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アギトの役目

 城の一室、机やソファー、テーブルの感じからたぶん執務室だと思うこの部屋にわたしたちはいる。たぶんというのはわたしがお城に入ったことがないからだ……悪かったわね、庶民で!

 総司さんの肩に寄りかかる衰弱気味の結衣さんに、城の中で見つけてきた薬と食料で栄養補給をしてあげる。滅んでから結構経っているから大したものはなかったけれど、急場を凌ぐにはこれで十分でしょう。あとは村に戻ってから体調を戻せばいい。

 総司さん本当に心配してたんだなぁ。結衣さんを気遣う表情がすごく優しい。結衣さんも緊張の糸が切れたみたい、気を許している表情を見せている。二人の仲の良さが窺える。恋人同士かぁ……

「いいなぁ……」

 わたしは声に出して呟いていた。

「何がいいんだ?」

「うわっ!?」

 だからいきなり背後に立たないでよ! いつかホントに心臓止まっちゃうよ!

 後ろを振り向くとアギトがいた。

「毎度毎度驚かさないでよね! もぅ……」

 わたしは少し気まずくアギトを直視できていない。

 う~まさかアギトに縋り付いて泣いてしまうなんて……想定外の出来事続きで気が動転してたとはいえ、不覚だわ。

「どうした?」

「何でもないわよ!」

 わたしの様子がおかしいことを訊ねたアギトに怒鳴ってやった。うん、これで調子が戻るかな。ちょっと理不尽だったかもしれなけど、まいっか。

「ねぇ、アギト。こっちの結衣さんが本物だってなんでわかったの?」

 わたしは不思議に思っていたことを聞いてみた。だって質問の答えから明らかにこっちの結衣さんの方が偽物っぽかったし。アギトだってそう思って攻撃したんじゃないの?

「教えてくれ、悔しいが俺も正直迷った。結衣を、疑っていた……すまん」

 総司さんは結衣さんに頭を下げて謝罪した。知らない事を知ってたりしたんだから、それは仕方ないよ。でも、それを正直に話しちゃうなんて誠実よね。あ、わたしも謝らなきゃ。

「ごめんなさい。わたしも結衣さんのこと偽物呼ばわりしちゃって」

 わたしは深く頭を下げて謝った。

「ううん、疑っても仕方がないよ、命が掛かってるんだもん。頭を上げて総司。カレンちゃんも」

「う、うん」

 わたしは頭上げた。結衣さん優しいなぁ。

 あれ? どうでもいいけどアギトはなんで謝らないの? 攻撃して殺そうとしてなかった? 一番謝んないといけないのアギトじゃん!

「アギトも謝りなさいよ!」

「なぜだ?」

 こいつ~いけしゃあしゃあと言ってくれた!?

「なぜって、あんたの攻撃で結衣さん怪我してたかもしれないんだよ!」

「ああ、怪我などしないだろ。実際してないんだし」

「それは結果論でしょ! あの不思議な力が出なかったらどうしてたのよ!?」

「力は出ただろ? 仮に出なかったとしても寸止めしてたが?」

「嘘いうな————!」

 絶対嘘だ、顔見れば嘘だってわかるし! 包帯で見えないけど! そもそも力が出るなんて根拠どこにもないじゃない! やっぱりこの男嘘ばかりだ!

