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はじまりのおわり

 レインバーグの避難洞窟から山々に囲まれる街道沿いを西へと向かうと、南へと通ずる渓谷が姿を現す。

 街道の向こうレインバーグ方面からこの渓谷へと川が流れており、その川を包み込むように木々が立ち並んでいる。曇り空ということも相まって、渓谷の先は光の射さない闇へと通じているようだった。

 この渓谷を南下すると例の教会跡へとたどり着くのだと思う。しかしここを南下するのは魔物に遭遇した際に挟まれる危険性があるため誰も通らないのではないかと思う。が、総司はここを通って北上してきたのだろう。ティナの話が本当で、それが総司であるならばであるが、無事通り抜けそのままレイクブルグへ向かったことになる。俺はその可能性を信じて進んでいる。

 渓谷を横目に川沿いの街道をさらに進んでいくと、北側から流れてくる幅の広い川と合流するポイントにたどり着く。

 街道はまだ西に続いているが川は流れていなかった。いや、そこに小さな川があった痕跡はあるのだが水が流れていなかった。そのまま水のない小川をたどって行くと、山が削られ小さなダムみたいなものができていて、小川がせき止められていた。

 近づいて気付いたのだが、そのダムには魔物の死骸や、兵士の鎧などが一緒に埋もれていた。まるで魔物との戦いで山が崩れ、結果的にダムができたかのようだった。

 ダムをよじ登りダムの向こう側を用心深く覗き見ると、街道の半分以上が水に覆われていた。いや正確には毒に汚染された水と言った方がいいかもしれない。臭いからして毒ではないかと想像できるが、舐めて確かめる勇気は俺にはない。

 ただ、毒の不快な甘い臭いとは別に、ほのかに違う甘い香りが混ざっているような……

「なんだ? どこから漂ってくるんだ?」

 クンクンと犬のように嗅いでみるが、不快な方の臭いの方が強く嗅ぎ分けが難しい。というか、嗅ぎ過ぎると頭がクラクラしてきた。俺は頭を2、3度振り、臭いを嗅がないようローブの端で鼻と口を覆う。すでに城下町へと通じる門が見えていることだし、とにかく先へ進むことにした。



 例の如く直接行くのではなく、城下町の様子と規模や城の位置などを確認するために、城下町の隣にそびえる山の中腹当たりまで登った。実際には、城下町一体を見渡せるくらいの高さだからそれほど登ってはいないのだけれど。

「さすが城下町、結構広いな」

 城下町は四方を山に囲まれた盆地に造られており、すぐ隣、北から西にかけて大きな湖が広がっている。そこから城下町を包むように小川が東側と南側に流れて街道に流れ出ている。言うまでもないが、湖は毒の沼と化しており流れているのも毒の川である。

 城は街の北側、毒の沼に浮かぶ島に建ち構えられている。山と湖と城壁に守られているにもかかわらず壊滅するなんて、そんな大規模な魔物の軍勢に攻め込まれたのだろうか。

 とりあえず、城下町の大まかな見取り図は頭に入ったし、町のどこか安全なところで休むか。もう暗くなりつつあるし。

 ちなみにここまで来るのにもちろん野宿しなければならなかったんだけれど、普通にしていたら魔物に襲われる。なので、いつも木の上に体を括り付けて、木の枝などで擬態しながら休んでいた。何かの映画のヒロインがやってたのを真似てみたんだが、これが結構背中や腰ケツが痛い。できることならもうしたくない! 目の前に町があるなら、まわりに魔物が徘徊していようが町で休む! というわけで、町へゴー!


