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スリーライティング・下 Three Lighting  作者: タイニ
第二十七章 出口の外には

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65 それから



あれから章と洋子の関係は良くなったわけではない。



けれど、いろいろなことが変わった。


まず、『あの歌』の作詞作曲に、新たなのレコーディングから『ドルダム&ドルティー』と入ったことだ。そして、功の名前も消えていない。

いつか『ダムディー』のファンがそれを見つける時が来るかもしれないが、親だと知れば誰もが納得するであろう。


功は顔立ちやスタイル、醸し出す空気は洋子に似ていたが、どことなく『ドルダム』にも似ていたから。そしてバイオリンも、歌も、声すらも。ダムディーの歌を受け継ぐのに違和感はなかった。





そしてなぜかこちらに、女版『オペラ座の怪人』も加わる。


「洋子さーん!」

「ふふ!」

マスクをつけた洋子にバイオリン太郎が嬉しそうだ。朝ちゃんもぐっと抱き着いた。

「わあ!ドレス、いいですね!!」

ユミナが嬉しそうだ。白を胸元に施した黒いドレスが憎らしいくらい様になる。



そうなのだ。デコボコ演奏隊に洋子も加わってしまったのだ。


ただ、洋子が出る時は功は来ないが。応援するのは時々県外から来てくれる若葉(わかは)や、広大の娘たち。洋子の娘の良子や末妹巻も付き添ってくれている。


『いいな~。絶対今度は私のいる時にやってよね!!もう私、今度クリスティーヌやっちゃうんだけど!!』

今回帰国できなかった里愛がレイン越しにうるさい。

「いかんやろ。怪人が女なら、相手はイケメンやないと。」

「クリスチャンとか、クリストファーとか?」

『なら私、女版ラウル?』

「楽しい!その時は私のいる時ね!」

今日はニキもいてうれしそうだ。

『絶対動画、送ってね!』



そして、仮装集団が控えているので、久々にデコボコ演奏隊が出演すると期待して待っていたのに、幽霊盗賊ががいないので、お客さんたちががっかりしているのが分かる。幽霊盗賊がいないのは初めてだ。


ザワザワしているところに、いつものおじいさんの声が飛んだ。

「お兄ちゃんウサギー!黒幽霊どうしたー?」

「今日は、おらんわー!!我慢してちょー!」

と、弓を手を振ると笑いが起こる。



ユミナの伴奏でジャーンとみんなで礼をすると、洋子の造作が美しく際立つのでみんな分かる。幽霊盗賊の姉、登場かと。


みんなの期待が改まった。


そして突然始まる、鎖を着けたピアノ姫ユミナと、椅子に座った怪人のギターのセッション。


「おお!!」

歓声が上がる。弾いているポーズで既にかっこいい。

「!」

そして聴こえる。



声が。



基本ここでの演奏はマイク無しの生演奏だ。なので歌はない。けれど空間に広がる低い音。

観客たちが不思議な響きに始め歌だと分からない。


「わー!!!」と拍手が沸く。




次は妖精がバイオリンを、怪人がピアノに。いつもの朝ちゃんの鉄琴合図で全員の演奏が始まった。


歓声が起きるフロア。

そして、今度暴走するのはもちろんこの人。タイムキーパーウサギ原ママのタイムカードが1分を切っても、あと10曲くらい演奏しそうな勢いだったので、鉄琴セイレーンが準備をする。


以前幽霊盗賊が演奏をやめないので、里愛に頭を叩かれるという醜態を見せてしまった。そのため鉄琴がレベルアップしてシンバルになったのだ。ジャーンと容赦なくセイレーンがシンバルを打ち鳴らし今回の演奏が終わった。




その日の演奏も話題になり、LUSH+の功がバイオリンが弾けたのだという事実も知られ、あの黒い布は功なのでは?と言われ始める。


その後数回演奏隊が出動した後、特定民によって全員の面が知られてしまい、ネットでちょっとした騒ぎに。もちろんイットシーにもバレる。



その後、人が押し寄せここでの演奏ができなくなってしまった。




***




実はバイオリンの件はさほど叱られはしなかった。


いや、だいぶ叱られ今回すぐに帰国したので里愛も呼び出され、里愛は個人事務所なのでまだよかったが、それでもひどくお説教を受けたのだ。ただ、功は今までの人生で叱られまくっているので、ちょっとやそこらのことでは応えない。


