそれだけで十分信じられます。アキの決めたことならば私はそれを手伝うだけです』
そこまで言い切るシルフィに皆は言葉を失った。シルフィはそこまでアキに心酔しているのかと。
『そしてもう一人はモルガナです』
「な!?」
皆なぜ? という顔をしている。
『モルガナはモルデニアの姫だからです』
陛下方も皆と同じように驚きの表情を見せる。
「たしかなのか?」
レオニールが問う。
『ええ、アキも夢で見ただけの人物だったので最初は人かもしれない程度にしか思っていませんでしたが、モルデニア城で結衣を見つけた際に調べものをするにはちょうどいいと城内を調べたのです。そこで肖像画を見たアキは確信していました。カレンも見ましたね』
シルフィはカレンへ視線を向けた。
「はい、でもモルガナって人は見てないから気付かなかった、グスッ」
カレンは鼻をすすりながら答えた。
『アキはなぜ彼女だけが生き残り敵となったのか。そして誰がモルデニアの石碑を破壊したのか。それも調べようとしていました。幸いモルガナについては、いえ、モニカ姫については城の書物でわかりました。生き残れたのは魔力が他者を圧倒するほどに高かったから。王族の姫は代々封印を施すために高い魔力を持って生まれてくるのです。そうですよね?』
シルフィは両陛下へと訊ねた。
「ああ、そうだ。それを知る者は王族と一部の魔法士のみ。よく調べたものだ」
レオニールは感嘆の声を漏らす。
『その為瘴気に対する耐性があったんです。それでも変貌は抑えられず、魔族に近い存在になったようです……推測ですが、そこを石碑を破壊した敵に捕らえられ操られることとなったのでしょう。アキは封印の事もあり彼女も救うことにしました。あわよくばその黒幕の居場所も突き止めようと』
「だから私お兄ちゃんに言われてモルガナを救おうとしたんだけど……正気に戻ったモルガナを黒い影に連れ去られちゃった」
冬華は表情を沈ませる。
『冬華はよくやってくれましたよ』
シルフィは優しく微笑みかける。
光輝たちはそんな表情もするのかと、目を丸くしていた。
『そして最後の一人ですが……それはアキ自身です』
「なぜです? 五十嵐君は治療もしたのでしょう? 実際アギトとして我々と戦っていたではないですか」
汐音はアキを救う理由がわからなかった。それはサラに名乗り出るだけで済むのではないかと……
『それでも本調子とは程遠かったはずですよ。そのため私が力を貸していましたが』
「5人を相手に圧倒してたのにか!?」
カルマが愕然としている。レオルグその場で見ていたから同じように驚いている。
『ええ、アキはあなたの事を気に入ってましたよ。勝ち目のない相手にも怯まず向かってくるのはバカのすることだと。でもそんなバカは嫌いじゃないと』
褒められてはいないことはわかったカルマは微妙な顔で言う。
「その割にオレを殺そうとしてたじゃねぇか」
『本気でしたらあなたは今ここにはいませんよ。あれには理由があったのです。話を戻しますが、アキは穢れを受けていました。しかも石碑から漏れた瘴気による穢れ、並の浄化では祓えません。そしてそんな浄化能力を持った者もいませんでした』
カレンはアギトの言葉を思い出して硬直する。
「だから死を待つだけだった……」
『ええ、それもアキが名乗り出ることのできなかった理由の一つです。あなた方にとってアキはすでに死んだことになっていましたから。もう一度悲しませることはアキも本意ではなかったのです。ですがアキには一つだけ希望がありました。アキはそれに掛けたのです』
「希望?」
光輝が呟く。
『はい、どんな穢れでも浄化できる能力、それを持つ者を育て能力を目覚めさせる』
「そんな能力を持った者が?」
汐音が訊ねる。
『アキはその者を知っていましたが、一向に目覚める気配がない。だから麻土香を救い出すために敵側に着いた際、敵として能力を目覚めさせようとした。戦いの中、極限状態の中なら目覚めるかもしれないと考えたのです。彼を追い込むためにあなたを痛めつけました』
シルフィはカルマへ視線を向けた。
その視線を受けカルマは息を飲んだ。
『しかし、そこで予想外の事が起こりました。まさか彼ではなく冬華の力が目覚めるとはアキも思っていませんでしたので、余計なダメージを受けてしまいました』
冬華は自分の攻撃でアキにダメージを与えたことを思い出し俯いた。
『ですがアキは喜んでいましたよ、希望が二つになったのですから。二人のどちらかが力を使いこなせるようになれば自分は助かると……あとこんなことも言ったましたね「冬華のヤツあいつの事好きなのか?」って』
シルフィは冬華を見てニヤリと笑う。
「そ、そんなことあるわけないじゃない!」
冬華は慌てて否定する。その慌てぶりが真実を語っていそうだが……カルマはまんざらでもなさそうだ。
シルフィは表情を引き締める。
『でも、アキの本命は彼だったの』
「……」
『わかるよね、光輝……光輝なんだよアキが力に目覚めてほしいと願った相手は、これから光輝が中心になって戦って行かないといけないから……アキは何度も何度も力を見せろと言い続けたのに!』
シルフィは光輝に抑え続けていた感情をぶつけた。
『アキが言ってたよね。光輝は頭で考え過ぎるって。だからアキは光輝の感情を高ぶらせようと怒らせようと、したくもない酷いこともしたんだよ! それでも光輝の力は目覚めなかった』
光輝は下唇を噛み、拳を握りしめ悔しさで打ち震えた。
『でもね、アキはそうなることも覚悟してた。だから名乗らなかったんだよ。最後の戦いの前にアキはもしもの時は正体がバレる前に自分の遺体を回収しろって……』
冬華は聞いていなかった話を聞き絶句した。
『でも、最後の最後で考えを変えたみたい。これから先、光輝の力は必要になるから。たぶんあれが最後の掛けだった。何度もする素振りを見せていたけれど実行できなかった、光輝の感情が爆発するであろうこと……それは光輝の目の前で光輝の仲間を殺す事……アキは光輝の目の前に自分の死をさらした』
光輝は青い顔をし硬直する。
『もう命が尽きる自分が光輝に残せる最後の事、せめてこれで力が目覚めるようにと……』
「それって、私がもっと早く目覚めてれば助けられたんだよね……」
冬華は俯き静かに言った。
『そうね、でも最後の戦いの時すでにアキの体は限界を迎えてたから助けられなかったと思う。冬華は本当によくやったよ。アキの期待に応えてくれたんだから』
シルフィは優しく冬華の頭を撫でる。
シルフィが話終えるとアキの仲間たちはそれぞれに涙した。
助け出されたことに感謝する者。
力及ばず嘆く者。
最後まで信じることができず涙する者。
見ず知らずの男の生き様に涙する者。
それでも力を出せずに悔いる者。
皆押し黙って涙する。
「なぜその者はそこまでできたのだ……」
ロマリオが呟いた。
『この世界のため……ではないことは確かです。ただ一人の女性のためですよ。彼女の生きる世界を守りたかった。彼女の笑顔を守りたかった。ただそれだけなのです。最終的には泣かせてばかりでしたけど』
シルフィは悲しくそうに微笑む。
そして……
『だからですかね……その彼女がこの場にいないのは……』
シルフィは冷たい表情で言い放った。
それは背筋も凍るような冷たい声音だった。




