第76話 動きを止めた者から凍っていった
僕はしばらく画面を見つめていた。
長津湖。
手帳の中の祖父は、そこに着いていた。
僕は次の画像を開いた。
今回の文字は、前の文字より少し震えていた。
線は相変わらず太かったが、行が一定ではなかった。
手が凍えていたからだろうか。
僕はそんなことを考えながら、最初の行を読んだ。
手帳には、こう書かれていた。
「一人の米軍兵士が笑いながら、上半身裸になった。
濃い胸毛が見えた。
このくらいの寒さは大丈夫だと言った。
夜になると、さらに寒くなった。
息をすると、鼻の奥が痛かった。
缶の中の食べ物は、石のように固まった。
火の近くに置いても、外側だけが少し解け、中は硬かった。
日が昇った。
その人は見えなかった。
誰かが、彼は凍え死んだと言った。
私は米軍兵士たちより体は小さかったが、寒さには私のほうが耐えられた。
だが、それにも限界が来た。
これからは、ずっと動いていなければならなかった。
動きを止めた者から凍っていった。」
僕はその文で手を止めた。
「動きを止めた者から凍っていった……」
美咲さんも画面から目を離さなかった。
僕は検索窓を開いた。
長津湖の戦いに関する米軍の記録を探した。
いくつか検索語を入れると、複数の記録が出てきた。
僕はページを日本語に変換した。
検索結果には、似たような言葉が繰り返されていた。
凍傷。低体温症。脱水。凍りついた食糧。動かない武器。
僕は静かに言った。
「毛深い米軍兵士たちのほうが、体毛の少ない東アジアの人たちより寒さに弱かった、という評価もあります。もちろん、防寒の準備や、さまざまな状況も重なっていたのでしょうけど」
カフェの中は暖かかった。
けれど画面の中の文を読んでいると、指先が冷たくなっていくような気がした。
僕は次の行へ進んだ。
「地面も凍った。
シャベルがうまく入らなかった。
米軍兵士たちが穴を掘ろうとした。
長い時間掘っても、少ししか掘れなかった。
誰かが地面に悪態をついた。
だが、地面は答えなかった。
銃も凍った。
引き金を引いても動かない銃があった。」
「銃まで……」
美咲さんがつぶやいた。
僕は検索結果の別の部分を見せた。
「祖父の描写と、ほとんど一致しています」
酷寒のために武器や車両がまともに動かなかったという説明。
凍りついた地面のために、塹壕を掘るのが難しかったという説明。
凍傷で戦闘ができなくなった兵士が多かったという説明。
美咲さんは、ゆっくり画面を読んだ。
「寒さそのものが、敵だったみたいですね」
「はい」
僕はうなずいた。
「中共軍も敵で、寒さも敵だったのでしょう」
僕はまた手帳へ視線を戻した。
「夜になると、山から音がした。
ラッパの音と、笛の音だった。
銅鑼のような音も聞こえた。
そのあと、黒い点が雪の上で動いた。
米軍兵士たちは砲を撃った。
機関銃を撃った。
空からも火が降ってきた。
火の光が山をなぞって過ぎると、雪の上に倒れた人々が見えた。
それでもまた、人々が下りてきた。
米軍兵士たちはまた撃った。
砲を撃ち、また砲を撃った。
弾薬と砲弾の在庫は、瞬く間に減っていった。
その日、私は戦争が何で動いているのかを見た。
人と弾薬だった。
そして砲だった。
さらに多くの砲だった。」
僕はその文をもう一度読んだ。
人と弾薬。
そして砲。
手帳の中の祖父は、戦闘兵ではなかった。
けれど補給兵だったからこそ、よく見えるものもあったのだろう。
僕は次の画像を開いた。
「空から箱が落ちてきた。
パラシュートが雪の上に開いた。
箱の中には、弾薬と食糧があった。
壊れている箱もあった。
雪の中に埋まって、探しにくい箱もあった。
それでも米軍兵士たちは、それを拾ってきた。
私は帳簿をつけた。
入ってきた箱と、出ていった箱。
だが、帳簿に書けないものもあった。
それは、戦闘の中で消えた者たちの命だった。」
美咲さんは何も言わなかった。
僕は画面を少しスクロールした。
手帳は続いていた。
「ある日、キャンディの箱が来た。
米軍兵士たちは最初、笑った。
笑って、それからすぐに懐へ入れた。
食糧は凍っていたが、そのキャンディは口に入れると少しずつ柔らかくなった。
もしかすると、どんな補給品より役に立ったのかもしれない。
戦場では、奇妙なものが人を生かした。」
僕はその部分を見て、検索結果を思い出した。
「たぶん、トッツィーロールの話だと思います。さっき検索で見た、あの話です」
僕はもう一度、その話を説明した。
「長津湖の戦いで有名な逸話があります。弾薬を意味する暗号が誤って伝わり、キャンディが補給品として投下されたという話です。けれど、厳しい寒さの中で、そのキャンディが実際に役に立ったそうです」
美咲さんは画面を見た。
「間違って届いたキャンディが……兵士たちを助けたんですね」
「はい」
僕はうなずいた。
僕はまた手帳を読んだ。
文字が少し乱れていた。
僕はゆっくり読んだ。
「一度、道端で米軍兵士が私を止めた。
銃口が私の胸へ向いた。
彼は早口で言った。
私は聞き取れなかった。
中共軍かと聞いているようだった。
そのとき、向こう側にいた米軍兵士が走ってきた。
彼は私を指して言った。
PFC Kim.
