新たなはじまり
とある旧道、立ち並ぶ木々は青々と茂り、耳を劈くような蝉の声が辺りを包む。日に日に強くなる夏の陽射しを浴び、熱を帯びくぼみのできたアスファルトの道路を一台の自動車が疾走する。
旧道の脇を抜け奥へと進むと、アスファルトは途絶え山道へと姿を変える。道が次第に狭くなり、とうとう道がなくなったそこにあるは、森の中には不釣り合いなコンクリート製の地味で無機質な建造物だった。人の目から隠すように建てられたこの建物は一階建てで、外観を見る限り廃墟然としている。建物のまわりを塀が囲み正面に門が構えられている。
よく観察してみると、監視カメラや警報機と言ったセキュリティが施されていた。パッと見、拘置所のようにも見える。
自動車が門の前に停車すると自動で門が開かれ、自動車を中へ進め正面玄関へと着ける。
「到着しました」
と言って、運転手の白木さんは自動車を降り助手席の後ろの扉を開けてくれる。
「ありがとう、白木さん」
僕は自動車を降りると白木さんを置いて玄関へ向かい、オートロックの暗証番号を入力し中へと入って行く。
一階に入ってすぐの広間はロビーのようになっていて、奥は居住スペースになっている。今は人はなく閑散としていた。目的地はここではなく地下にある。エレベーターを使ってもいいが、一つフロアを下りるだけなのでエレベーター横の階段で下りていく。
地下一階エレベーター前の部屋へと入る。部屋の中は一階とは異なり、近代的な電子機器に覆われ、十数人の職員が机に並べられているパソコンに向かって監視を続けている。壁には大きなモニターが付いていて僕たちの住む街の地図が表示されており、数か所に円で囲まれた点滅表示が映し出されていた。
僕が部屋に入ってくるのを見止めた男が声を掛けてくる。
「来たか、光輝隣の部屋へ行くぞ」
聖剛輝、聖家家長で運輸業、海運業を営んでいる僕の父さんだ。
父さんはそういうと、僕を連れて、入ってきた扉と反対側にある部屋へと入って行く。そこは応接室となっており、ソファにはすでに一人、老齢の男性が座っていた。
「師匠もいらしていたんですね」
「ああ、お邪魔しとるよ」
老齢の男性は穏やかな笑みを浮かべている。
五十嵐嵐三。昔は名の知れた剣士だったそうだ。今は町の道場で剣術を教えている僕の師匠である。
「そこに座りなさい」
父さんは師匠の隣に座り、僕はテーブルを挟んで正面に座る。座ると一呼吸置き真剣な面持ちで父さんが口を開いた。
「おまえには前に話したが、間もなくだ。微弱な空間位相が確認された。いつ来てもおかしくはない。心しておけ」
「早かったですね。計算ではまだあと数年はもつはずだったのでは?」
前に聞いた時はまだまだ先の話だと言っていたはずなんだけれど。
「ああ、そうなんだがな……」
父さんは渋い顔をして言い淀むのを見て師匠が口を挟む。
「あくまでも計算上の話だからこればっかりは仕方なかろう。剛輝とて突然のことで困惑しておるのだ。……すまぬな」
「いえ、僕はある程度聞いていたのでいいのですが……師匠、あいつには?」
「あのバカは、あれ以来道場に顔も出さんからな。お前の力となるようにと思ったのだが……すまんがあいつのことは諦めてくれ」
師匠は申し訳ないと謝る。
「そうですか……いえ、大丈夫です」
あいつがいないことへの不安はあるけれど、これは聖家の役目であるから巻き込むのも忍びない。あいつなしでもなんとかするさ。その為の備えはしてきたんだ……大丈夫さ。
ローズブルグ城。
一階にある儀式を行うために造られたこの広間は、現在召喚の儀を行うため床に魔法陣が敷かれている。四方に術者が座して目を閉じ、陣へと魔力を注ぎ込んでいる。
この城に代々予見士として仕え、現予見士長であるマリアは儀式を明日に控え、ゲートを開いた際の空間の歪を抑える術式が正常に機能するかの最終確認を行っていた。
そこへ二人の人物が訪れる。元予見士長であるマーサとその孫サラはマリアの側に寄ると声を掛ける。
「いよいよ明日じゃな、予定より早まったが問題なくいけそうか?」
その問いかけにマリアは険しい表情で答える。
「空間を安定させる準備期間が短いため、ゲートを開いた際の歪が大きくなりそうです。今回は巻き込まれる者が出るかもしれません」
