第118話 俺は日本人だった
男は私を見た。
私が日本語で尋ねるとは思っていなかったようだった。
しばらく私を見ていた男は、自分は日本人だと言った。
男の名前は河野信夫。
愛媛県温泉郡北条町が故郷だと言った。
男の日本語は自然だった。言葉を探して言いよどむこともなかった。
ただ、語尾やいくつかの表現は、私が普段聞き慣れていた日本語とは少し違っていた。
「~けん」「~しよる」といった表現が混じっていた。
私は、どうして北朝鮮軍に入ることになったのか尋ねた。
男はしばらく答えなかった。
やがて、自分の子供のころから話し始めた。
その話は思っていたより長かった。
男から聞いた内容を、ここに書き残しておくことにした。
僕は資料から目を離した。
「愛媛県温泉郡北条町……実際にあった地名なんですか?」
ふと僕が尋ねると、美咲さんが少し考えた。
「北条なら、松山の北にあるところだと思いますけど。」
綾乃さんがノートパソコンで確認した。
「ありました。今は松山市に入っていますけど、当時は温泉郡北条町だったんですね。」
僕は再び祖父が残した記録へ目を戻した。
その男の人生を読み始めた。
読んでいるうちに、その内容が少しずつ頭の中に浮かんできた。
◆◆◆
子供のころの記憶で、最初に浮かぶのは海だった。
港の前には鹿島が近くに浮かんでいた。
天気がよければ島の木まで見え、その向こうには小さな島々が重なるように見えた。
夕方になると、日が鹿島の向こうへ沈んだ。
父は朝鮮で商売をしていた。
どんな商売をしているのか、子供のころは詳しく知らなかった。
朝鮮へ行って会社を経営していて、よく稼いでいる。その程度しか知らなかった。
父は欠かさず金を送ってきた。
そのおかげで、暮らしに困った記憶はほとんどない。
そうして、いつの間にか十五歳になった。
大人たちが、米軍の空襲の話をするようになった。
警報が鳴ることもあった。
そのころ、朝鮮にいた父から手紙が届いた。
しばらく朝鮮に来ていろと書いてあった。
内地より、むしろこちらのほうが安全だという。
それに、俺ももう十五になったのだから、会社の仕事がどう回っているのか少しくらい覚えておくのもいいと書いてあった。
母は最初、心配していた。
それでも父がいる場所だから、数か月くらい行ってくるなら大丈夫だろうと言った。
俺もそう思った。
俺は母を残して朝鮮へ行った。
船で渡った朝鮮。
京城にある父の会社を初めて見た。
ところが会社には、朝鮮人が大勢いた。
俺は父に尋ねた。
「どうして朝鮮人がこんなにいるんですか?」
父は何でもないことのように答えた。
「ここは朝鮮だからな。会社をやっていくなら、ここの人間と仕事をしないといけない。」
俺はそれ以上聞かなかった。
だが、それが気に入らなかった。
俺にとって朝鮮人は、怠け者で汚い連中だった。
内地人の俺が朝鮮人と話したり、挨拶をしたりすること自体が嫌だった。
友達と一緒に歩いていて、一人で歩く朝鮮人を見つけると、悪口を言って唾を吐くこともあった。
朝鮮人は何も言えず、俺たちを避けていった。
それを見て笑った。
臆病者だ、と。
そのうち巡査に捕まって、ひどく叱られたこともあった。
父が俺を迎えに来た。
家へ帰る途中、かなり叱られたが、俺は気にしなかった。
どうせ少しいたら故郷へ帰ればいいだけだった。
ところが突然、戦争が終わったと聞いた。
最初は、どういう意味なのかよくわからなかった。
日本が戦争に負けたという。
俺は呆然とその話を聞きながら、故郷にいる母のことを考えた。
俺は父に尋ねた。
「いつ日本に帰るんですか?」
父はすぐには答えなかった。
会社からの帰りが遅くなる日も続いた。
朝鮮人たちが訪ねてきて、父は彼らと長いあいだ話をしていた。
数日後、俺はもう一度尋ねた。
「もう日本に帰らないといけないんじゃないですか?」
「少し待て。」
「どれくらいですか?」
父は答えなかった。
そのあとも何も変わらなかった。
俺はだんだん苛立ってきた。
そのころ、父が言った。
「会社のことで、片づけないといけないことが多い。」
「もしかして、朝鮮人たちが父さんの会社を奪おうとしてるんですか?」
「違う。」
「じゃあ何ですか?」
父はしばらく俺を見た。
「お前が知らない話がある。」
「何ですか?」
父はすぐには話さなかった。
少しして、低い声で言った。
「お前のお祖父さんは、もともと朝鮮人だった。」
俺は、父が何を言っているのかわからなかった。
「お祖父さんが朝鮮人だったんですか?」
「ああ。」
「どういうことですか?」
俺が知っていた祖父は日本人だった。
祖父が朝鮮で生まれた人だとは、考えたこともなかった。
父はしばらく黙っていた。
それから、ゆっくり話し始めた。
祖父が十五歳くらいのころの話だという。
