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鞆の浦にて、千代子と ――海を渡った写真と、二つの名前――  作者: catseye
第二部 鞆の海を忘れられなかった男
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第48話 別の名前で

「越智ノ件」


「ひとまず、次のスキャン画像へ進めてみます」


次のページが、画面に開かれた。


そのページは、中央が空いていた。


「あれ。さっきと似た位置に書かれていませんか」


ページの右上に、何かが書かれていた。


美咲さんの言葉に、僕は画面の明るさを少し上げた。


そして、写真を指で広げるようにして、さらに大きく拡大した。


「亞里」


「証明」


「確認できるのは、このくらいですね」


そこに書かれているものも、消えて読めない文字がほとんどだった。


僕は画面をゆっくり下へ送った。


日記というには短すぎ、記録というにも個人的すぎた。


必要な言葉だけを、メモのようにいくつか残しておいたものに見えた。


「もう少し拡大できますか」


美咲さんに言われて、僕は慎重に拡大した。


「尾道ヘ、今治方面……そう書いてあるように見えます」


次の画面へ移ると、黒く塗りつぶされた書類のようなものが出てきた。


その上には、越智名義というメモがあった。


「これは……身分を示す証明書のようなものでしょうか」


美咲さんが慎重に尋ねた。


僕は少し迷った。


「まだわかりません。次のページを確認してみましょう」


次の画面へ進んだ。


「ここに挟まれていた書類を、表と裏でスキャンしたもののようです」


僕は画面を慎重に拡大した。


今回も書類の内容はよく見えなかったが、メモは残っていた。


「朝鮮出生」


「内地人女性」


「戸籍写」


「名義使用」


美咲さんが小さく言った。


「朝鮮で生まれた内地人女性……」


「はい」


「その人の戸籍の写しが、使われたということでしょうか」


「ここまで見るかぎり、朝鮮で生まれた内地人女性の戸籍か証明書が、鄭雅利さんを越智亞里という名前で手続きするために使われたように見えます」


僕はもう一度、前の画面を確認した。


「祖父のノートでは、越智亞里という名前でだけ記録されているようです」


「ハルさん」


美咲さんが僕を呼んだ。


「はい」


「この日記と、一冊目のノートの資料を、一つずつ照らし合わせたほうがよさそうです。私たちが見落としているものがあるかもしれません」


美咲さんの言葉に、僕は一冊目のノートのスキャン画像フォルダをもう一度開いた。


ゆっくりページを送っていくうちに、単なる荷物の輸送資料だと思っていた部分にたどり着いた。


「荷物一部別送」


「時計」


「小型箪笥」


「尾道側」


「ここ、一度拡大して見直しましょう」


美咲さんに言われ、僕は画面を大きく拡大した。


美咲さんが隣で、少し身を乗り出した。


「最初に見たときは、ただ荷物を別に送った資料だと思いましたけど、誰の荷物なのかも確認してみましょう。理由もなく、この記録を残していたとは思えません」


「そうですね」


僕は画面の下のほうにある小さな文字を確認した。


最初は、ぼやけた線のようにしか見えなかった。


けれど拡大すると、いくつかの文字が読め始めた。


「整理番号 二十七」


僕は息を止めた。


「二十七」


美咲さんが先に言った。


「越智正雄さんの番号でしたよね」


「はい」


僕は続く行を見た。


「越智正雄」


そして、その横の文字。


「亞里分」


「あ……」


美咲さんの声が、ひどく小さくなった。


僕は画面を見続けた。


下には、さっき見た「荷物一部別送」「時計」「小型箪笥」「尾道側取扱」の文字が続いていた。


「越智正雄さんと、亞里さんの荷物だったんですね」


「人は今治方面へ、荷物は尾道側取扱で」


「荷物は別に送られていますけど、尾道がまったく関係なかったとは思えません」

「人の移動も、そちらにつながっていたのかもしれません」


「もう少し見てみましょう」


僕はさらに下のほうを拡大した。


印が押された部分の横に、とても小さく、商号のような文字が見えた。


「あれ、もう少し拡大してください」


「取扱 尾道港前 山崎回漕店」


美咲さんが、ゆっくり読んだ。


「山崎回漕店」


「荷物を、ここで預かったか、受け渡したということでしょうか」


「そう見えます」


「荷物がどう動いたのか、調べてみるのはどうでしょう」


美咲さんの言葉に、僕はすぐには答えられなかった。


「ハルさん?」


「でも……関係する記録が、まだ残っているでしょうか」


美咲さんはうなずいた。


「残っているかもしれません」


「無駄足になるかもしれません」


「それでも、行ってみましょう」


僕は美咲さんを見た。


美咲さんは画面を見つめたまま、言葉を続けた。


「山崎回漕店という名前が、どこかに残っている可能性はありますよね」


「商号のことですか」


「はい。港湾業者の名簿とか、商工人名簿とか、古い地図とか。その商会がどこにあったのかだけでもわかれば、その荷物がどんな経路で動いたのか、わかるかもしれません」


僕は答えられなかった。


正直に言えば、僕にはあまりにも無謀な調査に思えた。


「それに……」


美咲さんは、少し言葉を止めた。


「その人たちが通った場所を、たどるんです」


「その人たちが通った場所……」


僕は彼女を見た。


美咲さんは静かに笑った。


「その人たちが見た景色を、私も見てみたくなりました」


その言葉に、僕はもう一度画面を見た。


「美咲さん」


「はい」


「行ってみましょう」


「はい」


メモとして残っていた荷物の輸送書類。


それが、僕と美咲さんに次に向かう場所を教えていた。


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