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元妻がサキュバスになって敵側の弁護士!?人類の運命をかけた裁判で俺と戦うらしい  作者: アラベ幻灯


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5/5

記憶はなぜ、ここまで食い違うのか

この章では、アダムとリリスが初めて「互いの過去」に真正面から触れます。


同じはずの時間。

同じはずの出来事。


なのに、二人の記憶はまったく噛み合いません。


どちらが嘘をついているのか。

それとも――。


今夜、法廷はさらに深い場所へ沈みます。

記憶は互いを赦さない


ゼンタイは静かに立っていた。


その両手には、巨大な二つの硝子玉が浮かんでいる。


ひとつは淡い緑を帯び、もうひとつは深い紅を孕んでいた。


法廷の誰も、その正体を知らない。


だが、それを見た瞬間、アダムの胸は不意に締めつけられた。


リリスもまた、わずかに瞳を細める。


ゼンタイは二つの球体をゆっくり近づけた。


触れ合う寸前。


――ぱち、と乾いた音がした。


二つは拒絶するように反発し、再び離れた。


ゼンタイは何も言わなかった。


ただ静かに、その球体を宙に浮かべたまま、法廷を見下ろした。


その沈黙が、誰の言葉よりも重かった。


アダムとリリスは、再び互いを見た。


先ほどまでの証拠の応酬とは違う。


今、二人の視線の奥には、もっと古いものがあった。


もっと個人的で、もっと醜く、もっと深いものだった。


「……お前は、俺を裏切った」


アダムが言った。


低く、押し殺した声だった。


リリスは微笑む。


だが、その笑みにはわずかな硬さがあった。


「またその話?」


「何百回だ」


アダムの喉が乾く。


「俺は知らなかった。長いあいだ、何も知らなかった」


その言葉とともに、彼の記憶が揺れた。


まだ世界が若かった頃。


リリスは夜になると、よくどこかへ消えた。


最初、アダムは気にしなかった。


彼女は自由な女だった。


気まぐれで、苛烈で、時に優しかった。


だが、ある夜。


彼は目を覚ました。


傍らが冷えていた。


外に出る。


夜風が草を揺らしていた。


遠く、木々の向こうにリリスの背中が見えた。


その隣に、知らない男がいた。


二人は何かを語り合っていた。


男が笑った。


リリスも笑った。


その瞬間、アダムの胸の中で、何かが静かに崩れた。


それから何度も見た。


別の男。


また別の男。


百回か、千回か。


数えようとしたが、途中でやめた。


知れば知るほど、自分が小さく、惨めに思えたからだ。


「お前は俺を見ていなかった」


アダムの声は震えていた。


「お前は最初から、俺を足りないものとして見ていた」


「――嘘」


リリスが言った。


その声は鋭かった。


「あなたは嘘をついているわ、アダム」


彼女の紅い瞳が細くなる。


「そんなふうじゃなかった」


そして今度は、リリスの記憶が開いた。


白い光の場所。


音のない高み。


あの頃、自分は完全だった。


穢れも、欠落も、飢えも知らなかった。


ゼンタイの命によって、彼女は地へ降りた。


ひとりの人間を見守るために。


それがアダムだった。


彼は不完全だった。


弱く、迷い、すぐ恐れ、すぐためらった。


それでも最初、リリスは誠実であろうとした。


手を取った。


隣を歩いた。


夜には彼の寝息を聞いた。


だが地上は、あまりにも重かった。


土の匂い。


汗の匂い。


肉体の熱。


欲望。


躊躇。


曖昧さ。


そのすべてが、少しずつ彼女の内側を汚していった。


「私はあなたに失望したのよ」


リリスは言った。


「あなたはあまりにも不完全だった」


アダムが息を呑む。


「お前……」


「私は守るために来た。なのに、あなたの世界が私を壊した」


「違う!」


アダムが叫んだ。


「違う。そんなはずはない!」


「違うのはあなたよ!」


「嘘つきだ!」


「あなたが嘘つきよ!」


「それは起きていない!」


「それこそ起きていない!」


法廷に声が反響した。


互いの言葉は刃のようにぶつかり、どちらも引かなかった。


そのときだった。


二つの硝子玉が、かすかに震えた。


法廷の誰もが息を止める。


そこに浮かんでいたのは――


アダムの記憶。


リリスの記憶。


そして、どうしても重ならない二つの世界だった。


ゼンタイは再び、それらを近づけた。


だがやはり、二つは拒絶した。


ほんの少し力を込めれば、無理やりひとつにできる。


しかしゼンタイは、それをしなかった。


その代わり、静かに言った。


「……そろそろ、真実を見せる時だ」


その瞬間。


ゼンタイの口元の空間が、奇妙に歪んだ。


最初は小さな渦だった。


だが次の瞬間、それは宇宙規模の吸引へと変わった。


「な――!?」


人間たちが悲鳴を上げる。


悪魔たちも立ち上がった。


床も、椅子も、書類も、証拠も、叫び声も。


すべてが吸い込まれていく。


アダムがリリスの手首を掴んだ。


リリスも反射的に彼の腕を掴み返した。


二人は同時にゼンタイを見上げた。


ゼンタイの眼差しは、どこまでも静かだった。


そして――


人間も悪魔も、法廷にいたすべての存在は、そのままゼンタイの内部へと吸い込まれていった。

挿絵(By みてみん)

虚無だけが残った。

読んでくださってありがとうございます。


証拠の応酬は、ついに「歴史」ではなく「記憶」そのものへ入りました。


次回、ゼンタイがついに口を開きます。


この裁判に勝者はいるのか。

それとも、最初から誰も知らなかった何かがあるのか。


次章で、物語は大きく動きます。

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