第97話 ジョーカー
このジョーカーの動きに素早く反応したのはオオジコバだった。
自分の右手を長槍に変形させて、開いたジョーカーの口に打ち込まれた。
その長槍を反射的に咥えたジョーカーがそのまま、上に駆け上がる。
もともと舞虎の名の通り、踊るように空を駆けあがる特異の能力を持っていた。
だがその駆けのぼり方は、まさしく飛行状態である。
その異常な飛行能力に気付き、すぐにオオジコバは自分の身体の変形を解き、ジョーカーの咢から外した。
「これは…。進化した、ってことですか、先輩。」
「それはよく解らん。だが、オオジコバ、悪いがジョーカーとは俺だけでやらせてくれ。「神」に乗っ取られる前に、あいつは俺に助けを求めたんだ。だが、助けることが出来なかった。せめて。俺の手で、倒させて欲しい。」
そうオオジコバに言うディッセンドルフの必死さに、オオジコバはジョーカーに対する想いの大きさを感じた。
そして一歩引く。
ジョーカーはかなりの高度から一直線にディッセンドルフに向かって落下してきた。
「ディッセンドルフ殿、お命頂戴します。」
少し時代がかった言葉を、そう言葉を吐いた。
大きな口を開きながら、しかし、空間の断裂がまずディッセンドルフに襲い掛かってきた。
直撃のみ、その空間の歪曲を無効化する結界を使い、さらに大きく開けた口から放出されようとした火球に対して、その周辺の温度を下げた。
一瞬で火球は霧散し、そのままディッセンドルフの右の首から肩にかけて噛みついた。
かすかな痛みがディッセンドルフの痛覚を刺激したが、そこまでだった。
すでに皮膚の下に超薄の強固な防御障壁が何重にも展開していた。
そのうちの特に体皮に近いところには粘着性の結界を纏っていた。
つまり、皮膚のすぐ下まで突き刺さったジョーカーの牙はそこで止まるどころではなく、その状態から口を外すことが出来なくなっていた。
「可愛そうなジョーカー…。ただ、ただ、俺の力をあげるためだけの噛ませ犬にされてしまった。せめて、全力でお前と戦う。それで、こうなった俺の不手際の謝罪としてほしい。」
ディッセンドルフは囁くようにジョーカーの耳元に向けて呟く。
その言葉に驚くように瞳だけ、ディッセンドルフに向けた。
そして、少し誇らしい様な顔になる。
ディッセンドルフがジョーカーの牙を捉えていた結界を緩め、すぐにジョーカーの腹部を蹴り飛ばす。
そのまま虎に似たその巨体が数m飛ばされ、二人の間に距離が出来た。
「皆、手を出さないでほしい。このジョーカーとの戦いは二人だけのものだ。「神」すら手出し無用。だが、この世界は奴のモノだ。個別に仕掛けてくるかもしれん。悪いが自分の身は自分で守ってほしい。」
そして、自分たちから少し離れたところにいるニシムロを見る。
「ニシムロ卿、悪いが俺の妻と子供たちを頼む。」
「それは構わんが…、大将は、この嫁さんの腹の中の子供を……。」
「知っている。双子だろう、息子と娘だ。」
「ご明察。」
「よろしく頼む。」
「わかった。安心してジョーカーに安らかな眠りを。」
そのニシムロの言葉に、ニヤリと笑って返す。
これはニシムロの真似であることは、オオジコバもセノビックも理解していた。
「「神」様よお。そういう訳で手出ししないでもらえると助かる。すでに力はジョーカーに渡してあんだろう?」
「ああ、そうだ。おまえさんより少し強い範囲でな。ゆっくり見させてもらうよ。」
老人はそう言うと、もともと座っていた岩にまた腰を落ち着けた。
「ディッセンドルフ様。ありがとうございます。確かに「神」に操られている身ではありますが、精一杯挑ませていただきます。」
4本の足で構えているジョーカーの身体が、少し沈んだ。
そのまま、強力な脚力で一気に距離を縮めるつもりであることは誰の目にも明らかだった。
「ジョーカー、最初にあった時を覚えているか?」
「はい。あの時もちんけな魔術師に操られてました。ただ、一緒に行動した獣たちを一瞬で亡き者にした圧倒的な力は、私の本能を直撃しました。勝てない、と同時に思いながら、お傍についていたいという強烈な想いが私の中を駆け巡りました。
短い間でしたが、お傍にいられたのは僥倖でした。今得体のしれないものから力を得て、半分強制的にご主人様との戦いとなりました。ただ、自分の中に湧き出てくる力は、それを試したい、ご主人様にどこまでやれるかを実感したい、と思ったのも事実です。
もう、ご主人様の元には戻れなくなってしまいましたが、いつまでも推したいしています。
ディッセンドルフ様に頂いたこの名、ジョーカー、心して戦います。
ディッセンドルフ様の使い魔であり、飛虎、ジョーカー。参ります。」
