麻土香
「うっぅ……?」
目を覚ますと見知らぬ天井が広がっていた。
「あ、姉ちゃん!」
声のする方へ目を向けると見知った久しぶりに見る顔があった。
「……か、風音?」
「姉ちゃん!」
風音と呼ばれた男の子はベッドに横たわる黒髪の娘に抱き着いた。
「風音! よかった無事で!」
黒髪の娘は体を起こすと風音を抱きしめ頭を撫でる。
「気が付いたみたいだね」
部屋へ入ってきた男性が声を掛ける。この登場の仕方も何度目だろうか……
「あの、あなたは?」
黒髪の娘は男の名を訊ねた。
「僕はオグルというものだ。そして、ここはリオル村にある僕の診療所だよ」
黒髪の娘は自分が名乗っていないことに気付き慌てて自己紹介する。
「あ、私は六条麻土香です。助けていただいてありがとうございます」
麻土香は頭を下げ礼を言う。
「キミのことは風音君から聞いているよ。でも、診察したのは僕だけど助けたのは僕じゃないから」
オグルは胸の前で手を振り否定する。
「あ、いえ。風音のことです。匿っていただいてるようなので」
麻土香は言い直した。
「あはは、そのことか。うん構わないよ。僕は頼まれただけだから。彼女たちももうすぐ来ると思うから後で礼を言うといいよ」
「彼女たち? 女性なんですか?」
「え? そうだよ……ああ、アキ君、じゃなくてキミにはアギト君と言った方がいいかな? 彼の事かい?」
「は、はい」
「彼のことも彼女たちの方が詳しいから来たら聞いてみなよ」
「はい」
麻土香が返事をすると、部屋の扉が勢いよく開かれた。
バンッ
「麻土香ちゃん目が覚めたって?」
『冬華! 診療所では静かに』
入ってきたのは冬華とシルフィだった。
「はいはい(またお澄ましシルフィになってるよ)」
『何か言いましたか?』
「いいえ~そんなことより、麻土香ちゃん! 体調はどう?」
冬華はシルフィを適当にあしらい舞土香へと声を掛ける。
「はい、おかげさまで。えっと……」
麻土香はなんと呼んでいいかわからず口ごもる。
「あ、私冬華、五十嵐冬華15歳。で、こっちがシルフィね。よろしく麻土香ちゃん。麻土香ちゃん年いくつ? 麻土香ちゃんでいいよね?」
冬華は会話をする気があるのか怪しいほど矢継ぎ早に言う。
「え、えっと18です。はい」
麻土香は冬華の勢いに押されそれだけしか答えられなかった。
『冬華、麻土香驚いてるじゃないですか。少し落ち着きなさい』
「いや、シルフィはキャラ変わり過ぎだから」
窘めるシルフィに冬華は眉を顰め言う。
『それで、麻土香? ここへ来るまでの事は覚えていますか?』
シルフィは冬華を無視すると麻土香へ質問を投げかけた。
「えっと、気を失う前の事は。体の自由を奪われていただけで見たり聞いたりはできたから」
麻土香は素直に答えた。
『そうですか。操られていたとはいえ自分のやっていることを見せつけ精神的に縛るつもりだったんでしょう。こちらとしては都合がいいですけど』
シルフィは本当にそう思っているのか疑わしいほど淡々という。
「あの、お二人が私たちを助けてくれたのですよね? ありがとうございました」
「ありがとうございました」
麻土香は丁寧に頭を下げた。横にいる風音もそれに習い頭を下げる。
『いえ、アキの指示ですから気にしないでください』
シルフィは淡々と言う。相変わらずアキや冬華以外には感情を出さずにいる。
「アキさんというのは……」
「私のお兄ちゃんだよ。五十嵐空雄17歳、アギトは偽名だよ……そういえばなんでアギトなの? 中二病?」
冬華は律儀に年まで麻土香に説明すると、そこで疑問を抱きシルフィに訊ねた。
『アキが治療を受けた村で、アキが気を失っている間私が憑依して話をしていたんですが、はじめうまく言葉が話せなくて。そのせいで村人が聞き間違いをしただけです。アキは丁度いいからとそのまま名乗っていたんです』
シルフィはあった出来事をそのまま話した。
