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第79話 お前を乱暴に扱うなという指示があった

僕は次の画面へ指を動かした。


次の手帳の紙片にも、営倉の中の話が続いていた。


美咲さんが少し身を乗り出した。


僕は画面を拡大した。


「営倉に入ると、厳しく扱われると聞いていた。


しごかれたり、殴られたりすることもあると聞いていた。


一日目が過ぎた。


誰も私を殴らなかった。


食事と水は、決まった時間に入ってきた。


それ以外には、誰も話しかけてこなかった。


だが、簡単には眠れなかった。」


僕は次の部分へ画面を下げた。


手帳の文字は、相変わらず短かった。


「二日目にも、何も起きなかった。


そうして数日が過ぎた。


時間はわからなかった。


朝と夜に入ってくる食事で、日を数えた。」


僕は画面から目を離せなかった。


殴られなかったという事実だけを見れば、幸いだったと思うこともできた。


けれど、いつ何が起きるかわからないまま狭い場所に閉じ込められていることも、苦痛だったはずだ。


むしろ何も起きなかったからこそ、祖父はさらに不安だったのかもしれない。


美咲さんが低く言った。


「ずっと営倉にいたんですね」


僕はうなずいた。


「でも、ずっと緊張していたはずです。夜に来た先任者が、死ぬかもしれないと言っていましたから」


美咲さんは口を閉じた。


僕は次の文を読んだ。


「五日目だったのか、六日目だったのかはわからない。


水を持ってきた兵士に尋ねた。


なぜ誰も私に手を出さないのか、と。


彼は私を見た。


そして扉の外を一度うかがった。


お前を乱暴に扱うなという指示があった。


彼は低い声で言った。


誰の指示かと尋ねた。


彼は知らないと言った。


上からの指示だ、とだけ言った。」


僕はその文をもう一度読んだ。


「誰かが、お祖父さまを守っていたのでしょうか」


手帳の内容だけではわからなかった。


僕は続けて記録を確認した。


「一週間ほど経ったと思う。


扉が開いた。


外へ出ろと言われた。


私は営倉から出された。


理由を尋ねた。


誰も答えなかった。


私はまた倉庫へ戻った。」


美咲さんが小さく息を吐いた。


「出られてよかったです」


「そうですね」


次の手帳の紙片には、倉庫に戻ったあとのことが書かれていた。


「私を訪ねてきた先任者の姿はなかった。


どこへ行ったのかと尋ねたが、誰も答えなかった。


倉庫の空気が変わっていた。


口数の少ない者が多かった。


数日後、帳簿をもう一度提出しろという指示が下った。


私が最初に作成した帳簿も残っていた。


その帳簿と、あとで直された帳簿を一緒に持っていったと聞いた。


民間人たちと一緒に物を運んでいた部隊の者たちのうち、何人かが捕まったという話もあった。」


「不正が明るみに出たのでしょうか」


美咲さんが期待するように尋ねた。


僕は続けて手帳の内容を読んでいった。


「近いうちに大規模な査察が入ると言われた。


そのせいで、私のいた部隊は落ち着かなかった。」


「査察ですか? そのおかげで佐伯さんが出られたのでしょうか」


「そうかもしれません。査察が始まることになって、祖父に濡れ衣を着せた人たちが先に引いたのかもしれませんし」


僕は画面をもう一度見た。


「あるいは、誰かが祖父を助けようとして動いたのかもしれません」


僕は下の記録を確認した。


「祖父も、今の僕たちと同じ疑問を持っていたようです」


最後には、こう書かれていた。


「私が営倉から出されたのは、誰かが上に働きかけてくれたからだろうか。


まもなく始まる査察のためだったのだろうか。


偶然、運がよかったのだろうか。


わからなかった。


だが、私にとっては幸いなことだった。」


僕がじっとその文を見ていると、美咲さんが尋ねた。


「当時、後方の補給不正はそんなによくあることだったんですか」


僕はすぐには答えられなかった。


朝鮮戦争のとき、後方で不正があったことは知っていた。


けれど祖父の手帳を読むまでは、それについて具体的に考えたことはなかった。


僕は検索窓を開いた。


朝鮮戦争 後方 補給不正、軍需品横領。


いくつかの検索結果を下へ送っていると、一つの事件名を見つけた。


「国民防衛軍事件というものがあります」


「国民防衛軍ですか」


「朝鮮戦争の際、多くの青年を動員して編成された後方部隊です。中共軍が南へ下ってきていた時期に、急いで作られました」


僕は画面に出てきた内容を、ゆっくり読んだ。


「ところが、人を集めるだけ集めて、移動や宿泊、食事の準備がきちんとできていませんでした。食糧や被服も十分には支給されませんでした」


「戦闘に投入される前に、問題が起きたんですか」


「はい。多くの人が、前線へ行く前に飢えたり、病気になったりしました。最初からあまりにも多くの人を集めたのに、それだけの人員を管理する行政体制が整っていなかったのです」