マリアの己の力不足に対する苦悩が表情に現れる。
「やはりそうか、こればかりは仕方あるまい。お前に非があるわけではないのだから気にするでない。それに、そのためのワシらなのじゃからな」
マーサとサラはこれから召喚の儀の余波で巻き込まれてこちらにきてしまう者を見つけるため、出現するであろう場所へと向かうのである。その手間を思ってかマリアは謝罪の言葉を述べる。
「すみません」
「それは巻き込まれてしもうた者に言うべきじゃな」
「はい」
「大丈夫よお母さん、わたしがちゃんと見つけてくるから!」
サラは胸に手を当てて笑顔で言い切る。そんなサラを見てマリアは悪戯っぽく言い放つ。
「そうね、サラの運命の相手が待っているものね、フフッ」
「なんの話じゃ?」
「な、な、何でもないのよ!」
マーサの問いかけに、サラは顔を赤くしてマリアの口を手で抑えにかかる。その手をスルリと避けてさらに言う。
「あなたもいい年なんだから、このチャンスを掴まないと! 苦手なんて言ってられないわよ!」
「う、わかってるわよ……」
だんだんと尻すぼみとなっていくサラの言葉を聞き、表情を真剣なものにし忠告をする。
「いいサラ、幸福を掴むのも取りこぼすのもあなた次第なの、わかっているわね」
マリアの言葉の意味することが、今回の捜索任務が決まった後にマリアに視てもらった予見のことだと理解した。サラはマリアの予見が当たるのをよく知っているため、期待と不安、特に不安が色濃く出た表情で頷いた。
そんなやり取りを見ていたマーサは小首を傾げていた。
「なんの話か分からぬが、わしらはこれから出発するでの」
「はい、お気をつけて。サラ、しっかりね」
「はい、行ってきます」
二人は儀式の間を後にし、外へと続く廊下へと歩いていった。マリアは二人の背中が見えなくなると、術式の確認へと戻っていった。
翌日、予定通り召喚の儀は執り行われた。
今ここで立ちあっているのは、この城の主である、ロマリオ・ローゼリオン陛下、姫のローザ・ローゼリオン様、レイクブルグ城のレイナ・レイクフォルン姫、そしてそれぞれに護衛兵が脇を固めている。
召喚を行うにあたり術者が四人魔法陣の四方に、その外側に空間制御の術者が四人、不測の事態に備え複数人術者が控えている。そして、術の発動、制御を行うマリアが正面に立つ。
なぜこの場にレイクブルグのレイナ姫がいるのかと疑問に思うだろう。
その理由は、彼の地にて先だって召喚の儀が執り行われたのだが問題が起きた。
城や街や村には魔物の侵入を防ぐための結界が張られているのだが、召喚の儀には膨大な魔力を消費するため結界にも影響が及んでしまう。つまり、召喚の儀が行われている間、結界が弱まるということである。その召喚後の結界が弱まっているところを魔物に狙われ襲撃を受けたということのようだ。
レイクブルグの王は劣勢と見るや、すぐにレイナ姫を逃がし、ローズブルグへ保護と警告を告げにきたということだ。
それにより予定を繰り上げて今日、召喚の儀を行うこととなったのだ。すでに城並びに城下にも兵を配置し、魔物の襲撃にそなえている
兵の配置が済んだとの報告受け準備が整ったことを確認すると、ロマリオ陛下は低く響き渡る声で告げる。
「ではマリアよ、召喚の儀を執り行うとしよう」
「はい、それではこれより、召喚の儀を執り行います」
マリアはそう告げると、両手を魔法陣の中央へとかざし目を閉じ魔力を注ぎ始める。それと同時に四方の術者たちも同じく両手をかざし目を閉じ魔力を注ぐ。
それぞれの役割を担う言霊を紡ぐことによって術を制御する。その外側の術者は空間の歪が拡大しないよう制御していく。すると、次第に魔法陣の中心から空間の歪みが発生し次第に大きくなっていく。術者たちは額に汗をにじませ集中力を高めゲートを固定していく。
ゲートが出現すると、マリアはさらに言霊を紡ぎ、彼の地に住まう戦士足り得る者を引き寄せ始める。すると一際歪が大きくなると、空間制御を担当していた術者たちがバタバタと倒れ始めた。準備期間が短かったためによる魔法陣の魔力不足、そのため術者の魔力が吸い上げられる形となり倒れてしまったようだ。
一時歪が辺りを包み込み騒然となったが、すぐさま控えの術者が制御を取り戻したため抑え込むことができた。
