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第95話 朴相吉氏の娘

朝七時。


いつもより少し早く起きた。


昨日の午後遅く、会社の人事部から連絡が来た。


引き継ぎに必要な内容がもう一つあるので、追加で作成してほしいと言われた。


そのせいで、昨日はスキャンデータをそれ以上読めなかった。


作業を終えると、思ったより疲れていた。


ベッドに横になってからの記憶はなかった。


軽くストレッチをして、ノートパソコンを立ち上げた。


母が送ってくれた二つ目のノートのスキャンファイルを開いた。


祖父と祖母の関係。


そのあとに、何か変わったことはあったのだろうか。


けれど数ページを送っても、大きく変わったものは見えなかった。


「朴相吉氏の娘が書類を持ってきた。」


翌日。


「朴相吉氏の娘と登記所提出書類を確認。」


数日後。


「朴相吉氏の娘に領収書と契約書の一部を預ける。」


ここまで見えるのは、事業に関する記録だけだった。


僕はもう少し先へ進めた。


不動産の話が少なくなり始めると、日本に関する記録が増えてきた。


「朴相吉氏の長男に、日本の取引先の代金確認を頼んだ。」


次のページには、別の息子が出てきた。


「次男は日本で米の相場を調べることになった。」


それより少しあとには、


「三男も当分、日本に残ると聞いた。」


僕は画面を止めた。


息子が三人もいたのか。


朴美來には、男のきょうだいが三人いたということだった。


そしてそのころ、三人はみな日本にいた。


韓国に残っていた子どもは、朴美來だった。


僕は母に電話をかけた。


まだ早い時間だったが、母がたいてい朝六時ごろ起きることは知っていた。


何度か呼び出し音が鳴ったあと、母が出た。


「食事はしましたか」


―私は食べたわ。あなたは?


「昨日買っておいたものを簡単に食べました」


―何かあったの?


「祖母には男のきょうだいが三人いたみたいなんですが、その人たちのこと、何か聞いたことはありますか」


―ああ。おばあさんには弟が三人いたの。子どものころから日本にいて、そのあとも日本で暮らしたと聞いたことはあるわ。でも、おばあさんが詳しい話をしなかったから、私もそれくらいしか知らないの。


「そちらの家族も日本に残ったのでしょうか」


母は少し考えた。


―たぶん、そうじゃないかしら。私も連絡先は持っていないわ。


「祖母が亡くなってからは、もう連絡はなかったんですね」


―うん。それからは完全に途切れたわ。


「わかりました」


電話を切り、また画面を見た。


次のページを開いた。


あれ?


最初は文を読み間違えたのかと思った。


画面を拡大した。


「朴相吉氏の娘が母の薬を持ってきた。」


母。


祖父の母のことを言っているようだった。


僕は日付を確認した。


婚姻届を出してから、数か月が過ぎたころだった。


次の記録を読んだ。


「母が薬の名前をよく知らず、朴相吉氏の娘が薬房へもう一度行った。」


僕は椅子の背にもたれた。


これまで朴美來が持ってきたのは、契約書と領収書、官庁へ出す書類だった。


けれどある時点から、別のものが混じり始めていた。


「米を少し持ってきた。」


次の行。


「私が倉庫へ行っているあいだ、父母のところへ行ってきたと聞いた。」


数日後。


「父から必要なものを聞き、朴相吉氏の娘が手に入れてきた。」


事業とは関係のないことだった。


そのとき、スマートフォンにLINEの通知が出た。


美咲さんだった。


[おはようございます。起きていらっしゃいますか? 昨夜のLINEを今見ました。]


昨日、眠る前に、朝起きたら連絡してほしいとメッセージを残しておいたのだった。


[僕も昨日の午後は会社の仕事を処理していて、今ようやくスキャンデータをきちんと見ています。興味深い部分が一つ出てきました。]


[どんな部分ですか?]


[祖母が、祖父の両親のところへ行き始めました。]


その部分を撮って送った。


美咲さんの返事は、しばらく来なかった。


少しして、メッセージが届いた。


[朴相吉さんがさせたのでしょうか? 事業上の関係を維持するために。]


僕はノートの前後をもう一度確認した。


[よくわかりません。事業上の理由に見える記録はないのですが、訪問は続いています。]


そのまま前後の記録を見ていると、同じ時期に書かれた別の記録が目に入った。


「朴相吉氏が家一軒を空けさせる話をした。


その家には満州から戻ってきた家族が借りて住んでいた。


娘は急に出ていけと言われても行く場所がないと言った。


買主がいるので空けなければならないと朴相吉氏が言った。


娘はせめて別の場所が見つかるまで待とうと言った。


朴相吉氏が怒った。


私は事情をよく知らないので、黙って聞いていた。」


僕はゆっくりと文を読み直した。


朴美來は、父がすることにそのまま従う人ではなかったようだ。


僕はその部分も撮って、美咲さんに送った。


しばらくして返事が来た。


[興味深いですね。]


続いて、もう一つ来た。


[ノートの原本が届いたら、この部分ももっと詳しく見られそうです。]


[では、ノートが届いたら、そのとき一緒に確認しましょう。]


[はい。朝食は召し上がりましたか?]


