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第70話 新しい軍服が重く感じられた

テーブルの上に置かれた袋を、僕はしばらく見つめていた。


乾パン。


本当に久しぶりに見るものだった。


美咲さんは袋に触れないまま、カウンターのほうを見た。


「少し、聞いてきますね」


美咲さんは席を立ち、カウンターへ向かった。


僕は、彼女が店の人に慎重に話しかける様子を見ていた。


少しして、美咲さんは頭を下げて戻ってきた。


「大丈夫だそうです」


「よかったです」


「では、飲み物は何にされますか。私はカフェモカにします」


僕はアイスアメリカーノを頼もうとして、少し迷った。


そして結局、同じものを注文した。


乾パンを食べるなら、少し甘さが必要かもしれないと思った。


飲み物が出てから、美咲さんはようやく袋を開けた。


ビニールがかさりと小さく鳴った。


中には、小さくて硬そうな乾パンが入っていた。


美咲さんはその一つを、手のひらの上にのせた。


「名前は知っていたんですけど、食べるのは初めてです」


「僕も除隊してからは、ほとんど食べたことがありません」


僕は乾パンを一つつまんだ。


指先に触れる感触は、相変わらず硬かった。


口に入れて噛むと、音がした。


かりっとした歯ざわりと乾いた感じが、一緒に来た。


美咲さんも、慎重に一つ噛んだ。


彼女はしばらく何も言わなかった。


「思ったより……喉が渇きますね」


「はい。水やコーヒーなしだと、たくさん食べるのはきついと思います」


僕はカフェモカを一口飲んだ。


その甘さが乾いた乾パンと混ざると、少し変わった味わいに感じられた。


美咲さんもコーヒーと一緒に食べると、ようやく少し食べやすくなったような顔をした。


「思ったよりおいしいですね。軍人が食べるものだと聞いていたので、何の味もしないのかと思っていました」


僕は乾パンを見つめた。


「これを食べたからといって、祖父がいた戦場を知ることはできません。でも、それでも少しは、あの時の感覚を知ろうとしている気持ちにはなります」


「私もです」


しばらく沈黙が流れた。


カフェの中では、いつものように静かな音楽が流れていた。


その音楽と乾パンを噛む音が、妙に合わなかった。


僕はふと思い出したことを口にした。


「韓国軍の乾パンには、ピョルサタンも入っていました」


「ピョルサタン、ですか」


美咲さんが僕を見た。


「韓国語で言うと、星砂糖という意味です。星の形をした小さな砂糖菓子が入った袋が、一緒に入っていました。日本語では……」


僕は少し言葉を止めた。


正確な言葉がすぐには浮かばなかった。


そのとき、美咲さんが慎重に言った。


「もしかして、金平糖のようなものですか」


「はい。たぶん、それのことだと思います」


「乾パンに金平糖ですか」


「乾いた乾パンを食べるとき、少しでも食べやすくするために入れていたと聞いたことがあります。日本軍の乾パンにも、そういう形で入っていたと聞きました。もちろん、僕が軍隊で聞いた話なので、全部正確かどうかはわかりません」


