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結衣

 渓谷を通る街道を抜けるとモルデニア城が見えてくる。その傍らには以前城下町だった建物群が見える。街道よりも低い位置にあるため全体が一望できた。野晒しになっていた為か町中に緑が広がっている。

 アギトは歩みを止め、城下町をじっと見つめている。魔物がいないか確認しているのかな?

 そういえばここまで来るのに魔物とは遭遇しなかった。全く遭遇しないなんてことありえないはずなのに……この辺りには魔物がいないのかな? でもそれだとモルデニアが滅んだ理由もわからなくなる。

 街道の途中、北へと通じる道があったけど関係あるのかな? アギトはその道を今みたいにじっと見てたし。でも、あの道の先って確かキャラバン隊が拠点にしてる村があるって聞いたことあるんだけど、それを説明してあげたら、「そうか」て言って興味を失ったように歩きはじめたっけ。わたしが折角親切に教えてあげたっていうのにその態度はないでしょ!

 それともアギトは何か知ってるのかな? 知ってても教えてはくれなさそうだけど……やなヤツ!

 それにしてもアギトのヤツさっきから全然動かないんだけど、いつまでここにいるつもりなんだろ? 総司さんも不思議そうに小首を傾げている。

 わたしは意を決してアギトへ声をかけた。

「アギト? 進まないの?」

「……」

 無視ですか!?

「ちょっと! 聞いてる?」

 わたしはアギトの顔を覗き込んだ。

「!?」

 アギトはすごく怖い目で城下町の方を睨んでた……わたしは無意識に口を押えていた。

 そんなわたしに気付いたのかアギトがこちらに視線を向けた。

ビクッ

 目が合ってわたしは、背筋を強張らせた。

 アギトはいつもの綺麗な瞳に戻して手をわたしの頭の上にのせて呟いた。

「ちびったのか?」

 しかも半笑いで!

「ち、ちびってないわよ!」

 わたしはアギトの手を払い除けながら声を上げた。

 わたしがうーうー言いながら睨んでいると総司さんは苦笑いを浮かべていた。

「ふぅ、行くぞ」

 アギトはそういうと城下町へ向けて歩き出す。


 町へ入ると、異様な光景が広がっていた。街道から見たときの比ではない。植物が建物を覆う勢いで育っていた。道にも背の高い草が生え、建物に絡んでいる植物から蔓が伸びてきていた。建物が壊れている感じはしない。人の気配、いえ魔物も含め動物の気配はない。植物だけがここにはあった。

 アギトは足音を立てずに静かに進んでいる。

 わたしもなんとなくまわりの静けさに気圧され同じように足音を立てずに進んでいた。

「なんなのここ?」

ガサガサ……

 わたしが声を出すと、何かが動いたような音がした。

 すると。

シュルシュルシュルッ

 蔓がわたしめがけて伸びてきた。

「キャッ!?」

ズバッ

 蔓はわたしに届く前に風の刃に斬り落とされた。

「チッ」

 アギトを見ると、手刀を振り下ろした態勢で舌打ちをしていた。

「あ、ありが」

「総司! 片付けるぞ!」

 わたしが礼を言い終わる前にアギトは総司さんに指示を出していた。

 何を片付けるの? と思ってまわりを見ると。建物に絡みついていた植物が建物から離れこちらに近づいてきていた。

「なに、あれ?」

 わたしが驚愕で目を見開いていると……

「大方、人間を養分に成長したんだろう。ここはこいつらに滅ぼされたんだろう」

 アギトがそう言い、わたしはその植物をよく見てみた。植物に絡まるように頭骸骨のようなものが見える。

「ひっ!?」

 頭蓋骨が頭部のようになり、植物が人を模したような形になる。ウネウネと動いて気味が悪い。

 二人はわたしを庇うように構えると植物たちに攻撃を始めた。

 総司さんが剣に炎を纏わせ植物人間を斬りつける。植物人間はあっさり斬られ燃え盛り灰となる。

 アギトは竜巻を発生させ植物人間たちを切り刻んでいく、しかし切り刻まれた植物はそれぞれがウネウネと動き個体数を増やしていく。

「ちょっと! 増えてるんですけど!」

「そのようだ」

 わたしの抗議にアギトは冷静に答えた。なに冷静にしてんのよ!