「なんだ、お兄ちゃんがカッコつけて名乗ってたわけじゃないのか」
冬華は真相を聞きつまらなそうにする。
「あの、アキさんはここには?」
麻土香は俯き加減に言う。
『アキに何か用事ですか?』
シルフィは淡々と言う。
「い、いえ、お礼を言いたいと思って……」
麻土香は俯き服の裾を握りしめて言う。
その麻土香の仕草を見て何かを察知した冬華が身を乗り出して声を上げた。
「ハッ!? まさかお兄ちゃんに何かされたの?」
「え!?」
麻土香は咄嗟に首元に手を添えた。
「『 何、されたの? 』」
冬華だけではなくシルフィまで麻土香の首元を凝視して訊ねた。
麻土香は押し黙り顔を赤くして俯く。
「おぉぉぉぉぉ! これが恋なのか!」
それを見た風音は何かを察したように姉の恋に喜び、思春期真っ盛りの少年らしく歓喜の声を上げた。
「恋なの!?」
と呟き、冬華は麻土香の手をどけて首元を見る。
『キスマークはなさそうですね』
シルフィが冬華の後ろからピョコっと顔を出し言う。
「そんなのないですよ! されるのかと思ったけど……」
麻土香は勢いよく言ったと思えば意気消沈していく。
「なんだぁ、あのヘタレめ」
『さすがのアキでも身動きできない相手にそんなことはしないでしょう』
二人は懐かしむように言う。
「ただ、風音の無事を聞き、あと術が解けそうだったらアギトさんの名を呼べって言われただけです。近くにアルマがいたから気付かれないようにそうしただけだと思います」
麻土香は釈明するように言う。が、
「え? したの? 首筋に!?」
冬華は再燃するかのように身を乗り出す。
「してないから! ……少し触れただけだから」
『少しというところがイヤらしいですね。焦らしですか?』
「違いますから!」
麻土香は全力で否定する。
「え~その割には顔赤くしてたよね~」
『してましたね』
二人は尚もからかうように言う。
「してま……したか?」
「うん!」
『はい』
「……ハァ、私年下の男の子にドキドキしてたんだぁ」
麻土香は負けた気分になり落ち込んだ。
麻土香の様子を見ていた風音が笑い出した。
「アッハハハハハハ、姉ちゃんもいつもの調子が戻ってきたみたいだね」
「え? そう?」
「うん! なんか楽しそう。こっちに来たばかりの時は余裕なさそうだったから」
風音は辛そうな顔をして言う。自分では力になれなかったことが辛かったのだろう。
「ゴメンね、心配かけちゃって」
麻土香は風音の頬に触れて謝った。
「うん」
「で、恋なの?」
場の空気を読まない冬華が、いい雰囲気をぶち壊した。
「まだ続けるの!? 冬華ちゃんしつこいよ!」
麻土香は抗議の声を上げるが、冬華の目は先ほどと違い真面目なものとなっていた。
「だって……ねぇ」
冬華はシルフィに同意を求める視線を送る。
『そうですね。その答えによってはこれから話すことが辛い話になりますから』
シルフィは淡々と言うが少しばかりの気づかいを見せた。
「え? なんですか?」
麻土香と風音は息を呑み話を聞こうと居住まいを正す。
冬華とシルフィは視線を交わし一つ頷くと、申し合わせたように冬華が告げた。
「お兄ちゃん……死んだの」
冬華は感情を押し隠して淡々と行った。そうでもしないと涙があふれてきてしまうからだ。
「え? そんな、そんな簡単に死んだだなんて……」
麻土香は動揺を見せる。恋心を抱いた相手が自分のために死んでしまったのかと喪失感に駆られた。
『この世界では案外簡単に人は死ぬものですよ』
シルフィは冷たい現実を突きつける。
風音も顔を青くして俯いている。どこかで死ぬことはないと楽観的に考えていたのだろう。
『ですが、その中でアキは麻土香を奪い返すという目的を達せられたのです。人は抗うことのできる生き物なんですよ』
「だから、これからのことを考えよう。お兄ちゃんがやろうとしていたことを私たちがやるの」
冬華は麻土香の手を取り言う。
『冬華! 意気込みは買いますが無理強いはダメです。それは麻土香が決めることです』
