『全員、壊れた。――“悪魔の関与ゼロ”が証明された瞬間、人類が発狂した』
これ、マジでヤバい回です。
今回はついに「証拠」が出ます。
しかも――悪魔の関与が完全に否定される証拠です。
その結果どうなるか?
安心とか納得じゃありません。
人類が壊れます。
裁判なのに、法廷なのに、
誰も止められません。
「もし本当に、誰のせいでもなかったら?」
その答えが、この回です。
それは――証人などと呼んでいい存在ではなかった。
法廷の扉が、音もなく開く。
そこに“入ってきた”ものを見た瞬間、誰もが理解した。
これは、生き物ではない。
概念だ。
トム・ピプキン。
全知の神。
人の姿をしているはずのその存在は、しかし完全には擬態しきれていなかった。
その輪郭は揺らぎ、顔は定まらず、まるで「誰かの記憶の寄せ集め」のように歪んでいる。
瞬きをするたびに、背後に“別の何か”が透けて見えた。
巨大な二つの眼。
無数の白い翼。
そして、燃え続ける炎。
それは一瞬で消える。
だが、見た者の脳には焼き付いて離れない。
人類側の席から、かすかな悲鳴が漏れた。
誰もそれを責めなかった。
責められるはずがない。
理解が追いつかないのだから。
ただ一人、リリスだけが微笑んでいた。
「ようこそ、トム・ピプキン。待っていたわ」
その声に応じるように、トム・ピプキンは証言台へと歩み出る。
その動きすら、どこか現実からズレていた。
足音は遅れて響き、影は別の方向へ流れている。
ゼンタイが静かに頷いた。
「証言を許可する」
リリスは優雅に一礼し、言った。
「閣下。本証人は、ある映像を提出してくれました。
教皇インノケンティウス八世――その在位中の観測記録です」
ざわめきが広がる。
人類側の何人かが、わずかに安堵の表情を浮かべた。
――教皇ならば。
――きっと、悪魔の関与があるはずだ。
その空気を、アダムは確かに感じ取っていた。
そして同じ期待を、彼自身も抱いていた。
「……上映を許可する」
ゼンタイの一言で、法廷の光が落ちる。
暗闇。
そして――映像。
スクリーンに映し出されたのは、確かに教皇インノケンティウス八世の姿だった。
豪奢な衣装。
威厳ある振る舞い。
しかし。
誰もがまず目にしたのは――その“色”だった。
淡く、しかしはっきりと輝く。
緑。
人類の証。
アダムは息を呑んだ。
だが、まだだ。
ここからだ。
誰かが囁くはずだ。
どこかで、赤が混じるはずだ。
誘惑。
堕落。
悪魔の影。
だが――
時間が過ぎる。
一分。
二分。
三分。
映像の中で、教皇は腐敗していく。
権力に溺れ、欲望に従い、堕ちていく。
だがその全てが――
緑のままだった。
「……赤が、ない……?」
誰かが呟いた。
その声は、やけに大きく響いた。
誰も否定できなかった。
どこにもない。
悪魔の痕跡が。
混じりすらしない。
完全な、純粋な――人間の選択。
アダムの手が、わずかに震えた。
そのときだった。
カン、と小さな音がした。
誰かが椅子を動かしただけの音。
だがそれが、引き金になった。
一人の人間が立ち上がる。
意味もなく。
理由もなく。
ただ、動かなければならないように。
彼は近くの石材を掴んだ。
そして――積み始めた。
カン、カン、カン。
誰も止めない。
止められない。
別の人間がそれを見て、同じことを始める。
また一人。
また一人。
やがてそれは“作業”ではなくなった。
衝動だった。
人類は、建て始めた。
法廷の中で。
柱の間に。
椅子の上に。
床を突き破り、石を積み上げ、構造を無視して上へ上へと伸ばしていく。
まるで、何かから逃げるように。
理解から。
現実から。
あるいは――神から。
アダムは動けなかった。
「……やめろ……」
声が出ない。
誰にも届かない。
その間にも、建築は加速していく。
いつの間にか、それは“都市”になっていた。
そして頂点。
最も高く積み上げられた場所に、一団が集まる。
楽器を持っていた。
いつの間に用意されたのかも分からない。
彼らは演奏を始めた。
ロックンロール。
原始的で、衝動的で、どうしようもなく人間的な音。
その音が、空間を震わせる。
波が広がる。
圧縮され。
歪み。
そして――弾けた。
光。
爆発。
小さな宇宙が、そこに生まれた。
星が瞬き、銀河が回転し、音楽とともに膨張していく。
その中心で、彼らはまだ演奏していた。
狂ったように。
いや、むしろ正気のままで。
だからこそ恐ろしかった。
その下で。
人類はさらに分裂する。
「これは我々のものだ!」
「いや、我々の都市だ!」
誰もが正しい理由を持っていた。
だからこそ、争いは止まらない。
武器が生まれ、衝突が起き、戦争が始まる。
すべて、法廷の中で。
すべて、人間だけで。
その光景を――
悪魔たちは、静かに見ていた。
誰一人として、動かない。
やがて一人が、床に膝をついた。
土などないはずの場所に、手を差し入れる。
そこには、あった。
いつの間にか。
黒い土が。
彼は種を撒いた。
無言で。
他の悪魔たちも、それに続く。
耕し、植え、水を与える。
規則的に。
機械のように。
やがて芽が出る。
成長する。
赤い光をわずかに帯びた――奇妙な麦。
それは、戦争の振動にも、爆発にも、宇宙の誕生にも関係なく、
ただ静かに、育ち続けた。
まるで、最初から決まっていたかのように。
アダムは、その全てを見ていた。
理解できなかった。
したくなかった。
だが、目を逸らせなかった。
そのとき。
椅子が、きしむ音がした。
リリスだった。
彼女はゆっくりと腰を下ろし、足を組む。
その表情には、勝利の色があった。
「……ねえ、ダーリン」
彼女は、楽しげに微笑む。
手に取ったのは、真っ赤なチェリー。
指先で転がし、口元へと運ぶ。
舌が、ゆっくりとそれをなぞる。
わざとらしく。
挑発的に。
そして――
くすり、と笑った。
「これでも、まだ……私たちのせいにするの?」
その一言が、何よりも鋭く、アダムの胸に突き刺さった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
この章で起きたことはシンプルです。
“他人のせいにできなくなった瞬間、人は壊れる”
アダムはまだ壊れていません。
でも――時間の問題かもしれません。
そして次は、逆です。
今度は悪魔側が揺らぎます。
ここからが本番です。
よければブックマーク・評価、めちゃくちゃ励みになります