 アギトは総司さんに向け声を掛ける。

「総司、炎を前方に飛ばせるか?」

「あ、ああ、やってみる」

 総司さんは炎の剣の軌跡を飛ばすように横薙ぎに振り抜く。炎は扇状に広がり飛んでいく。

「で、できた!」

「……」

 総司さんが歓喜の声を上げる横でアギトは何かを呟いていた。聞こえなかったけど……

 アギトは広がって行った炎に向かって竜巻をぶつけた。竜巻は炎と植物人間を巻き上げるとそのまま街中を円を描くように移動し、植物人間を焼き尽くしていく。後ろから近付いて来たモノにも同じ手順でもう一つ炎の竜巻を作り上げ撃退していく。

 今街中を二つの炎の竜巻が蹂躙している。

「……あ、暑い。ハァハァ」

 熱気がすごい、それに少し息苦しい。あんなものがまわりを回っていれば当たり前よね。

「大丈夫か!」

 総司さんが竜巻を潜り抜けて迫ってくる植物人間を切り裂きながら声を掛けてくれた。

「は、はい。大丈夫」

 大丈夫じゃないけど、二人の足で纏いになりたくないので虚勢を張った。

 わたしが汗を掻きぐったりしているとアギトがわたしたちを中心に竜巻を作った。

 なんだか少し涼しくなって、呼吸が少し楽になる。

「……ハァ」

 町中の植物人間を焼き尽くすと、アギトは炎の竜巻を解いた。すると巻き上げられていた灰が舞い降りてきた。

 アギトは両手を広げると、わたしたちのまわりの竜巻を広げ舞い降りてきた灰を巻き込み、山の方へと飛ばし竜巻を解いた。

 わたしはその光景を眺めながら呟いた。

「あんたもうなんでもありじゃない……」

 まわりの植物は無くなり建物は若干焼け焦げてはいるものの形はちゃんと残っていた。

 アギトはこちらを見ると口を開いた。

「少し休んだら進むぞ」

 アギトはそういうと近くの比較的綺麗に残っている建物の中へと入って行った。

「行こうか」

「あ、はい」

 総司さんに促されわたしも中へ入った。


 建物は家屋だったらしく、生活感が窺える雰囲気が残っていた。床は植物が根を張っていた為抉れているけれど。

 倒れていた四人掛けのテーブルセットを起こしてそのうちの椅子の一脚へとアギトが座る。その正面に総司さんが座り、わたしは総司さんの隣に座った。アギトの横なんてありえないし。

 そろそろいい時間だと思い薬を用意して総司さんに飲ませる。わたしが着いて来た理由の一つをこなした。

「ありがとう」

 そう言って総司さんは薬を飲み干した。

 うん、まずそうに飲んでる。

「いえいえ、どういたしまして。わたしの役目ですから」

 薬を飲み終えた総司さんがアギトに訊ねた。

「なあ、こんなに派手にやらかして大丈夫なのか?」

 たしかに敵に見つかっちゃうんじゃ? ……敵が何なのかわかんないけど。魔物? 魔族?

「ああ、たぶん大丈夫だ」

「たぶんって適当すぎない? 急いだ方がいいんじゃないの?」

 アギトの適当な物言いにわたしは抗議した。

「そうだな、じゃあ行くか」

「あ、ああ」

 アギトは出発を告げると立ち上がり外へ出る。

 わたしが急いだ方がって行ったけど……全然休めてないんですけど。何のために家に入ったんだか……

 総司さんも同様に戸惑いながらもそれに続いて行く。

 仕方ないからわたしも後に続く。


 城門から中へと入って行くと、やっぱり人の気配はなく魔物もいなかった。ここにも植物が根を張っていた跡が残っていた。植物人間は城から出てきて竜巻に巻き込まれたんじゃないかな?

 アギトは中庭の一角に入ると、足を止めて足元を見ている。

「石碑? 割れてるね」

 わたしは見たままの感想を口走る。

「これがどうしたんだ?」

「いや」

 総司さんが訊ねるけどアギトは特に答えることなくその場を後にした。

 わたしと総司さんは顔を見合わせ小首を傾げた。教えてくれてもいいのに……

 城へと入って行くと、広間になっていて左右の壁にそれぞれ扉があり、正面に階段が見えた。謁見の間へいくなら階段を上るんだろうけど、アギトは部屋の中央で止まる。何かを探すようにキョロキョロすると階段の方に向かい歩き出す。

 わたしたちも後に続いたけど、アギトは階段を上らず、階段の脇を奥へと進む。

「え、上に行くんじゃないの?」

「とにかくついて行こう」

 アギトの後に続いて行くと、階段の裏に地下へと続く階段があった。アギトは薄暗い階段を迷うことなく下りていく。

 わたしは緊張でお腹がきゅっと痛くなる。知らず知らず総司さんの服の裾を掴んでいた。

 総司さんはヤレヤレと言った感じの表情をしたけど、わたしたちはそのまま階段を下りて行った。

 地下は石畳でじめじめとして冷え切っていた。長居したくないそんな雰囲気に包まれている。

!?