何隻もの船を持つ船主の家で、家の仕事を手伝うために初めて船に乗ったそうだ。
その途中、海で大きな時化に遭った。
船は壊れ、一緒に乗っていた人たちは一人、また一人と見えなくなった。
祖父自身も、どうやって生き残ったのか正確には覚えていなかったという。
どれだけ海を漂っていたのかもわからなかった。
やがて日本の船に助けられ、唐津へ入った。
どこへ行けばいいのかもわからず、朝鮮の家族に自分が生きていることを知らせる方法もなかった。
唐津には商売に来ていた人が大勢いた。
その中に、愛媛県から来た商人がいた。
その人が祖父の事情を知った。
行くところのない子供をそのまま置いていくことはできず、連れていったという。
祖父はその商人について愛媛県へ行った。
最初はその家の仕事を手伝った。
日本語を覚え、商売のやり方も少しずつ学び、のちに正式にその家の養子になった。
日本名を得て、日本の戸籍にも入った。
その後、祖父は成人してから北条町出身の女性と結婚し、妻の故郷へ移り住んだ。
その間に父が生まれた。
祖父は三十歳くらいのころ、朝鮮へ行ったという。
離れた家族がまだ生きているのか、確かめたかったそうだ。
日本で新しい家族を作って暮らしてきたが、自分がどこで生まれたのかは忘れられなかったらしい。
「見つかったんですか?」
俺が尋ねた。
父はうなずいた。
「見つかった。」
祖父は子供のころ暮らしていた場所を探し歩き、人に尋ねたという。
昔の家があった場所にも行った。
家族はまだそこに暮らしていた。
死んだと思っていた子供が十数年も経って、日本人になって戻ってきたので、みんな驚いたという。
俺は何も言わなかった。
父は話を続けた。
祖父の家は何隻もの船を持つ船主の家だった。
だが、日本の漁師たちが朝鮮沿岸へ多く入ってくるようになり、いい漁場や取引をめぐる競争が激しくなるにつれて、以前のように船を動かして生計を立てることがだんだん難しくなったという。
どうすればいいか悩んでいたところへ、死んだと思っていた子供が日本人になって戻ってきた。
家族は持っていた船の一部を処分し、会社を作ることにした。
当時、朝鮮で会社を作るには許可が必要だったという。
朝鮮人が申請するより、日本名と日本人としての身分を持つ祖父が前に立つほうが、役所や銀行、日本人商人を相手にするうえで有利だった。
それで祖父は自分の名前を出した。
そうして会社を作ったという。
俺は父を見た。
「その会社が……。」
「そうだ。」
父が言った。
「俺が継いでやっている会社だ。」
俺はすぐには答えられなかった。
「じゃあ、会社にいる人たちも……。」
「一部は親戚だ。」
俺はもう一度父を見た。
「親戚なんですか?」
「お前のお祖父さんのほうの家族だ。親戚じゃない人たちも、昔から一緒に働いてきた者たちだ。」
俺は、なぜあの人たちが父とあれほど親しいのかわからなかった。
だが、理由があった。
父は子供のころから、この会社の話を知っていたという。
祖父は朝鮮の家族とずっと連絡を取り、会社が大きくなるにつれて、日本と朝鮮を行き来することも増えた。
父が大人になってからは、祖父に代わって朝鮮で仕事を任されるようになった。
そのうち、朝鮮に滞在する期間のほうが長くなった。
俺が子供のころ、父がほとんど家にいなかったのもそのためだった。
父が言った。
「お前とお前の母さんに送っていた金も、ここで稼いだ金だ。」
俺は何も言わなかった。
やがて尋ねた。
「それで?」
父が俺を見た。
「何がだ?」
「お祖父さんが朝鮮で生まれたからって、俺と何の関係があるんですか?」
父はすぐには答えなかった。
「お祖父さんは日本人になったんでしょう。」
「ああ。」
「父さんも日本で生まれた。」
「そうだ。」
「お祖母さんも、母さんも日本人でしょう。」
父がうなずいた。
「俺も日本で生まれました。」
俺は言葉を止めなかった。
「日本の学校に通って、俺の名前も日本の戸籍にあります。」
父は何も言わなかった。
「北条が俺の故郷です。俺は日本人です。朝鮮とは関係ありません。」
家から少し歩けば見えた瀬戸内海と、港の景色が浮かんだ。
俺が知っているものは、すべてそこにあった。
今、祖父の出自を知ったからといって、俺が急に別の人間になったわけでもなかった。
俺はもう一度言った。
「もう会社を片づけて、早く日本へ帰りましょう。」
「簡単なことじゃないんだ。日本人名義の財産は米軍に没収されるという噂もある。それまでに処理しておかないといけないものが多い。」
「処理って?」
「本来の持ち主たちに戻さないといけない。」
「朝鮮人たちに会社をそのまま渡すんですか?」
「朝鮮人じゃない。家族だ。」
俺はその言葉が気に入らなかった。
家族という言葉に朝鮮人が含まれることが嫌だった。
俺は日本人だった。
あいつらと同じ括りにされたくなかった。




