冬華とシルフィ
北の空へと飛んで行った冬華たちは、意外とすぐに地上に降りていた。
「え? 飛んで行くんじゃないの?」
冬華が不満を漏らす。
『何を言っているの? 私だって疲れるんだよ? 私を乗り物か何かと勘違いしてない? まったく冬華はそういうところは昔と変わらないんだから。昔はアキにいつもおんぶさせていたし。どれだけアキの事が好きなのよ! 私だってしてもらいたかったんだからね! それなのに冬華は……』
シルフィはさっきまでのキャラが嘘のように言葉使いも崩れまくし立てるように言う。今まで黙っていた分を発散させるように。
「お兄ちゃんのおんぶは妹の特権なの! お兄ちゃんの背中は誰にも譲らないから!」
冬華は張り合うように言う。
『もうすでにサラさんに奪われたみたいだけど?』
「うっ……」
冬華は頬を膨らませてシルフィを恨めしそうに見る。
『仕方ないでしょ? アキだって恋をするんだから……愛に殉じたんだよ、アキは』
シルフィは遠い目で言う。
「うん……あの一瞬二人幸せそうだったもん……少し妬けちゃった」
冬華は二人の笑顔を思い出し微笑む。そして気を取り直すように話を変える。
「えへへ、よかったシルフィ変わってなくて。昔お兄ちゃんと3人で遊んでた時は今みたいだったのに、さっきまで別人みたいだったもん」
冬華は嬉しそうに笑顔で言う。
幼馴染との久しぶりの再会は嬉しいものである。
『別人って、私は人ではないんだよ? そうそう変われないよ。まあ、いいけど……』
シルフィは溜息を吐くように言う。
「美人さんになってたから最初わかんなかったけどね」
冬華はシルフィの体を舐めまわすように見て言う。
『目がイヤらしいわよ? まったくもう。でも、アキは少し驚いただけで特に普通だったけどね。少し期待していたのにガッカリよ』
シルフィは肩を落として言う。感動の再開を期待していたのだろうがそうはならなかったようだ。
「仕方ないよ、シルフィは家族みたいなものだもん」
冬華はシルフィの肩をポンポン叩いて楽しそうに言う。
『なんでそんなに楽しそうなの?』
シルフィはジト目で言う。
「え~そんなことないよ~。それにしても今までどこにいたの? あ、どこって言ってもこの世界のことじゃないよ。子供の頃急にいなくなったじゃん。私寂しかったんだよ。お兄ちゃんなんてシルフィの事忘れちゃってるし」
冬華は当時の事を思い出し頬を膨らませて言う。
『私にも事情があったの!』
シルフィはツンとして言う。冬華が楽しそうに言っていたのをまだ少し根に持っているようだ。
「事情って?」
冬華はシルフィのご機嫌を取るようにのぞき込みながら上目遣いで訊ねる。
『まったく、あざといですよ。……アキと仮の契約を結んでいたの』
シルフィは呆れたように言うが、それを聞いた冬華は顔を赤くする。
「え!? け、契約を結んでって……」
『今変なこと考えてると思うけどそれ違うからね』
「べ、別に変な事なんて考えてないから!」
慌てて否定する冬華をシルフィは疑わし気な目で見る。
「コホン。そ、それで契約って?」
冬華は咳ばらいをすると強引に話を戻す。
『ああ、えっと、アキが私を使役できるように……少し違うな。ん~私の力をアキが使えるようにするためにかな。うん、術で私とアキの魂を同調させたの。でも実験段階の術だったせいで問題が発生したのよ』
「問題? それがシルフィがいなくなった原因なの?」