僕は考えを整理してから、もう一度言った。


「大規模な人員の移動と補給を経験したことのない人たちが、急に将校になって、巨大な組織を任されたことも一因だったようです」


僕は次の文を読んで、付け加えた。


「ですが、経験が足りなかったというだけでは説明できません。予算を横領したり、物資を故意に横流ししたりした者もいたからです」


「佐伯さんが経験したことと似たようなことですか」


「そうですね。食糧や補給品を着服したり、横流ししたりした人たちがいました。組織そのものの準備不足に、腐敗まで重なったのです」


事件が明るみに出たあとには、大がかりな調査と処罰も続いた。


美咲さんはしばらく何も言わなかった。


僕は画面を少し下へ送った。


「祖父が経験したことが、国民防衛軍事件と直接つながっていたのかはわかりません。似た時期に、別の後方部隊で起きた補給不正だった可能性もありますし」


僕は手帳に書かれていた帳簿の話を思い出した。


「ただ、物資を横流しして帳簿を直そうとした構造は、似ているように見えます」


美咲さんが静かに言った。


「前線より安全な場所へ移ったと思っていたのに。規則どおりに物資を管理しようとしただけで、営倉に入れられたんですね」


「弾が飛んでくる場所だけが前線ではなかったのだと思います。兵士たちに届くはずの物を守る場所でも、祖父は戦わなければならなかったのですから」


「そうですね」


「これは何でしょう」


手帳と一緒に送られてきた次の資料を開いた。


けれどスキャンの状態がよくなく、文字がつぶれていた。


美咲さんも画面を拡大してみたが、結局首を横に振った。


「何か領収書のようには見えますけど」


「もう一度スキャンしてもらったほうがよさそうです」


「では、今日確認できる資料はここまでですね」


美咲さんがノートパソコンの画面を静かに閉じた。


「お腹は空いていませんか」


その言葉で、僕は遅れて時間を確認した。


昼時をかなり過ぎていた。


「食べてほしいものがあります」


僕は彼女と一緒に外へ出た。


今回も、美咲さんの運転する車に乗った。


僕たちは鞆の海辺を離れ、内陸のほうへ向かった。


窓の外から海が消えた。


代わりに、低い山と田んぼ、道に沿って続く古い家々が見え始めた。


海沿いの風の代わりに、日差しに温められた土の匂いが、窓の隙間から少しずつ入ってきた。


「どこへ行くんですか」


「府中です。少し遠いんですけど、ここまで来たんですから、一度は食べてほしくて。旅行なんですから」


彼女の言葉に、僕は笑みを浮かべた。


そういえば、これは日本旅行でもあった。


調査をしていると、そのことをときどき忘れてしまう。


「何を食べるんですか」


美咲さんが少し笑った。


「着いたらわかります」


しばらくして、車が小さな店の前で止まった。


看板には、筆で書いたような文字があった。


備後府中焼き。


僕はその文字をゆっくり読んだ。


「備後府中焼き?」


店の扉を開けると、鉄板の熱気とソースの匂いが一気に押し寄せてきた。


中は広くなかった。


長い鉄板に向かって椅子が並び、壁際には四人が座れる小さな鉄板テーブルがいくつかあった。


奥では、店主が両手に大きなヘラを持っていた。


ヘラが鉄板に触れるたび、金属同士が短くぶつかる音がした。


焼ける音と、ソースが焼ける匂いが店内を満たしていた。


美咲さんは鉄板の前の席を指した。


「ここで大丈夫ですか」


「はい」


僕たちが座ると、店主が注文を聞いた。


美咲さんが僕を見た。


「麺はそばでいいですか」


「そばですか」


僕が少し戸惑うと、美咲さんが鉄板の上の麺を指した。


「蕎麦ではなく、ここでは中華麺のことをそばと呼ぶんです。うどんにもできますよ」


「では、そばでお願いします」


美咲さんが二つ注文した。


店主は鉄板の上に、生地を薄く広げた。


丸い生地の上に、細く切ったキャベツが高く積まれた。


その上に麺がのせられ、ひき肉が散らされた。


最初は、それぞれがばらばらに見えた。


けれど店主が大きなヘラでそれを押し、ひっくり返すと、キャベツの高さが少しずつ低くなっていった。


肉から出た脂が、鉄板の上へ広がった。


麺の端がその脂に触れ、小さな音を立てた。


さっきよりも、焼ける音がはっきり聞こえた。


僕は鉄板から目を離せなかった。


「広島のお好み焼きとは違うんですか」


「少し違います」


美咲さんも調理されていく様子を見ながら言った。


