白い女
「アキ——!」
僕のまわりの空間の歪みが収束していく。
目の前には石造りの床があった。床の表面には妙な文字の書かれた円が描かれている。
歪みが収まるとまわりからざわめきの声が聞こえ始めた。
片膝を着いていた僕は床からまわりへと視線を向ける。そこにはコートのようなものを纏いフードを被った人たちが、円を囲むように四方に立っていた。
そして正面には同じような服装でフードを取った40台くらいの女性がこちらを見て立っている。その後ろには明らかに他者との格差を知らしめるかのような豪華な装飾で着飾った人物が3人と、その3人のまわりを剣と鎧で武装した護衛らしき兵士たちが囲むように立つ。全員が一様に驚いたような顔をしているが、その中にアキの姿はなかった。
ここは大きな柱で支えられたずいぶんと広い空間のようで、造りは西洋の城のように見える。一通りまわりの確認が済んだところで、聞きなれた声が耳に届いた。
「いった——い、お尻打った~」
「き、気持ち悪い。なんだったのですか? 今の揺れは」
まわりに向いていた目を声のする僕の後ろへと向ける。そこにはお尻をさすっている冬華ちゃんと、口元を抑えて青白い顔をしている汐音君が床に座り込んでいた。
僕は目を見開いて驚き声を上げる。
「なんで君たちまでここにいるんだ!」
僕の声に驚いた二人は怪訝そうに僕の顔を見上げてくる。
「なんでって……」
「うっ、それは会長が急に走りだしたから後を追いかけてきただけですが?」
汐音君はなぜそんな聞くまでもないことを? というような面持ちで答える。まわりの異変にはまだ気づいていないようだが……
「会長はやめてくれ、いや、そうじゃなくて……」
僕の言葉を遮るように後ろから声を掛けられた。
「申し訳ありません。そちらのお二人を巻き込んでしまったようで」
振り向くと先ほど見た40台の女性が申し訳なさそうな表情で謝罪する。そして僕に向き直ると続けて口を開いた。
「いえ、あなたにもそうですね。いきなり異世界に連れ込まれたのですから。ですが、それでもあなたのお力をお貸しいただきたいのです」
女性は真剣な面持ちで頭を下げる。それを見ていた僕の後ろの二人が不思議そうに疑問を口にする。
「え? なんか異世界とか言ってませんでした?」
「たしかにそう聞こえましたが、それよりもここはどこです?」
たしかに、今僕たちがいる場所を知らなくては。そう考えていると、二人の話を聞いた正面の女性がその問いに答える。
「そうですね、説明が先ですね。この世界はあなた方が暮らしていた世界とは異なる世界、ゲーティアと呼ばれる地です。そしてここはゲーティアの南に位置するローズブルグ城です」
そう女性が告げると、後ろの二人はさらに困惑の表情を強める。
「汐音さん、今の地名知ってます? 私初めて聞いたんですけど」
「いえ、私も初めてです。それとも最近できた国? そんなわけ……」
僕は二人のそんな会話は耳に入らず、その名を反芻する。
「ローズブルグ、ここが……」
小さく口にした僕の声が届いたのか目の前の女性は一瞬怪訝そうな表情を見せたが、すぐに表情を引き締め説明を続けようと口を開いた。
「自己紹介がまだでしたね。わたしはこの城に仕える予見士でマリアと申します。そして……」
マリアと名乗る女性が彼女の後ろに控えている人たちを紹介しようとした時、僕らの後ろの廊下から一人の兵士が飛び込んできた。
「陛下! ご報告します! 東から魔物の群れが現れ、街に侵入されました!」
その報告を聞き、二名を除き全員が驚愕の表情を見せる。そして陛下と呼ばれた人がすぐに声をあげる。
「弱まっているとはいえ、結界が機能していたはずだぞ」
兵士はすぐさまそれに答える。
「それが何者かの手によって結界の触媒である魔石が破壊されたもようです」
「バカな! いかに弱まっていようと、魔物が魔石に触れることなどできぬはず。まさかそれ以上の力を持った……いや、今はそれどころではないか。現在の状況は?」
陛下は事の異常性に戸惑いを見せていたがすぐにそれを振り払うと状況確認をする。
「ハッ、現在レオルグ将軍指揮の下、数名を魔石の守りに付かせ東門に兵を集結させ魔物の迎撃を行っております」
兵士は訓練通りによどみなく報告する。
「そうか、さすがに対応が早いな。ならばそぐに片は着くな、新たな魔石の用意をしておけ。そなたは将軍の指揮下に戻れ」
「ハッ」
陛下が魔石の用意を端に控えていた者に告げ兵に戻るよう告げると、兵士は一礼し入ってきた廊下へと走っていく。
「なぜここに!? ……ぐぁっ」
悲鳴にも似た、命を落とす声が響き、僕は先ほど兵が出て行った廊下へと視線を向ける。そこから体を痙攣させた先ほどの兵士が宙に浮いて現れた。よく見ると兵士は剣で体を貫かれ、その剣を異形の怪物が持ち上げていた。
「「きゃーーー!」」
僕の足元で座り込んでいた二人は悲鳴を上げると、後ずさって僕の後ろに隠れる。
豚のような顔をした怪物は悲鳴を聞くと剣を振り兵士のをこちらに投げ捨てる。兵士は僕の足元で動かなくなっていた。
