↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
121/212

第121話 北条にも行ってみますか?

翌朝。


昼まではまだかなり時間があったのに、綾乃さんが突然、僕と美咲さんを呼んだ。


「今日はお昼を少し早めにしましょう。」


「もうですか?」


「遠くまで移動するので。」


美咲さんが綾乃さんを見た。


「まさか。」


綾乃さんが笑った。


「昨日話していた、三津浜焼きを食べに行きましょう。」


バタバタバタ。


外からヘリコプターの音が聞こえ始めた。


僕たちは資料を片づけ、研究所の屋上へ上がった。


ヘリコプターに乗ると、しばらくして離陸した。


建物があっという間に下へ遠ざかり、ほどなくして海が見えた。


僕は窓の外を見た。


上から見下ろす瀬戸内海は、地上から見るのとはまったく違っていた。


海が大きく広がっているというより、大小の島々がその中を幾重にも分けていた。


一つの島を過ぎると、その向こうにまた別の島が現れた。


遠くの島々は重なって一つの稜線のように見え、近くでは島と島の間に細い海の道が続いていた。


一隻の船が海を横切っていて、その後ろには白い波が長く残っていた。


高いところから見ると、その跡がしばらく海の上に一本の線のように続いていた。


もう少し進むと、島と島の間にかかる長い橋が見え始めた。


その中の一つは、ひときわ大きかった。


白い主塔とケーブルが海の上に長く伸び、橋の上では小さな車が絶えず動いていた。


「あちらがしまなみ海道です。」


美咲さんが窓の外を指した。


僕はもう少し顔を向けた。


いくつもの島の間を橋がつないでいた。


その下では、大小の船が行き交っていた。


少しして、さらに長い橋が視界に入った。


「あれが来島海峡大橋です。」


「あ。前に見に来た橋ですね。」


綾乃さんが僕たちを見た。


「お二人とも、来島海峡大橋も見に行ったことがあるんですか?」


「はい。前に資料を調べていたとき、途中で見に行きました。」


遠くから見ても、ほかの橋よりずっと大きかった。


橋の下には狭くなった海の道が見え、その向こうには四国の海岸と山並みが続いていた。


僕は窓に少し顔を近づけた。


澄んだ青い瀬戸内海が広がっていた。


ヘリコプターが松山のほうへ近づいていたころだった。


窓の外を見ていた美咲さんが、突然手を上げた。


「あ。」


「どうしました?」


「あちらが北条です。」


僕はすぐに顔を向けた。


美咲さんが少し離れた海岸を指した。


「昨日の記録に出てきた、佐伯さんに自分は日本人だと言っていた人が住んでいたところです。」


僕はその方向を見た。


そのとき、海岸近くに小さな島が一つ浮かんでいるのが見えた。


ほかの島々とは違って、陸のすぐ前に寄り添っているように見えた。


「あの島が、もしかして?」


「あの人が話していた鹿島だと思います。」


僕はしばらくその方向を見ていた。


そのとき綾乃さんが言った。


「じゃあ、今日は北条にも行ってみますか?」


「え?」


「今日ですか?」


「ここまで来たんですし。三津浜で食事してから行けばいいでしょう。」


「どういうルートにするんですか?」


綾乃さんが少し考えた。


「それは降りてから確認してみます。」


ヘリコプターは予定されていた着陸場所に降りた。


外へ出ると、車が一台待っていた。


僕たちが車に乗ると、綾乃さんはすぐに電話をかけた。


何度かやり取りをしてから、電話を切った。


「大丈夫だそうです。」


「何がですか?」


「北条のほうにも使える着陸場所があるそうです。ヘリコプターは先にそちらへ移して、私たちは食事のあと三津浜からそのまま北条へ行けばいいです。用事が終わったら、そこでヘリコプターに乗って戻ればいいですし。」


