第97話 二本の線
僕は、その一文をもう一度ゆっくり読み返した。
「父が米軍の爆撃で亡くなった。」
ページをめくった。
「母もそのとき怪我をした。
ひとりでは動くことが難しい。」
「お母さまも一緒にいらしたんでしょうか?」
「そうみたいです。」
僕は次の記録へ進んだ。
「父の葬儀はすでに終わっていた。」
「佐伯さんは、休暇で戻ってくるまで、お父さまが亡くなって、お母さまが怪我をされたことを知らなかったみたいですね。」
「当時は、今のように電話やインターネットが発達していた時代ではありませんでしたから。」
僕はノートをもう少し読んだ。
「母は寝たまま。」
その下に、見慣れた表現が出てきた。
「朴相吉氏の娘が、ずっと母の世話をしていた。」
美咲さんが慎重に言った。
「まだ、朴相吉氏の娘と書いていますね。」
「はい。」
次の記録には、母の身の回りの世話を丁寧にしていたという内容があった。
周囲の人の話では、自分が軍にいるあいだも一日も欠かさず母の世話をしていた、と書かれていた。
僕は次のページをめくった。
それほど進まないうちに、もう一つ短い文が出てきた。
「朴相吉氏の娘から、私に関して軍から通知された書類を受け取った。」
僕と美咲さんは、ほとんど同時に顔を上げた。
「あの書類。」
僕は箱の横に置いてあった最初の資料を探った。
原本を手で探すと、スキャンファイルをめくるときとは感じが違った。薄い紙が互いにくっつかないよう一枚ずつめくり、古い軍関係の書類を見つけた。
中央には、金春雄という名前があった。
そして下のほうには、金春雄の妻、朴美來と記されていた。
スキャンデータでは注意して見なければわからなかったが、直接見ると、そのときより少しはっきりと読めた。
美咲さんが近くからのぞき込んだ。
「妻と書かれている朴美來さんが、受け取っていたものなんですね。」
「はい。」
僕自身も韓国軍に入隊したとき、入隊に関する通知を一つずつ受け取った記憶があった。
「人を軍へ連れていったのなら、どこへ行ったのか、行政上の記録は残さなければならなかったんでしょうね。そうでなければ、家族からすれば突然人が消えたのと同じですから。」
僕は書類を置いた。
美咲さんの視線は、二つ目のノートに向いたままだった。
「ハルさん。」
「はい。」
「米軍の爆撃って書いてありますよね。」
僕は彼女が見ている場所を追った。
「北朝鮮軍の飛行機だった可能性はないんでしょうか?」
「この時期なら、その可能性は低いと思います。多富洞の戦いの頃には、慶尚道地域の制空権を米軍が握っていましたから。」
米軍が制空権を確保していたことが、多富洞の戦いの勝因の一つだったと、軍で教わったことを思い出した。
美咲さんが、もう一度ノートを見下ろした。
「でも、どうしてご両親がいた場所を攻撃したんでしょう?」
答えようとして、止まった。
以前見た文が一つ浮かんだ。
「ちょっと待ってください。」
僕はノートパソコンをつけ、以前受け取ったスキャンファイルを開いた。
小さな手帳のページを何枚か進めると、探していた部分が出てきた。
「これ、覚えていますか?」
美咲さんが僕のほうへ身を寄せた。
僕は画面を拡大した。
「川を渡らせるなと言われた。
避難民の中に敵がいるかもしれないからだ。
兵士たちが川の前で人々を止めていた。」
美咲さんが文を読んだ。
「あ……これ。」
「はい。」
以前この記録を見たときは、避難民たちが川を渡れなかった状況のほうに目がいっていた。
今は、真ん中の文が先に目に入った。
避難民の中に敵がいるかもしれない。
「では、戦闘機が避難民を敵と見誤った可能性もあるんでしょうか?」
「そういう可能性もあるでしょうね。」
僕は画面と原本のノートを交互に見た。
爆撃が起きた正確な日付はわからなかった。
「韓国側の記録を少し調べてみます。」
検索を始めると、同じような時期の記録がいくつか出てきた。
その中には、1950年8月、慶尚南道義寧で、米軍の航空攻撃によって民間人が犠牲になった事件もあった。
美咲さんが画面を見た。
「ここも慶尚道なんですね。」
「はい。時期も近いです。」
もちろん、この事件が祖父の父親が亡くなった爆撃と同じ事件だという意味ではなかった。
正確な場所も日付も、まだわからなかった。
ただ、その頃の慶尚道で、米軍の航空攻撃によって民間人が犠牲になったことは実際にあった。
美咲さんが尋ねた。
「では、これも誤爆だったんでしょうか?」
「まだわかりません。攻撃目標を間違えたのか、人々を敵と誤認したのかまでは確認できませんから。」
美咲さんは、画面をもう少し下まで見た。
しばらくして、また尋ねた。
「こういう被害に遭った人たちは、あとになって補償を受けることもあったんですか?」
美咲さんの質問に、僕は検索語を変えてもう一度調べた。
戦争が終わってすぐ、すべての被害が調査されたわけではなかった。
