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第72話 二つの軍隊が重なっていた

「僕が確認します」


僕はそう言って、もう一度マウスを動かした。


美咲さんは静かにうなずいた。


「はい」


画像が開いた。


僕は画面を拡大した。


最初は、ほかの手帳の紙片と似ているように見えた。


ぼやけた紙と、ところどころにじんだ文字、そして古いインクの跡。


けれど数行を追っていくと、すぐに感じが違うとわかった。


これまでの記録は短かった。


日付のように途切れ、報告のように続き、感情はほとんど書かれていなかった。


だが、この文章は違った。


文が長かった。


僕はもう一度、画面を拡大した。


冒頭の数文は、これまでの手帳と同じように短かった。


けれどそのあとから、少しずつ文の呼吸が長くなっていた。


冒頭には、こう書かれていた。


「崔上等兵について書く。


これは、彼が残した足跡を残しておくための文章だ。


私は彼に何もしてやれなかった。


だからこの文章は、私が彼に捧げることのできる小さな献花だ。


崔上等兵は、数日前に私たちの小隊へ新しく来た人だった。


彼はあまり話さなかった。


無愛想で、笑った顔もほとんど見えなかった。


初めて見たときから、彼は生まれつきの軍人のように感じられた。」


僕はそこで、しばらく目を止めた。


小さな献花。


その表現は、これまでの手帳とは違っていた。


それまでの祖父は、死も、飢えも、恐怖も、短く書いていた。


そんな人が、誰かのためにこういう表現を残した。


その事実だけでも、崔上等兵という人が祖父にとってどんな意味を持っていたのか、少しわかる気がした。


僕はまた文章を追った。


「崔上等兵は来るとすぐ、兵士たちを集めた。


彼は無駄なことを言わなかった。


必要なことだけを言った。


だが、その言葉は硬かった。


声も低く、目つきも冷たかった。


一等兵たちのあいだでは、すぐに噂が回った。


厳しい人が来たと言った。


面倒な人が来たと言う者もいた。


私は何も言わなかった。


まだ彼がどんな人なのか、わからなかったからだ。」


「最初は、あまり歓迎されていなかったようですね」


美咲さんが言った。


「そうだったのだと思います」


僕はうなずいた。


「新しく来た上の人が、来てすぐに規律を締めようとすれば、下の人間は普通、緊張します。まして戦闘中なら、なおさらでしょう」


手帳の次の部分は、少しぼやけていた。


僕は画面をもう一度拡大した。


「問題は、彼の言葉だった。


崔上等兵は方言が強かった。


私はそれがどこの地方の言葉なのか、聞き分けられなかった。


ほかの一等兵たちが、後ろでひそひそ話しているのを聞いた。


方言が聞き取りにくい、という話だった。


崔上等兵はそれを聞いたのか、聞いていないふりをした。


だが、彼も問題に気づいているように見えた。」


「言葉がうまく通じないと困りますよね。特に軍隊では」


僕は続きの内容を確認した。


「その日の午後、崔上等兵は集まっていた一等兵たちをもう一度呼んだ。


そして突然、日本語で話した。


私は驚いた。


ほかの一等兵たちも驚いた顔をした。


だが、すぐにもっと不思議なことが起きた。


彼らのほとんどは、日本語をある程度聞き取ることができた。


崔上等兵は私たちを一人ずつ見ながら、日本語で話しかけた。


一人ずつ答え、私も答えた。


そうして一等兵たちとの会話を終えたあと、


崔上等兵は私を指した。


お前がいちばん日本語がうまい。


お前、俺の補佐をしろ。


そのときから、私は彼の言葉を伝える人間になった。」


美咲さんは画面から目を離せなかった。


「日本語で、ですか」


「はい」


僕は小さく答えた。


「あの時代の人たちにとっては、奇妙でありながら、奇妙ではないことだったのだと思います」


彼らにとって、日本語は母語ではなかったのかもしれない。


けれど戦場の真ん中では、かえって互いの言葉をつなぐ共通語になった。


僕はまた手帳を見た。


「崔上等兵は日本語で指示した。


私はその言葉を、もう一度一等兵たちに伝えた。


一等兵たちは、それぞれ自分の下にいる新兵たちに韓国語で伝えた。


そうして命令が下っていった。


どこを掘らなければならないのか。


どちら側を空けてはいけないのか。


誰が弾薬を運ばなければならないのか。


誰が水を取りに行かなければならないのか。


崔上等兵は長く話さなかった。


必要なことだけを言った。


だが不思議なことに、彼の言うとおりにすると小隊は動いた。」


僕はその文を読みながら、前に読んだ手帳の最後の文を思い出した。


私と長い話をした人だった。


その長い話がどう始まったのか、少しずつ見えてきた。


「私は突然、崔上等兵の補佐になった。


ほかの一等兵たちは、安心した顔をした。


面倒な役目を引き受けずに済むと思ったようだった。


私は安心することもできず、嫌だと言うこともできなかった。