シルフィが窘めるが冬華は言い募る。
「でも、お兄ちゃんは麻土香ちゃんの力が必要だったから助けたんでしょ?」
麻土香は俯きまぶたを強く瞑った。
麻土香は今ショックを受けていた。アキは自分の力が必要で助けてくれたのかと。
『ハァ冬華、アキがそんなことの為だけに麻土香を助けたと思いますか?』
「うっ……思わない」
『でしょう? アキは女の子の泣き顔は見たくないんですよ。泣いてる女の子がいたら手を差し伸べてしまうんです。バカだから』
シルフィはいらない単語を付け加えた。
麻土香は微妙な表情の顔を上げた。アキは女の子なら誰でもいいのかと。真相はもう知る由もないのだけれど恋心は少し冷めていた。
「うん、バカだもんね。ゴメン麻土香ちゃん。今のはなかったことにして。どうするかは麻土香ちゃんが決めてね」
「う、うん(バカは確定なんだ)」
『差し当たって、麻土香の見てきた情報を教えてほしいのですが』
「情報ですか?」
麻土香は少し困った顔をする。地名などはサッパリわからないからどう説明したものかと。
『モルガナが拠点にしてた場所はわかりますか?』
「えっと、気味の悪い植物の生えてる城かな。あとはこの間アキといた村ぐらいだよ私がいたのは」
『というと、モルデニアとローズブルグから東に行ったところにある村ですね。他に仲間はいますか?』
「青白い肌の女と、アルマ、後もう一人いたと思う、姿は見たことないんだけど誰かと通信鏡で話してたみたいだったから」
『先の二人は死にましたから、最低でもあと一人はいるということですか』
「黒い影は?」
冬華が忘れてはいけないと、勢い込んで言った。
「黒い影?」
麻土香の顔に疑問符が浮かぶ。その反応だけで知らないのだとわかる。
『では、モルガナが不審な行動をしたことは?』
「ん~一緒に行動したことがあんまりないからなぁ」
(ここまでの収穫は敵が最低でも一人いることだけ……あとは黒い影か)
と、シルフィが考えていると、
「そういえば、拠点の城からあなたたちのいた城に向かう途中でモルガナどこかに寄り道してたよ。それにどこかで戦闘をしたときや、怪我したときもどこかへ行ってるみたいだった」
麻土香は必死に思い出そうと眉間にシワを寄せ頭痛でも抑えるようにこめかみを押さえて答える。
『それどこだかわかりますか?』
「ん~拠点の城から南西に行った山かな?」
『行ってみる価値はありそうですが……ほかには?』
「あ、拠点の城に私と同じ黒髪の女の子が捕まってたけど、その他は特には……」
麻土香は申し訳なさそうに顔を俯かせる。
『その女の子は結衣の事ですね。もう助け出しましたから』
「でも、一歩前進だね! 今まで手掛かりゼロだったし」
冬華は麻土香を励ますように言う。実際本当のことなのだけれど。
「で、どうしようか? そこに行ってみる?」
冬華がシルフィに訊ねる。
『まだやめておきましょう。二人ではいくら何でも危険過ぎます』
「だね。じゃあ先に麻土香ちゃんの方を何とかしようか」
『そうですね。動きにくいのもイヤですし』
二人は麻土香の方を見る。
「え!? 何の事?」
麻土香は不安そうに二人の顔を交互に見る。
「麻土香ちゃん、今ローズブルグの兵に捕まると処刑されちゃうから」
冬華はサラッと言った。
「えぇぇぇぇぇ!? 何それどういうこと!」
麻土香は驚愕の声を上げた。気を失っている間に指名手配状態じゃ驚くのも無理はない。しかし……
『麻土香は何度も城に攻めて行ってましたからね。敵とみなされているんです』
「そんなぁ、私操られてただけなのに~」
麻土香はこの世の終わりのように頭を抱える。
「レイクブルグの件もあるからねぇ、そっちを解決すれば風向きも変わるんじゃない?」
冬華は腕を組んで考えてる風に言う。
『冬華!? どうしちゃったの? 変なものでも拾い食いしたの? あれほどお腹すいても拾い食いはダメだって言ったのに! 冬華の頭がおかしくなっちゃったよ~』
