第82話 捕虜収容所補給廠
大同学院。
一九三二年七月、満洲国の首都・新京に設立された高等教育機関。
大同学院は、満洲国を運営するために必要な人材を教育した。
朝鮮人学生も一定数選抜され、教育を終えた後、満洲国の官僚として配置された。
一九四五年八月。
満洲国の崩壊とともに、大同学院も消えた。
◆◆◆
「ところで、朝鮮人の若者たちはどうして満洲国へ行ったのでしょうか」
美咲さんが尋ねた。
僕は、さっき見つけた資料をもう少し下まで読み進めた。
「理由が一つだけだったわけではないと思います」
「どんな理由があったんですか」
「まず、仕事がありました」
「仕事ですか」
「当時は大恐慌が過ぎたあとでした。高等教育を受けても、それに見合う職を見つけるのが難しい人が多かったでしょうし、朝鮮人に開かれている職は、さらに少なかったはずです」
日本で教育を受けた人々まで、朝鮮へ入ってきた。
その分、朝鮮人の若者たちが就ける仕事は減っていった。
そのとき、新しく作られた満洲国は、多くの官僚と技術者を必要としていた。
「新しい国だから、働く人もたくさん必要だったんですね」
「はい。一部の朝鮮人の若者にとっては、朝鮮や日本よりも立身出世の機会が多い場所に見えたのだと思います」
「満洲国では、朝鮮人は差別されなかったんですか」
僕はすぐには答えず、画面を確認した。
「差別がなかったとは言えません」
満洲国は、複数の民族がともに国家を運営するという五族協和を公式理念として掲げていた。
満洲人、日本人、朝鮮人、モンゴル人、漢人がともに生きるという標語だった。
だが実際の権力は、関東軍と日本人官僚が握っていた。
「ただ、公式には複数民族の協力を掲げていたので、大同学院にも朝鮮人が入れる枠が用意されていました」
「標語と現実は違っていたけれど、機会そのものはあったんですね」
「そう捉えるのが近いと思います」
朝鮮人の若者たちにとって、満洲国は新しい機会になりえた。
「そこでは何を学んだのでしょうか」
「法律や行政、経済のような知識も学んだでしょう。でも、それだけではなかったはずです」
僕は画面に出ている大同学院の教育内容を見た。
「国家が定めた政策を、実際に実行する方法も学んだのだと思います」
「官僚たちが実際に動くんですか」
「はい」
国家が目標を定める。
官僚が、その目標を計画にする。
必要な資金と人員を配分し、行政組織が計画を実行する。
満洲国は、そういうやり方で急速に国家の形を整えようとした。
「満洲国では、産業も国家が計画したんですか」
「そういう部分が大きかったです。いわゆる国家主導の開発です」
美咲さんは少し考えてから言った。
「では、そこの官僚たちは国家を運営する方法を学んだんですね」
「そうです」
僕はまた、朴正熙と崔圭夏の略歴が並んでいる画面を開いた。
「朴正熙は軍事組織の中で教育を受けました。崔圭夏は行政官僚になるための教育を受けました」
「違う道だったんですね」
「はい。ですが解放後には、二人の道は韓国政府の中で再び交わりました」
「満洲国で教育を受けた軍人と官僚が、同じ政府の中で一緒に働くことになったんですね」
「そこまで単純に割り切ることはできませんが、結果としてはそうです」
一方には、目標を定めて押し進めることのできる権力があった。
もう一方には、その目標を政策にし、実際に執行する官僚組織があった。
「軍部が定めた目標を、官僚組織が政策にして実行する構造が作られたわけです。ただ、韓国の国家運営のあり方をすべて満洲国から持ってきたと見るのは難しいでしょう。アメリカの援助と影響も大きかったですし、日本の資本と技術も入ってきました。韓国の官僚たちが新しく作った制度もありましたから」
「それでも、満洲国で学んだ経験が完全に消えたわけではなかったのでしょうね」
「そうですね」
「二つの国家なのに、同じシステムが続いたのでしょうか」
美咲さんが尋ねた。
僕は少し考えた。
「結局、制度を実際に動かすのは、その中で働く人々ですから。日本と満洲で軍事教育を受けた人々が韓国軍で活動したように、満洲国で教育を受けた官僚たちも、新生国家である韓国の行政や国家運営に関わっていったのでしょう」
満洲国は消えた。
韓国という新しい国家が生まれた。
そのあいだをつないでいたのは、満洲国で教育を受けた人々だった。
そのとき、スマートフォンが短く鳴った。
母からのメッセージだった。
撮り直してほしいと頼んでいた手帳の写真が届いていた。
写真は二枚だった。
一枚は書類の表面。
もう一枚は、折られていた部分を開いて撮った写真だった。
僕は一枚目の写真を拡大した。
前は文字がぼやけていて、領収書のようにしか見えなかった書類だった。
今回は、上のほうの日付と題名を読むことができた。
一九五一年二月。
旅費支給明細書。
「旅費を支給した記録のようですね」
美咲さんが言った。
「はい。でも、普通の移動に使った費用ではなさそうです」
支給理由が書かれた欄に、短い文字が残っていた。
転属。
「勤務先が変わったという意味ですよね」
「そのようです」
僕は二枚目の写真を開いた。
折られていた下の部分には、新しい配属先が書かれていた。
場所の名前はなかった。
部隊番号も見えなかった。
ただ、祖父がどんな施設で、どのような仕事を担当することになったのかは書かれていた。
捕虜収容所補給廠。
「捕虜収容所……」
美咲さんが低く繰り返した。
「そこは、もう少し安全な場所だったのでしょうか」
僕はその言葉に、簡単には答えられなかった。
「どんな事件があったんですか」
僕は捕虜収容所に関する記録を検索した。
検索結果には、巨済島捕虜収容所で起きた事件が出てきた。
「捕虜を故郷へ送り返すかどうかをめぐる審査が始まり、収容所内の対立が激しくなったようです」
「帰ろうとする人と、帰りたくない人に分かれたんですか」
「はい。親共派と反共派に分かれた捕虜たちが互いに衝突し、一部の収容所では捕虜組織が内部を掌握することもありました」
収容所の中では、流血を伴う衝突と暴動が繰り返された。
警備兵や収容所の職員も、その危険から逃れることはできなかった。
僕は画面をもう少し下へスクロールした。
「一九五二年五月には、巨済島捕虜収容所の所長が捕虜たちに拉致される事件までありました」
美咲さんが驚いた顔で僕を見た。
「収容所長が捕虜に拉致されたんですか」
「はい。ドッドという米軍の准将でした。捕虜たちとの話し合いに向かった際、捕らえられたそうです」
「そんなことまで起きたのなら、補給廠も安全ではなかったでしょうね」
「収容所の中で暴動が起きたなら、補給業務を担当しているからといって、無関係ではいられなかったはずです」
祖父は前線から後方の倉庫へ移された。
そして再び、さらに後方にあるはずの捕虜収容所の補給廠へ送られた。
前線からは、ずっと遠ざかっていた。
だが、危険まで遠ざかっていたわけではなかった。
むしろ祖父が向かった場所で、別の危険が少しずつ膨らみ始めていた。




