第81話 満洲国の遺産
朴正熙。
満洲国の軍官学校と日本陸軍士官学校で教育を受けた軍人。
解放後は韓国軍に入り、朝鮮戦争が起きる前には陸軍本部情報局で北朝鮮軍の動きを分析していた。
政局の混乱が続いていた一九六一年。
彼は軍事クーデターによって権力を掌握した。
その後、自ら軍服を脱いで民間人となり、直接選挙に出馬した。
国民の選択を受けて大韓民国第五代大統領となり、その後、第九代大統領まで在任した。
一九六五年には、日本との国交正常化を推進した。
国家主導の経済開発と産業化を押し進め、韓国社会の姿を大きく変えた。
一九七〇年代半ばには、韓国独自の核兵器開発を進めた。
一九七九年十月二十六日。
朴正熙は、大統領在任中に暗殺された。
◆◆◆
僕は画面に出た朴正熙の略歴を、美咲さんに見せた。
続けて説明した。
「満洲国の軍官学校を最優秀の成績で卒業し、満洲国皇帝の溥儀から金時計を授けられたという記録もあります。その後、成績優秀者として日本陸軍士官学校へ編入しました」
「そこでも成績はよかったんですか」
「はい。日本陸軍士官学校でも、卒業成績は三位だったとされています」
「つまり、その朴正熙という人が、さっきの報告書作成を主導した人なんですね」
「はい。解放後は韓国軍に入り、戦争が起きる前には陸軍本部情報局で働いていました」
美咲さんは、また画面を見つめた。
「その報告がきちんと受け入れられていたら、韓国の歴史も変わっていたのかもしれませんね」
僕は答えずに待った。
美咲さんはしばらく考えてから、付け加えた。
「佐伯さんの人生も、変わっていたでしょうし」
「そうだったでしょうね。でも、そうなっていたら、前に美咲さんが言っていたように、僕たちがこうしてこの場に一緒にいることもなかったのかもしれません」
美咲さんはすぐには答えなかった。
前に置かれた湯のみを持ち、ほうじ茶を一口飲んだ。
そして湯のみ越しに僕を見て、少し笑った。
「そうですね」
僕もつられて笑った。
「だから、歴史に『もし』はないと言われるのは、そういうことなのかもしれません」
「どうしてですか」
「何か一つを変えると、そのあとに続くあまりにも多くのものが、一緒に変わってしまうからでしょう」
戦争が起きなかったなら。
あるいは、戦争がもう少し遅く起きていたなら。
ほんの小さな違いが一つ生まれるだけで、そのあとに生まれる人も、出会う人も、すべて変わっていたかもしれなかった。
しばらく会話が途切れた。
僕は湯のみの中に残った茶を見つめた。
話題を少し変えることにした。
「大学で法律を勉強していたとき、少し気になったことがありました」
「ハルさんは法学を専攻されていたんですか?」
美咲さんが少し驚いた顔で尋ねた。
「まったくそうは見えませんよね?」
僕が笑って言うと、美咲さんはすぐに首を横に振った。
「いいえ。そういう意味ではありません」
「大丈夫です。今は法律に関わる仕事をしているわけでもありませんから」
僕はスマートフォンを手に取った。
「韓国の法律は、日本の法律と似ている部分が多いです。法律用語も似ていますし、制度の基本的な形も似ているものが多いです」
「日本の影響を受けたからですか」
「そういう部分は大きいでしょうね。ですが、その中で不思議に感じる部分がありました」
「どんなところですか」
「民法の中でも、物権に関する部分です。所有権や不動産に関する権利を扱う部分だと思ってください」
僕は説明を続けた。
「たとえば韓国では、不動産を売買しても、登記を終えてはじめて所有権が移転します」
美咲さんが首をかしげた。
「日本でも、不動産を買ったら登記をするのではないですか」
「実際にはします。ですが、法律上の効力が生じる時点が違うんです」
僕は話す内容を少し整理した。
「日本では、当事者同士が売買に合意すれば、二人の間では所有権が移転したものとされます。登記は、その所有権を第三者に主張するために必要になります」
「韓国は違うんですか」
「韓国では、登記をしなければ、当事者間でも所有権移転の効力は生じません」
美咲さんが湯のみを置いた。
「似ている法律なのに、そういう違いがあったんですね」
「はい。だから、どうしてこういう部分に違いがあるのか気になって、個人的に調べてみたことがあります」
昔勉強した内容をもう一度確認するために、検索窓を開いた。
韓国民法。日本民法。満洲国民法。物権変動。
検索結果が画面に現れた。
僕はいくつかの資料を順番に開いた。
「韓国民法は、日本民法に似ている部分が多いです。ですが、いくつかの重要な部分では、別の法典の影響がより強く残っています」
「別の法典ですか」
僕は画面に出ている名前を見た。
すでに消えた国の名前だった。
「満洲国民法です」
「満洲国ですか」
美咲さんが目を丸くした。
「満洲国の民法制定には、日本人の法律家や官僚が深く関わりました。そして彼らは、日本民法が施行されたあとに見えてきた問題点や、その間に積み上がった判例や学説を、満洲国民法に反映しようとしたようです。その結果、不動産の物権変動のように、日本民法とは違う規定も作られました」
美咲さんは、興味深そうに僕の話を聞いていた。
「どうしてそうしたのだと思いますか」
僕の問いに、美咲さんは少し考えてから答えた。
「すでに施行されている民法を、日本で大きく変えるのは難しかったからですか」
「はい。そうです。それに対して、新しく作られた国だった満洲国は、新しい法制度を適用しやすい場所だったのでしょう」
「不思議ですね」
美咲さんは前に置かれたお茶を飲みきりながらも、僕の話から視線を離さなかった。
「満洲国で作られた制度や法律は、終戦とともに消えました。ですが、そこでそうした制度や法律を学んだ人たちは消えませんでした」
僕は検索結果を見せた。
大同学院。
「大同学院ですか」
「満洲国の行政官僚を養成する機関でした。一般的な大学というより、満洲国を運営する官僚たちを教育し、再教育する機関に近かったようです。政治や行政、法律、経済といった、国家運営に必要な内容を教えていました」
満洲国は、新しく作られた国家だった。
法律を作り、税を集め、産業を育て、国家が定めた計画を地方にまで実行する官僚が必要だった。
大同学院は、そうした人材を育てるための機関だった。
「当時、満洲で進路を見つけた朝鮮人の若者たちの中には、軍人ではなく、行政官僚としての教育を受けた人もいました。その一人が崔圭夏でした」
僕は崔圭夏の略歴を探し、美咲さんに見せた。
「崔圭夏は大同学院で政治と行政を学びました。解放後は、韓国の外交官と行政官僚になりました」
「その後は、どうなったんですか」
「朴正熙政権で外務部長官と国務総理を務めました。そして朴正熙が亡くなったあと、大韓民国第十代大統領になりました」
美咲さんの目が少し大きくなった。
「満洲国で教育を受けた軍人だけでなく、行政官僚まで韓国の大統領になったんですか」
「そうです」
もちろん崔圭夏は、その後の出来事によって、大統領職を長く務めることはできなかった。
けれど今、そこまで説明する必要はないように思えた。
朴正熙は満洲国の軍官学校で軍事教育を受けた。
崔圭夏は大同学院で行政官僚としての教育を受けた。
学んだ分野は違っていたが、二人とも満洲国という国家の制度の中で教育を受けていた。
そして満洲国が消えたあとには、韓国という新しい国家の中心に立った。