シルフィはあまりにもショックで素に戻った。
「どういう意味よ!」
冬華は憤慨する。
『だってぇ、冬華がまともなこというんだもん』
シルフィは「元に戻って」と言わんばかりに冬華に縋り付く。
「失礼だ! この子失礼だ!」
と、冬華はシルフィを振り払おうとする。
そんなじゃれ合う姿を、特にシルフィの変貌ぶりを見て2人は、いやオグルを含め3人は目を丸くしていた。
「かわいい……」
「「「『 え!? 』」」」
4人は声のした先へ視線を向けた。
風音が目を輝かせてシルフィを見ていた。
『な、なに?』
シルフィは冬華の背に隠れて得体の知れないモノを見るような目を向ける。
風音はシルフィの前に行くと、立ち位置的には冬華の前だが、右手を差し出し告げた。
「僕と友達になってください!」
「「「 え!? 」」」
『お、お断りします!』
シルフィは咄嗟に断った。風音は時が止まったかのようにピクリとも動かなくなった。
「なんで断るのよ! 友達くらいいいじゃん!」
冬華がシルフィの肩を掴んでグワングワン揺すって言う。
「そうだよ友達だよ! 恋人じゃないんだしいいでしょ!」
風音を不憫に思った優しき姉の麻土香もシルフィに詰め寄る。
『し、知りません! 私は人間じゃないんです! 友達なら人間の友達を作った方がいいに決まってます。そもそも友達なんてなろうとしてなるものじゃないでしょう。自然とそうなるのが友達なんです!』
シルフィは動揺を隠すようにまくし立てた。
「つまりどういうこと?」
冬華は小首を傾げる。
「ん~人間じゃなくてもいいなら、友達関係なんて自然になれるものだから一々言うなってこと?」
麻土香が自分なりの解釈を口にした。
「うん、もうそれでいいや。素直じゃないなぁシルフィは~」
冬華は適当に納得するとシルフィの頬をツンツンしてからかいはじめる。
『私はいつも素直です!』
シルフィは頬を膨らませてそっぽを向く。
その先には硬直から解放された風音が「よーしよーし」と気合を入れる姿があった。
『そんなことより、さっきの話の続きですけど』
シルフィはお澄ましシルフィに戻って話を進める。
「え? なんだっけ?」
冬華は本気で忘れているようだった。
『麻土香の問題を解決するために、レイクブルグの問題を解決するって話です! ……冬華にしては的を射ていましたね』
「あ~そうだった。って私にしてはって何よ! ……でもどうするの?」
『城一帯の異変を正常に戻し、人々を元の姿に戻すんです』
シルフィは指折り数えて言う。
「そこが問題なんじゃん? どうやって戻すのよ?」
冬華は指をビシッと差して言う。
『人々を石化したのは麻土香なのでしょう? でしたら戻すこともできるでしょう?』
シルフィは麻土香へ訊ねた。
「うん、できるけど問題はあの沼なんだよ。あれをそのままにして石化を解いたら街の人たちに被害が出ちゃうよ」
麻土香は困った顔をして答えた。
『だからあの沼の穢れを冬華が浄化するんです』
「私が!? できるの?」
冬華は怪訝な表情をする。自分の力をまだ理解していないようだ。
『できるはずです。アキが冬華ならできると言っていたでしょう? モルガナを元に戻すこともできたんだから』
「そうだね、うんやってみるよ! お兄ちゃんの期待に応えるって決めたんだもんね」
冬華は両手拳を握りしめファイティングポーズをとる。
シルフィは冬華の拳に手を添えて言う。
『うん、冬華ならできる! ファイトだよ!(このフレーズどこかで聞いたような)』
そこで部屋の扉が開かれ見知った人が入ってきた。
「みんなご飯まだでしょ? 食事にしましょ」
カノンが食事を作って持ってきてくれた。
そして荷物持ちとしてもう一人入ってきた。
「な!? なんであんた生きてるのよ! アルマ!」
冬華は今にも斬りかからん勢いで剣へ手を掛けアルマを睨みつけた。