それを確認したマリアは再度言霊を紡ぎ始める。
山間の施設への呼び出しから半月後の学校へと続く通学路。
早朝、これから陽射しが強くなる予感を感じつつ歩みを進める。会社へと出勤する社会人、駅へと走る他校の生徒、自転車通学通勤する人々、いつもの見慣れた景色を眺めながら学校へと続く道を進む。
数メートル前を行く仲の良い兄妹を眺めていると、後ろからなじみの声が聞こえてくる。
「おはようございます、聖会長」
「ああ、おはよう汐音君、会長は気が早いんじゃないかな」
彼女の名前は青山汐音17歳、黒髪のストレートロング、メガネを格好良くかける才女であり、モデル体型で綺麗な女性だ。青山病院のご令嬢で、将来は女医になるそうだ。断言してしまうところが彼女らしい。現生徒会会計を務めている。
「次期会長なのだから同じようなものでしょう?」
「それを言うならキミが会長になってもおかしくはないだろう?」
「いえ、私は副会長になるのでお断りします」
また彼女は悪びれもせず断言する。ちなみに僕は現副会長を務めている、聖光輝17歳だ。確かに現会長からは次期会長にと言われてはいるが、選挙次第で彼女になる可能性も無きにしも非ずと言ったところだ。
「ところで、今日は珍しく一人なんだね? いつもは取り巻きの子たちがいるのに」
いつもと違うことに気付き訊ねてみた。そう、彼女は女子に絶大な人気があるのだ。容姿もそうだが、きっぱりと言い切る男らしい部分に惹かれるのではないだろうか。女性である彼女には失礼なのかもしれないが。
「いつも一緒というわけではありませんから。というより、なぜ彼女たちは私に群がってくるのかがわかりません」
と、汐音君は小首を傾げながらいう。
「キミは男の僕から見てもかっこいいからね」
「はあ、よくわかりませんが……」
僕は素直な感想を述べたのだが、理解されなかった。
そこで不意に後ろから挨拶をされた。
「光輝に汐音、おはよう!」
「お、おう、おはようアキ」
そう挨拶するとアキはそのまま走って過ぎ去っていく。
「五十嵐君! 走りながら挨拶しない! ……まったくもう」
彼の名前は五十嵐空雄同級生で幼馴染、子供の頃は同じ師匠の下鍛錬に励んでいたんだが、あることをきっかけに道場に顔を出さなくなった。
彼の背を見ながら昔のことを思い出している間にも彼は前を行く仲の良い兄妹のところへ割り込んでいく。
「おーーーい! 待ってくれ!」
「げっ……」
三人の愉快な様子を眺めていると後ろからまた声を掛けられた。
「おはようございます、光輝さん」
「ああ、おはよう冬華ちゃん」
この子は五十嵐冬華アキの妹だ。アキと幼馴染ということでこの子とも面識がある。というか昔はよく三人で一緒に遊んでたな。たしか今15歳中三だったかな。アキは否定するがショートボブのカワイイ女の子だ。
「すみません、バカな兄で」
さっきのアキを見ていたのか冬華ちゃんは汐音君に頭を下げる。
「え、お兄さん? え?」
汐音君は困惑して困っている。
「汐音君、この子はアキの妹の冬華ちゃん、こちらは青山汐音君」
「え、五十嵐君の妹!? うそっ? 全然似てない」
汐音君は信じられないと言った面持ちで冬華ちゃんをマジマジと見ていた。
「初めまして五十嵐冬華です。汐音さんって光輝さんの彼女さんですか?」
冬華ちゃん何いきなり言い出すの? そういうところはやっぱり兄妹だなって思う。
「「 違うから 」」
僕と汐音君は同時に否定する。
「ハモってますよ、仲いいんですね」
「同じ生徒会の仲間だからですよ」
うんうんと笑顔で一人納得する冬華ちゃんと、真面目に誤解を解こうとする汐音君をよそに、僕は前方の異変に遅ればせながらに気付き目を見開いた。
アキの前方に空間の歪みが現れていることに。そして父さんの言葉を思い出す。
「いつ来てもおかしくはない」
それが今来ている。そうこうしてる間にアキは歪みの中に走っていく。
僕は焦り走り寄り、アキに向かって叫んだ。
「アキ! そっちへ行ってはダメだ!」
しかし、すでに遅くアキの姿はそこにはなかった。
次の瞬間、僕を取り巻く空間が急激に歪み、強烈な力に引かれ僕の体は歪みの中心に吸い込まれていく。僕の不可解な行動に気付いて追いかけてきた二人と共に……
書き出しってかなり悩みます