Our Kim.
正確な言葉は聞き取れなかった。
だが、その言葉が私を救った。
それから私は、もう一人では歩かなくなった。」
美咲さんが低く言った。
「顔だけでは……見分けられなかったのでしょうね」
「そうだったと思います」
僕はうなずいた。
「包囲された状況ですから。米軍の立場では、東アジア系の兵士が突然目の前に現れたら、疑うしかなかったのでしょう」
僕は次の行を読んだ。
「道端に中共軍の兵士がいた。
最初は捕虜だと思った。
近くへ行ってから、死んだ人だとわかった。
彼は雪の中で固まっていた。
眉と口元が白く凍っていた。
若く見えた。
夜には、そういう人たちがずっと下りてきた。
倒れても、後ろからまた下りてきた。
彼らを送った者たちは、人の命を惜しまないように見えた。」
僕はそこで少し止まった。
検索窓に別の言葉を入れた。
人海戦術。中共軍。長津湖。
検索結果には、いくつもの説明が出てきた。
僕はそれを読んでから言った。
「韓国では、中共軍のこうした攻撃をよく人海戦術と呼びます。多数の人間を押し込む戦術、という意味です」
美咲さんは静かに尋ねた。
「本当に、ただ人を送り続けたんですか」
「単純に、人だけを何も考えずに送ったわけではなかったと思います。夜、山、迂回、浸透、数の優位を組み合わせたやり方に近かったのだと思います」
僕は画面の中の手帳の文をもう一度見た。
彼らを送った者たちは、人の命を惜しまないように見えた。
「防御する側からすれば、人の命を惜しまずに使う戦術に見えたのでしょう」
美咲さんは答えなかった。
僕は最後の部分を読んだ。
「夜が明けると、雪の上は静かだった。
夜に下りてきた人たちは動かなかった。
米軍兵士たちにも、動かない人がいた。
私は補給箱を数えた。
弾薬と砲弾と食糧と燃料。
だんだん底を突きかけていた。」
手帳はそこで途切れていた。
僕はしばらく何も言えなかった。
前線より安全な場所。
祖父はそう思って後方へ行った。
けれど長津湖は、後方ではなかった。
朝鮮戦争でもっとも激しい戦場の一つだった。
そのとき、美咲さんが尋ねた。
「長津湖の戦いは、どうなったんですか」
「米軍は包囲網を突破し、撤退に成功します。全滅はせず、中共軍に大きな損害を与えながら脱出しました」
「では、米軍が勝ったんですか」
「戦術的には、そう見ることもできます。けれど中共軍は国連軍の北進を止め、結局は後退させました。だから、誰が勝ったのかは、見る立場によって変わります」
美咲さんはしばらく考え込んだ。
「その戦いが……韓国軍にも影響を与えたんですか」
「はい。この経験は、のちに韓国軍が火力と装備を重視するようになる記憶の一つとして残ります」
僕は祖父が残した言葉を、今の言葉でもう一度読み直した。
火力。
そして、さらに多くの火力。




