第151話 危険な一日
「ここから見ればいいです。」
綾乃さんが画面に資料を表示した。
以前見た補給記録と、それほど変わらないように見えた。
だが、もう少し読み進めると内容が変わっていた。
物資だけでなく、収容所内部の雰囲気や捕虜たちの動きについての記録も混じっていた。
「危険な区域と呼ばれる場所も出てきましたね。」
「そうですね。」
綾乃さんも画面を見ていた。
僕は次の部分を読んだ。
内容を追っていくと、当時の様子が頭の中に浮かんだ。
◆◆◆
私は再び巨済捕虜収容所へ行くことになった。
収容所の規模も以前よりずっと大きくなっていて、物資を運び込む場所も増えていた。
私が確認しなければならない区域も増えた。
危険だとされている区域も少なくなかった。
そこにいた者たちの中には、私を知っていて、歓迎してくれる者もいた。
「前も危ないところを担当してたのに、今回もまた担当するんですね。」
彼らは、私が上の者に目をつけられているからではないかと囁いていた。
私としては、いちいち反応する必要もなかったので、自分のやるべき仕事にだけ集中した。
私はいくつもの区域を回り、補給物資がきちんと届けられているか確認した。
書類に記された数量と実際に受け取った数量が合っているかを確認し、足りないものがあればもう一度調べた。
私が来たと聞いて、顔をしかめる補給兵も何人かいた。
以前、煙草を断ったあの男だという話も広まっているようだった。
それとなく私を避ける雰囲気が続いていたが、気にはならなかった。
むしろ今は、そのほうが楽だった。
補給業務でいくつもの区域を行き来しながら、自然に収容所の中の雰囲気も見て回った。
だが、補給担当という立場で収容所内部の様子を詳しく知るには限界があった。
その中で、一人の男が目についた。
捕虜だけでなく警備兵にも愛想よく近づき、何か得られるものはないかと抜け目なく様子をうかがっている男だった。
あだ名は「チュィセッキ」だという。
あまりいい意味ではない蔑称だったが、本人は気にしていないようだった。
ある日、私はチュィセッキに何気ない様子で尋ねた。
「ここで危険な区域はどこだ?」
チュィセッキが私を見た。
「危険な区域ですか?」
「補給品を確認しに歩き回っていて、危ない目に遭ったら困るだろ。ほかの兵士とは仲が良くないから、一人で動くこともあるんだ。」
「へへ。それなら……煙草を……。」
チュィセッキが指を二本立てながら言った。
私は持っていた煙草を二本取り出して渡した。
「へへ。ありがとうございます、旦那。」
煙草二本で、チュィセッキは頭を下げながら礼を言った。
「あっちの収容棟は、最近雰囲気がよくありません。少し前には集団で喧嘩もあったそうです。だから、あの収容棟の近くには、しばらく行かないほうがいいと思いますよ。」
彼はこの周辺のいくつかの場所について話してくれた。
煙草二本を渡しただけにしては、かなり役に立つ情報だった。
「わかった。また危険なところができたら教えてくれ。」
「はい、旦那。」
チュィセッキがぺこりと頭を下げた。
私はなかなかいい情報を得られたと思った。
その後も、チュィセッキを通して時々捕虜収容所内部の情報を得た。
「いやあ。こんなものまで。」
チュィセッキは、私が差し出した煙草一箱を素早く受け取ってしまい込んだ。
彼は周囲を見回してから、小さな声で言った。
「あっちの収容棟では、最近、捕虜たちが毎晩集まってます。」
「何? どうしてだ?」
「私にもよくわかりませんよ。でも、親共派の捕虜たちが何か企んでるみたいです。しばらく、あの近くには寄らないほうがいいですよ。」
「わかった。」
そこは、これまで静かだった収容棟だった。
捕虜代表も穏健派だった。
もしかすると、彼を排除するために親共派の捕虜たちが何か企んでいるのかもしれなかった。
数日後、またチュィセッキに会った。
「最近はどうだ?」
「いやあ、旦那。また来たんですか?」
チュィセッキが周囲を見回してから、すっと手を差し出した。
「煙草一箱くらいはいただかないと。」
チュィセッキは、だんだん要求が図々しくなっていた。
私は何も言わず、自分の分として持っていた煙草を一箱渡した。
「あっちの収容棟。今、何か危ないものも作ってるみたいですよ。」
「何?」
「鉄を研いでるみたいです。」
「鉄を?」
「刃物なんかは持ち込めないから、自分たちで作るんですよ。鉄板や鉄片なんかを、先が尖るように研いでます。刺せば、それだって刃物と同じですからね。」
そう言いながら、チュィセッキがまた周囲を見回した。
「そろそろ補給品を持っていく時期でしょう? あっちの収容棟には別の人を行かせたほうがいいですよ。」
「うーん……。」
「へへ。これ、本当にいい情報でしょう? 旦那。」
「ああ。」
「こういう情報が欲しいんでしょう?」
チュィセッキが突然尋ねた。
私は思わず、そうだとうなずいた。
「へへ。煙草さえもっといただけるなら、情報はこれからも仕入れてきますよ。」
手のひらをこすり合わせながら言うチュィセッキに、私はそうすると答えた。
「ほかに知りたいことはありますか?」
「いや。そういう雰囲気みたいなことを、わかる範囲で教えてくれればいい。」
「はい、旦那。」
そして翌日だった。
私は再びチュィセッキに会うために動いた。
ん?