瞬間、ジョーカーの身体を光が発せられた。
と、同時に地を蹴る。
ジョーカーの身体と共に4筋の歪みがディッセンドルフに向かってきた。
その4筋の歪み、空間の断裂がディッセンドルフに直撃した。
さらにジョーカーの巨大な前足の爪がディッセンドルフの胸元に突き刺さり、ジョーカーの顎が首をかみちぎった。
ように見えたのだが。
ジョーカーはあまりの手ごたえの無さに、すぐに着地し、自分の周りの5重の防御障壁を展開させた。
直後に、雷と氷柱のような氷の塊がその障壁に何度となくぶつかる。
その障壁が次々と突破され、ぎりぎりで最後の障壁で止まった。
ジョーカーは幾度もの攻撃の合間に、自分が切り刻んだはずのディッセンドルフにその視線を向けた。
すると首が千切れ、四肢も切断されながらもそこにあったディッセンドルフの身体が、細かい粒子となって空気中に消えていった。
幻影だったのか?
そう考えた時に頭上に、はっきりとした闘志を感じた。
光の刃が半ドーム状にジョーカーを守っていた防護障壁、結界の最後の1枚をやすやすと切り裂き、その中のジョーカーの命ごと切断にかかった。
ジョーカーはその光の刃に魔導無力化の魔術を向け、自分の身体も硬質化してディッセンドルフの攻撃を凌ぐ。
「耐えきったか、ジョーカー。さすがだな。」
ディッセンドルフの声が後方から響いた。
ジョーカーは振り向くと同時に、一気に空を駆けあがった。
自分がディッセンドルフよりも勝っている可能性のあるスピード。
それに賭けるしかなかった。
100mくらい高度を取り、地上のディッセンドルフを探した。
「そんなところにいると思ってはダメだよ、ジョーカー。相手も「神」の力を持っている事を思い出せ。」
100m以上の高度にいるはずなのに、すぐ右側からその声は聞こえた。
その状態から、ジョーカーは反対方向に飛ぶ。
そのいた場所に、ディッセンドルフが何十発の手刀を繰り出していた。
その素手から、幾筋もの光が発せられ、かなり距離を取ったはずにも拘らず、その数発の光がジョーカーまで達した。
毛や皮膚をその光が焼く。
小さな痛みがジョーカーの思考を奪った。
なぜ、ここに、いる?
「思考が単純すぎる。相手の意表をつくものがなければ、俺に触れることすらできんぞ。」
もう、なりふりを構っていられない。
ジョーカーはそのまま最大加速でディッセンドルフに突っ込んでいく。
そして、ディッセンドルフに近づくと周りに空間断裂を、ディッセンドルフ関係なしに周りに放った。
突っ込むジョーカーは、しかしそのままディッセンドルフをすり抜けるように通過した。
やはり、幻影…。
では本体を、探せ。
左斜め後方少し下。
放った空間断裂がわずかにヒットした手応えが返ってきた。
ジョーカーはすぐには反転せず、そのまま上空を目指して翔ける。
もう一度全方面に小さな空間断裂を飛ばした。
だが、その時にはディッセンドルフをが目の前にいた。
やはり。
ディッセンドルフがこの限定された空間で、何の苦もなく空間転移を繰り返していた。
これでは捕まえようがない。
となれば……。
そのままディッセンドルフに突っ込んでいく。
今は、さっきまで乱発していた空間の断裂を起こす歪みを放てることはできない。
違う魔導にその神経を集中していた。
ディッセンドルフの瞳が明らかに真剣さを増した。
この空中に停止しているだけでも、多大な魔導力を必要とする。
いくら無尽蔵に近い力の素を注ぎ込まれたディッセンドルフとて、その状況下で何度も空間を転移し、ジョーカーの魔術を無効化し、幻影すら作っていれば、軽い息切れくらいは起こすというものだ。
飛虎・ジョーカーはその隙を突くしかないと思っている。
自分もまた「神」から多くのエネルギーを分け与えられている。
それが「神の子」ディッセンドルフの訓練だとしても、そして、ここで自らの命を亡くすとしても、この機会がいかに自分にとって貴重かをよくわかっている。
神に魂を操られていたとしても、今、ディッセンドルフと闘えることに無上の喜びを見出していた。
そう、ディッセンドルフの思考の上、さらに斜め上に……。
思いもかけないことを仕掛けねば、隙を作ることすら難しい相手なのだから。
身体を矢のように細め、ディッセンドルフの胸元目がけて飛翔する。
自分の真の目的から目を逸らせるために、ぎりぎりの魔導で光の小さな塊を作り、ディッセンドルフに集中的にぶつける。
あまりにも当然のようにその光の塊は弾かれ消滅する。
その間隙を縫って、体から炎を全身に纏い、大きく顎を開き、ディッセンドルフの首を狙った。
外しても、この炎と共に焼き尽くす!