「カレンちゃん落ち着いて」

 止めに入ったのは結衣さんだった。

「え、でも……」

「その人だから、総司を連れてあたしを助けに来てくれるって約束してくれたの」

「どういうことだ? なんでその時に助けなかったんだ!」

 総司さんがアギトに声を荒げて言う。

「ち、違うの! 直接話したわけじゃなくてその……」

 結衣さんはなんて説明したらいいのかわからない様子で口ごもっている。

 説明を受け継ぐようにアギトは溜息を一つ吐くと話し出す。

「ふぅ、総司、キミが助けられたあの場には姿見があったんだが、覚えてはいないか?」

「いや、俺がどこにいたのかも覚えていない。教会に行ったところまでしか……」

 教会と聞いて結衣さんが暗い表情になり、自身の体を抱きしめた。

 ……あ、噂が本当なら結衣さんは……

 わたしは悔しさで下唇を噛みしめた。

「刻印された鏡同士で通信ができる術がある。あの姿見にもその刻印が施されていた。彼女は鏡を通してキミたちを見ていたんだ」

「え!? じゃあ、アキの最後も? ……あ!?」

 わたしはつい言ってしまい、手で口を覆った。

「アキの最後? どういうことだカレンちゃん? オレに隠してることがあるのか!?」

 総司さんは立ち上がり声を上げる。

「え、あ、いえ、その……」

 わたしは口ごもって俯いてしまった。

「キミがアキとやらを斬ったんだ。操られてのことだがな」

 とアギトは躊躇うことなく言い放った。

「な、アギト!」

 わたしはアギトに掴みかかった。

「いずれわかることだ、隠しても意味がない」

「そうだけど、言い方ってものがあるでしょ」

「お、俺がアキを……?」

 総司さんは糸の切れた人形のようにソファーに崩れ落ちた。

「総司! 大丈夫アキは生きてる。そうよね?」

 結衣さんはアギトに向けて縋るような瞳で言う。

「……ああ」

 アギトの肯定を意味する返事を聞き総司さんは顔を上げる。

「ほら、ね、あとでアキに謝ろ。ね?」

「ああ、よかった、よかった。アキごめん、ごめん」

 総司さんは涙を流し、ここにいないアキに向け謝罪の言葉を口にしている。

 わたしはアギトに言いたいことがあったけど、今言うべきじゃないと思い口を噤んだ。

「……」

 アギトは黙ってその場を離れようとする。

「待ちなさいよ。話は終わってないでしょ」

 わたしは感情を押し殺して呼び止めるとアギトは溜息を一つ吐いて話し出す。

「ふぅ、総司を助けた後、姿見を調べて、印が刻まれていたから術を発動した。その時に彼女と話をした。内容はアキとやらの事、あとは二人を連れて助けに行くと告げた」

「じゃあ、最初からこっちの結衣さんが本物だってわかってたの? 結衣さん、アギトのこと知ってる風だったし、アキの事を聞いてたし」

 わたしはアギトに訊ねた。

「そうだな、あの質問は確認のためにしただけだ」

「確認?」

「名前は一応だな。総司の事をっていうのはただ反応が見たかっただけ。本題は次、アキの事について。彼女には話していたからそのまま答えればそれでいいが、ヤツは私と彼女が話をしたことを知らない。私が姿見に気付いていることも知らないはずだ。だからヤツはアキについては知らないフリをするはず……こんなところだ」

 最初の二つの質問はいらなかったんじゃない! やっぱりあのとき、気のせいじゃなく笑ってたんだ! ヤなヤツ! でも……

「じゃあ、なんで最後攻撃したの? する必要ないじゃない!」

「そうだ! なんでそんな危ないまねしたんだ!」

 総司さんも抗議の声を上げる。

「丁度いいから利用しただけだ」

 アギトは利用と言い切った。

「利用ってなによ!」

「力があるのは知っていた。ただ自分の意志で使えるかが問題だ。これから自分の身は自分で守らないといけない。だから、追い詰めれば力を引き出せると思った。それだけだ」

「引き出せなかったらどうすつもりだったの!?」

「それはさっき答えたはずだ」

「う……」

 寸止めするって言ってたっけ。でも……

「……」

 部屋を沈黙が支配する。それを破ったのはアギトだった。

「話は終わりだ。少し休め。休んだら村へ戻るぞ」

 そういうとアギトは部屋を出て行こうとする。

「どこ行くのよ!」

「調べものだ……」

「わたしも行く!」

「……好きにしろ」

 わたしはアギトの後について部屋を出る。


 アギトは階段のある広間に出るとそのまま階段を上って行く。玉座のある謁見の間へ入り、まわりを見ている。何かを探してる? 目的のモノがないのか左右にある扉の内の右側の扉を開いて入って行く。そこはさっきいた部屋を豪華にしたような部屋で、きっと王様用と思われる執務室だった。壁には威嚇するように二枚の肖像画が飾られていた。

 一枚は髭を蓄えて王冠を頭に乗せた王様!ッて感じに王様の絵だった。この城のかつての主、名前はたしかモーガン・モルデニア陛下だったかな?

 もう一枚は女性、長い銀髪に透き通るような白い肌、蒼眼で白いドレスで着飾った美しい女性。その柔らかな微笑みは女のわたしですら魅了される。この城のお姫様だった名前はモニカ様だったと思う。

 こちらの地域に来ることがなかったからどうも記憶が曖昧だな。

 わたしがモニカ様の肖像画に見惚れていると……

「やはり……」

 隣でアギトがモニカ様を見つめて呟いていた。

「なに?」

「……」

 わたしが訊ねてもアギトは答えない。

 わたしはずっと我慢していた感情をもう抑えられなくなり声をあげた。

「アギト! なんで何も教えてくれないの! さっきだってそう! アキの事知ってるって、なんでみんなには知らないって言ったの? なんで嘘ばかり言うの? アキは本当は生きてるの? 本当のこと言ってよ! そんなんじゃ信じられないよ!……ハァハァ」