だが、チュィセッキがいるはずの場所に彼の姿がなかった。
いつも私より先に来ている男だった。
何となく嫌な感じがした。
私は急いで戻ろうとした。
そのとき、突然、私の前を塞ぐ者たちが現れた。
彼らが視界を遮ったため、向こう側の哨所からは私の姿が見えなかった。
急いで避けようとしたが、いつの間にか一人の男が私のすぐ横に張りついていた。
「動くな。声も出すな。そうしたら殺す。」
腹のあたりに何かが触れた。
視線を下げた。
鋭く研いだ鉄片の先が、服の上から私の腹を押していた。
刃物と呼ぶには粗末だった。
薄く長い鉄片の片方の端を斜めに研いであるだけだった。
だが、それで刺されれば無事では済まない。
チュィセッキが言っていたことを思い出した。
鉄を研いで武器にしているという話。
それが今、目の前にあった。
「お前、ここで情報を嗅ぎ回ってるそうだな?」
「いや。それは……。」
「黙ってついてこい。ここで死にたくなければな。」
捕虜たちが私を取り囲んだ。
私が一瞬ためらうと、鋭い鉄片が服の上からさらに強く腹を押した。
「うっ。」
「歩かないなら殺す。俺たちはどうせ後がないんだ。」
私は結局、彼らに連れられて収容棟の中へ入った。
「こいつです。」
私は一人の男の前で膝をつかされた。
「お前が、ここの様子をあちこちで聞き回ってるそうだな?」
一瞬、胸がひやりとした。
「補給業務のために聞いていただけです。」
「補給業務?」
私はできるだけ何でもないように言った。
「危険な場所に間違って入らないために聞いていたんです。」
「それだけか?」
「そうです。」
「この野郎、嘘つきやがって。」
ゴッ!
そのとき、隣にいた捕虜の一人が私の顎を殴った。
体がよろめき、そのまま床に倒れた。
その瞬間、人の間から後ろが一瞬見えた。
見覚えのある顔があった。
チュィセッキのようだった。
ほんの一瞬だったが、間違いなく彼だった。
さっきまでは人に隠れて見えなかったようだった。
彼は少し離れたところから、こちらを見ていた。
なぜあそこにいる?
そう思ったが、今は気にしている場合ではなかった。
誰かが私をもう一度つかんで引き起こした。
「誰に命令された?」
「何のことかわかりません。」
「ここを歩き回って、人にあれこれ聞けって誰に命令されたんだ。」
「誰にも命令されていません。」
言い終わる前に、また拳が飛んできた。
顔が横を向いた。
耳の奥で一瞬、低い音が響いた。
口の中に血の味が広がった。
「嘘をつくな。」
私はもう一度顔を上げた。
「補給品のために、危険な場所を聞いただけです。」
今度は腹を殴られた。
息が詰まった。
体が前に折れた。
誰かが肩をつかみ、また起こした。
「そのために煙草まで渡したのか?」
「はい。」
「誰に報告してる?」
「報告することなんてありません。」
また一発殴られた。
今度は頬のあたりだった。
視界が一瞬揺れた。
「誰に命令されたかだけ言えばいい。」
「誰にも命令されていません。」
「お前、新しく入ってきた奴だろ? そんな奴が怖くもなく、ここを歩き回ってるのか?」
「新しく入ったわけじゃありません。前からここで仕事をしていました。」
私は捕虜たちを見た。
その場にいた捕虜のほとんどは、以前見たことのない顔だった。
「前からいた人なら、私のことを覚えているはずです。」
その瞬間、後ろから声が聞こえた。
「待て。」
誰かが人の間をかき分けて前へ出てきた。
彼はしばらく私を見た。
私も彼を見た。
以前、こちらの区域へ物資を運んできたとき、何度か顔を合わせたことのある人のようだった。
「お疲れさまです。ちょうど一人捕まえました。」
私を尋問していた男が、丁寧な態度で彼に言った。
「私を覚えてませんか? 前からここへ補給品を運んでいた者です。」
彼が目を細めて私の顔を見た。
「……お前。前にここへ物資を持ってきてた奴じゃないか?」
「知ってるんですか?」
「見たことがある。覚えてる。」
彼のそばにいた捕虜たちも、私の顔をのぞき込んだ。
「あ。」
「そうだ。あのときの奴だ。」
私はすぐに言った。
「またこちらの補給業務を担当することになりました。」
声が震えないように力を入れた。
彼らが私を見た。
「またここの物資補給に関する仕事を担当することになったので、今まで何が変わったのかと思って、あちこち少し聞いて回っていたんです。」
私を知っていた捕虜が言った。
「……放してやれ。」
「こいつ、怪しくないですか?」