ただ、崔上等兵のそばにいた。


不思議なことに、彼のそばにいるほうが少し楽だった。


彼は私に韓国語を強要しなかった。


私たち二人は、日本語だけで話した。」


僕はその部分で手を止めた。


祖父と崔上等兵。


二人は韓国軍の軍服を着ていた。


けれど二人のあいだで交わされた言葉は、日本語だった。


日本軍の服は軍嚢の中に入っていて、日本語はまだ口の中に残っていた。


僕はその光景を、簡単には想像できなかった。


けれど不思議と、わかるような気もした。


「ハルさん」


美咲さんが静かに呼んだ。


「はい」


「この人も……日本と関係があったのでしょうか」


「おそらく、そうだったのだと思います」


僕は画面の次の部分を指した。


その答えは、すぐに手帳の中に出てきた。


「あとで聞いた話だが、崔上等兵は日本陸軍にいた。


朝鮮人志願兵として入ったと言った。


南方戦線で戦ったと言った。


彼は詳しくは話さなかった。


どの島だったのか、どの部隊だったのか、私は最後まで知らなかった。


ただ、そこは暑く、湿っていて、人が簡単に死ぬ場所だったと言った。


彼は終戦のとき、日本陸軍で兵長まで上がっていたと言った。」


「朝鮮の人たちも、日本陸軍にいたんですか」


美咲さんが不思議そうに尋ねた。


僕はうなずいた。


「いました。当時の朝鮮は、日本の植民地でしたから。志願兵として入った人もいましたし、あとには徴兵された人もいました」


美咲さんは黙って画面を見ていた。


僕は少し迷ってから、検索窓を開いた。


今度は、現代の資料を確認する必要がある気がした。


「韓国軍の初期についても、確認してみます」


「韓国軍の初期、ですか」


「はい」


僕は検索語を入力した。


しばらくして、検索結果が画面に現れた。


僕はいくつかの名前をゆっくり確認した。


「韓国軍の初期には、日本軍や満洲国軍の出身者が多くいました」


僕は美咲さんに、画面を少し向けて見せた。


「日本の陸軍士官学校を出た人もいましたし、満洲国の軍官学校を出た人もいました」


検索結果の中に、名前が続いていた。


初代陸軍参謀総長、李應俊。


日本陸軍士官学校出身。


朝鮮戦争勃発当時、陸軍総参謀長だった蔡秉徳。


日本陸軍士官学校出身。


白善燁。


満洲国の軍官学校を出て、満洲国軍の将校として勤務し、朝鮮戦争では第一師団長として多富洞の戦いを勝利に導いた人物。


「多富洞の戦いを……勝利に導いた人ですか」


美咲さんが小さく言った。


「はい」


僕はうなずいた。


「今、僕たちが読んでいるその戦いです」


美咲さんはしばらく何も言えなかった。


彼女の目が、検索結果と手帳のあいだを行き来した。


「日本軍や満洲国軍の出身者が……そんなに多かったんですか」


「まだ、何もない国だったからです」


僕はゆっくり言った。


「解放されてから、それほど時間が経っていない国でした。軍隊を作る人も、軍隊を教える人も足りませんでした。だから結局、日本で軍事教育を受けた人たちが、新しい国の軍隊を作っていったのです」


言いながら、僕は少し不思議な気持ちになった。


日本から離れた国。


けれど、その国の軍隊を作った人たちの中には、日本軍と満洲国軍のやり方で訓練を受けた人たちがいた。


解放はされた。


けれど、すべてが一瞬で消えたわけではなかった。


軍服は変わり、国旗も変わった。


だが、人の体に残った訓練と言葉、階級と習慣は、簡単には消えなかった。


僕はまた手帳の文字を見た。


「崔上等兵は、韓国軍の上等兵だった。


しかし彼は、日本陸軍の兵長でもあった。


彼は韓国軍の軍服を着ていたが、歩き方と話し方と命令の出し方には、日本軍で学んだものが残っていた。


その事実が不思議だった。


だがそのときは、不思議だと言う余裕がなかった。


私たちには次の命令が必要で、誰かがその命令を、みんなにわかる言葉にしなければならなかった。」


僕は最後の文で目を止めた。


誰かがその命令を、みんなにわかる言葉にしなければならなかった。


それが祖父の役目だった。


日本軍の服を軍嚢に入れたまま、韓国軍の新しい軍服を着た人。


そんな人が、日本陸軍の兵長だった韓国軍の上等兵のそばで、日本語で命令を伝えていた。


「とても奇妙ですね。二つの軍隊が、同じ場所に重なっているみたいです」


美咲さんが小さく言った。


「はい」


僕は答えた。


手帳の文は、まだ続いていた。


けれど、僕はすぐに次の行へ進めなかった。


僕たちはもう知っていた。


その人が数日後、対戦車地雷を持って戦車の前へ出ていったことを。


そして、戻ってこなかったことを。


「いったい何が、その人にあんな行動をさせたのでしょう」


美咲さんの問いに、僕は答えた。


「その答えが、ここにあるのかもしれません」


僕はマウスを押した。


画面が開いた。


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