第34話 ゲームや映画ではなく
「それは……どういう意味ですか?」
僕はすぐには答えられなかった。
アイスアメリカーノのカップを一度見た。
それをひと口飲んでから、言葉を続けた。
「僕は、戦争を経験したわけではありません。訓練を受けただけです」
先にそう言っておくべきだと思った。
訓練所の中で、決められた時間に、決められた形で経験したことだけだった。
それでも、その過程が、民間人だった僕をどうやって一人の軍人に変えていったのかは、話さなければならない気がした。
「訓練所には、いろいろな訓練がありました。基本教練もありましたし、行軍もありました。海軍だったので、戦闘水泳もありました」
眠る時間は足りず、体はいつも疲れていた。
けれど、その中でも武器を扱う訓練場は違っていた。
「銃を扱う訓練場に着いた瞬間、それまでの訓練とは違う厳しさを感じました」
少しでも乱れれば、すぐに教官に止められた。
体を強く後ろへ押されたり、足もとを強く叩かれて姿勢を直されたりすることもあった。
そのとき、訓練兵はみんなわかった。
ここは、いい加減に済ませられる場所ではないのだと。
「訓練兵同士で小さく言いました。ここは本当に危ないから、ここまで厳しくするんだろう、と」
美咲さんは、最初は少し身を乗り出すように聞いていた。
聞き慣れない話だったのだと思う。
日本で普通に暮らしてきた人にとって、韓国の男性が経験する軍隊の話は遠いものに感じられるのかもしれなかった。
「最初に僕の手に渡されたのは、M16小銃でした」
「映画やゲームで見るものとは違って、手に持つと重さがありました」
「これは人を殺すことのできるものなのだと思うだけで、手に力が入りました」
美咲さんの表情が、少し静かになった。
僕は続けた。
「ゲームや映画の銃声は、人が聞いていられるように弱く作られた音だったのだとわかりました」
「実際の銃声は、耳で聞く音というより、体に当たるものに近かったです」
「でも訓練が続くうちに、僕はその音や重さに少しずつ慣れていきました」
僕はそこで、少し言葉を止めた。
このことをどう言えばいいのか、今でも少し難しかった。
「怖かったのは、銃そのものだけではありませんでした。それに慣れていく自分のほうでした」
「命令が出ると、考えるより先に体が動くようになっていました」
「もう、銃の音や重さを、以前と同じようには感じなくなっていました」
美咲さんは、もう軽く相づちを打つことはなかった。
彼女はカップを持ったまま、僕の話を聞いていた。
「その次に、手榴弾の訓練を受けました」
「実際に投げる前に、訓練用の手榴弾で何度も練習しました」
「でも、本物の手榴弾を使うのは一度だけでした」
「一度だけですか?」
「はい。それだけ危ないものとして扱われていました」
「手榴弾を投げたあと、僕は壕に入り、両手で耳をふさぎました。それでも向こうから伝わってくる震動に、体が揺れました」
美咲さんは、何も言わずにうなずいた。
僕はもう少し慎重に言葉を選んだ。
「手榴弾の投擲訓練が終わったあと、最後にクレイモアというものも見ました」
美咲さんが瞬きをした。
「クレイモア……?」
「手榴弾みたいに投げるものではありません。置かれたものを、離れた場所から作動させる武器です」
美咲さんは、ゆっくり理解しようとする顔をした。
「手榴弾より、ずっと広い範囲に影響が出ます。だから、僕たちが直接扱ったわけではなく、教官たちが準備したものを、離れた場所から見ただけです」
「あ……」
美咲さんが小さく言った。
「それ、映画で見たことがあるかもしれません。主人公が追い詰められたときに、最後に使うような……」
彼女は記憶をたどるように言った。
「ボタンを押したら、どん、と全部吹き飛ぶような場面でした」
その言葉には興奮よりも、自分の知っている場面に何とか結びつけようとする慎重さがあった。
僕はうなずいた。
「映画だと、そう見えると思います」
そして少しして、付け加えた。
「でも、実際に見ると、そんなに都合のいい、格好いいものには見えませんでした」
僕は記憶をたどってから言った。
「教官たちが遠くに準備したものを、僕たちは安全な距離から見ていました」
「そんなに離れていて、爆発したのが見えるんですか?」
「僕も、そう思っていました」
「このくらい距離があれば、大きな音がするくらいで終わると思っていました」
「でも爆発した瞬間、見えるより先に体が反応しました」
「遠く離れていたのに、体の内側が震えました」
僕は考えをまとめてから、慎重に続けた。
「もしその近くに人がいたなら、その人が生きてきた時間は、その瞬間に断ち切られていたのだと思いました」
「長く続いてきた人生が、指を一度動かすだけで終わってしまうかもしれないということですから」
美咲さんは、もうすっかり静かになっていた。
僕は言葉を切ろうとして、もう少しだけ話した。
「もちろん、僕が経験したのは訓練だけです」
「本当の戦争を知っているわけではありません」
「それでも、訓練だけで十分怖かったんです」
美咲さんは、静かに聞いていた。
しばらくして、彼女は小さく言った。
「佐伯さんと祖母の時代には、そういう力が、本当に人の暮らしのすぐそばにあったんですね」
僕は小さくうなずいた。
「はい。だから僕は、戦争はあってはいけないものだと思います」
「それは浪漫のようなものではなく、その時代を生きていた普通の人たちの暮らしを、本当に壊してしまうものだからです」
窓の外の海は静かだった。
けれど、その静かな海の向こうに、誰かの暮らしを押し流した時代があった。
美咲さんは、しばらく何も言わなかった。
そして、静かに言った。
「明日、続きを読みましょう」