「前からここに来てた奴だ。」
「でも、あれこれ聞き回ってたって。」
男が少し考えてから言った。
「こいつがいたほうが、物資が足りないって揉めることが減る。」
「そうだ。お前らはよく知らないだろうけど、この人が確認してたころは、今みたいに補給兵が物資を抜き取ることはほとんどなかったんだ。」
実際には、書類や輸送の問題で物資の到着が遅れたり、数量が合わなかったりすることも多かった。
だが、捕虜たちがそんな事情を知るはずもなかった。
物資が足りなくなると、補給兵が途中で抜き取っていると思う者が多かった。
「足りない物資も、また入ってくるようにしてたじゃないか。」
「うーん。」
私を尋問していた男は、まだ私を疑っていた。
「前からここに来てた奴だろ。俺たちが今捕まえようとしてる奴じゃない。放してやれ。」
私の軍服をつかんでいた手が、ゆっくり離れた。
ほかの者たちも少しずつ下がった。
「ここであったことを言いふらすな。あんたも話が大きくなるのは嫌だろ?」
「はい。」
「これからも顔を合わせるんだ。お互い面倒なことにならないようにしよう。」
「そうします。」
ようやく体の向きを変えた。
外へ出ようとしたとき、奥が一瞬目に入った。
布で覆われた物があった。
大きな樽のように見えるものがいくつか置かれ、その横には細長い物が重ねられていた。
布の下から、鉄の先端のように見えるものが一瞬見えていた。
「早く行け!」
私は急いで外へ出た。
しばらく歩き続けた。
哨所の近くまで来て、ようやく息を吐くことができた。
手にうまく力が入らなかった。
煙草を一本取り出そうとして、地面に落とした。
私はそれを拾い上げた。
そこで初めて、指が少し震えていることに気づいた。
だが、それ以上に気になる言葉があった。
俺たちが今捕まえようとしてる奴。
彼らは誰かを捜していた。
収容所の中を歩き回って情報を探っている人間がいることに気づいたのだろうか。
それとも、ただの偶然なのだろうか。
正確なことはわからなかった。
だが少なくとも、彼らがそういう人間の存在を警戒しているらしいことはわかった。
そのときだった。
見覚えのある顔が一人、遠くから近づいてきた。
チュィセッキだった。
「いやあ、旦那。」
彼が私の顔を見て目を大きくした。
「ずいぶん顔が腫れてますね。どうしたんですか?」
「何でもない。」
「へへ。寝坊してしまって、遅くなりました。」
嘘だった。
間違いなく、あそこにいた。
私が倒れたとき、人々の後ろに立っていた。
そこでようやく、今日約束した場所に来なかった理由もわかった気がした。
こいつが私を売ったんだ。
だが、正面から問い詰めることはできなかった。
「補給の仕事って本当に大変だな。早く別のところに転属させてもらえるよう頼まないと。まったく、相当上に目をつけられてるみたいだ。」
「いやあ、旦那。チョウンゲ、チョウンゴダですよ。上の人間にも少しくらい何か渡しておけばよかったのに。」
適当に上の者へ賄賂でも渡しておけば、こんなところには来なくて済んだというようなことを、チュィセッキは並べ立てた。
「じゃあ、また必要な情報があったら、いつでも私を捜してください。」
「ああ。」
私は背を向けた。
だが、もう二度とチュィセッキから情報を得ることはないだろう。
あまりにも油断していた。
一人の人間に何度も聞き続けるのは危険だった。
情報を得るために相手を見ていたが、相手もまた私を見ていた。
これからは、もっと慎重にならなければならなかった。
宿舎へ戻った私は、確認した内容を整理した。
一部の収容棟で毎晩捕虜たちが集まっているという話、鉄片を研いで武器を作っているという情報、私が直接見た鋭く研がれた鉄片と布で覆われた物、そして捕虜たちが誰かを捜していると話していたことを報告書に書いた。
直接確認できなかった内容は、別に区分した。
そして報告書の最後には、今すぐ大きな事態が起きなくても、この状態が続けば統制が難しくなると思われる、と書いた。
当面は何事もなく過ぎたとしても、このまま放置すれば、あとでもっと大きな被害が出る可能性があることを強調した。
アムゲに送る報告書を書き終えたあと、私はベッドに横になった。
昼間は感じなかった痛みが、今になって出てきた。
傷はなかったが、鋭い鉄片で服の上から強く押された腹のあたりが、ずきずきと痛み続けていた。
殴られた顔と腹も痛かった。
私は痛みをこらえながら目を閉じた。
本当に危険な一日だった。