『ええ、この仮契約、アキが寝てる間におじいさんが勝手にやったものなの。アキはなにも準備ができていなかったから……本来こういう契約って両者の合意の下で行うものなのにね。その結果、後遺症でアキの私に関する記憶が封じられてしまったの。それで、アキが私の事を思い出してくれるまでこの姿に戻れなかったの』
シルフィは溜息を吐いて言う。
「そうだったんだ。まったく、おじいちゃんも何やってんだか……ん? その姿に戻れなかったってことは違う形で近くにいたの?」
冬華は小首を傾げ言う。
『ええ、近くで見てたよ。アキが大きくなっていく過程を近くで、あんなことやこんなことまで、フフッ』
シルフィは赤らめた頬に両手を添えて恥じらうように言う。この間、黒髪の娘は風に包まれフワフワ浮かんでいる。
「な、な、な、何見てきたのよ!?」
冬華はなぜか若干興奮気味に言う。
『フフッ、もちろん秘密です。アキのプライベートなところだから』
シルフィは勝ち誇ったように言う。
「ずるい! 思い出は共有しようよ! 私妹だよ!」
冬華は意味の分からない理屈を言う。
『ずるいって……仕方がないわね。今度時間のある時にでも教えるわよ』
「やったー! シルフィ大好き!」
冬華はシルフィに抱きつき喜びの声を上げる。シルフィはヤレヤレと言った表情をし冬華を見つめる。本当の姉妹のような光景だ。
シルフィは冬華が空元気を見せていることを知ったうえでそれに付き合っていた。
冬華とシルフィでは価値観が違う。
冬華にとってのアキの死は最愛の兄との別れであり、自分の一部を失うこと。会いたいと思っても会えず、思い出の中のアキにしか会えない。
シルフィにとって死とは自然の流れの一部に過ぎない。強烈な感情の変動はない。会いたいと思えば感じることができるから。
しかし、シルフィにとってのアキと冬華だけは特別な存在となっていた。冬華が悲しいとシルフィも胸が苦しくなった。
だからこそシルフィは冬華の空元気に付き合っているのだ。
「ねぇシルフィ、お兄ちゃんの体どこ行っちゃったの?」
『あの現象については私にもわからないわ、元の世界に戻ってるのかもしれないけど……あれ?』
シルフィは感じられるはずのアキを感じられずにいた。
「どうしたの?」
『ううん、なんでもないよ』
シルフィは笑顔を作り言う。
人が死を迎えると魂は俗世での行いによって蓄積された穢れを祓われ天へと召される。祓い切れない穢れを宿した魂は穢れを宿したまま地へと落ちていく。要は、善行を行えば穢れが少なく天へと召され、悪行を行えば穢れが多くなり地獄へ落ちるということだ。
そして祓われた穢れ、人に近いその存在、人の心と呼べるモノは自然へと還り循環していく。だからこそシルフィには感じることができるのだが、今アキを感じられないでいる。
アキは穢れを受けていた。それこそ命を落としかねないほどの……それを祓い切れなかったとしたらアキの魂は……
だとしたらもうアキを感じることはできない。
その結論に達した時シルフィは胸が苦しくなる感覚を覚えた。
(これが、冬華の感じている悲しみ、そして寂しさなの? この子はこれに耐えているのね)
シルフィは黙って冬華の頭を撫でた。
「え? なに?」
冬華は意味がわからず小首を傾げる。
『なんでもないよ』
シルフィは微笑んで撫で続ける。
冬華はそんなシルフィを見てあることに気付いた。
(碧い瞳に白髪……あれ?)