だが、ディッセンドルフは冷静に、ごく超低温で液状化した窒素をたきのようにぶつけてきた。
瞬時にジョーカーの身体が凍てつき、炎が瞬く間に消えた。
勝負があった。
誰の目にも明らかだった。
周りのモノにはその凄まじい冷気の正体までは分からないまでも、その冷気がジョーカーの命を奪ったことに、全くの疑問を持たなかった。
だが、違った。
ディッセンドルフによって冷気が放たれた直後、その背後にジョーカーが出現した。
幻影、そして空間転移。
背後から全力の空間断裂を放ちながら、ディッセンドルフの頭部をかみ砕こうとするジョーカー。
その時点で渾身ともいえる極低温の冷気を放ったディッセンドルフが避けられる攻撃ではなかった。
「あなたー!」
アンドリューが絶叫した。
オオジコバはその細い目をカッと見開いていた。
セノビックは両目をつぶり、正義の目を使って事の成り行きを見ていた。
だが、ニシムロと老人は全く動揺することなく、事の成り行きを見ている。
ディッセンドルフはジョーカーを葬るために、今まで見せたことのない魔術を繰り出した。
だが、ジョーカーはそれすら織り込んで、そこに幻影を作り、本体をディッセンドルフの後方に転移した。
前面に集中しているはずのディッセンドルフに、後方からの攻撃に対して逃げられるわけがないはずだった。
このままジョーカーの空間断裂か、それをディッセンドルフが無効化出来ても、物理攻撃であるジョーカーの顎に嚙み千切られる。
そんな確実な未来をジョーカーは確信した。
だが……。
ディッセンドルフはいつの間にかロングソードを手にしていた。
その刃がディッセンドルフの首を狙って飛びついてきたジョーカーの胸元に深々と突き刺さっていた。
「いつ、この剣、を…。」
「いつでも出すことのできるように、背中に入れていた。尤も刃はこんなに長くはなかった。ジョーカーの接近した時に伸ばしたよ。オオジコバがやっていただろう?あの要領でね。」
ジョーカーの身体から急速に力が抜けていく。
刃が一瞬で短くなり、ジョーカーの身体から抜けると、鮮血がディッセンドルフにかかった。
「ああ、もうし、訳、ありません。汚して……。」
そう言いながら、ジョーカーがディッセンドルフに抱き着くように倒れていく。
「悪かったな、ジョーカー。」
そう言ってディッセンドルフはジョーカーのピンと立った耳に口を近づけて囁く。
「本当であれば、あのバーニンガウの町から、馬車で港町に向かうはずだった。その途中には、ここみたいな草原もあって、みんなでピクニックのような昼食を楽しんで、お前と走り回りたかったよ。まあ、船旅ではジョーカーにはあの揺れに耐えられないかもしれないが、俺の妻は「聖女」って呼ばれるくらい、回復魔法のエキスパートだ。大陸に渡ってからも、ロメン法国まではずいぶん距離がある。いろんな楽しいことが出来たはずなのに……。ごめんな、ジョーカー、こんなに短い付き合いになってしまって…。」
そう言ってジョーカーの首をディッセンドルフは優しく抱きしめた。
「ディッセンドルフ様、ジョーカーはこうやって死んで逝けることに、喜びを感じます。」
ジョーカーがそう言って瞼を閉じようとした時だった。
「そんなに簡単に終わっては、「神の子」のためにはならんよ、ジョーカー。」
座っていたはずの老人が宙に浮き、ディッセンドルフと抱き合うジョーカーと同じ高さまで浮上してきていた。
「第2ラウンドの鐘を鳴らさせてもらうよ、「神の子」ディッセンドルフ。」
いきなり雷鳴が響き渡った。
グワアオオオオオオオオオオオーーーーーー。
突如、ジョーカーが吼えた。
「ディッセンドルフ、逃げろ!」
ニシムロが叫んだ。
ゆっくりと永眠に入るところだったジョーカーの身体が膨らみ、その巨大な口を開いた。
ディッセンドルフはジョーカーを突き飛ばそうとしたが、いきなり右肩に牙が突き刺さり、噛みつかれた。
それでも渾身の魔導を両手に込め、ジョーカーを突き放す。
後ろに回っていたジョーカーの前脚の大きな爪がディッセンドルフの背中を抉った。