 日が沈み、闇が支配する城下町。遠くで魔物の雄たけびが聞こえる。俺は倒壊した家屋の一室で拝借してきた毛布に包まり壁に背を預ける。

「う~、寒っ」

 さすがに夜は冷え込む。昼間日が当たっていなかったこともあり床や壁も冷え切っている。毛布の中で丸まりながら町の中で見たものを思い出す。

 魔物はやはり徘徊してはいたが、思っていたよりも少なかった。というか、門を入ってすぐに魔物の死骸が転がっていた。教会跡にあったような燃えた死骸が。総司が殺ったのかもしれない。町の大通り沿い、遠目で見ただけではあるが、死骸が奥に向かってところどころに転がっていた。

 頭の中の城下町の見取り図と照らし合わせると、大通りを真っ直ぐ行くと城へと渡る橋に着く。総司は城へ向かったようだ。

 それにしても、町の様子が少しというかかなりおかしい。町の破壊具合がレインバーグと比べてもかなり少ないのだ。おまけに人の死体らしきものがない。ゼロというわけではないのだけれど、町の規模から見ても明らかに少ない。

 そして、人の代わりに、いたるところに石像が立っていた。この町を巨大なジオラマにでもしたかのように。こんな大規模な気味の悪いことを普通の魔物ができるのだろうか? これ魔族クラスじゃないのか? このまま進んでも大丈夫だろうか……不安ばかりが募る。

 俺はス〇ホの明かりを頼りに不安を押し殺す。緊張で気を張り続けていたためか、ここまでの道のりで疲れたためか、すぐに睡魔に襲われ眠りに落ちてしまった。

「明日中に……二人を見つけて、ここを出なきゃ……」



 翌早朝。朝霧の立ち込める中、俺は城を目指して町の中を魔物を避けながら進んでいく。霧のおかげで比較的楽に進むことができ、城門のつり橋も霧が晴れる前に渡ることができた。

 回り道をしながらということで町の様子を確認することもできた。やはり人はいないようだった。犬や猫と言った動物の姿もなく、いるのは魔物だけだった。湖の近くということもあり魔物の種類は爬虫類系のリザードマンタイプが多いようだ。もちろんお馴染みの魚人もいたが。

 城門は破壊された箇所があり、血のような赤黒い跡が付いている。

 城門の中には門番の詰める詰所、その奥には兵士たちの仮眠室みたいな建物があった。詰所前を抜けると内門があり、中庭へと続いている。そこら中に兵士の石像があったため隠れるのに苦労はなかったが……

「やっぱりこれって、人だよな」

 町の石像を見て気味が悪いと思ったのは、あまりにもリアルすぎたためだった。普通に生活をしているところを石化したようなポーズをしていたからだ。城の中も同様である。中には魔物と戦っている最中に石化したようなものまである。ご丁寧に魔物と一緒にだ。魔法か呪いかなにかでここら一体を石化したんじゃないのか?と考えてしまう。

 と考えながら歩いていると、中庭に入って右手、花に囲まれて石碑のようなものがある。

 花は毒の沼の影響か枯れ果てている。石碑も見事に破壊されていた。何やら文字らしきものが刻まれているが、もちろん俺には読むことはできなかった。

 そう言えば、ばあちゃんにもらった書物は読むことができたんだよなぁ。なんでだろ? 不思議だけれど、今はそれを考えている暇はないか。 

 中庭を抜けて城の中に入ると、薄暗くジメジメとしていた。ランプもロウソクもつけられておらず、崩れた壁の隙間から射し込む日の光だけが光源となっていた。空は雲に覆われているため、たいした光源にはなっていないが。

 そういえば、中庭に入ってから城に入って気付いた。というか思い出したんだが、毒の臭いに混ざってた毒とは違う匂い、あれがここにきて一段と強く匂ってきている。甘く誘われるような甘美なというような香りだ。ローブの上から匂ってくるって相当だな。

 香りに気を取られたことで、魔物の接近に気付くのが遅れてしまった。狭い廊下の奥からリザードマンが剣を片手に接近してきていた。

 数は二体、奥のリザードマン(トカゲ)を狙いナイフを放つと同時にダガーを抜き手前のトカゲに距離を詰める。

 手前のトカゲが俺めがけて剣を振ろうとしている後ろでナイフを払いのけるトカゲが見える。手前のトカゲの剣が狭い廊下の壁に当たりギギギンッと振り切る速度が落ちたところで、俺はヤツの首を一閃する。