[昨日買っておいたものを簡単に食べました。]


[では、私はこれから食べます。]


[おいしく召し上がってください。]


会話を終えた。


話したわけでもないのに、喉が渇いた。


昨日飲み残しておいた飲み物が少しあったので、残りを飲んだ。


そして、またスキャンデータを確認した。


少しして、別の記録が出てきた。


「父母のことまでしてもらう必要はないと言った。


朴相吉氏の娘は、自分がしたくてしているのだと言った。」


僕はしばらく手を止めた。


一つ考えが浮かんだが、美咲さんには送らなかった。


祖父には千代子さんがいた。


だからずっと「朴相吉氏の娘」と書き、わざと距離を置こうとしていたのだろうか。


僕はまたページを送った。


そのあとは、また米価の相場と登記所の業務、倉庫の物品、未収金の一覧のような、普通の記録が続いた。


そして数日後、また朴相吉氏の娘が出てきた。


「母の好きなおかずを聞かれた。


私は……と言った。


そして私も好きだと言った。


朴相吉氏の娘がうなずいた。」


僕は画面を拡大した。


何と書いているんだろう。


おかずの名前が書かれた部分は、水がにじんだように文字が潰れていた。


前後の文字は読めたが、その部分は判別しにくかった。


原本が届けば確認できるかもしれなかった。


僕はまたページを送った。


「日本へ戻る準備が終われば、婚姻を整理するともう一度言った。」


その下に、短い文がついていた。


「知っている、と答えた。」


僕は次の行を読んだ。


「鞆の浦に待っている女がいることも言った。」


手が止まった。


祖父は隠していなかった。


日本へ戻るということも。


婚姻を終えるということも。


鞆の浦に待っている女がいるということも。


その下には、短い記録が残っていた。


「朴相吉氏の娘は何も言わなかった。」


翌日。


「母と私が好きだと言ったおかずを持って家に来た。」


僕は画面から目を離した。


どう受け止めればいいのかわからなかった。


しばらくして、その部分を撮って美咲さんに送った。


十分ほどして、返事が来た。


[朴美來さんは、佐伯さんを待っている女性が日本にいることを知っていたんですね。]


[はい。]


[それでも、ずっとご両親のところへ行っていたんですね。]


[そうです。]


少しして、またメッセージが来た。


[佐伯さんが好きだと言ったおかずも持ってきていますね。]


[はい。ただ、何のおかずなのかは文字がにじんでいて読めません。]


[それも原本が届いたら確認しましょう。]


[はい。]


最後に、もう一つメッセージが来た。


[私はこれから、たまっている仕事を片づけます。]


[では、僕は残りのスキャンデータをもう少し確認してみます。]


LINEを閉じ、また画面を見た。


財産整理は、少しずつ終わりに向かっていた。


「受け取る金の一部は諦めることにした。」


「倉庫一か所、整理終わり。」


「家一軒、買主決定。」


その次のページ。


「父母と帰国時期を相談。」


さらに数日後。


「日本へ持っていく荷物を減らすことにした。」


祖父の字は、前のページより少し速くなっていた。


やるべきことが減っていた。


「もうすぐ帰ることができる。」


僕はその文を読んで、しばらく止まった。


僕はそのあとに何が起きるのかを知っていた。


次の記録を読んだ。


「帰国準備がほぼ終わったと朴相吉氏の娘に言った。」


その下。


「そうですか、と答えた。」


次の行。


「約束どおり、婚姻も整理すると言った。」


少し間を空けて、短く書かれていた。


「はい、と答えた。」


それがすべてだった。


引き止めたという言葉はなかった。


怒ったという記録もなかった。


考え直してほしいと言ったという言葉もなかった。


最初に決めた条件を、そのまま受け入れた。


僕は次のページへ進んだ。


「釜山方面の船便を再確認。」


そしてその次の行に、日付が一つあった。


帰国予定日だった。


僕は画面を拡大した。


数字は読めた。


けれど日付の上には、二本の線が引かれていた。


最初に記録したときに引いた線ではないようだった。


もっと濃いペンで、あとから消したように見えた。


僕は次のページを開いた。


そのころから、記録の雰囲気が変わり始めていた。


市内が落ち着かず、汽車の切符が取りにくくなったという話、三十八度線のほうでまた衝突があったが韓国軍が防いだという噂のようなものが、日常的な記録のあいだに混じり込んできた。


そのとき、頭の中に、以前見た書類が一つ浮かんだ。


最初の資料の束の中にあった軍関係の書類。


初めて見たときは、徴集通知のように見えた紙だった。


下のほうにかすれた文字があったが、そのときはきちんと読めなかった。


どこにあっただろう。


僕はこれまでのスキャンファイルを、もう一度開き始めた。


ほどなく見つかった。


僕は下のほうのかすれた文字を拡大した。


今度は読めた。


受取人。


金春雄の妻、朴美來。


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