「広島のほうでは、普通は薄切りの豚肉をのせるでしょう。府中焼きは、ひき肉を使うのが特徴なんです」


「それで、脂がこんなふうに広がるんですか」


「はい。その脂で、麺と外側がカリッと焼けます。それから、普通はもやしも入れません」


僕は鉄板の上をもう一度見た。


店主は形が崩れないように、両側からヘラを差し込んだ。


そして、もう一度押さえた。


表面が鉄板に触れ、ぱりっとした音を立てた。


「府中では、昔からこうやって食べてきたそうです」


美咲さんが言った。


「お店ごとに作り方や入れる肉は少しずつ違いますけど、外はカリッとして、中は柔らかいのが特徴です」


「説明を聞いたら、さらにお腹が空いてきました」


僕の言葉に、美咲さんが笑った。


「もう少し待ってください」


しばらくして、店主が上にソースを塗った。


熱い鉄板の上で、ソースが煮立ち、小さな泡を作った。


青のりが振られ、最後に刻んだ青ねぎがのせられた。


店主は完成した府中焼きを、僕たちの前へ滑らせた。


「熱いので気をつけてください」


美咲さんが言った。


鉄板の横には、小さな金属のヘラが置かれていた。


僕はそれを手に取った。


「これでそのまま食べるんですか」


「お皿に取っても大丈夫です」


美咲さんは慣れた様子で、小さなヘラで端を切った。


「でも、少しずつ切って食べると、最後まで温かいですよ」


僕も美咲さんにならって、端にヘラを入れた。


外側は思ったより硬かった。


ヘラの先が入るとき、薄くてぱりっとした感触が手に伝わった。


けれど中のキャベツは柔らかく火が通っていて、切れ目から湯気が上がった。


僕は小さな一切れをヘラの上にのせた。


口に入れようとして、美咲さんの言葉を思い出し、少し冷ました。


それでも熱かった。


僕は慌てて口を閉じ、息を吐いた。


美咲さんが笑いをこらえるように、口元に手を当てた。


「熱いって言いましたよね」


「気をつけたんです」


「そうは見えませんでした」


僕は答えず、ゆっくり噛んだ。


まずソースの濃い味が広がり、そのあとから、ひき肉の脂と麺のぱりっとした食感が追いかけてきた。


外側は揚げたように焼けていたが、中のキャベツには水分が残っていた。


噛むほどに、キャベツの甘みがソースの味のあいだから少しずつ感じられた。


「どうですか」


「思っていたより、食感がかなり違います」


「カリッとしているでしょう」


「はい。でも中は柔らかいですね」


美咲さんが満足そうにうなずいた。


「それが府中焼きです」


僕はまた端を切った。


今度はもう少し小さく切り、十分に冷ましてから食べた。


鉄板に触れていた麺は端が少し固くなっていて、その部分を過ぎると柔らかいキャベツが出てきた。


同じ一切れの中でも、食感が違っていた。


僕はしばらく、手帳の話をしなかった。


美咲さんも、あえて話を出さなかった。


ヘラが鉄板に触れる音。


別のテーブルから聞こえる低い会話。


ソースの匂いと鉄板の熱気。


そんな音や匂いの中にいると、久しぶりにきちんとした食事をしているような気がした。


「たくさん食べてください」


美咲さんが言った。


「はい」


僕はまたヘラを持った。


するとふと、祖父の帳簿が浮かんだ。


帳簿から缶詰一箱が消えれば、それは数字一行で終わることではない。


その分、誰かが食べられなくなる。


毛布一枚が消えれば、誰かが寒さの中でそれを受け取れなくなる。


僕は温かい府中焼きをもう一切れ切った。


おいしかった。


「補給は、本当に大事なんですね。軍人も食べなければ戦えませんから」


「そうですね。今、私たちがこうして食べて、力をつけられるのと同じですね」


「ありがとうございます。おかげで、本当においしいものを食べられました」


「佐伯さんが無事に営倉を出られて、本当によかったです」


「そうですね」


美咲さんはしばらく、鉄板の上を見ていた。


「もしそうでなかったら、ハルさんが今ここにいなかったかもしれませんから」


僕は答えられなかった。


祖父が生き残ったから、僕はこの席にいた。


そして美咲さんと向かい合って座っていた。


美咲さんは自分のコップに水を注いだあと、僕のコップにも水を注いでくれた。


「ありがとうございます」


僕は彼女が水を注いでくれたコップを手に取った。


その言葉は、水を注いでもらったことだけへの感謝ではなかった。


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