アキの行方
リオル村に到着した僕たちは体を休めるため宿屋へと向かった。
なぜかまわりから視線を感じるのは気のせいではないはず。それに気づき不快感をあらわにした汐音君が口を開いた。
「なんですかこの村は! みんなしてジロジロと」
「だよね~、そんなに他所の人が珍しいのかな~?」
二人の不満を聞いたサラさんが説明する。
「いえ、実はこの村には今ちょっとした噂が広まっていて、そのせいだと思います」
「噂ですか?」
二人はどんな噂か興味が出たのか、不満顔は納まり話の続きを催促する。
「はい、ここから東に行ったところに教会跡があるのですが、そこを根城にしていた野盗を全滅にした人の事です。野盗の生き残りが黒髪の化け物と言っていたのが広まったのです」
三人三様に考え込んでいると、最初に口を開いたのは冬華ちゃんだった。
「それってお兄ちゃん? ……のわけないよね」
「はい、その時はまだアキさんはおばあちゃんと森の小屋にいましたから」
と、サラさんは否定した。
「じゃあ、誰なのでしょう?」
メガネのツルをいじりながら考えている汐音君の問いに、サラさんは答えた。
「わたしにはどなたかわかりませんが、アキさんはお友達だと言っていました」
冬華ちゃんは頬に人差し指をトントントンとしながら軽く言う。
「お兄ちゃんに友達なんていたっけ?」
「ですよね」
二人のいつも通りの反応を聞いた僕はジト目で二人を見て溜息を吐いたが、サラさんは悲しそうな表情になる。それを見た冬華ちゃんはすかさず追加情報を提示した。
「あ、でも、総司君と結衣ちゃんがいたよね!」
「そ、そ、そうでしたね!」
二人はそう言うと、サラさんの表情を窺う。しかしサラさんはさらに暗い表情になっていた。二人は何を言ったらいいのかとあたふたしていたから、僕が口を挟んだ。
「どうかしましたか?」
僕の問いかけに、暗い表情を隠すように笑顔を張り付けて首を左右に振った。
「いえ、何でもありません」
「そうですか……しかし、その噂があったにしては、視線が恐怖だけではないような」
ずっと違和感に思っていたことを呟くと、汐音君も同じ意見だったようで頷いていた。
「宿屋に行けば何かわかるかもしれません。一階が酒場兼食堂になっていて噂も集まりますから」
そう言ったサラさんの後を追うように宿屋へと止めていた足を進める。
宿屋の前に着くと、今通ってきた道の方から騒がしい声が聞こえてきた。
「どいてくれどいてくれ! 怪我人だ! 誰か先生を呼んで来てくれ!」
怪我人を担いだ村人たちは僕たちの前を通り過ぎ宿の中へと入って行く。その時目に入ったのは、ローズブルグの斥候たちが纏う隠密服だった。僕たちはその後に続いて中に入った。
怪我人は一階の食堂らしい広間の明るい場所に寝かせられていた。
酷い怪我だ。明るいおかげでそれがよくわかる。ズタズタに切り裂かれた腕からは骨が見えていた。それを見た冬華ちゃんは青ざめて口に手を当て吐きそうにしている。
その怪我人へ駆け寄ったサラさんが声を掛ける。
「あなた、ローズブルグの斥候ですね。大丈夫ですか? 何があったんですか?」
兵士は苦しそうに何かを言おうと口を開く。
「こ、これを……」
それだけ言うと兵士は気を失ってしまった。
手には血に濡れた書簡が握られていた。サラさんがそれを受け取ったと同時に後ろから声が響いた。
「どいて! 下がってください!」
呼ばれてきた先生だろうか、手際よく治療を始める。恰幅のいい女性がお湯を用意してきた。
そして、後ろからまた声が響く。
「先生!薬持ってきました!」
おさげ髪の女の子が先生の側に寄り助手を務める。先生たちは魔法を絡めながら治療していく。汐音君はその一部始終を興味深そうに見ている。冬華ちゃんは早々に外に空気を吸いに出て行った。
みんなが見守る中、治療は終了した。
「ふぅ、治療は終わったけどしばらく安静が必要だ。部屋で寝かせてあげなさい」
それを聞いた村人たちは兵士を丁寧に担いで二階へと連れて行く。僕たちもそれに続こうとした時、僕の腕を掴む者がいた。
「アキ!? 戻ってたんだ!」
その声を聞いた僕たちは驚いて振り向くとそこには助手をしていたおさげ髪の女の子がいた。女の子は僕の顔を見るとハッとして手を放し、ガッカリしたように謝罪する。
「すみません、人違いでした……」
そう言うと、女の子は先生のもとに戻り片付けをし始める。それを見つめる僕と先生の目があった。先生も女の子と同じような反応をしている。
「アキさんここに来たんですね! いつ? どこに向かいましたか?」
サラさんが二人に駆け寄り問いただす。
重症を負った兵士を見てアキを重ねてしまったのかサラさんは随分と取り乱している。困惑する二人の横から声が掛けられた。
