準備中
案内されたのは八畳ほどの一人で使うには広い部屋だった。広めのベッドにテーブルに椅子、バルコニーからは町並みを一望することができた。客人として扱われているようだが、いいのだろうか? ホントに恐縮してしまう。
外を眺めながら頬を引き攣らせていると、内扉が勢いよく開かれ汐音君と冬華ちゃんが雪崩れ込んできた。
「すごいすごいすごいよ! この部屋! 繋がってるんだよ!」
「冬華ちゃん! いくら何でもノックはしなくちゃダメでしょ!」
興奮気味に飛び込んできた冬華ちゃんを汐音君が窘める。
冬華ちゃんの言う通り僕の部屋と二人の部屋は扉を隔てて繋がっている造りになっている。心細くならないように配慮されたものではなく、護衛がすぐに飛び込んでこられるように造られたものだろう。
それにしても二人いつの間にか仲良くなっているな。
「ずいぶん仲良くなったみたいだね」
実際冬華ちゃんの地が出始めているようだし、最初は丁寧な言葉を使っていたけれど今は……
「えへへ、私人見知りしないんで、汐音さんとももう仲良しだよ! ね~」
と冬華ちゃんは同意を求めて汐音君に顔を向ける。
「手のかかる妹ができた心境です」
汐音君は溜息を吐きながらそんな冬華ちゃんをバッサリ切り捨てると、冬華ちゃんは口を尖らせて不満顔になる。それを見て汐音君は困り顔で笑っている。本当に姉妹のようだ。
「ハハッ、打ち解けたみたいでよかったよ」
二人がじゃれ合っているのを横目に見ていると、扉を叩く音が響いた。扉を開くとマリアさんが立っていた。
「準備ができたので呼びに来たのですが、取り込み中ですか?」
「いえ、大丈夫です。二人とも行こうか」
僕はバルコニーで景色を眺めている二人に声を掛ける。名残惜しそにバルコニーから中に入ってくると汐音君が訊ねてくる。
「会長、どこへ行くんですか?」
「さっきマリアさんに頼んでおいたんだけどね、二人に最低限の護身術を教えてもらおうと思ってね」
「護身術ですか?」
二人はいまいち納得していないような表情を浮かべていた。オークのような魔物を見た後では護身術程度で身を守れるとはさすがに思っていないのだろう。たしかに人相手なら事足りるのだけれど、魔物相手ではそうもいかない。だからもちろんただの護身術ではない。
「ちょっと特殊な護身術をね」
そう言って、マリアさんに案内されて部屋を後にした。
案内されたのはマリアさんの研究室だった。
部屋は結構広く、様々な書物が棚に並べられ研究用なのかアイテムや薬品といったものが所狭しと置かれていた。部屋の中央に大きな実験台が据えられている。その上に魔法陣のような模様の描かれた紙、羊皮紙かな? が置いてある。その台の前にマリアさんが立ち説明を始めた。
「これからお二人には魔法を覚えていただくにあたり、最初に魔力特性の検査を受けていただきます」
そこまで聞いて顔を引き攣らせた冬華ちゃんが声を上げる。
「魔法って、ゲームとかのあれですか?」
マリアさんはなんのことだかわからずに困惑顔でなんと言おうか考えているようだったから、代わりに僕が答えてあげた。
「うん、そうとらえてもらっていいよ」
冬華ちゃんは嫌そうな感じだった。理由はなんとなくわかるけどね。中二病を彷彿とさせるから、だろう。そこは我慢してもらうしかないんだけど。以外にも汐音君は興味を待ったらしく、目が爛々と輝かせていた。
「では、少し血が必要ですのでこのナイフで指先を切っていただいて、こちらの魔法陣の両側の円に手を置いてください」
冬華ちゃんは嫌そうな顔をして両手を胸の前で握りこんでイヤイヤをする。
そんなことは目にも入らないと言った様子で汐音君は率先してナイフを手に取り、言われた通り指を切り手を円の中に置く。すると、魔法陣が光輝き始める。それを見たマリアさんは一つ頷く。
「はい、もういいですよ」
汐音君が手をどけるとマリアさんは彼女の手を取り、指の傷に自分の手をかざす。すると淡い光が傷を包み癒していく。傷が塞がると驚いた汐音君は指を見ながら興奮気味にすごいすごいと手をにぎにぎしていた。こんな姿初めて見たよ。
その一部始終を見て目を見開いていた冬華ちゃんも恐る恐るではあるけれど、汐音君に続き一連の工程を行った。
その時、マリアさんの表情が一瞬険しいものになっていたけれど、何かあったのだろうか。
検査が終わり傷が治ると、冬華ちゃんは最初の嫌悪感が嘘のように目を輝かせていた。
マリアさんが二人に向き直り口を開く。
「今日はこれで終わりです。明日から魔法の扱い方について教えていきますね」
「「 はい! 先生 」」
二人は元気よく返事をする。マリアさんは照れ笑いを浮かべると。数冊の書物を二人に渡した。
「魔法、アイテム、魔物に関することが書かれていますので、読んでおいてください」
「はい」