 奥の方で咳き込んでいるような声が聞こえる、鼻をすする音も……?

「誰かいる?」

 わたしは総司さんと顔を見合わせると、一つ頷きアギトを追い抜いて奥へと急いだ。

 そこにいたのは……誰?

「結衣!?」

 総司さんが鉄格子を掴み声を上げた。

 この人が結衣さん? 横に立てかけている鏡の前に壁に寄りかかる形で座っている。布を羽織って震えている。衰弱しているのか少し顔色が悪い。でも、それでも綺麗な人だってわかる顔だちをしていた。

「総司? 総司! ホントに来てくれた」

 結衣さんは涙を流しヨロヨロと近づいて来た。

「今出してやるからな!」

 総司さんは錠を壊そうと剣の柄を打ち付けている。

 結衣さんはその間も総司さんを見て泣いている。本当に嬉しそうだ。 

ガキィン

 錠が壊れると総司さんは結衣さんを連れ出し抱きしめた。

「総司! 総司総司総司!」

「遅くなってゴメン」

 感動の再開だぁ、なんだかわたしまで目頭が熱くなってくるよ。よかったよ~

 しかし、感動はそこまでだった。

「総司? そこに……いるの?」

「え?」

 奥から声が聞こえてくる。

 わたしは二人を残し奥へと進み声のした牢をのぞき込む。

「……!? 結衣さん!? なんで?」

「……あなた、誰?」

 わたしたちは顔を見合わせ困惑する。目の前にさっき見た結衣さんと同じ装いで同じように座り込んだ結衣さんがいた。

「やはりか」

「うわっ!?」

 いつの間にか後ろに来ていたアギトが呟いた。いつもいつもいきなり背後に立たないでよ! 心臓が止まるでしょ!

 わたしが抗議の目を向けてもアギトは気にした様子を見せない。

「あ!? ……あなた」

 え? 結衣さんこいつの事知ってるの?

 そこへ結衣さんを連れた総司さんが声を上げた。

「結衣!? え? どうして?」

「総司!」

 牢の中の結衣さんが総司さんの名を呼びヨロヨロと立ち上がる。

「総司! 惑わされないで!」

 総司さんの横の結衣さんが叫ぶ。

 もう意味がわからない、こんがらがってくる。

「アギト、どうなってるんだ!?」

 総司さんがアギトに問う。

「ふぅ、どうなってるも何もどちらかが偽物だろう」

 一人冷静なアギトは溜息を吐きながらそう言うと牢の錠を破壊しようとする。

「ちょっと、なにしてるの?」

 わたしは声を上げていた。

「錠を壊して外に出すんだが?」

「偽物を出すなんて危険よ!」

 平然と言うアギトに総司さんの横にいる結衣さんが声を上げる。

「お前が偽物かもしれないだろ? 危険なのは変わらない」

 アギトはさらっと言う。確かにそうだけど、これどうするの? 考えがあるの?

「な!? 総司!」

 総司さんの横の結衣さんが「わたしが本物よ!」と言いたげに総司さんに縋るように呼び掛ける。

 ……もう呼びにくいからこっちを結衣さん1、牢の中の人を結衣さん2としよう。

 総司さんは困ったように結衣さん1と2を交互に見る。その間にアギトは牢の錠を破壊して結衣さん2を外に連れ出していた。

「ひとまず外に出るぞ。総司そいつから目を離すなよ」

 アギトはそういうと結衣さん2の腕を引き階段へ向かっていく。結衣さん2は不安そうにアギトと総司さんを交互に見ていた。

 わたしたちも後に続き、城の中庭へと出てきた。

 あ~風が気持ちいい。地下は空気が淀んでいたから生き返った気分だよ~。と現実逃避してしまったけど、これからどうするの?

 わたしたちをキョロキョロ見渡していた結衣さん2が口を開いた。

「ねぇ、アキは?」

「少し黙っていろ」

 結衣さん2の質問にアギトは答えなかった。でも声色が少し……

 アギトは顎に手をやり考え込んでいる。考えなしに連れ出してきたんだなこいつ。

 しばらく考え込んで、考えがまとまったのかアギトは振り向き話始める。

「これからいくつか質問する。総司は合っているか判定してくれ」

「あ、ああ、わかった」

「はじめに、名前をフルネームで言ってくれ。まずおまえから」

 結衣さん2に向け問う。

四ノ宮結衣(しのみやゆい)です」

 総司さんは頷く。

「次に、……総司をどう思っている? そっちから答えてくれ」

 アギトは結衣さん1に向け問う。少し笑ってるような気がするけど気のせいよね?