「サラちゃん?」
「女将さん! アキさんは?」
女将さんと呼ばれた女性はサラさんを宥めるように優しく言う。
「アキさんは東の教会跡へ行ったよ」
それを聞いたサラさんは悲壮感を漂わせている。そして、サラさんのことをじっと見ていたおさげ髪の女の子が口を開いた。
「でもすぐに戻って来て、この村を救ってくれた」
「どういうこと?」
いつの間にか戻って来ていた冬華ちゃんが真剣な表情で問いかける。
「それでは皆さん少しお話しましょうか。でも少し待っていただけますか。ここでは他の人のお邪魔になりますから」
先生は両手を広げまわりを見ながら困った表情になり言う。確かにさっきの怪我人騒動の野次馬でゴタゴタしている。そのうえでここで固まっていれば店としては邪魔者以外の何者でもない。
「僕の家に行きましょう。ここを片付けますので少し待っていてください」
先生とおさげの女の子は片付けを始める。
その間に僕らは宿の部屋を取った。台帳を記入する際、ページをめくってみるとアキの名前があった。
「五十嵐君の名前ありますね」
「ああ、そうだね」
僕に続いてみんなも記帳していく。記帳し終わると、先生も方の片付けも終わったようで、先生の後について宿を出ていく。
先生の家はすぐ近くにあり宿の対面側の並びにあった。
中に入ると、診療所のようで独特の薬品の消毒臭がする。僕たちは奥の一室へと通された。
「すまないね、こんな部屋で」
病室の個室のようで簡単な流しが据え付けてある。
汐音君たちはベッドに腰を掛け冬華ちゃんは足をぶらぶらさせている。
「なぜ、この部屋を?」
純粋な疑問を口にすると先生は苦笑いをし、頬を掻きながら言う。
「重症を負ったアキ君をここで治療したんだ」
みんな一瞬硬直しぶらぶらしていた足も止まる。
おさげの子がこの世界では珍しいお茶のような飲み物を用意してくれて、それを飲みながら話始める。
それぞれ自己紹介していった。先生の名前はオグルさんと言って村で医者のような役割をしている。
おさげの子はカレンと言って薬師をしていて、リーフ村から戻る際にアキに助けられたのがきっかけで知り合ったそうだ。
「女の子だから助けたんじゃない?」
「下心が見えますね」
といういつもの二人の茶々が入る。
「そんなことありません! アキさんはちょっとエッチなだけです!」
それはフォローなのかな? 僕は苦笑いを浮かべてしまう。
「うん、アキ最初笑ってたし、助けてよって言ったら渋々だったような、その後も意地悪ばかりしてくるし……わたしもやり返したけどね」
それを聞いて僕は思わず冬華ちゃんに意地悪してるアキを思い出し当人を見てしまった。その当人は申し訳なく思ったのか俯いて小さくなる。
「なんかごめん、うちのバカが……」
その言葉に反応したカレンちゃんが食いついた。
「うちのって!? あなたアキのなに? 恋人?」
冬華ちゃんはそれを聞いた途端顔を顰め嫌そうな顔になる。
「気持ち悪いこと言わないでよ~私はお兄ちゃんの妹! 恋人はそっちのサラさん」
と指を指されて注目されるサラさんは真っ赤になって口ごもる。
「恋人だなんて、わたしたちまだそんな関係では……」
「やっぱりあなたが噂のアキの女なのね! 名前を聞いてひょっとしたらと思ってたけど……ぅぐぐぐぐ」
カレンちゃんは自分の胸に手を当て、サラさんの胸を凝視しながら唸っている。
いや、いくらアキでも胸で相手は選ばないだろう、たぶん。それにしてもそんな噂も流れているのか。アキは何をしたんだか。
「そんな噂はありませんよ女将さんが言っているだけです」
オグルさんはやれやれとばかりにため息交じりに言う。
黙って事の成り行きを見ていた汐音君がボソリと言う。
「五十嵐君って意外とモテるんですね」
「お兄ちゃんのくせに生意気!」
「ち、ち、違うし!」
否定するカレンちゃんに対し俯くサラさん。見ていて面白いけれど、話が進まないな~。
「続きはアキを交えてするとして、話を戻しましょう。続きをお願いします」
僕はオグルさんに視線を向け話を促す。
オグルさんは一つ咳払いをすると話し始める。
アキがリオル村に着いた翌日事件は起こった。結界張り替え中に魔物に襲われたそうだ、ローズブルグと同じように。そこへ、なぜか教会跡から戻ってきたアキをカレンちゃんが連れてきて魔物を倒したそうだ。
ザックリ言うとこんな感じだが、詳細はもっとひどいものだった。魔物の数と質が悪すぎた。フィッシャーマン15体に成体が混じる群れ、サラさんは絶対に挑まない相手だと怒気をはらませて声を荒げていたほどだ。当然アキはカレンちゃんを連れて逃げようとしたそうだ。当然だろう魔法も使えない、剣技もままならない状況では逃げの一手だろう。