「ねぇねぇ、シルフィ」
冬華は顔に疑問符を浮かべ、頭を撫で続けるシルフィに声を掛ける。
『ん? なあに?』
シルフィは冬華の頭を撫で続けながら返事をする。
「あのアギトって誰だったの?」
『ん? あのアギトって?』
シルフィは手を止め訊ねた。
「いやいや、最初に私たちの前に現れた碧い瞳で白髪の! シルフィの兄弟?」
『私に兄弟はいないわよ。あれ、アキだよ』
シルフィはさも当然といった感じに答える。
「えぇぇぇぇ!? だってお兄ちゃん黒髪だよ! 目も黒いのに」
冬華は疑いの声を上げる。
そんなに一瞬で別人のように変わるはずがない。毛染めやカラーコンタクトを駆使すれば一瞬でというわけにはいかないけれど可能かもしれない。しかしこの世界にそんなものがあるとも思えない。疑うのも当然である。
『ええ、あの時は私がアキに憑依してたから……憑依合体! みたいな』
シルフィは戦隊物のヒーローのようなポーズをとる。登場当時の面影はすでそこにはなかった。
「……」
冬華は無言でジトっとした視線を向ける。
『あ、あれ? 何か言ってよ~』
シルフィは焦ったようにリアクションを求める。
「ハァ、やめてよね、いい年してお兄ちゃんみたいなこと」
冬華は溜息を吐き呆れたように言う。
『冬華にだけは言われたくないわ……アキに影響を受けたのは否定できないけど』
シルフィは肩を落とす。
「で、そんな変な誤魔化し方をするっていうことは言い難いわけがあるのよね?」
冬華は真剣な視線を向け訊ねた。
『あ~っと? な、なんのことかな?』
シルフィは盛大に目を泳がせた。
「とぼけるの下手過ぎるよ! 完全に昔のままじゃない! お兄ちゃんを驚かそうとしていつも失敗してたの思い出しちゃったじゃない! 澄ましたシルフィはどこ行ったの!」
残念過ぎるシルフィを見ていられなくなった冬華はこれでもかと言うほど突っ込んだ。
『あははは……ハァ、そんなに聞きたい?』
「ハァハァ、妹の私には聞く権利あると思うけど?」
『ん~そうだね……コホン、冬華はレイクブルグの湖は見たよね?』
「うん、毒の沼みたいになってたとこだよね」
『ええ、アキ、総司君に斬られたあとそこに落ちたのよ。でねあの湖は毒じゃなくて水が穢れたものだったの。アキは穢れた水を大量に飲んで、傷口からも入って……毒じゃないから毒消しも効かないし、放っておいたら穢れで蝕まれて死んでしまう。だから私が憑依して穢れの進行を押さえてたの』
「え? でもシルフィその姿になれなかったんじゃないの?」
『ええ、アキが死を覚悟した時にね、昔の事を思い出したのよ。走馬燈のようにってやつね』
「そうだったんだ……」
『私憑依してたから、アキの考えてることがわかったわ。自分の命がもう長くないと知って、アキはこの世界を救うため……ううん、サラさんのいるこの世界を救うために残りの時間を使おうって。たとえサラさんに剣を向けられようと、ね。(もちろん助かる道もちゃんと考えてたけど)』
シルフィの最後の言葉は声に出さずに言っていた為冬華には当然聞こえていなかった。
「そう、これまでの行動はすべてサラさんのためだったんだ……でもモルガナを救うのはどういう……!?」
そこで重要なことを冬華は思い出した。
「あ————! あの黒い影のこと話すの忘れてた!」
『ん?』
「モルガナを攫って行った黒い影! シルフィは知らない?」
『ええ、知らないけど……モルガナがアキの考えた通りなら、モルガナの後ろに何者かがいるのは確かね』
「お兄ちゃんなら何か知ってたかな?」
『いえ、そこまではさすがに調べる時間はなかったから……』
「そっかぁ、私たちで調べるしかないか~」
『この娘が何か知ってるかも。向こう側にいたわけだし』
シルフィは黒髪の娘を見て言う。
「なるほど、灯台下暗しね!」
冬華は人差し指を立てて得意げに言う。
『そ、そうね……』
そんな冬華を見て、シルフィは意外そうな顔をする。
「なによ?」
冬華は怪訝そうに訊ねた。
『冬華はそんな言葉を知ってたなんて……成長したんだね』
シルフィは我が子の成長を喜ぶ親のように流してもいない涙を拭う素振りを見せる。
「どういう意味よ! このくらい知ってるわよ!」
冬華は憤慨してシルフィに詰め寄る。
『まあまあ。光輝たちへはまたすぐに会うことになると思うからその時に話せばいいよ。今はとにかく目的地に向かいましょう』
「むむむ。 って私たちどこに向かってるの?」
冬華は目的地を聞いていなかったことに今更ながらに気付いた。
『あ、言ってなかったわね。目的地はリオル村よ』
冬華は知った地名を聞き小首を傾げた。
「え? なんでリオル村?」
『人を待たせてるの』
「え? だれ?」
『秘密~!』
そういうとシルフィは駆け出す。と言っても宙に浮いているが。
「教えてよ~」
冬華もシルフィの後を追い駆け出す。
冬華たちは悲しみを押し隠しリオル村へと向かった。




