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元妻がサキュバスになって敵側の弁護士!?人類の運命をかけた裁判で俺と戦うらしい  作者: アラベ幻灯


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4/5

赤い残滓――悪魔が初めて沈黙した日

今夜、法廷の空気が変わります。


リリスが一歩リードしたはずの宇宙裁判。

けれどアダムは、たった一枚の記録で流れそのものをひっくり返そうとします。


誰が誰を堕落させたのか。


そして――

勝てばゼンタイの恩寵を取り戻せるこの裁判で、

ついに悪魔たちの側にも、あの感情が生まれます。


どうぞお読みください。

 最初に飛んだのは、一人の老人だった。


 いや――飛んだ、というより、折れた。


 人類側の席にいたその老人は、もはや己の不安に耐えきれなかったのだろう。両肩を震わせたかと思うと、その身体はぎこちなく折り畳まれ、骨も肉も意思もすべて紙のように薄くなっていった。


 次の瞬間。


 彼は紙飛行機になっていた。


「もう終わりだ……!」


 誰かが叫ぶ。


 それを合図にしたように、法廷のあちこちで人間たちが次々と折れ始めた。


 肩が尖り、腕が畳まれ、背が折れ、白い紙のような身体へと変わっていく。


 紙飛行機。


 何十、何百という紙飛行機が、法廷の中を旋回した。


 彼らは悪魔たちに向かって突撃した。


 しかし――


 かすりもしない。


 悪魔たちはただそこに立ち、静かにそれを見ているだけだった。


 紙の機体が悪魔たちの肩や腕に触れても、何の傷も残らない。


 ただ、ぱさり、と床に落ちる。


 また飛ぶ。


 また落ちる。


 その無力さが、法廷の空気をますます冷たくした。


 アダムはその光景を見つめながら、拳を握った。


 人類はまだ敗北していない。


 まだだ。


 まだ、終わっていない。


 そのとき、ゼンタイの槌が静かに鳴った。


「静粛に」


 その一言だけで、法廷はかろうじて形を取り戻す。


 紙飛行機になった人間たちも、ふらふらと元の姿へ戻っていった。


 ゼンタイの視線がアダムに向く。


「アダム殿。証拠と証人を提示してください」


 アダムは深く息を吸った。


 胸の鼓動がうるさいほど響く。


 だが、もう迷いはなかった。


 彼は一歩前へ出る。


「証人として――トム・ピプキンを呼びます」


 法廷がどよめいた。


 リリスの瞳が、わずかに細くなる。


「異議あり」


 彼女は即座に立ち上がった。


「トム・ピプキンは我々悪魔側の証人よ。もしアダムが彼を使うなら、何らかの操作か、強要の疑いがあるわ」


 ゼンタイは即答した。


「異議を却下する」


 静かだが、絶対だった。


「続けてください」


 アダムは一礼した。


「閣下。リリス殿は教皇インノケンティウス八世の事例をもって、人類の悪は悪魔の介入なしに成立すると論じました」


 彼は一拍置く。


「しかし、それは一例に過ぎません」


 法廷に視線を巡らせる。


「一例だけで、人類史全体を断定することはできない」


 そして、一枚の絵画を掲げた。


「ここに、教皇アレクサンデル六世の若き日の肖像があります」


 人類も悪魔も、その絵に目を向けた。


 若きアレクサンデル六世。


 その隣には、一人の男がいた。


 痩せた顔。


 細い指。


 異様に静かな微笑み。


「アウグスト・フロリネッティ」


 アダムは言った。


「ボローニャ大学における、アレクサンデル六世の師の一人です」


 リリスが鼻で笑う。


「ダーリン、それが証拠? 絵なんて誰にでも描けるわ」


 アダムは頷いた。


「その通りです。だからこそ――」


 彼はトム・ピプキンへ視線を送った。


 全知の神は、音もなく一枚の円盤を差し出した。


 DVD。


「観測記録です」


 ゼンタイが頷く。


「上映を許可する」


 法廷の灯りが落ちた。


 映像が始まる。


 若きアレクサンデル六世が映る。


 まだ青年だ。


 まだ完全には堕ちていない。


 その身体には、はっきりと緑の光が宿っていた。


 人間の色。


 人類側の席から、かすかな息が漏れる。


 そして――


 アウグストが現れた。


 その瞬間、法廷の空気が変わる。


 彼の全身は、完全な赤に包まれていた。


 濁りも、混じりもない。


 純粋な赤。


 悪魔の色。


 映像の中で、アウグストは若きアレクサンデル六世の肩に手を置く。


 すると。


 赤が、流れ込んだ。


 ゆっくりと。


 確実に。


 アレクサンデル六世を包んでいた緑の光の中へ、赤い筋が入り込んでいく。


 最初は一本。


 次に二本。


 やがて細かな亀裂のように広がっていった。


 そして。


 青年の目つきが変わる。


 表情が変わる。


 言葉が変わる。


 思考が変わる。


 映像は、その変化を容赦なく映し続けた。


 法廷の誰もが、言葉を失った。


 アダムは静かに言った。


「これが――悪魔の介入です」


 沈黙。


 今度は、人類ではない。


 悪魔たちだった。


 最初に動いたのは、若い悪魔だった。


 彼は突然、懐から小袋を取り出した。


 中には、小さく砕かれた魂が入っていた。


 乾いた音を立てながら、それを口へ放り込む。


 ひとつ。


 ふたつ。


 みっつ。


 止まらない。


 別の悪魔も同じように食べ始める。


 また一人。


 また一人。


 やがて悪魔たちは、法廷のあちこちで魂のスナックをむさぼり始めた。


 ぱり。


 ぱり。


 ぱり。


 その音だけが、異様にはっきりと響く。


 しかし、それでも落ち着かない。


 一人の悪魔が、突然床に座り込んだ。


 そして羊皮紙を広げ、狂ったように何かを書き始める。


「責任とは何か」


「悪とは本質か、作用か」


「自由意志は存在するのか」


 別の悪魔も書き始める。


 また別の悪魔も。


 やがて法廷の床は、無数の哲学的断章で埋め尽くされていった。


 食べる。


 書く。


 食べる。

挿絵(By みてみん)

 書く。


 それでも、不安は消えない。


 アダムはそれを見ていた。


 ほんの少しだけ、天秤が動いたのを感じた。


 リリスは立ったまま、何も言わなかった。


 その瞳だけが、冷たくアダムを射抜いていた。


 法廷の空気は、再び壊れ始めていた。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


この章では、ほんの少しだけ天秤が揺れました。


人間が恐怖で狂ったように、

今度は悪魔たちもまた、平静ではいられません。


次回はさらに、法廷の奥に沈んでいたものが姿を現していきます。


もし「この先が気になる」と思っていただけたなら、とても嬉しいです。

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