返事をしたのは汐音君だけだった。冬華ちゃんは頬を引き攣らせて固まっていた。要は予習しておけということだ。異世界に来てまで勉強することになるとは思わなかったのだろう。……アキがここにいたら同じ反応をしていただろうな。想像すると笑いがこみ上げてくる。
僕の顔がにやけているのを見た冬華ちゃんは頬をふくらませて睨んでくる。僕は何でもないと首を左右に振って、視線をマリアさんに移す。
「では、僕たちは部屋に戻りますね」
「はい、ごゆっくりお休みくださいね」
僕らは自分たちの部屋に戻っていった。
その夜、僕はバルコニーに出て明日からのことについて考えていた。
二人にはマリアさんの指導の下で魔法を学んでもらうとして、僕は……今日はじめての実戦をしてみて思ったがやはり真剣は違う。真剣での訓練が必要だろう。しばらくここに止まって慣らしてから行動に移すべきだろう。彼女たちの魔法も気になるし。
それからアキのことはまだ二人には伏せておこう。心配させては勉強に差し支えるだろうし、何より本当にアキが来ているかどうかも定かではないのだから……
僕はどちらを期待しているのだろう? アキがこちらに来ていて無事迎えの人と合流していることか、それとも、アキがこちらには来ていないことか……どちらにしても迎えの人が連れて戻ってくればハッキリするかな。
そう結論づけて僕は明日に備えて眠ることにした。
そういえば元の世界は夏で暑かったけれど、こっちの季節はどうなのだろう? 夜の空気は冷えていて肌寒かった。
翌日からは僕は剣の稽古、二人は魔法の稽古と別々に分かれて行動することになった。
僕は師匠の下でした稽古を、竹刀を真剣に替えて反芻し体に慣らしていく。
女子二人はマリアさんの検査の結果、汐音君は回復魔法や補助魔法に向いているそうだ。少しなら攻撃魔法も使えるようになるらしい。冬華ちゃんはどうも偏った特性のようで、水系の魔法しか使えないということだ。……この兄妹は本当に極端だな。
数日、各々で稽古をする日々が続いた。
僕は真剣での戦い方に慣れてきたころ、そろそろ動こうと考えこの地の地図をもらおうとマリアさんの部屋へと訪れた。ノックをし、返事を確認し中に入るとマリアさんは鏡の前に座っていた。化粧中なのかと思い、慌てて謝罪して外に出ようとした。
「す、すみません、また後で来ます」
「フフッ、大丈夫ですよ。この鏡は通信魔法用のものですから。化粧をしていたわけではありませんよ」
見抜かれてしまったことで、きっとバツの悪い顔をしていただろう。
マリアさんは微笑みながら話しかけてきた。
「それで、何かご用でしたか?」
「あ、はい。そろそろ行動に移ろうかと思いまして、地図をいただけないかと」
その話を聞いてマリアさんは少し困ったように考えると地図に関しては了承してくれた。
「地図はすぐにでも用意します。しかし出発はもうしばらく待っていただけますか?」
「なぜです?」
「光輝さんのお手伝いの為にわたしの娘をつけようと思っていまして」
「娘さんですか……」
協力してくれるようなことを言っていたのはこういうことだったのか……
「はい、魔法も使えますし剣も扱えますのでお役に立つと思いますよ」
マリアさんはそこで一度切ると、表情を引き締め話し出す。
「ですが、先ほど母と、迎えに行ったものと通信魔法で話したのですが、問題が起こり戻るのが少し遅れるそうなのです」
問題と聞いて表情を硬くした僕は合流できなかったのかと思いすぐに口にした。
「合流できなかったのですか!?」
マリアさんは説明に窮するようでしばらく考えてから答えた。
「説明しますと、こちらに巻き込まれたのはお一人ではなかったようです。お一人とは合流できたのですが、ほかの方とは合流できなかったようです。そして何か異変が起こり、その調査に娘が向かっているようなのです」
「一人じゃなかった……」
僕は考えるように呟くと、あの時のことを思い出す。
あの時アキは何かを追いかけるようにしていた。いや、何かではないか。その前にあの兄妹と話していた。他には誰もいなかった、ということはあの二人か!? 無関係の二人が脳裏に浮かんだことで僕は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
その異変に気付いたマリアさんは謝罪の言葉を口にした。
「すみません、大丈夫だと言っておきながらこのようなことになってしまって」
自責の念を抱いた表情で頭を下げる。
「いえ、今マリアさんを責めても何も好転しませんので……あとは現地の方にお任せするしかありませんね」
本当は今すぐにでも現地に向かいたかった。しかし召喚から日にちが経ち過ぎていることもあり、今更向かっても遅すぎると判断し不本意ながら任せることにした。調査結果や情報も気になるので、戻るまで待つことを了承し、僕は地図を頼んで部屋を後にした。
