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第117話 本当に日本人なのか?

僕は、最後の数行をしばらく見つめていた。


「……なんというか、複雑ですね」


僕がそう言うと、美咲さんが小さくうなずいた。


「そうですね」


綾乃さんも黙っていた。


僕は少し間を置いて、次の記録を確認した。


巨済へ出発したあとの記録だった。


数か月ぶりに、また巨済へ来た。

前に来たときより収容区域がずっと増えていた。

捕虜もかなり多くなっていた。

中共軍捕虜も前よりよく見かけた。


今回、私が担当することになったのは、全体の補給物資の管理だった。

倉庫から出る数量と、収容区域ごとの支給量、残っている物資の数が合っているかを確認すればよかった。


自分で支給現場まで行く必要はなかった。

だが、物資がきちんと支給されているか確認するため、自分も同行することにした。


私が同行しようとすると、現場を担当していた上等兵が、最近は収容所の中が危険だと言った。

そして、アメリカ製のタバコを一箱差し出した。

封も切られていない新品だった。

米軍部隊から流れ、闇市で高く売られていたものだった。


ここでタバコでも吸って休んでいればいいと言った。

前に来た管理担当者たちもそうしていたと言った。


私はいらないと言った。

これからは、こういうものを持ってこないように言った。

支給がきちんと行われているかだけ確認すると言って、一緒に中へ入った。


私が直接現場まで確認するという話が広まってからは、数量がずっと合うようになった。

上の人間たちも喜んでいると聞いた。


僕は一度、記録から目を上げた。


「ただタバコを勧めただけではないですよね?」


美咲さんが言った。


「私もそう見えます。特に闇市で高く売られていたアメリカ製のタバコなら、人を懐柔するには使いやすい物だったのかもしれませんね。」


綾乃さんが少し考えてから言った。


「『前に来た管理担当者たちもそうしていた』というところのほうが気になりますね。」


僕もその部分をもう一度見た。


「もしかすると、そういう理由で祖父が派遣されたんじゃないでしょうか?」


「ずっと物資の数が合わなかったからですか?」


「はい。でも巨済捕虜収容所は危険だと思われていたでしょうから、みんな行きたがらなかったのかもしれません。」


「それで佐伯さんが行くことになったんでしょうか?」


「そうかもしれません。ただ、今の段階でははっきりした答えは出せませんね。僕たちが確認できるのは、手帳とノートに書かれていることだけですから。」


「そうですね。」


「とにかく、祖父を巨済へ送った理由は少し怪しいですけど……。」


「佐伯さんの補給管理能力が高かったということ自体は、本当だったんですね。」


少なくとも補給管理だけを見れば、適任者を送ったことにはなる。


僕たちは次の記録を読んだ。


捕虜が増えた分、送らなければならない食料や生活物資も増えた。

警備兵も前に来たときより増えていた。

それでも収容所全体を管理するには足りないように見えた。


以前来たときより、警備兵たちの目つきが険しくなっていた。

まともに休めていない者も多いと聞いた。


捕虜たちの雰囲気も前とは違っていた。

互いに警戒している者が多いように見えた。

喧嘩がよく起きると聞いた。


捕虜の中でも派閥が分かれていると聞いた。

共産側につく者たちと、その反対側の者たちが争うことがあるとも聞いた。


前に来たときも居心地のいい場所ではなかった。

それでも、ここまで殺伐としてはいなかったように思う。


美咲さんが先に口を開いた。


「佐伯さんは前にもここにいたんですよね。それから釜山へ行ったわけで。」


「はい。」


「最初に勤務していたときも捕虜収容所が平穏だったわけではないでしょうけど、今はそのときより状況が悪くなっているみたいですね。」


「そうみたいです。」


今回の記録では、人々のあいだの雰囲気からして前とは違っていた。


綾乃さんが言った。


「警備兵たちも、かなり疲れていたみたいですね。」


「そうですね。捕虜が急激に増えたなら、彼らだけですべて管理するのは難しかったでしょうし。」


僕は前と同じように、ノートパソコンを使わせてもらった。


綾乃さんがノートパソコンの認証を済ませて、外部ネットワークへ接続できるようにしてくれた。


僕は当時の巨済捕虜収容所の収容規模から調べた。


「もともと巨済には、六万から九万人ほどの捕虜を収容する計画だったそうです。」


美咲さんが画面を見た。


「それが?」


「1951年6月末には、すでに十四万人を超えていたと出ています。」


「……そんなにですか?」


「はい。祖父が最初に巨済にいたのが、だいたい二月の初めごろだったと思うので、数か月のあいだにかなり増えたことになりますね。」


僕は別の内容も確認した。


「当初の計画人数を大きく超えたうえに、警備の人員も足りなくて、管理がだんだん難しくなっていったみたいです。」


綾乃さんが、さっきの記録をもう一度見た。


「それなら、『警備兵たちの目つきが険しくなっていた』という記録もわかりますね。」


「そうですね。」


僕たちは再び祖父の記録へ目を戻した。


数日間、似たような仕事を続けた。


今日、新たに北朝鮮軍の捕虜たちが入ってきた。

新しく入ってきた捕虜たちに、服や靴、毛布などの基本物資を支給しなければならなかった。


私は支給数量を確認するため、現場へ行った。

捕虜たちは長い列を作っていた。

順番が来ると物を受け取り、横へ移動していった。


私は管理責任者として、片側に座って支給の様子を見ていた。


そのとき、一人の捕虜が列から動かなかった。

物も受け取ろうとしなかった。


担当者が早く受け取れと言ったが、その男は手を振って拒んだ。

後ろに並んでいた捕虜たちが苛立ち始めた。


誰かが、あいつは頭がおかしいと言った。

ずっと自分は日本人だと言い張っているとも言った。


その瞬間、私はその男をもう一度見た。


そのとき、その捕虜が叫んだ。


俺は日本人だ!

あんな汚い朝鮮人どもと一緒にはいられない!


日本語だった。


周囲の捕虜の中にも、少なくない者が意味を理解したようだった。

ほかの言葉はわからなくても、「汚い朝鮮人」という言葉は聞き取れた者が多かったのだと思う。

昔、私の周りにいた日本人たちが、朝鮮の人々に対してよく使っていた言葉だった。


一瞬で、周囲の空気が冷たくなった。


後ろから罵声が聞こえた。

一人の捕虜がその男に飛びかかった。

すぐに数人がさらに入り乱れた。


警備兵たちが駆けつけ、銃を構えた。


私は撃つなと叫んだ。

警備兵たちと一緒に捕虜たちを引き離した。


日本人だと主張していた捕虜は、その場に倒れていた。


私はその男を医務室へ連れていった。

武装した警備兵が一人ついてきた。


衛生兵が傷を確認した。

片方の手首を手錠で寝台につなぎ、勝手に起き上がれないようにした。


しばらくして、男が意識を取り戻した。


私は警備兵に、扉の外で待つように言った。

警備兵は少しためらったが、わかったと言って外へ出た。


私は寝台に横たわる捕虜を見た。


そして日本語で尋ねた。


本当に日本人なのか?

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