里愛も結構図太い性格で、あれだけ叱られて、次何をしようかと練るほどであった。



そして、コンサートでアドリブバイオリンの件。

なんと、LUSH+ドラムの(たい)も事前に知っていたのだ。

あまりに言葉が少なく、メンバーなのに存在すら薄いので誰も注目しなかったが、話を聞くだけ聞いてくれるので功があれこれ漏らしていた。「今度、バイオリン弾いちゃうよ」「音響さん説得してね」「このバージョンで行くからみんなうまく誘導してね」と。



そして、洋子の件が大きすぎて、イットシーはバイオリンの件だけ対応しているわけにはいかなくなってしまったという理由もある。


しかも洋子さん。

少しナオに心を開いてくれ、安定したマネジメントを付けてデビューしたいですか?と聞いても、「どうせみんなとうまくやっていけないし」「みんなで私を騙すし」「お家で寝ていたい」「この歳で生活を変えるなんてできない」としか言わない。



一同「はい?」である。


この人なら50代でデビューしても十分いけるであろう。

左手を補って有り余るほどの歌やパフォーマンス性がある。

それに、最近のアラフィフはこんなに若いのか。大人っぽいので若過ぎては見えないが、シワもほとんどなく肌ツヤは30前後でもいけそうだ。功に言わせれば、無駄に紫外線にも当たらず楽に生きて来たかららしいが。


なのに全然その気がない。歌を歌ってお金を儲けたいとかではなかったのか。ただ、他に目を付けられて問題事を起こすよりはずっといいので、話し合いの末イットシーに所属だけはしてもらった。功、「親子で同事務所とか嫌すぎる。なんのコネだよっ」とブチ切れであった。



もう、この女性だけでドラマである。


こんな女性がほぼ日本人として、日本の片隅で、20年以上も何もせずに生きてきたことが信じられない。




***




LUSH+は躍進する。


夏が過ぎ、夏のような秋が来て。




ただ功はライブで全く女性の話をしなくなってしまった。


白バンや銀バンですら何も言わない。功ママや未だ多いアンチすら心配してしまうが、仕事には何の支障もなかった。オータム・バブズでも2日目のトリを務め、各地でライブをこなす。以前ほど精神的な休息も必要なくなったが、政木は定期的に休ませるようにしていた。




「お前、彼女作れ。」

飲み屋で合流してしまった鷹十君がうるさい。


「運命の人がいたら結婚します。」

「クソかよ。みんな言ってんだろ?アイドルじゃねーんだから、好きに女作れ。なんなら遊んでいいくらいだ。ゲスなこととかしないならな。特定の人と付き合ってる時はやめろ。」

「………」

さすがにこの時代。ロックバンドでもゲスはだめである。なら遊ぶのもだめだとは思うが。遊ぶものゲスくないか?

