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取引先巡り

 馬車に乗り込んだユリウスは心なしか緊張した様子で、窓の外ばかり見てクラウディアの方を見ようともしない。

 アントンはそんなユリウスを愉快そうに見守っている。

 クラウディアは気掛かりなことがあり、二人のことなど目に入らない。

 三者三様に、馬車の中で黙りこくっていた。





 目的地が近づくとアントンが口を開いた。


「最初の訪問先のアイズリー商事は、あの角を曲がったところです」


 いよいよなのだと思うと、クラウディアは体をこわばらせた。そして不安げな面持ちでユリウスに尋ねた。


「……あの。本当に私なんかが顔を出して大丈夫なのでしょうか。醜聞にまみれた私の名前を聞けば、皆さん、あの事件を思い出すはずです」

「そんなことを気にしていたのか。案ずることはない。事前に水を向けて感触の良いところを厳選している。これから訪問する商人たちは、皆、話のわかる者たちだ」


 インスブルック家やリンツ商会がらみと聞くと、及び腰になる商人たちも少なくなかった。そういう微妙なところへはアントンが訪問することになっている。


 「やっとこちらを向きましたね」と言わんばかりに、アントンが無言でニヤっと笑みを浮かべてユリウスを見た。

 そして、「アイズリー氏とモーリッツ様は大変懇意にされていたと伺いましたが?」と、クラウディアに微笑みかけた。


「……あ!」


 クラウディアは、ヒゲモジャのずんぐりむっくりした体型の男性を思い出した。

 父親が亡くなるまでは、彼の会社に父親と一緒に定期的に訪れていたではないか。


「アイズリーさん……」

「ええ。クラウディア様に是非お目にかかりたいとおっしゃっていました」

「そんな」



 事実、アイズリーは朝からずっと店頭に立ち、クラウディアたちがやってくるのを今か今かと待っていた。


 店の前にシュテファン家の馬車が止まると、使用人がずらりと並んで出迎えた。

 アイズリー自ら、馬車を降りるクラウディアの手をとった。


「お懐かしゅうございます。クラウディア様。お元気そうで何よりです。皆、心配しておりました」

「アイズリーさん。こちらこそ、随分ご無沙汰しています」


 続いて降りたユリウスに丁重に挨拶をしたアイズリーは、彼の私室に三人を通した。


「ここへは店の者も寄り付きませんから」


 アイズリーは内密の話をするため、あらかじめ人払いをしてあった。





 全員がソファーに座り一息ついたところで、アイズリーがしみじみと言った。


「この度はとんだ災難でしたね」


 クラウディアがなんと答えたらよいのかわからず困っていると、ユリウスがピシャリと言った。


「あれは王の不在を狙っての茶番に過ぎない。国王陛下のためにも真実を明るみに出し、冤罪を晴らす必要がある。そのためにも貴殿には是非、協力していただきたい」


「もちろんです。私でお役に立てることでしたら何なりとお申し付けください」


 ユリウスが、「助かる」と礼を言うと、後はアントンが引き継いだ。


「では。あらかじめお願いしていた取引記録ですが」

「はい。こちらに用意してございます。当社がリンツ商会から仕入れて販売したリストになります。念の為、モーリッツ様との取引も含めた過去五年分を用意いたしました」


 アイズリーが立ち上がり、壁際のテーブルの側にいった。テーブルには書類の山が二つあった。


「それから。内輪の情報もご参考になればと、この二年間で交易品の取引を停止された商人仲間のリストも作らせておきました。お役に立てばよいのですが」

「これはこれは。ご配慮痛みいります。それにしても、本当に持ち出してよろしいのですか?」

「なあに。特に王宮から監査が入るわけでもありませんし。必要なだけお持ちいただいて構いません」


 アントンは枚数を数えながら、書き写すのに必要な時間をざっと計算した。シュテファン公爵に数字に強い人間の手配を依頼しているので、十人も集まれば一両日で出来るとふんだ。

 一番規模の大きなアイズリー商事でこれくらいならば、残り十社分も一週間とかからないだろう。


「アイズリーさん。本当になんとお礼を申し上げたらよいのか。ありがとうございます」


 クラウディアは立ち上がって深々と頭を下げた。


「そんな! 勿体無い。どうか頭をお上げください。クラウディア様。私たち商人は皆、リンツ商会のやり方に思うところはあったのです。ですが、会社のために不満を押し殺して取引をしていたに過ぎません。急激な取引量の増大や価格の高騰など、不審な点はたくさんありました。もっと早く私たちが声を上げてさえいればと、今でも悔やまれるのです。ですから、これは私たちの償いでもあるのです」


 ユリウスも立ち上がるとアイズリーのそばへ行った。


「その覚悟を聞けてよかった。証拠が揃えば再審請求を行うつもりなのだ。証拠を元に公平な判断をしていただけるならよいのだが。万が一の場合、貴殿に証人として裁判に出廷していただくことは可能だろうか?」

「ええ。戦うと決めましたから。必要な時にはお声がけください」

「承知した」




 ユリウスは、しばらくはシュテファン邸に滞在している旨を伝えて、涙ぐむクラウディアを連れてアイズリー商事を後にした。



 その後訪れたところは、どこも過去五年分の資料を用意していた。どうやら商人たちは申し合わせていたらしい。

 そして皆、喜んで証人になると約束してくれたのだった。






 帰りの馬車では、アントンが上機嫌だった。


「いやあ。五年分も見せていただけるとは思いませんでした。でもそのお陰で、お借りした帳簿とクラウディア様の書き起こした帳簿を照合すれば、クラウディア様の記憶の確かさが検証できますね」


 クラウディアが不安な表情を見せると、


「いえね。『覚えているなんて嘘に決まっている!』なんて、ぬかすやからはたくさんいるんですよ。そういう者たちを黙らせるためにも、証拠はいくらあってもいいんです」


 と、なぜかアントンが胸を張った。





 初日は三人で大口の取引先を三件回り、残りの八社はアントンが二日かけて回った。

 クラウディアは二日目以降、シュテファン邸で中断していた帳簿作成作業に没頭することになった。


 納税に関する書類を参照したい旨、ユリウスがよくよく吟味しながらしたためた書状は、シュテファン公爵の執事の手によって王宮のしかるべき役人に届けられた。

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