 わたしは一気にまくし立てた。わたしはアギトを信じたいんだ……だからこんなにムキになってるんだ……

「何か言いたそうにしていたと思えば、そんなことか」

「そんなこと!? そんなことって何よ!」

「前にも言ったが、私の事は信じなくていい。自分で信じられると思ったものだけ信じろ」

「なによそれ。そんなことしてたらあんた一人になるんだよ!」

「そうかもな。だが、私は私の役目を果たすだけだ……」

「役目って……」

「……お前は優しいな」

 アギトは優しく綺麗な瞳をわたしに向ける。でもどこか悲しげに見える。

 アギトは瞳を閉じると語りだした。

「ヤツは生きていた。ヤツは総司に斬られレイクブルグの毒の沼に落ちた。岸に打ち上げられていたヤツを私が見つけたが、ヤツが落ちたのは毒の沼ではなく穢れの沼とも言うべきものだった。穢れはヤツの体を蝕んでいった。強力な穢れはもちろん毒消しでは祓うことはできない。同等の、強力な浄化の力でなければヤツは救えない。現状そんな力の使い手はいない、救う手立てはない。もう、すでに逝ってしまったかもしれない。私はヤツの最後の願いを聞き届けてやろうとあの二人を助けた。彼女に生きてると言ったのは彼女に生きる希望を待たせるため、総司の負い目を少しでも和らげるため。彼らに知らないと言ったのは、歩みを止めさせないため。彼らにはやるべきことがある。その邪魔はしないでほしいと、ヤツは言っていた。生きていると言えば彼らはアキのもとへ行こうとするだろう。今にも死ぬかもしれないアキのために彼らは今やるべきことを放棄してしまう。そんなことはさせられない。だから知らないと言った。私の事は信じなくていい、嫌悪してもらっても構わない。私はヤツの願い、私の役目を果たすだけだ」

 アギトは語り終わると目を開いた。その瞳は力強い意思を感じさせる瞳だった。

 わたしは何も言えず、ただ涙を流していた。

 アギトは辛い決断をした。みんなから白い目で見られようと自分の意志を貫いている……わたしには耐えられない。

 本当はアキのところへ連れて行ってほしい。でもアキはそれを望むだろうか……わたしはわたしのやるべきことをするべきじゃないのか。今わたしのやるべきことは総司さんたちの体調を戻すこと。

 わたしは、またアキになにもしてあげられないことが悔しくて涙を流した。

 アギトのことを何も知らないのに疑うことしかしなかった自分がちっぽけに思えて、情けなくて涙を流した。

「今言ったことは彼らには内緒にしておいてくれ、酷く落ち込んでいる者もいるようだったからな。いや、お前にも言うべきではなかったのかもしれないな。すまない」

 アギトの謝罪にわたしは涙を拭い頭を左右に振った。

「ううん、話してくれてありがとう」

「……少しここを調べるから、休んでいろ」

「うん、ありがと」

 アギトはそういうと本棚の書物へと手を伸ばす。

 わたし……素直にお礼を言ってた。 黙っていたことを話してくれたから?

 わたしこの人の事信じはじめてるの?

 アギトは「自分で信じられると思ったものだけ信じろ」って言ってた。それならわたしは……

 わたしはソファーに座り、書物に目を通しているアギトの背中を見つめていた。



 しばらく本棚を調べていたアギトは、目を通していた書物をパタンと閉じると書物を棚に戻し「行くぞ」とわたしに告げると部屋を出ていく。

 わたしは「うん」と答えるとアギトの後について行った。

 アギトは階段を下りていくとまた地下へと下りて行く。

 わたしは遅れないようについて行く。

 地下に下りると、やっぱりじめじめしていてひんやりしている。

 アギトは奥へと進んでいく。

 わたしは途中、結衣さんが入っていた牢を見る。壁に姿見が立てかけられている。これで見てたんだ? ううん、見せられてたんだ。じゃないと牢の中に姿見なんて変だもん……結衣さんどんな気持ちで見てたんだろ? 手の届かないところから友達同士が斬り合ってるのを見るなんて……考えただけでも胸が苦しくなる。

 わたしが結衣さんの気持ちを考えていると通路の奥から物音が聞こえた。

「え? 奥にまだ誰かいるの?」

 わたしはアギトの顔を見る。

 アギトは通路の奥をじっと見つめて耳を澄まして気配を探ろうとしている。

 わたしたちは足音を立てず、静かに音のした方へと向かう。

「……え?」

 わたしは茫然と見ていたが、隣からは溜息を漏らす声が聞こえた。


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