それなのになぜ……僕は俯いているカレンちゃんに訊ねた。
「アキはそんな相手にどうして挑んでいったのかな?」
「わかりません、ただ後で聞いたときに……知るかバカ! て、また言われました」
「いや、バカなのはお兄ちゃんでしょうが……」
呆れたように言う冬華ちゃんにカレンちゃんは微笑み、続きをはなす。
「それから……でも女の子の泣いてるところは見たくないって」
恍惚とした様子のカレンちゃんにちょっと不機嫌なサラさんという構図……さっきと逆だなと思っていると、そんなものはお構いなしに声が飛ぶ。
「くっさ————! くさ過ぎる! 寒過ぎる——!」
「聞いていて恥ずかしいですね、よく言えたものです」
この二人はアキに悪態をつけることしかしないな。確かにむず痒くなるセリフではある。
「そんなことないよ! その場にいたらわかるよアキのかっこよさが……あ」
不満ながらもうんうんと頷くサラさん。そしていやらしい視線を向ける二人。
「ち、違うし! 今のなし!」
真っ赤な顔のカレンちゃんは手を前に出して左右に振って否定する。
「か、カワイイですね」
「キャ————! カレンちゃんカワイイ!」
とカレンちゃんに抱き着く冬華ちゃん……あれ? デジャヴだ。前にも見たなこの光景。その光景を横目に考える。
アキは勝ち目があって挑んだわけではないのか、自殺に近い行為だけれど、それでも倒しきったのはたしかだ……
再度脱線した話を戻すために二人に話を促す。
「それで、アキはどうやって魔物を倒したんですか?」
表情を引き締めなおしカレンちゃんが話し出す。
成体以外の魔物は剣と投げナイフとダガーでなんとか倒したそうだが、そんな大量の武器どこで手に入れたんだ? 剣一本で出てきたんじゃなかったのか? と呆れつつ聞いていたが、成体と対峙した時の話になるとみんなの表情は一変した。
アキの攻撃が成体には当たらなかったそうだ、その結果防戦に追い込まれ致命傷を負ったらしい。
サラさんは血の気が引いて青ざめ、汐音君と冬華ちゃんは黙って震えている。
その光景を脳裏で想像しているのだろう。想像だからまだいいが、目の前でそれが起こったら、僕は憎しみや怒りで飛び出していただろう。
「そんなの勝てっこないじゃん! そんなのに挑むなんてお兄ちゃんバカだよ」
想像力豊かな冬華ちゃんは今にも泣き出しそうだ。そんな彼女を汐音君はそっと抱きしめる。
しかし、その危機的状況からどうやって……
僕は二人に訊ねる。
「アキはその後どうしたんです?」
カレンちゃんは思い出しながらとつとつと話す。
「応急処置して傷口は塞いで、でも出血でまともに動けないはずだったんだけど……目覚めてからのアキは最初とは違って動きが……その、常軌を逸していた」
説明に窮しているようで黙り込んむ。それを息をのみ待つ。
「あんな動き普通の人間にはできないよ。わたしにはアキがいきなり消えて連撃音が聴こえたと思った次の瞬間、アキが複数人に増えたように見えた。そしたら、いつの間にか魔物の首が飛んでた」
口を噤んだカレンちゃんに代わりオグルさんが続ける。
「魔物を倒した後、アキ君は力尽きて気を失ってしまいここに連れてきて治療を施したのさ。人間の限界を超えるような動きをしたんだ、無理もないですよ」
「だからこの村には黒髪の化け物と黒髪の英雄の二つの噂があるの」
カレンちゃんがそう言うと、汐音君は困惑し、冬華ちゃんはどこか嬉しそうな笑みを浮かべている。
サラさんは何か考え込んでいて聞こえていないようだ。
僕も両手の指を合わせ考え込む。
アキが何をしたのかは想像できる。しかしどうやって? 使えなかったはずなのに……気を失っている間に何かあったのか? でもそんな一瞬で? ……わからない。アキに直接聞かないことには、思考の袋小路に入ってしまう。
「その後アキさんはどこに?」
サラさんはアキの行方を訊ねた。
「次の日は村で休んで、その翌日レインバーグへ向かったよ」
「そうですか、やはりアキさんは北へ向かったのですね。……オグルさん、先ほどの怪我人ですが、動けるようになるにはどのくらいかかりますか?」
考え込んでいたサラさんが訊ねた。
「しばらくは安静にしていてもらわないと」
「そうですか……すみません光輝さん。わたし一度城に戻ります」
「どうしたんですか?」
「おばあちゃんに聞きたいことがありまして。それにこの書簡を届けなければなりませんから。みなさんはわたしが戻るまでここに止まっていてください」
そこでここでの話はお開きとなり、僕たちは宿に戻ることとなった。オグルさんの家を出る前、汐音君がオグルさんと何か話していたようだった。