第125話 研究もしました
店の中へ入った。
「あれが北条鯛めしなんですね。」
僕は店の中を見回した。
席は空いていなかったが、僕たちは持ち帰りなので問題なかった。
「鯛めしなら、刺身をご飯の上にのせて食べるんですか?」
「それは宇和島のほうです。」
美咲さんが教えてくれた。
ただ、僕は宇和島がどこなのか知らなかった。
「宇和島? 違うんですか?」
「はい。北条のほうは鯛をご飯と一緒に炊くんです。それから身をほぐして、ご飯に混ぜて食べます。同じ愛媛でも、鯛めしの食べ方が違うんですよ。」
「あ。そうなんですね。」
同じ愛媛でも、食べ方に違いがあるらしい。
「でも、このまま持って帰ったら冷めませんか?」
「保温用の袋も売ってますね。」
僕たちは保温用の袋も含めて、持ち帰りで注文した。
「こちらです。」
「ありがとうございます。」
まだ開けてもいないのに、近くでは温かい料理の匂いがかすかにした。
保温用の袋に入れてから、僕たちは店を出て車に乗った。
車はヘリコプターが待っている着陸場所へ向かった。
「少し遅くなりましたね。」
「仕方ないですよ。思ったより長くあちこち回りましたから。」
僕たちは持ち帰りの鯛めしを持って、ヘリコプターに乗った。
ほどなくして機体が浮かび上がった。
僕は窓の外を見た。
さっきまで近くにあった北条の海岸が、だんだん遠ざかっていった。
「午前中に見たときとは、海の様子がまたずいぶん違いますね。」
光を正面から受ける水面は明るく輝き、少し方向が変わるだけで濃い色に見えた。
「あれ、午前に見た橋じゃないですか?」
「はい。来島海峡大橋です。」
今度は進む方向が違うせいか、ずっと小さく見えた。
それでも、海の上に伸びる形はわかった。
「河野信夫が本当は何者だったのか、結局わかりませんでしたね。」
美咲さんが残念そうに言った。
「もともと僕たちが持っていた情報が少なすぎましたからね。」
「でも、詳しく知りすぎてません?」
美咲さんの言葉に、綾乃さんが慎重に言った。
「軍務を逃れるために、自分が知っていた北条の話と、河野信夫という人物について知っていた話を混ぜた可能性もあります。」
「やっぱり綾乃さんは厳しいですね。」
「確かな証拠がありませんから。」
「それはそうですけど。」
僕は窓から目を離した。
日が完全に沈む前に、研究所が見え始めた。
ヘリコプターは高度を下げ、研究所に着陸した。
綾乃さんが言った。
「今日の調査はここまでにしましょう。」
「僕もそれがいいと思います。」
一日中歩き回ったので、体はけっこう疲れていた。
僕たちは食事のできるスペースへ移動した。
綾乃さんが保温用の袋を開け、容器を取り出した。
僕は手を近づけてみた。
「まだ温かいですね。」
「保温用の袋まで買っておいてよかったですね。」
蓋を開けると、やわらかな香りがした。
ご飯の間には、細かくほぐした鯛の身が混ざっていた。
僕は一口食べた。
鯛の味がご飯全体に染みていた。
味つけは強くなく、ご飯を噛むほどに鯛の旨味とだしの香りが少しずつ感じられた。
鯛の身も柔らかかった。
「これ、おいしいですね。」
美咲さんが笑いながら尋ねた。
「三津浜焼きと鯛めしなら、どっちのほうが好きですか?」
「うーん、それは……。」
僕は一瞬迷った。
「まったく違う料理じゃないですか。どちらか一つを選ぶのは難しいと思います。」
「それでも一つ選ぶなら?」
「どうして必ず選ばないといけないんですか? どっちもおいしいです。」
「それもそうですね。」
僕は鯛めしをもう一口食べた。
刺激の強い味ではなかったが、自然と箸が進んだ。
ほとんど食べ終わったころ、綾乃さんが思い出したように言った。
「あ、私、明日は父とお昼を食べる約束があるんです。」
「この前言ってた約束ですか?」
美咲さんが尋ねた。
「はい。午前中までは一緒にやって、お昼の前に少し早めに出ます。」
「午後は?」
「また戻ってきます。」
僕はうなずいた。
綾乃さんが残っていた鯛めしを食べながら言った。
「父に今日の話を少ししないと。」
「北条を調べたことですか?」
「それも話します。」
少し考えてから、綾乃さんが言った。
「三津浜焼きも食べて、じゃこ天も食べて、鯛めしも食べたって。」
美咲さんがすぐに言った。
「そんな話ばかりしたら、研究しに行ったんじゃなくて、おいしいものを食べに行ったと思われません?」
綾乃さんが真面目な顔で答えた。
「研究もしました。」
少しして、もう一度言った。
「……食べるほうも、けっこう食べましたけど。」
僕たちはみんなで笑った。