長い時間が経ったあと、国家機関の調査によって民間人の犠牲が確認された事件もあった。
同じような民間人犠牲事件の中には、個別に特別法まで作られたものもあった。
僕は画面に出ている内容を読んだ。
「特別法を作って、犠牲者と遺族を個別に審査して認定し、名誉回復のための手続きを設けた場合がありますね。慰霊事業も行って、負傷者に医療支援金を支給する内容もあります。それから……。」
僕はさらに内容を確認した。
「犠牲者を公式に認定して、遺族の名誉を回復し、必要な支援をするというものに近いみたいですね。事件によっては、家族関係の記録を訂正する手続きもありました。」
「家族関係の記録までですか?」
「戦争中に人が亡くなったり行方不明になったりしても、きちんと届け出られなかった場合もあったでしょうから。」
「あ……。」
美咲さんは、ようやくわかったようにうなずいた。
僕はもう一度、義寧の事件について確認した。
「ただ、事件ごとに状況は違ったみたいです。国が犠牲の事実を認め、名誉回復や支援が行われた場合もあれば、別の訴訟や法律を通して賠償を受けた場合もありましたが、そうならなかった事件も多かったようです。」
僕はしばらく、祖父のノートを見つめた。
父が米軍の爆撃で亡くなったという一文だけが残っていた。
謝罪や補償といった、その後の処理については何も書かれていなかった。
「犠牲者の家族が抗議したりはしなかったんでしょうか?」
「抗議した人もいたでしょうね。でも当時は、そういうことを口にすること自体が簡単ではなかったと思います。」
「どうしてですか?」
僕はいくつか検索語を変えながら、さらに資料を見ていった。
すると、1951年に作成された米国側の情報資料が一つ目に入った。
朝鮮戦争当時の北朝鮮の宣伝活動についてまとめた内容だった。
北朝鮮側の放送や宣伝では、米国の残虐行為を強調し、米国と韓国政府への敵意を高めようとする内容が繰り返し登場していた。
僕は画面を美咲さんに見せた。
「こんな資料もありますね。」
美咲さんが、しばらく画面を読んだ。
「戦争中も、こういう宣伝が続いていたんですね。」
「はい。」
僕は画面を見ながら言った。
「僕は、共産党は宣伝・扇動に非常に長けていると思っています。軍でもそういう教育をかなり受けました。」
美咲さんが僕を見た。
「宣伝・扇動、ですか?」
「たとえば、韓国軍の過ちで民間人が亡くなったとします。そういうことがあったのなら、間違ったことをした人の責任を問い、処罰すべきです。それは当然のことでしょう。」
「はい。」
「でも共産党は、そういう一つの事件を取り上げて、韓国軍が大勢の民間人を意図的に虐殺している、というふうに拡大して宣伝するんです。僕が言っている宣伝・扇動というのは、そういうことです。」
「ええ……」
美咲さんは、何と言えばいいのか少し困ったような顔をしていた。
僕は彼女を見て言った。
「共産党の宣伝・扇動を実際に経験してみれば、僕が何を言っているのかわかると思います。」
美咲さんは少し考えてから言った。
「韓国の人たちには、私の知らない経験があるんでしょうね。」
「そうだと思います。」
僕はもう一度、画面を見た。
「それに、そういう宣伝が続けば、実際に被害を受けた人たちまで困ることもあったと思います。」
「被害者がですか?」
「はい。本当に家族を失って、謝罪や補償を求めている人でも、戦争中なら、その人の訴えまで敵の宣伝と同じものではないかと疑われる可能性がありますから。」
美咲さんが、ゆっくりとうなずいた。
「そういうこともありそうですね。」
「特に戦争中や、休戦後しばらくは、なおさらだったと思います。」
実際に被害を受けたことと、その被害が宣伝に利用されることは、別の問題だった。
僕はもう一度、二つ目のノートへ戻った。
母の状態は、その後も悪くなっていたようだった。
朴相吉氏の娘が、抗生物質とみられる高価な薬を追加で手に入れてきたという記録があった。
僕はそのページをさらにめくろうとして、ふと思い出したことがあった。
「美咲さん。」
「はい?」
「前に、日付が一つありましたよね。」
「日付ですか?」
「祖父が日本へ戻る予定だった日です。」
僕は前のほうのページを探した。
その日付の上には、黒い線が二本引かれていた。
スキャンで見たときは、ただ太い線のように見えていた。
原本を近くへ寄せた。
間違いなく、ペンで直接引いた跡だった。
一度線を引いたあと、同じ場所にもう一度線を引いていた。
紙にも、ごくわずかに押された跡が残っていた。
「スキャンだから、ああ見えていたわけではなかったんですね。」
「はい。」
美咲さんが尋ねた。
「休暇で家に戻ってから、引いたんでしょうか?」
「そうだったような気もします。」
祖父にとっては、胸を弾ませて待っていた希望の日付だったのだろう。
その日付に二本の線を引きながら、祖父は何を思ったのだろうか。