怪物は容姿からしてゴブリン系か? 大きさから見てオーク? アキがいたらゲームの知識から教えてくれるだろうが……そのオークが数体この広間に入ってきた。すぐさま護衛の兵士が前に躍り出て剣を構える。
「こんな奴らが防衛網を突破できるとは」
兵士の呟きに答えるかのようにどこかからか声が返ってきた。
「バカ正直に正面からくるわけがなかろう?」
その声と共にオークの群れの中から一人の白い女性が現れた。
腰まで伸びる絹糸のようなつややかな白い髪、透き通るような白い肌、艶めかしい体を純白のドレスが覆う。血のような赤い瞳は恐怖のあまり硬直してしまうほどの、文字通り背筋も凍る美しい女性だった。
「何者だ!」
護衛兵が声を荒げて問うも、白い女は嘲るように一笑し、蔑むようように声を発する。
「お前たちに答える意味はなかろう? これから滅ぶのだからな」
白い女の言葉を皮切りにオーク共が兵士たちの斬りかかっていき、兵士たちは応戦する。
そして、白い女はこちらを見るといやらしい笑みを浮かべて口を開いた。
「お前たちにも働いてもらうぞ」
「いけない!? ……炎よ!」
白い女の言葉を聞いてマリアさんは咄嗟に手を白い女に向けて叫んだ。すると掌から炎が現れ白い女に向け飛んでいく。その炎は白い女に直撃し全身を炎が包んでいく。炎の勢いが弱まり、焼き尽くしたかに思えたが、炎が消えたそこには何ら変わらない、火傷一つない白い女が立っていた。
「そんな!?」
「無駄なことを……」
驚愕の表情で立ち尽くすマリアさんに白い女は手を前に突きだそうとする。
僕は咄嗟に足元で事切れている兵士の剣を取り、白い女に斬りかかった。微動だにしない白い女を袈裟切りで切り裂く。鮮血が舞い、白い女はみるみる赤く染まっていき、左肩から腕が垂れ落ちる。
しかし次の瞬間、切れた根元からつながりはじめ瞬く間に元の美しい白い体に戻る。僕は目を見開いて硬直しかかるが、女の手が僕を掴もうとのばされていることに気付き後方に跳び距離を取った。
「無駄だと言っておろう?」
女を鼻で嗤うとこちらに近づこうと歩を進める。
「下がってください!」
汐音君と冬華ちゃんを後ろにかばいながらマリアさんが呼びかけてくる。初めての実戦で二人のこと忘れていた僕は額の汗を拭い安堵する。
「すみません、二人をお願いします!」
二人をマリアさんに任せると僕は剣を前にかざすと剣の腹に左手を添える。
「光よ、清浄なる光よ、剣に纏いて力と成せ! 真聖剣!」
僕の発声と共に剣にまばゆい光が纏う。
僕は剣を構え直し、白い女に再び斬りかかる。
「はぁーーーーー!」
「クッ!?」
さっきは避けることもしなかった白い女が、今度は後方に跳び、両断されるのを躱した。思いもよらない攻撃だったためか反応が遅れた結果、両断はされなかったが刃の軌跡が流血によって白い女の体に刻まれた。
「キサマ……」
怒気はらんだ言葉を発した白い女は傷口を抑え僕を睨みつける。先ほどとは違い傷口がなかなか塞がらない。やはり師匠の言った通り、邪な力には神聖な力が有効なようだ。確認ができたことで、僕はさらに斬りかかろうと構え直すと白い女が口を開いた。
「キサマを手に入れるのはやめだ。キサマは殺す! このワタシが殺してやる! このモルガナ様がな! 覚えているがいい!」
白い女は怨磋は吐き出すと、影の中へと消えて行った。その頃にはオークはほぼ倒され生き残りも逃げだしていく。それを数名を残し護衛兵が追撃する。
その場に静けさが戻り喧噪が遠くに聞こえる中、僕は剣を下ろし二人の下へと戻る。二人は恐怖で今だ困惑の中にいるようだった。どうしようかと悩んでいると、マリアさんに横から声を掛けられた。
「大丈夫ですか? えっと……」
マリアさんは困ったように口ごもった。そういえばまだ名乗ってなかったのを思い出した。
「まだ名乗ってませんでしたね。僕は聖光輝です。光輝と呼んでください。こっちの二人は、青山汐音と五十嵐冬華」
「はい、では光輝さん、お二人はショックを受けている様子ですので、少しお休みになってください。お部屋とお食事は用意いたします。詳しい話はまた後程と致しましょう」
マリアさんは二人を気づかいそう提案してくれる。
「はい、そうですね、すみませんがおねがいします」
マリアさんは陛下と呼ばれていた人に許可をとると僕たちを部屋へと案内してくれた。
「どうぞ、こちらのお部屋をお使いください。お怪我をされているようでしたら治癒術士を呼びますが」
「大丈夫です」
「では、後程お食事をお持ちしますので、ごゆっくりおやすみください」
「ありがとうございます」
マリアさんは頭を下げ、部屋を出て行った。
案内された部屋のは一部屋だけだった、男女同じ部屋っていうのもどうかと思うのだけれど、怯えている二人に気を使って同じ部屋にしてくれたのだろう。僕も二人と話したかったから都合がいいのだけれど、とりあえず二人が落ち着くまで休むとしよう。