 それより質問がおかしいと思うんだけど……みんなキョトンとしてるし。

「なんだよ、その質問は!?」

 総司さんが声を荒げて言う。気持ちはわかります。おかしいもん。

「いいから答えろ」

 アギトは問答無用と言った風だ。何が目的かさっぱりわかんない。

 結衣さん1は困惑気味だけど答えようとする。

「わたしは総司の事をあ、愛してるわ!」

(キャ———!)

 わたしは心の中で悲鳴を上げてしまった。ま、ま、ま、まさか目の前で愛の告白を聞けるなんて!……あ、あれ? 当の本人の総司さんは戸惑った表情をしている。なんで?

「ほう、ではお前は?」

 結衣さん2は口を噤んでなかなか答えない。

「答えられないか?」

「あ、あたしは……あたしも、そ、総司の事……」

 結衣さん2はそこまで言うと下唇を噛みしめ俯いて押し黙ってしまった。

 総司さんも結衣さん2を見つめたまま押し黙っている。……ん? どういうこと?

「そうか、まあいい」

 いいの!? この質問必要だった? こいつ遊んでるんじゃないの?

 わたしはジト目でアギトを睨みつけた。

 それに気づいたのかアギトは一つ咳払いをすると次の質問をする。総司さんの返答はいいの?

「アキ、アキはどうなったと思う? そっちから答えてくれ」

 結衣さん1は戸惑うような表情で答えた。

「え!? アキもこっちに来てるの? 嘘? どういうこと?」

「落ち着け、あとで説明するから、な」

「う、うん」

 総司さんが結衣さん1を落ち着かせ、アギトに一つ頷く。

 合ってるってことかな? ここにずっといたんならアキの事はわからないよね……

「お前はどう思う?」

 アギトは結衣さん2へ問う。

「アキは……」

 俯いていた結衣さん2は顔を上げ真っ直ぐに総司さんを見つめ微笑んで言った。

「総司、アキはきっと生きてる。大丈夫だよ」

「え? ……なんでそんなこと言い切れるの? 知らないはずでしょ! わたしだって信じたくないのに……この、偽物!」

 わたしは怒りを孕んだ目で結衣2を睨みつけ叫んだ。

「ほら、だから言ったじゃない。わたしが本物だって」

 結衣さん1が勝ち誇ったように言う。

「……あ」

 総司さんは戸惑っているようだ。

「だそうだ」

 アギトの最後通告を聞き結衣2は絶望の表情を見せ、総司さんを見ながら涙を流す。

「違う、あたしは……総司!」

 アギトは結衣2の前に立つと右腕に風の渦を纏わせる。

「正体を見せろ、防がないと死ぬぞ!」

「ま、待ってくれ!」

 総司さんが止めようと声を上げたが、アギトは右手を結衣2へと振り下ろす。

「イヤ————————!?」

 結衣2が悲鳴を上げると、結衣2から半透明の壁のようなものが広がっていきアギトの攻撃を跳ね返した。

 え? 何が起こったの?

「よし! 総司! そいつが偽物だ!」

 アギトがそう叫んだのにつられ、わたしは結衣さん1へと振り向く。

 結衣さん1は、アギトを止めに入ろうとしていた総司さんを後ろから攻撃しようと腕を振り上げている。その手には魔力弾が現れていた。

 わたしは咄嗟にその間に入っていた。

 すべてがゆっくりに流れていく。声も、動きも……

 わたしここで死ぬんだ……なんでこんなことしてんだろ?


「知るか! バカ!」


 アキの言葉を思い出す。

 そっか、体が勝手に動いちゃうんだ……アキもこんな感じだったのかな? アキ褒めてくれるかな……

 結衣1の顔が醜く歪み嗤う。そして魔力弾を打ち出すため腕を振り下ろす。

「アキ……」

 わたしは死を覚悟した。


「このバカ!」


 結衣1の腕が斬り落とされていた。その横には風を纏った手刀を振り下ろしたアギトがいた。

「え!?」

「グアァァァァッ!? き、キサマァァァァ!」

 結衣1はもう片方の腕でアギトに黒い魔力弾を放った。

 しかし魔力弾は誰もいない空を飛んでいき、城の壁に当たる。

 そして結衣1の後ろに突如アギトが現れ、風を纏った手刀を横に薙いだ。

「よく、も」

 体から切り離された結衣1の頭が残る力でそれだけ言うと、地面に転がった。その顔は結衣さんのそれではなく、青白い肌の別人のモノだった。

 わたしは放心して地べたに座り込む。今になって手足が震えてきた……ハハッ、わたし生きてる。

 わたしは涙をこぼしていた。

 アギトはそんなわたしの頭を撫でてくれた。

 わたしはアギトに縋り付き泣いてしまった。

 泣きながらわたしは思った。さっきのアギト、アキみたいだったな……


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