僕は少し綾乃さんを見た。


この人にとってヘリコプターは、車とそれほど変わらないものらしい。


でも、提案自体は悪くなかった。


「そうしましょう。」


「私もそれがいいと思います。」


車は三津浜へ向かった。


港が近づくにつれて、道は少しずつ狭くなった。


古い木造の建物が続き、木の格子戸が残る家々の間には、古い洋風の建物もところどころ見えた。


路地の間からは港と海が見えた。


大きな観光地のように新しく整えられた町並みではなかった。


古い港町の中で、今も人々の暮らしが続いているような景色だった。


僕たちが入った店の中には、大きな鉄板があった。


席に着くと、熱い鉄板から油の匂いが上がってきた。


美咲さんがメニューを見ながら言った。


「ハルさんは、そばにします? うどんにします?」


「両方入るんですか?」


「どちらか一つです。」


僕は少し考えた。


「そばにします。」


「私はうどん。」


綾乃さんもそばを選んだ。


注文が入ると、鉄板の上に生地が薄く広げられた。


お好み焼きというから、もう少し厚い生地を想像していたが、ほとんどクレープのように薄かった。


その上に魚粉が振られた。


横では、そばが別に炒められていた。


先にソースと胡椒で味をつけた麺だった。


「麺のほうに先に味をつけるんですね。」


「それが三津浜焼きの特徴の一つらしいですよ。」


美咲さんが言った。


炒めたそばが薄い生地の上にのり、その上に千切りのキャベツ、ちくわ、天かす、肉が順に重ねられた。


少し離れたところにあった牛脂も、鉄板の上で溶け始めた。


香ばしい匂いがすぐに立った。


僕は思わず、少し鉄板のほうへ身を乗り出した。


「いい匂いですね。」


具材の上から、生地が細くもう一度かけられた。


しばらくして、大きなヘラが二本、生地の下に入り、そのまま一気に裏返された。


鉄板に当たる音が大きく響いた。


上からヘラで押さえると、キャベツから水分が出て、ジュッという音が続いた。


別の場所では卵が割られた。


火が入り始めた卵の上に、また三津浜焼きがのせられた。


最後にソースが塗られた。


これで終わりかと思ったが、半分に折ってから、もう一度ソースが塗られた。


丸かった形が半月のようになった。


「もともと折って出すんですか?」


「はい。これが三津浜焼きの形です。」


完成した三津浜焼きが、僕の前の鉄板へ移された。


ソースが鉄板に触れ、縁のあたりでまた小さく泡立ち始めた。


甘辛い匂いに魚粉の香りが混じった。


僕は箸を探した。


すると美咲さんが小さなコテを持った。


「これで食べてみてください。」


「これで?」


「鉄板の上でそのまま切るんです。」


美咲さんが自分の三津浜焼きの端をコテで切り、そのままコテの上にのせた。


「熱いから気をつけてくださいね。」


僕も真似をした。


半月の端を切ると、思っていたより簡単に切れた。


コテを持ち上げて口に入れた。


「……熱っ。」


美咲さんが笑った。


「だから気をつけてって言ったじゃないですか。」


口の中の熱が少し落ち着くと、味がわかった。


まず、ソースの味が強く感じられた。


でも、中のそばにもすでに味がついているので、表面のソースだけが強く感じられるわけではなかった。


麺と柔らかいキャベツの間に、ちくわの弾力のある食感が混じっていた。


そのあとから、牛脂の香ばしさが感じられた。


「おいしいですね。」


「でしょう?」


「思っていたのとかなり違います。そばが入ったお好み焼きくらいに思ってました。」


もう一切れ切って食べた。


今度は鉄板にもう少し長く触れていた麺も一緒に切れた。


最初より外側が少しよく焼けていた。


香ばしさが強かった。


魚粉の香りも、ソースに完全に埋もれてはいなかった。


美咲さんが自分のものを少し切った。


「うどんも食べてみます?」


「いいんですか?」


「はい。」


小さなコテにのせた一切れを、僕の皿へ置いてくれた。


うどんはそばよりずっと柔らかく、もちっとしていた。


同じソースと同じ具材なのに、麺が変わるとかなり印象が違った。


「僕はそばのほうが好きかもしれません。」


僕が言うと、美咲さんがすぐ答えた。


「私はうどん。」


「綾乃さんは?」


「私もそばです。」


「味は好みですからね。」


僕たちは鉄板の上で少しずつ切りながら食べた。


最初は半分に折られているので思ったより小さく見えたが、食べてみると量も少なくなかった。


ずっと鉄板の上に置かれているので、最後まで温かかった。


ソースが少しずつ焼けて、最初より香りも強くなった。


僕は最後の一切れまで食べて、コテを置いた。


「これはまた食べたいですね。」


美咲さんが笑った。


「だから食べてみようって言ったじゃないですか。」


気持ちよく食事を終えたあと、また車に乗った。


「じゃあ、今度は北条へ行きましょう。」


ヘリコプターは、すでに北条のほうの着陸場所に着いているという。


僕たちは北へ向かった。


さっきまで空から見下ろしていた海岸を、今度は車の窓から見ていた。


北条に近づくにつれて、低い建物の向こうに海がより近く見えるようになった。


海岸沿いには小さな港と防波堤が続いていた。


高い建物があまりないので、海が町のすぐそばまで入り込んでいるように感じた。


その向こうには、さっき空から見下ろした瀬戸内海の島々がまた重なって見えた。


美咲さんが窓の外を指した。


「あそこです。」


僕はその方向を見た。


海岸のすぐ前に、木々に覆われた小さな島が浮かんでいた。


「鹿島です。」


車が北条のほうへさらに入ると、港と防波堤が見えた。


そのすぐ前に鹿島が浮かび、その向こうにはまた瀬戸内海の島々が続いていた。


僕はしばらく窓の外を見つめた。


河野信夫が祖父に話していた故郷の景色だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。