第122話 現地で直接見ると、やっぱり違いますね
車を降りると、海がすぐ目の前にあった。
道路を一本挟んで小さな港が続き、防波堤の内側には船が停泊していた。
「あれが鹿島なんですね。」
島が一つ浮かんでいた。
僕はしばらく海を見つめてから、祖父の資料で見た内容を思い出した。
河野信夫についての記録の終わりのほう。
祖父が当時使っていた小さな手帳から切り取ったものと思われるメモが貼られていた。
河野信夫と話しながら、その都度書き留めたように見える短い文だった。
家から海までは遠くない。
鹿島が見える。
子供のころ、よく海のほうへ行った。
船で鹿島へ渡ったことがある。
学校が終わると海のほうへ行った。
そのときは、特に気にも留めず読み流していた短いメモだった。
実際に北条へ来てみると、書かれていた言葉が一つずつ目に入ってきた。
綾乃さんがスマートフォンを取り出した。
「ここでも資料を見られるんですか?」
「閲覧用のファイルなら見られます。原本は研究所の中でしか見られませんけど。」
綾乃さんが画面を見せた。
さっき僕が思い出していたメモが表示されていた。
美咲さんが画面と海を交互に見た。
「あちらにも一度行ってみます?」
「鹿島ですか?」
「はい。」
僕は島とこちらの海岸を交互に見た。
美咲さんが船着場のほうを指した。
「あちらへ行ってみましょう。」
そこには定期的に鹿島との間を行き来する渡船があった。
ほかの乗客たちと一緒に船へ乗ると、ほどなくして動き始めた。
僕は後ろを振り返った。
今度は海の上から北条が見えた。
港と海岸沿いの道路、低く続く建物、ついさっきまで僕たちが立っていた場所も見えた。
河野信夫も子供のころ鹿島へ渡ったことがあるのなら、あんなふうに北条を眺めたのだろうか。
しばらくして船が鹿島に着いた。
僕たちは船着場で降り、まずは近くを歩いてみた。
島には木が多かった。
反対側を振り返ると、さっき離れてきた北条が目の前に広がっていた。
もう少し海岸沿いを歩いていると、美咲さんが立ち止まった。
「せっかくここまで来たんですし、写真を一枚撮りません?」
「写真ですか?」
「はい。ここなら景色もよく見えますし。」
綾乃さんも周囲を一度見回した。
「じゃあ、撮りましょう。」
綾乃さんがスマートフォンを持った。
「お二人から先に立ってください。」
「僕たちからですか?」
「はい。」
僕と美咲さんが並んで立った。
後ろには海と北条が見えた。
「もう少しこちらへ。」
美咲さんと一緒に少し横へ動いた。
カシャ。
綾乃さんが画面を確認した。
「きれいに撮れました。」
今度は僕が綾乃さんのスマートフォンを受け取った。
そうして、僕と美咲さん、僕と綾乃さん、美咲さんと綾乃さんの写真を撮った。
そのあと近くにいた人にお願いして、三人一緒に並んだ写真も一枚撮ってもらった。
僕たちは写真を確認した。
「これ、よく撮れてますね。」
海を挟んだ北条を背に、三人が並んで立っていた。
綾乃さんが写真を見ながら言った。
「私、今まではほとんど研究室の中で研究していたんです。」
その言葉に、僕と美咲さんが綾乃さんを見た。
「こうやって自分であちこち回って確認することは、ほとんどありませんでした。」
綾乃さんが写真から目を離した。
「こんなに楽しく研究したのは、初めてかもしれません。」
そう言って、僕を見て笑った。
僕はもう一度海を見た。
「現地で直接見ると、やっぱり違いますね。」
ノートに数行書かれたものだけを見ていたときとは、感じ方が違った。
鹿島も、海も、北条も、実際の大きさと距離感で目の前に見えていた。
隣にいた美咲さんが、少しの間、綾乃さんを見た。
それから何も言わず、また写真へ視線を戻した。
僕たちはもう少し周辺を見て回ったあと、再び渡船に乗って北条側へ戻った。
船着場を出て歩いていると、綾乃さんがもう一度スマートフォンを取り出した。
「次はどこを見ますか?」
僕も一緒に画面を見た。
さっき確認した小さなメモの下のほうに、さらに何行かあった。
短く書かれた学校の話だった。
学校が別の場所へ移ったという話。
そして、後には国民学校と呼ばれるようになったという内容。
美咲さんもその部分に気づいた。
「学校も確認してみます?」
「どの学校かわかりますかね?」
綾乃さんがスマートフォンで少し検索した。
「今は松山市立北条小学校がありますね。」
画面に地図が表示された。
「ここからそれほど遠くないです。」
僕も画面をのぞき込んだ。
「じゃあ、ひとまず行ってみましょう。」
綾乃さんが時間を確認した。
「はい。まだ大丈夫です。」
僕たちは船着場をあとにして、学校のほうへ歩き始めた。




