信じられない光景
翌日から早速、リンツ商会から交易品を卸してもらっている商人との面会を始めることになった。
支度を終えて応接室にやってきたクラウディアを見て、ユリウスは今更ながら、クラウディアが無実だと確信しておきながら、公爵令嬢として遇してこなかったことに気がついた。
そんなユリウスの心中を察しても、アントンは大袈裟に肩をすくめて見せるだけ。
アントンに八つ当たりしても仕方がないので、ユリウスはクラウディアに相応の身支度をさせることにした。
ユリウスは商人に会う前に、急遽、マリントに紹介されたドレスメーカーに直行した。馬車は王都で目立たぬよう、シュテファン家のものを借りての出発だ。
店に入るや否や、アントンが店主に耳打ちをして特別個室へ案内させた。
「こちらの令嬢に似合う最高級のものを揃えてほしい」
ユリウスの一言で、店員たちはまず、クラウディアの髪の色や瞳の色を確認した。それから一斉に散ると、しばらくして次々に商品を部屋に運び込んできた。
ドレスに靴にバッグにアクセサリー類と、見る見るうちに部屋の中が高級品でいっぱいになっていく。
「クラウディアが今持っているドレスは何着あるんだ?」
ユリウスは壁際に腰掛けて、店員たちがドレスをクラウディアに当てて鏡で確認する様子を見ながら、横に立つアントンに話しかけた。
部屋の中央では、店員が持ってきたドレスを見ては店主が、「これはちょっと違う」と差し戻したり、「うん、間違いない」と採用を決めたりしている。
「三着ですが」
これでも気を利かした方だと言いたげに、アントンが素っ気なく答える。
「なんだ? 私のせいだとでもいいたげだな。指示が大雑把だと言いたいのか? 皆まで言わなくても万事心得て対応するのがお前の仕事だろう」
「もちろん至らぬ点は全て私のミスです。それを主人のせいだなんて――口が裂けても言うわけがありません」
そう言いながらもアントンは、大袈裟な口調と表情から、本心は真逆だとユリウスに伝えている。
ユリウスがアントンを睨みつけているうちに、次々と採用されるドレスが決まっていった。
「あ、あの。ユリウス様。いったい何着購入されるおつもりですか?」
クラウディアが不安そうに鏡越しに尋ねた。
ユリウスも、女性は男性の何倍もドレスが必要なことくらい知っている。
「よくそれで『豪遊していた』などと言われたものだな。男の私だって、いつも十着単位で仕立てているぞ」
ユリウスは小さく独り言を言ってから、店主に向かって指示した。
「店主! この店にあるもので、その令嬢に似合うものは全てもらおう。出し惜しみせぬことだな」
「は、はいっ! ほらっ。お前たち。店に出していないものも見てきなさい!」
ユリウスの返事に、「ええ?!」と驚いているクラウディアに、彼がさらに畳み掛ける。
「店主の判断とは別に、そなたが気に入ったものがあれば言うといい」
「え。そんな。私は別に」
「是非、おっしゃってください! 私が勝手に選り好みしておりますので、お好きなものがあればお声をかけてくださいませ」
興奮している店主が、「何とぞ」と拝むようにクラウディアに懇願する。
「は、はい」
店主に圧倒されたクラウディアは、申し訳程度にドレスを一着手に取った。
「では。これを」
それはデザインと色が地味だと、クラウディアの体に当てもせずに店主が不採用にしたドレスだった。
「……確かに。お嬢様の明け方にたなびく薄紫の雲のような柔らかい髪と薄桃色の瞳には、この上品な淡いベージュのお色がお似合いですね。うん。こちらはお袖を通してみられては? 是非、試着なさってください」
クラウディアは女性店員二人に隣の部屋に連れていかれた。
しばらくしてドアが開いた。
ドレスを着替えたクラウディアは、髪も結ってもらっていた。
店主が見惚れたように、「いやはや。なんとお美しい」と讃える。
ユリウスは一目見ると思わず立ち上がった。
「今、初めてそなたを見た気がする……」
「え? ええと?」
「い、いや。なんでもない」
「コホン」とわざとらしく咳払いをすると、ユリウスはクラウディアから視線を外して店主をきっと睨んだ。
「この方が手に取っていたものは全部もらおう。明日までにサイズを直してくれ」
「か、かしこまりました」
「今着ているドレスに合う靴とバッグを揃えてくれ。これはこのままもらっていく」
「はい! ただいま」
アントンが支払いを済ませているうちに、ユリウスとクラウディアは一足先に店を出た。
クラウディアの姿は通りを行き交う人の目も引いたらしく、すれ違いざまに、「あら、お綺麗な方」などと言われる。
ユリウスもまんざらではなく、すぐには馬車に乗らなかった。
少し離れたところで、そんな二人を目撃して固まっている女性がいた。
メラニーは、自分が目にしている光景を、すぐには理解できなかった。
美しく着飾った義姉と、優しい眼差しのユリウス。
どちらもメラニーには想像がつかないものだった。
(どうして? なんなのあれは?)
パーティー会場で、心無い言葉をかけたユリウス。後から冷酷なだけでなく女性嫌いなのだと聞かされて、そのせいだと自分を慰めていたのに。
その彼が、どうしてクラウディアをそんな表情で見ているのか。
どう見ても偽りの笑顔ではない。本物の優しい笑顔だった。
「こんなのおかしいわ。どうかしている。あのクラウディアが幸せそうに笑っているなんて。幸せそうに! あのユリウス様の横で! どうして!」
メラニーの体の内に、ドス黒い感情が湧いた。
「平民の分際で! 身の程を教えてやらなくっちゃ」
たまたま裕福な公爵家に生まれただけ。そんな運だけでつかんだ幸せなど、すぐに無くなる。そもそもそんな人間に幸せになる資格はない。幸せになんてなれない。
そう唱え続ける母親の言葉を聞いて育ったメラニーは、幸せになるために美貌に磨きをかけ、表情ひとつ、言葉ひとつにも神経を行き渡らせてきたのだ。
母親から学んだ手練手管で、ようやく王太子の心をつかんだというのに。
幸せになることなんかないはずのクラウディアが、自分よりも幸せそうに微笑んでいるのはおかしい。
「そうよ。こんなの間違っているわ。殿下のお力で、なんとかしてもらわなくっちゃ」
だが当のフランツは、ハイマン国王の指示によって、既に面会人を著しく制限されていた。もちろんそのことは、メラニーは知るよしもなかった。




