第113話 行けばいいじゃないですか
釜山での記録は、そのまま続いていた。
車両が到着した。
物資を受け取った。
数量を確認した。
車両に積んで送り出した。
似たような内容が数日間続いた。
僕は次の記録を確認した。
仕事で外に出た。
海辺で遠くに島が見えた。
隣にいた同僚が対馬だと言った。
綾乃さんが尋ねた。
「釜山から対馬が見えるんですか?」
「天気のいい日には見えると聞いたことがあります。」
そのとき、スマートフォンが鳴った。
美咲さんからのLINEだった。
[仕事、終わりました。私もそっちに行っていいですか?]
[はい。大丈夫です。]
しばらくして、美咲さんが二階の作業室へ上がってきた。
「どこまで見ました?」
僕は、これまで確認した内容を簡単に話した。
僕たちは引き続き記録を確認した。
また車両と物資についての内容が何行か続いた。
すると、突然食べ物の話が出てきた。
部隊に戻る前、同僚と豚クッパを食べた。
おいしかった。
美咲さんが記録を見下ろした。
「『おいしかった』ってところまで書いてありますね。」
「そうですね。食べ物の味をこんなふうに書いてるのは、あまりなかった気がします。」
綾乃さんが尋ねた。
「豚クッパって何ですか?」
「釜山で有名な料理です。豚肉の入ったクッパです。」
僕は豚クッパの由来を少し思い出した。
「豚クッパの由来ははっきりしていないんですが、朝鮮戦争のときに釜山へ来た避難民のあいだから生まれたという説があります。」
綾乃さんが、もう一度記録を見た。
「その説が正しいなら、佐伯さんが食べたころも、まだ生まれてそれほど経っていなかったのかもしれませんね。」
「そうかもしれません。」
僕たちは次の記録へ進んだ。
また補給物資を受け取り、確認し、送り出す内容が続いた。
そして、見慣れた表現が現れた。
朴相吉氏の娘が訪ねてきた。
おかずを持ってきた。
衛兵所まで出て受け取った。
次からは持ってこないように言った。
「朴美來さんが、佐伯さんに会いに来たんですね。」
僕は美咲さんの言葉にうなずいた。
「祖父が釜山へ来たことで、前よりは訪ねやすくなったんでしょうね。」
僕は最後の一行をもう一度見た。
次からは持ってこないように言った。
「ここまで見た内容、一度下へ行ってもう少し話してみますか?」
綾乃さんの提案で、僕たちは一階へ下りた。
「閲覧用に解像度を落としたファイルです。確認するくらいなら、これで十分です。」
ノートパソコンの画面に、上で見ていた資料が表示された。
美咲さんが瀬戸田レモンのお菓子を一つ取りながら尋ねた。
「ところで、どんなおかずだったんでしょう?」
「うーん。」
僕にもわからなかった。
「前に佐伯さんが好きだと言っていたおかず。もしかして、それだったんでしょうか?」
「僕も、それだったような気はします。」
僕は以前の資料を探した。
画像を何枚か進め、該当する記録を見つけた。
「これですね。」
母が好きなおかずを尋ねた。
私は……と答えた。
そして、自分も好きだと言った。
おかずの名前が書かれた部分は、今も読み取れなかった。
綾乃さんが画面を見た。
「この部分ですね。紙の繊維がかなり弱くなっていて、インクもにじんでいました。」
綾乃さんが画面を拡大した。
「これ以上手を加えると紙の表面が剥離するおそれがあったので、追加の処置はしていません。保存はできても、すでに読み取れなくなった文字を読める状態に戻すことはできませんでした。」
綾乃さんが僕に尋ねた。
「ところで、軍隊にこうやっておかずを持ってきてもいいんですか?」
「僕が軍にいたときは、外の食べ物を勝手に部隊の中へ持ち込むのは難しかったです。ただ、面会に来た家族が食べ物を持ってくることはありました。面会場所で一緒に食べることもありましたし。」
「では?」
「当時の規則はわかりませんけど、祖父は衛兵所まで出て受け取ったと書いてますよね。面会に来た人が持ってきたものとして、衛兵所で受け取れたのかもしれません。」
綾乃さんがうなずいた。
そのとき、美咲さんが慎重に口を開いた。
「私がこんなことを言っていいのかわかりませんけど……この一文、少し気になりました。朴美來さんは傷ついたかもしれませんね。」
次からは持ってこないように言った。
誰もすぐには答えなかった。
僕は画面に残っている記録をもう一度見た。
朴相吉氏の娘が訪ねてきた。
「……まだ『朴相吉氏の娘』なんですね。」
綾乃さんが短く答えた。
「そうですね。」
美咲さんがお菓子をもう一つ手に取って言った。
「でも、さっきの豚クッパ、ちょっと気になりますね。」
綾乃さんもすぐに反応した。
「私もです。」
「ちょうどお昼も近いですし、配達してくれるところありますかね?」
美咲さんがスマートフォンを取り出した。
前に使ったデリバリーアプリを開いて検索した。
しばらく画面をスクロールしていた美咲さんが言った。
「ないですね。」
「まったくないんですか?」
「似たようなのはいくつか出てきますけど、探してる豚クッパとは違うみたいです。」
僕もノートパソコンで検索してみた。
デリバリーアプリではなく、普通に検索してみると、何軒か出てきた。
そのうち一軒で手を止めた。
「ここにはありますね。」
二人が僕のほうへ身を寄せた。
いろいろな国の料理を扱うアジアンダイニングだった。
メニューを見ていくと、豚クッパもあった。
僕は配達の有無を確認した。
「でも、この店は配達してないみたいです。」
「残念ですね。」
そのとき、綾乃さんが言った。
「行けばいいじゃないですか。」
僕は綾乃さんを見た。
「……今ですか?」
「はい。食べたいときに食べたほうがいいです。そうしないと、あとでずっと気になって仕事の邪魔になりますから。」
そう言われると、妙に説得力があった。