「フッ!」

 崩れ落ちるトカゲを横目にさらに踏み込む。

 次のトカゲが唐竹割りの如く斬りかかってくるのを、ダガーで右へ払い、払う勢いのまま体を回転させ、そのままトカゲの首を薙ぐ。

 一呼吸し、アイテムを回収する時間を惜しんで、ナイフだけ回収してその場を後にする。

 階段の下のたどり着くと、香りに誘われるように階段を上っていく。途中の階にも魔物が徘徊し石像が転がっていた。壁も崩れ落ちて外の毒の沼が一望できる吹き曝しとなっている。さらに階段を上って行くと、最上階でかすかに声が聞こえてくる。

 俺は入り口前に潜んで甘い香りの充満する部屋の様子を確認する。そこは広々としておりここの壁もやはり崩れ落ちていた。奥には大きな姿見と立派な椅子たぶん玉座が一対設置されていた。

 謁見の間かな? 一つには王様らしき風貌の石像が立っている。もう一つには艶やかな漆黒の髪、ショートカットのよく似合う美人さんが座っていた。その傍らには剣を腰に挿した同じく黒髪のイケメン野郎がいた。……結衣と総司だった。

 二人は何かを話しているようだが、小声のため聞き取ることができなかった。

 俺は二人だと認識すると何の気なしに声を掛け、近づいていった。


「おーい、総司、結衣。やっぱり無事だったかぁ。ハハッ」


 俺の声に反応して二人は俺の方を見る。

 結衣は顔を顰めて(しかめて)いたが、いつも道りだな。二人きりのところを邪魔されて怒っているんだろう。ていうか異世界に来てまでイチャつくなよ。

 総司の方は……あれ? 無表情だ。怒ったときのシカトモードに入ってる。

「な、なんだよ、総司まで怒ることないだろ。いつもならそんなに怒らねぇだろ? まさか、結衣に本気になったんじゃないだろうな?」

 俺は冗談半分に言ったつもりなんだが……

「……」

「あ、あれ? ちょっとマジ無視すんなよ!」

 俺は総司の肩を掴んで揺するが、二人は表情一つ変えることなく俺の顔を見ている。よく見ると総司の瞳には感情がまるで宿っていなかった。ここまでやったら、いつもの総司なら半笑いの目をしててもおかしくないのに。

 さすがに変だと思い立った俺はしかめっ面ではあるが感情の表れている結衣に向き直り歩み寄る。

「結衣! 総司どうしちゃったんだよ?」

「……オマエ、だれ?」

「はぁ!?」

 何言ってんだこいつ。ちょっと合わなかっただけで忘れるほど俺のこと嫌いだったの!?