美咲さんは乾パンの袋を見下ろした。


「ここには、ピョルサタンは入っていますか」


美咲さんは、僕の発音をまねるように言った。


僕は乾パンの袋の中をもう一度確認した。


「残念ながら、ないみたいですね」


「今度は、ピョルサタンが入っている乾パンがあるか探してみますね」


僕は彼女の言葉に、少しだけ笑った。


「ありがとうございます。おかげで久しぶりに乾パンを食べられました」


「いえ。どういたしまして」


僕はノートパソコンを手元に引き寄せた。


「今日の記録を見ましょうか」


「はい」


美咲さんは乾パンの袋を、そっと横へ寄せた。


「昨日、母が新しく送ってきたファイルがまたあります」


僕はノートパソコンを開き、母が新しく送ってくれたスキャンデータを先に確認した。


新しく来たファイルは多くなかった。


母が言っていたとおり、数枚だけだった。


けれど、その中にも手帳の紙片は続いていた。


僕は画面を拡大した。


「あれ?」


「どうしました?」


「これは、少し内容が長いですね」


これまでの短い記録とは違って、そこにはまるで随筆のように長い文章が書かれていた。


僕は少し迷ってから、そのファイルはいったん後回しにした。


「まずは順番どおり、昨日読んでいたところから確認しましょう」


「はい。そのほうがよさそうです」


僕は昨日最後に確認した部分を探した。


「ここからですね」


美咲さんが僕の横へ移動した。


彼女が近くに来ると、少し緊張した。


理由はわからなかった。


「大丈夫ですか」


「あ、はい」


僕はもう一度気を取り直した。


「確認します」


画像を拡大した。


文字が見え始めた。


「新しい軍服を受け取った。


緑色の軍服だった。


着ていた軍服は返せと言われた。


けれど、私たちの小隊には、そのあと何も言われなかった。


皆、着ていた軍服を畳んで軍嚢に入れた。


私もそうした。」


美咲さんが画面を見ながら、ゆっくり言った。


「緑色の軍服とありますが、どんなものだったのでしょう」


僕は少し考えて、映画で見た軍服を思い浮かべた。


「たぶん、鮮やかな緑ではなかったと思います。暗い緑、オリーブ色に近い軍服だった可能性が高いです」


「着ていた軍服を返せとも言われたんですね」


「おそらく、物資が足りなかったので回収して、訓練所のようなところで使うつもりだったのかもしれません。ただ、前線では状況があまりにも切迫していたので、一部では返却の手続きのようなものがきちんと行われなかった可能性もあります」


「そうだったのかもしれませんね」


「それに、いざとなれば古い軍服を作業服としても使えますから、返却を確認されないなら、皆そのまま持っていたのだと思います。手帳にも、実際にそうしたと書かれていますし」


「作業服、ですか」


「それは……」


僕はどう説明すればいいのか、少し迷った。


「軍人は、実際には戦闘任務だけに動員されるわけではありません。陣地を補修したり、塹壕を掘ったり、排水路の工事をしたり、いろいろな作業をすることも多いんです。だから僕が韓国軍にいたときも、何着か軍服を支給されましたが、そのうち一着は作業用としてだけ着ていました」


「そうなんですね」


美咲さんは、ある程度理解したような表情をした。


「でも祖父は、単に作業服としてだけ考えて保管していたわけではなさそうです」


もしそうなら、倉庫に最後まで残しておかなかったはずだ。


僕はカフェモカを少し飲んでから、次の画面へ進めた。


「移動しろという命令が下った。


今度は山道ではなかった。


広い道があった。


山と山のあいだを通る道だった。


その道を守れと言われた。


その道が抜かれれば、大邱が危ないと言われた。


新しい軍服が、急に重く感じられた。」


「新しい軍服……」


美咲さんがつぶやいた。


僕も同じだった。


「乾パンもそうですし、新しい軍服も……」


「何かいいものを受け取ると、そのあとにかなり危険なことが起きるように思えます」


「今、佐伯さんがいる場所は、いったいどこなのでしょう」


「正確な位置はわかりませんが、戦車が下ってくる可能性のある道筋を任されたのだと思います。とても重要な地点だったと言えるでしょう。命を懸けてでも守らなければならない、そういう場所です」


そして次の手帳の内容は、その推測につながっていた。


「戦車が来るという話があった。


その話を聞いてから、新兵たちが互いを見た。


私も何も言えなかった。」


美咲さんが小さく息を呑んだ。


「戦車……」


僕はうなずいた。


「歩兵の立場からすれば、戦車は見るだけでも恐怖だったはずです」


「銃では止めにくいんですよね」


「はい。普通の小銃だけでは、ほとんど不可能です。対戦車火器や砲兵、障害物、地形のようなものが必要です。ただ、祖父がいた場所で、それらが十分にそろっていたのかまではわかりません」


「もしそういう装備がなかったり、足りなかったりしたら、どうやって止めるんですか」


「それは……」


僕は、どうしても言葉にできなかった。


歴史には記録が残っていた。


けれど、それを今ここで言うべきなのかと思った。


「ひとまず、続きを見ましょう」


僕は画面をまた進めた。


「道路の脇に、伏せる場所を作った。


土が爪の下に入った。


日が沈みかけていた。


誰も大きな声では話さなかった。


そしてほどなく、地面の振動が感じられ始めた。」


僕はマウスを動かしていた手を止めた。


文はそこで途切れていた。


「振動……戦車が近づいているんですか」


「そうだと思います。おそらく、ここまで手帳にメモをして、戦闘の準備に入ったのかもしれません」


僕は目の前に置かれたカフェモカを一口飲んだ。


戦車を前にした祖父の気持ち。


そして、その周りにいた部隊の人たちの気持ちは、どんなものだったのだろう。


想像できなかった。


僕にできたのは、目の前に置かれていた乾パンを一つ食べることだけだった。


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