「光輝様」
部屋へ戻る途中の廊下でとある人物に呼び止められた。
その方は綺麗な装飾に彩られたドレスに身を包んだレイクブルグのレイナ姫だった。庶民の僕には本来住む世界の違う人である。そんな人に急に声を掛けられたら声も裏返るというものだ。
「は、はひ」
僕は真っ赤になって俯く。レイナ姫は口に手を添えて微笑んでいた。
「フフッ、光輝様少しお時間よろしいですか?」
「え、は、はい」
思わぬ申し出に面食らってしまった僕はそれだけ返事をすると。レイナ姫の後に続いていく。正確には僕の前にはお付きの侍女が壁を作るように歩いているんだけど。
レイナ姫は城の西側のバルコニーに出て、目の前に広がる景色を目にしながら吹く風を感じていた。そして視線を下げると少し表情を曇らせゆっくりと口を開いた。
「光輝様、申し訳ありませんでした。本当はもっと早くに謝罪しなければならなかったのですけれど」
と開口一番で謝罪を口にする姫にお付きの侍女は慌てて止めに入っていた。姫様ともあろうお方が庶民の僕に謝罪などありえないのだから。
「ど、どうされたのですか? いきなり」
姫は城の下を見ながら話しだす。
「あちらで魔法の演習をされている方、そして他にもいらっしゃるそうですね。今回の召喚に巻き込まれた方が」
僕は城の下をのぞき込んだ。城の西側は魔法士の演習場となっていて、魔法の演習をしている魔法士に汐音君と冬華ちゃんも混じっていた。攻撃魔法の演習中らしく、鎧を着けた案山子に向かって順番に魔法を放っている。
「ええ、そうですが。それと、謝罪にどのような関係が?」
「わたくしなのです、予定を繰り上げて儀式を行うように進言したのは。準備がしっかりなされていればこれほどまで巻き込まれる方は出なかったはずです」
自分の進言のせいで不完全な儀式を行うことになってしまい、無関係な人を巻き込んでしまった。そのことに罪悪感を抱き、謝罪したのか。
「そうですか。しかし、事情があってそう進言されたのでしょう?」
姫は真っ直ぐに僕を見つめて答える。
「はい、わたくしの城が魔物の群れに襲われたのはお話しましたね。わたくしを護衛してくださった兵に聞いたのですが、その時の魔物が以前よりも強くなっていたそうなのです」
「そうですか」
封印が解かれたのならありうる話である。こちらでは瘴気と呼んでいるそうだが、封印が解かれるたびに瘴気が噴き出して魔物の力が増していってしまうのである。
「ご存じかと思いますが、石碑が破壊され封印が解かれればその分魔物が強くなっていきます。ですので、我が城の石碑が破壊される前に、もし破壊されたのであれば、力が増す前に儀式を行えば結界を突破できないと考えたのです……しかし結局は侵入を許してしまいました。こんなことなら進言などせず、しっかり準備を整えてから行ってもらえばよかったと」
次第に沈んでいく声を、僕は言葉で遮る。話の途中で遮るのは失礼とは思ったけれど、沈んだ声は聞きたくはなかった。
「その判断は間違ってはいないと思います。それに今回侵入してきたのは結界を力ずくで突破したのではなく、結界に使用している魔石を破壊されたからです。予定通りに行ったとしても結果は同じだったでしょう。魔石が破壊されて侵入されるなんて誰も思わなかったでしょうし」
「はい」
「さらに言うなら、召喚される者の近くにいる者は呼び込まれる可能性が高いのですから、これも仕方のないことなのですよ。それに、こちらに呼び込まれるのは何らかの力を持った者だけです。力のない者はそもそも呼び込まれないはずです。ですから、姫は気になさらなくてもいいんですよ」
それでも、レイナ姫は今も無事が確認できないことで罪悪感が拭いきれないようで、暗い表情を浮かべている。そこで一つ提案してみる。
「でしたら、全員無事見つかったなら保護していただくということで、あとレイクブルグのこと、どうやってここまで逃れてきたのかをお教えください。それでチャラってことでどうです?」
僕は人差し指を立ててウインクして微笑む。
「はい、もちろんそうさせていただきますわ。お力になれるのでしたらなんでもお教え致します」
ようやくレイナ姫に笑顔が戻りそう告げる。そして、伏し目がちにお願いごとを口にする。
「あの、よろしければ光輝様のいらした世界について、わたくしにお聞かせ願えませんか?」
「もちろん構いませんよ」
「わー、ありがとうございます」
レイナ姫は両手をパチンと合わせドキリとするような可愛らしい笑顔で喜んでくれた。そうして、お付きの侍女が用意してくれた部屋で、お茶を飲みながらお互いの故郷の話をした。
さっきレイナ姫に言った自分の言葉で気付いたけれど……あの兄妹も何らかの力があるということか。




