第147話 千代子さんの安否を確かめたいんです
翌朝。
綾乃さんと僕は、保存作業が終わった資料を確認するため、モニターの前に座っていた。
資料を開く前に、ふと昨日のことを思い出した。
「お父さまに、昨日買ったプレゼントは送りましたか?」
「はい。戻ってすぐ、運転手さんに頼んで父に届けてもらいました。今朝、LINEでありがとうって連絡も来ました。」
「早いですね。」
「書いてある文字がどういう意味なのか聞かれたので、韓国の最高級クラスの紅参ブランドだって宣伝もしておきました。」
「宣伝までしたんですか?」
「はい。そしたら父が、そんなものなら私よりお前の彼氏に食べさせたほうがいいんじゃないかって言うんです。」
その言葉に、僕は少し笑みを浮かべた。
「それで、何て答えたんですか?」
「心配しないで。私がちゃんと食べさせて、丈夫にしますから、って言いました。」
「……僕をですか?」
綾乃さんは何でもない顔をしていた。
「じゃあ、資料を表示しますね。」
綾乃さんが、保存作業を終えた部分をモニターに表示した。
僕は記録をゆっくり読み始めた。
内容を追っているうちに、当時の様子が自然と頭の中に浮かび始めた。
◆◆◆
「二等中士殿。奥さんがお見えです。」
私は顔を上げた。
「妻が?」
「はい。面会所で待っています。」
席を立って外へ出た。
朴美來さんが、以前、巨済に来たときに一緒だった女性とともに、私を待っていた。
手には小さな風呂敷包みを持っていた。
今回も朴美來さんは、その女性を少し離れたところで待たせた。
「どうしたんですか?」
「ただ来ただけです。」
朴美來さんが風呂敷包みを持ち上げた。
「お好きなおかずも持ってきました。」
「こんなものまで持ってこなくてもいいのに。」
「でも、軍で出る食事だけだとお腹が空きませんか? おかずも口に合わないことがあるでしょうし。」
実際、彼女の言うことも間違ってはいなかった。
私の好きなおかずなら、断る理由もなかった。
私はそれ以上何も言わず、彼女が持ってきたものを受け取った。
「ありがとうございます。」
朴美來さんと話しているうちに、朴相吉氏の近況を尋ねた。
「お父さまはお元気ですか?」
「はい。元気です。それに最近は、またずいぶん忙しいみたいです。会社を作る準備をしているんです。」
「そうですか。」
以前、カフェで聞いた話を思い出した。
合法的な事業へ移るために忙しいようだった。
「弟さんたちは?」
朴美來さんは少し考えてから答えた。
「弟たちは、しばらく日本にいることにしたんです。今はこちらは戦争中ですし、一度日本を離れたら、また入れるかどうかもわからないので。」
私は何も言わずにうなずいた。
そこで、ふと気になることがあった。
「弟さんたちとは、どうやって連絡しているんですか?」
「父の知り合いを通して、手紙を送っています。」
その言葉を聞き、私はしばらく考えた。
「朴美來さん。」
「はい?」
「一つ、お願いしてもいいですか?」
彼女が私を見た。
「日本にいる弟さんたちを通して、人を一人捜してもらえませんか?」
私の言葉に、彼女は何かを察したように、一瞬動きを止めた。
それを見て、私は少しためらった。
だが、結局彼女に頼んだ。
「千代子さんの安否を確かめたいんです。」
私を見ていた彼女は、しばらく視線を落とした。
その様子を見て、また迷ったが、私は慎重に言葉を続けた。
「私が無事だということだけでも伝えたいんです。」
以前なら、朴美來さんにこんなことを頼もうとは思いもしなかっただろう。
だが、彼女はすでに千代子さんの存在を知っていたからこそ、口にすることができた。
けれど、実際に頼んだあとになって、別の考えが浮かんだ。
私は朴美來さんに、かなり失礼なお願いをしてしまったのではないだろうか。
しばらく沈黙が続いた。
そしてようやく、朴美來さんが口を開いた。
「わかりました。」
朴美來さんは持ってきた鞄を開き、小さなノートと鉛筆を取り出した。
「千代子さんについて知っていることを話してください。どこへ捜しに行けばいいのか、どんな方法で連絡すればいいのか、外見の特徴や、そのほか関係することを全部。」
私は自分が知っていることを一つずつ話し、朴美來さんは私が話す内容を順番にノートへ書いていった。
「そんなふうに書いて、どうするんですか?」
「まず、ここに基本的なことを書いておくんです。それを見ながら手紙に書き写します。そうすれば、書き漏らしがありませんから。」
私は彼女が持っているノートを見た。
朴美來さんは、思っていたより几帳面な人だった。
「ありがとうございます。」
千代子さんのことを調べてくれることになった彼女がありがたかった。
◆◆◆
そこまで読んだあと、僕はしばらく画面を見つめた。
綾乃さんも、何も言わずに記録を見ていた。
少しして、彼女が言った。
「美咲さんを呼びますか?」
「はい。」
立ち上がろうとして、考えを変えた。
「僕たちが下りましょう。」
「そのほうがいいですね。」
僕たちは一階へ下りた。
美咲さんはテーブルに座り、瀬戸田レモンのお菓子を一つ口にくわえていた。
僕たちに気づくと、お菓子を手で持った。
「何か見つかりました?」
「千代子さんの話が出てきました。」
美咲さんがすぐに身を起こした。
「おばあちゃんですか?」
「はい。」
綾乃さんが一階のノートパソコンを使って、閲覧用ファイルを表示した。
美咲さんは画面をゆっくり読み進めた。
「朴美來さんが佐伯さんを助けるんですね。」
「はい。」
「まるで……昔、うちの祖父が佐伯さんを助けたみたいに。」
その言葉を聞いた瞬間、何とも説明しにくい奇妙な感覚がした。