右肩をかみ砕かれ、背中に裂傷を負ったディッセンドルフはそのまま地上に落ちた。
すぐにニシムロが駆け寄る。
「大将、大丈夫か?」
さらにアンドリューが駆け寄ってくる。
「旦那さま!背中と、肩が!今、治します!」
「聖女」アンドリューが傷の場所に手をかざし、呟く。
その箇所に緑の光が包む……。
だが…。
「治癒魔法が全く効かない。そんな、…そんな……。」
「だと思った。「神」は本当に容赦ないな。俺の力が強大過ぎるからか、こいつはハンデってとこだ。」
痛みが全身の細胞に伝わるように広がっていく。
だが、思考ははっきりしている。
この困難を乗り越えろってことだろう。
ディッセンドルフは「神」の真意を考えた。
空に白い老人と、その横に紫の光を纏う1.5倍くらいにその体躯を膨らませたジョーカーがディッセンドルフを見下ろしている。
もう、確実にジョーカーの心はないのだろう。
瞳が黒い炎のように燃えている。
「では、神聖ジョーカー君と戦ってみてくれ。せめて、この神獣を倒してほしいもんだな。」
そう言うとその老人の姿が消えた。
紫に発光するの神獣となったジョーカーがうなりから、また吼えた。
そして、階段を駆け下りるようにディッセンドルフに迫ってきた。
「ニシムロ!アンドリューを守ってくれ!」
「了解だ、大将。力の限り闘ってくれ。」
そう言うとニシムロはすぐにアンドリューを抱えて、その場から猛然と去って行った。
「これで心置きなく戦えるよ、ジョーカー。いや、今はただの獣か。」
向かって来る飛虎に冷たい瞳を向けた。
右手に持っていた短剣を左に持ち替える。
右肩を砕かれ、右側の背中に4本の裂傷が激痛を発している。
それでもその痛みを気力で抑え込み、左手の剣の長さを伸ばす。
そして飛虎に向けた。
一気に数十の剣がその周りに現れ、高速で向かって来る獣に飛んでいく。
最初の数本は弾かれたが、その後に続く剣がことごとく獣の身体に突き刺さった。
絶叫が迸る。
だが接近を止めようとはしない。
ディッセンドルフは左手で握っている剣に、魔導力を集中させた。
そして赤い血と紫の光を放出する獣の口に叩きこんだ。
紫と金の光が爆発する。
「やったのか?」
少し離れた高台に避難して見ていたオオジコバの言葉に、セノビックが首を横に振った。
「奴は分裂しました。」
光の爆発に、紫の発光の飛虎の身体が弾けた。
だが弾けたところで、新たな飛虎が誕生した。
その数は1000を下らないようにセノビックには思えた。
ディッセンドルフはその様子を冷静に見ていた。
つまり、生半可な事では「神」は俺に勝たせることはないという事だ、という事をディッセンドルフは理解した。
背中の裂傷からは血が流れている。
右肩は完全に破壊されていて、右腕をあげられそうにもない。
だが、体の中はこれ以上ないほどに魔導力が漲っていた。
神獣を一気に片付けろと、ディッセンドルフは自分の身体に内在する魔導力が言っているようだった。
四方八方にいる神獣たちが、ディッセンドルフ狙っている。
「ふむ、面白い。」
周りにいる飛虎を束ねていると思われる少し大きめの飛虎に剣先を向けた。
「これで終わりだよ、ジョーカーの亡骸よ。」
その大きめの飛虎に向かってディッセンドルフが跳んだ。
飛虎たちも一気にその場所に向かう。
それらが集まったところに、閃光が生じ、その周辺に広がった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
もし、この作品を気に入っていただけましたら、ブックマークをお願いします。作者の書いていこうという気持ちを高めるのに、非常に効果的です。よろしくお願いします。
またいい点、悪い点を感じたところがあれば、是非是非感想をお願いします。
この作品が、少しでも皆様の心に残ることを、切に希望していおります。
あと3羽程度で終わる予定です。
よろしければ、次回も呼んでいただけると嬉しいです。