「僕は一生童貞でもいいです。」

「は?マジのクソなんか?今時世代の模範解答すんな!」


「ロックと言っても気怠い感じなので、何とも闘いたくないです。僕は鷹十先輩みたいに強くないので……」

「先輩じゃねーよ…」

「鷹十君こそ恋人いるんですか?童貞な顔をしてますけど。」

「あ?いるっつーの。」

「え!!?」

功、めちゃくちゃ驚く。


「もしかして童貞じゃないの??」

「じゃねーよ。」

「えええっ??!!仲間だと思ったのに!!それに……なんかショック……」

「…お前、ムカつくな……」


そこで黙っているもう一人のチーム鷹、SAKIこと三鷹君。この男もうるさいのに、今日は何も言わないので鷹十君が聞いてしまう。

「……お前ももしかし……童貞?」

と、容赦ない。


「それは無い無い!SAKIちゃん、中学の頃から飛ぶ鳥撃つ勢いで羽振りを利かせてたから!」

と、功が言うも返事は無言だ。

「………」

「……え?もしかして、SAKIちゃんも童貞?」

「……」

「え?ヒップホップなのに?」

「……黙れ!この野郎!」

「SAKI君、あれでどう生きたら彼女いない歴年齢になるの??」

「いたが、しなかっただけだ!!!」

功がしつこいので、遂にSAKIちゃんも怒る。

「わーい!SAKIちゃん仲間だー!」

「黙れつってんだろ!!」


「与根、てめーは?」

「………」

与根も彼女がいたこともない。


「同中、全員彼女いない歴年齢の童貞??!!」

一人だけ中学が違う鷹十が本気で驚いている。与根、三鷹、功は全員同中同級生だ。これは驚きである。


「お前らこの世界にいてよくそれで生きていけるな……」

「あー、僕はそう言う事に関して全然世の中の影響を受けませんので、誠実に出家街道を進みます。」

と、ポーズをする。

「出家で何が街道だ!お前嘘つくな!!ぜってー遊んでんだろ!」

「鷹十先輩ひど~い!」



鷹十が功に絡んでいるので、三鷹と与根が話している。

「…与根も本当に彼女いないのか?」

「……いなかった。」

「LUSHですらモテんのか?」

「……いや、モテるけど……」

正直モテる。普通顔の170センチない与根でもモテる。

「三鷹はもてないの?」

ヒップホップなら顔関係なくモテそうだ。周囲の女性が積極的そうである。

「………いや、モテる。」

「だよね?」

一応フェスに呼ばれるくらいなのでモテはする。バンドマンというだけで寄ってくる女性がいるからだ。


ではなぜこんなことになってしまったのか。この時代の波に飲まれたのか。こっちが時代の波を作るはずの仕事なのに。



与根は慣れない女性と会食とか苦手であるし、芯が大人な女性に囲まれていたので、クラブや合コン目的で飲み会に来るような女性と話が合わないのもあるであろう。音楽もほぼ家か気楽な事務所で作業しているので、スタッフや身内の女性にしか会わない。クラブには行かないし、ライブハウスも慣れない人が多いと音だけ出して逃げるように帰る。

「いい。奴はともかく、お前は無理をするな。いい女性と出会え。」

と、同じ童貞の三浦君が肩を叩いてくれた。



「……信じられん……。成人バンドマンが4人もそろって75%童貞とは…。ボーカル3人にベースなのに…。テメーがうそをついている可能性もあるがな。」

と、鷹十は功を睨む。

「まあ、現代っぽくっていいじゃん。」

「バンドマンですらそうなら、世はどれだけ結婚できるん??」

「世の配偶者彼氏彼女いない率と同じくらいだよ!それよりは少し多いし!」

「お前、税金の%も分からないのになにが率だ!あ、そういえば連れてこいと言った女はどこだ!なんかいただろ!」

「いないけど。」

「ああ?嘘つくなっつーの。」


「女の子いるより、友情で飲むのが一番楽しいし。」

「そう言っている男が一番最初にヤベーんだよ。女もな!そういうのが裏切る!」

「結婚率あげられるならいいじゃん。……三鷹先輩、よくそのテンションでずーとしゃべっていられるよね。」

「よけえなこと言わず、俺の質問に答えろっ」

「こういうメンバーで飲んだ方が気楽だし、合コンとか行ったことないし~。」

「ソンジとかいう野郎が、功が僕との友情を捨てて逃げてるとかSNSで言ってたが?」

「そういえばソンジ君もいたねえ。鷹十君もしかしてチェックしてんの?コメントまで?対抗意識?もうファン?みんな同級生だよ。」

功は、ソンジのココアのメッセージがしつこくて無視をしていたのである。



そうして、今時バンドマンの日常が過ぎて行くのであった。





※クリスティーヌ……小説『オペラ座の怪人』のヒロイン。ソプラノ歌手。

※ラウル……相手役の婚約者。

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