 俺は結衣の両肩を掴んで叫んでいた。

「何言ってんだよ! 俺は……」

と言いかけたところで、俺の目の前に剣の切っ先が突き付けられた。

「!?……おい、総司冗談にしてはキツすぎねぇか?」

 剣を突き付けていたのは総司だった。俺は結衣から手を放し両手を上げて数歩下がった。

 総司は剣を俺に向けたまま結衣の前に出る。

 そして総司を後ろから抱きしめ、結衣は艶めかしくその唇を開く。

「また、ワタシをキズつけに男がきたわ……ソウシ……ワタシを守ってくれるよね」

 結衣はわけのわからないことを言う。俺が結衣を傷つけるわけないだろう。

「おまえ、何言って……」

「当たり……前だ! 結衣を傷つける奴は……誰であろうと殺す!」

 そう激昂すると総司は炎を宿した剣を俺に向かって振り下ろしてきた。

「なっ!?」

 俺はすんでのところで左に飛び退き床を転がる。総司の鋭い眼光は闇に染まり俺を見据える。

「おい、総司! 俺が結衣を傷つけるわけないだろ!」

 総司は俺の声など聞こえないかのように斬りかかってくる。俺は剣を抜いて総司の剣を受ける。

「くっ、おい! どーしたんだ!? 俺だ! アキだよ! わかんねぇのか! ……結衣! 総司を止めろよ!」

 結衣は空いている玉座に座り、ニヤリと怪しく嗤い俺たちを眺めている。その間も総司は何度も切り付けてくる。何とか受けきれてはいるが、総司の剣に炎が宿っているせいか俺の剣は刃こぼれをしだしていた。強度が違い過ぎる。このまま打ち合うと剣がヤバい。

 受けるのではなく避けようと考えたとき、目の前に剣が振り下ろされていた。

 俺は体を左に捻って避けたが、総司はすぐさま剣を返し逆袈裟切りで斬りあげてきた。

「うおっ!?」

 俺はそれを上体をのけ反らせてギリギリで避けたが、ガラ空きになった腹に強烈な回し蹴りを入れられた。

「グハッ!?」

 俺は吹っ飛ばされて壁に背中から激突し後頭部を打ち付けた。

「ッツゥーー」

 すぐ隣の壁は崩れてなくなっていて、少しずれていたら毒沼に真っ逆さまだった。俺は激突した衝撃で目を白黒させながら床に手をつき立ち上がろうとする。


「……め……し……」


 立ち上がったとき微かに声が聞こえた気がして顔を上げると、結衣の背に黒い影が見えた気がした。が、頭を1度振りもう一度見ると影は消えていた。そしてその奥の鏡が目に入る。


「……な!?」


 その一瞬の隙に炎を宿した剣が目の前に振り下ろされていた。俺は剣を振り上げて炎の剣を受け止めたかに見えた。しかしそこで剣は限界を迎え、パキンッという音とともに折れ、炎の剣の軌跡が俺の体を縦断していく。

 左肩から胸へと鮮血と炎がほとばしり、左半身を炎が焼く。飛び散る血は蒸発し、滴る血は床を赤く染める。

「カハッ!?」

 俺は吐血しふらつく体で顔を上げる。返り血を浴びたソーシの無表情の瞳から一筋の血の涙がつたう。

「そう、し……ゆい、が……」

 俺は最後の力を振り絞り結衣の方へ手を伸ばす。

 俺の声は届くことなく力尽き……ふらつく足は壁のなくなった床を踏み外す。

 俺は浮遊感を覚え、背中から落下していく。


 空一面に雲が広がっていた。

 雲の合間から青空がのぞく……青い……サラさんの綺麗な瞳を思い出す。

 予知夢当たっちゃったなぁ。サラさんスゲェなぁ……


「約束……守れ、なくて……ごめ……」


 最後に俺の目に映ったのは光の粒がまわりを飛び交う姿だった。


「フッハハハハハッハハッハハハハッ……」


 女の嗤い声が響きわたる中、俺の体は毒の沼に沈んでいく……




 ローズブルグ城にある一室。

 マーサとマリアが今後の話し合いをしているなか、不安を誤魔化すかのように忙しなく書類整理をするサラを横目で見る。床に何か落ちるのを目の端に捉え、近づいて拾い上げる。

「サラ、落ちたぞ……ネックレスか? これはアキのヤツもつけておったな、お揃いか?」

 マーサのからかうような声にハッとなり、サラは頬を朱に染めて受け取る。

 マーサとマリアは微笑ましげにサラを見ていたが、サラはネックレスを見るなり顔を強張らせる。

 その変化に気付いたマリアが声を掛ける。

「サラ、どうしたの?」

「……ネックレスが、切れてる……アキ、さん?」


 サラの青い瞳から涙がこぼれ落ちていた。

 

ようやくここまできました。

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